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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 33:光が照らす未来の希望と過去の怨嗟

 ――イクス教神殿裏庭


ここでは、今日一番激しい戦いが繰り広げられていた。

 アルトゥロとエミグランは一進一退の攻防を繰り広げ、丹念に手入れしたあった綺麗な裏庭は、無惨にマナの奇跡による破壊攻撃で見る影も無くなっていた。


 これまでどちらが優位という状況はないが、アルトゥロの方が攻撃の手数が多かった。


「アルトゥロよ。少しは老体を労わる気持ちはないものか?」


 ここに来て余裕を見せるエミグランをアルトゥロは鼻で笑う。


「愛弟子エミグランに手加減など必要ないのでは? ええ。」


 笑みを浮かべるアルトゥロは、腕を交差させて炎を生み出すと、間髪入れずにエミグランに向けて放つ。


「見飽きたわ」


 何度も同じ攻撃で、すでにアルトゥロのマナの集め方から攻撃のタイミングまで見抜いて把握していたエミグランは、向かってくる炎をマナに包まれた手で円を描くようにいなして屋根方向の結界に炎の向きを変えると、結界にぶつかり激しい爆発を起こした。


 エミグランは炎の行方を見届けてから、アルトゥロの方を流し目で見やる。


「そなたは何がしたいのだ? わしを殺すにしてもそのような力で屠ることもできまい?」


 余裕綽々で煽るように言ったエミグランだが、正直なところアルトゥロの真意を測りかねていた。

 煽る事で本心を吐露するとは思っていなかったが


「……貴女はいつもそうだ。そうやって私の心を弄ぶ。私がそんな子供騙しの煽り文句で気持ちを昂らせるとでも?」


と、予想通り無回答だった。


 エミグランはアルトゥロの目的は、全てを知る者を黙示録に導く事だと思っていた。それはエミグラン達も同じ事を考えていたので都合が良かった。


 儀式には来ないと思われていたアルトゥロがここにいるという事は、アルトゥロ自身の目的のためにいるはず。もともとヴァイガル国がどうなろうと興味がない男だという事はエミグランが一番よく知っていた。


 アルトゥロの目的は黙示録を守ることではない。エミグランはそこまでしか予測できていなかったが、何故、自分をここで足止めするのか、黙示録の破壊がお互いの目的ならここで足止めする理由がないはずだと、戦いの最中、ずっと考えていた。


「さあさあ……どうしたのですかねぇ? 何かお悩みでも?」


 エミグランの思案を読み取るように薄気味悪い笑いを添えて尋ねるアルトゥロに嫌悪して睨みつける。


「怖い怖い……頭の中を読み取るといつもその目線で私を睨みつける……変わりませんね。ええ。ええ。」


「懐かしい再会の挨拶はここまでにして、そろそろ目的を聞かせてくれても良いのではないかの?」


 右手をいつでも炎を出せるようにエミグランに向けていたアルトゥロは、口角を上げるだけ上げきって見下すように笑む。


「……さすがにここで命のやり取りをしないのは不自然でしたねぇ……いやいや、私は芝居は苦手でしてねぇ。ええ。」


 わかりきっていた。何度も無駄な攻撃をするほどアルトゥロは馬鹿ではないとエミグランは知っていた。

自分の目的のために、最短を選べてその通りに行動する男だと。

無駄に戦い続けるアルトゥロの行動は不可解だったが、全てを知る者からアルトゥロを遠ざけ、黙示録を探させる事ができるだろうと茶番に付き合ったが不気味さは拭えなかった。


エミグランは、深緑の右腕を見た時から、もしかしたらと予測していた事を踏まえてアルトゥロに問う。きっと理解しているはずだ。あの深緑はまさに……と意を決して。


「……お主は全てを知る者が、カリューダ様の聖杯をつぐ者と知っているのじゃな?」


 アルトゥロは驚きもせず、笑顔のまま。


「もちろんですよ……あのマナ、まさに我々が間近で見たカリューダ様のみ扱える格段に濃いマナの色……あああああああ美しい……想像しただけで絶頂ものですよ。ええ。」


「やはり……そしてお主はカリューダ様の肉体を持っておる。」


 エミグランはそれは誰かとは言わなかった。知っていたが、エミグランからすると屈辱でしかないからだ。


「……ええ。王女はプラトリカの海で生み出した、別の聖杯をもつカリューダ様の肉体ですよ。ええ。ええ。」


二つの回答から得られる情報は、やはり肉体と聖杯でそっくりな別人が誕生することだけだ。


「聖杯と肉体があっても、その故人は甦らない……お主もわかっておるだろう? カリューダ様は二度と甦らないのだよ」


 肉体と魂の器である聖杯は、死者から取り出す事ができる。

 マナの器である聖杯があっても死者は生き返ることはなく、マナに満たされてようやく聖杯は故人の能力を扱える資格を持つ生物が生み出される。


 だが、記憶や知識などの生前に培ってきた経験と呼ぶ『人生』は失われたままだ。

 つまり、同じ能力の器を持つ生物を生み出す事に他ならない。そっくりでも別人だ。そして能力を使いこなせるかは、その別人が同じような努力や経験を積み重ねて実現する。


そして、エミグランにはもう一つ確信があった。

アルトゥロはカリューダの聖杯を手にする事ができない。


 ユウトの深緑のマナの腕は、まさしくカリューダしか顕現出来ない力で、聖杯を受け継いだ者の証だ。

少し前に、ユウトが昏睡している時にアルトゥロにさらわれたが、深緑の力はユウトに残ったままだった。


 アルトゥロが強引にユウトへの接触を試みたにも関わらず、まだユウトが深緑のマナを扱えるという事実は、アルトゥロがユウトから聖杯を抜き出すことができなかった事を意味していた。


 ならばもう、カリューダを甦らせる方法はない。

エミグランがユウト達を黙示録の破壊に向かわせた大きな理由は、聖杯を手にする事はできないアルトゥロを追い詰めるためだった。

 諦める事を促すのも、『同窓』の務めとしてアルトゥロに問う。


「諦めた方が良いのではないかの? カリューダ様は生き返らない。死者はただ眠るのみじゃよ。」


アルトゥロの目的は、カリューダを甦らせる事だと見ていたエミグランは現実を突きつけた。

カリューダそのものは生み出す事はできないが、聖杯があれば、王女の肉体を使ってカリューダと同じ力の人間を生み出すことができる。


 しかし、結局そこまでしかできない。


アルトゥロが所有権をもつプラトリカの海で作り出した肉体に、聖杯を使っても半分程度の能力しか再現できない。これはアルトゥロの能力による限界ではなく、生み出したカリューダと同じ経験や知識が必要なのだ。

 そして、ユウトがもつカリューダの聖杯はアルトゥロはユウトから取り出せない。

 

アルトゥロを知るエミグランは、もう懸命な彼なら諦めるはずだと不思議に思っていた。

 そのアルトゥロは、エミグランの提案に肩を上下に振るわせて笑った。


「……貴女はやはり甘い……甘い甘い甘い甘い甘い! 貴女が思うほど私は愚かではないのですよ。私の願う世界安寧はカリューダ様のお力でなしえるのです。人間、獣人、亜人の調和は、甘ったるい思想では成し得ないのです!」


「世界安寧、世界の平和を願うわしとお主、何を違えたのかわからぬが、カリューダ様の思うものとお主の思うものは違う……」


「黙れ盗っ人! 偉そうに私に物申すな!!」


 アルトゥロが顔を真っ赤にしてエミグランの言葉を遮った。これほどまでに怒るアルトゥロを見るのは初めてだったエミグランは、思わず息が詰まったように言葉を失った。

エミグランの驚きなど気にもとめず、喧々轟々にアルトゥロは続けた。


「カリューダ様の知恵を指導で賜りながら! この腐敗した国を知りながら! 貴女は共存を望んだ! それがどれだけ愚かしいことかわかっているはずだ!」


怒りに震えるアルトゥロの手が、間合いをとっているエミグランの位置からで震えているのがわかった。

 あまりの怒りに声も出なくなったエミグランは唾を飲んだ。アルトゥロの怒りは収まる様子がなかった。


「貴女はいい……カリューダ様に寵愛を受けた愛弟子……そう! 貴女も私も、大魔女カリューダ様の愛弟子ではないか! それなのに貴女は……なんという堕落ぶりか!」


 エミグランは、久しく呼ばれてなかったカリューダの弟子と呼ばれ、五百年前を思い出した。


 かつて、後にも先にも並ぶもの無しと言われたら魔女カリューダは、エミグランとアルトゥロを弟子としていた。

 三人で魔法の研究や、魔石技術の確立、そしてそれぞれが持つ力の向上のため、修行をしていた。


 大災と呼ばれる厄災が訪れるまでは。


 【人間によって殺された】カリューダのことを考えれば、アルトゥロによって甦らせようと考えるのも無理はないとエミグランは察するが、カリューダは最期まで人間を恨むような事を言ってはいなかった。


同じカリューダの弟子であるアルトゥロは、理解しているとエミグランはこれまで思っていた。


「アルトゥロよ!カリューダ様の最期のお言葉を忘れたのか!」


「ええ……無論ですよ。忘れるはずがありません。忘れようがない……カリューダ様が人間を信じて、騙されて殺されたことも、このアルトゥロは絶対に忘れない!」


 エミグランは一歩前に出て、アルトゥロに向けて声を張る。


「時の流れには逆らえんのだ!」


「黙れ! 裏切り者!!」


 一歩前に出た分、アルトゥロの炎が突然生み出された時、反応が遅れた。


――!!


 咄嗟に防御体制をとったが、これまで以上の速さで生み出されたアルトゥロの炎がエミグランを襲った。


エミグランの視界が突然真っ暗になった。


 身体がふわりと浮くと、頭を抱えられて飛んだ感覚があった。

 そして、倒れ込んだ感覚も伝わってきたが、真っ暗になった視界では何が起こったかわかららなかった。


 倒れ込んだ頭上から、荒い鼻息が聞こえた。

暗闇をもがくようにすると体を拘束する力が緩み、起き上がるとギオンが倒れていた。


「よかった……エミグラン様……」


「ギオン! お主……」


「すみません……少し前から……見ておりました。手助けする機会が見当たらず、気がつけば……」


 ギオンの背中を見ると、焼け爛れていた。

エミグランを死なせてなるものかと飛び出してきて身をていして守ったのだった。


「もう良い!喋るな!」


 アルトゥロは、高らかに笑って



「貴女は相変わらず獣人に好まれる人間のようだ……まあいい。これで神殿の中は全てを知る者とあの姉妹……王女は私の命令に従ってくれたようですねぇ……」


 アルトゥロの真意が全くわからないエミグランは、不気味なほど余裕を感じていた。


「お主……何が目的なのだ……」


「フフフフフ……ハハハハハハハハハハ……来た……ついに来た!! その時が!!」


 ゴゴゴゴ……と地鳴りが始まり、大地が揺れ始めた。


「お主! 何をしたのだ!!」


「私が何かしているわけではない! エミグランよ、お前が連れてきた全てを知る者が、ようやく五百年の時を経て壊しているのだ!黙示録を!」


「黙示録……」


 エミグラン達の望む事が成就されようとしている中、アルトゥロが一人、別次元で喜んでいるように見える事に納得ができなかった。


「やっとこのやっと世界に訪れる!全知全能の神域に到達したカリューダ様の知恵が!知識が!」


「知恵と……知識……」


 アルトゥロは、地響きがする大地に膝をついた。そして空を仰ぐ。


「お待たせしました……カリューダ様……貴女のプラトリカの海の理論が完成する! いえ、貴女と私の理論が完成するのです!」


――プラトリカの海の理論……――


 エミグランは、アルトゥロの言葉を聞いて、青ざめた。


「まさか……黙示録の中にあるものは……」


アルトゥロは恍惚の表情でもはやエミグランの事など意に介さず、興奮冷めやらぬ様子で頭を抱えて振り続け、狂気乱舞に体をくねらせた。


 そして、ぴたりと止めて、エミグランを指差す。



「私の勝ちです……エミグラン」


 と、正気を取り戻し、刺すように言うと、エミグランは膝をつくと、アルトゥロは立ち上がった。


「黙示録の中には、カリューダ様の知恵と知識が蓄えられたマナが眠っているのです……プラトリカの海を手放した貴女には到達できなかったカリューダ様の最期の見地……私はすでに到達しましたよ。ええ。私は黙示録の中に眠る物がわかりました。ええ。」


「バカな……そんなことが……」


 口惜しそうにアルトゥロの言葉を聞いて、悔しさを吐露する。そんなエミグランを気持ちよさそうに見下していた。呆然とするエミグランは、アルトゥロの真意を見誤っていた。


「この世界には、カリューダ様の肉体という祭壇、そして聖杯しかありませんでしたが、知識という神器が揃いました……これでようやく完璧なカリューダ様が生み出せる機会が生まれました。ええ。」


「まさか、カリューダ様を……」


「そう! この世界に再び魔女を甦らせるのです! 完全に完璧にそのもののカリューダ様を! 私の手で!ハハハハハハハハハハ!!」


 エミグランは、アルトゥロの狙いがようやくわかり、睨みつけた。


「貴女は、喜んでくれると思っていましたが違うようですね? まあいいでしょう。世界はカリューダ様の元に統一されます。こんなイクス教などというくだらない人間を神と崇める教えが世界に蔓延る限り、真の平和はあり得ません。全ては彼女の力の前に灰燼とすべきなのです。ええ。」


「それはカリューダ様が望むことではない!」


「なんとでも言いなさい。全て目論見通り……愛弟子たるエミグランにしてはお粗末な感想ですが、まあいいでしょう。」



 アルトゥロは、城の中の異変に気がつくと


「世界はカリューダ様と共に安寧が訪れる……もうすぐです。ええ。それまで全てを知る者を大切にしていなさい……もしくは……」


 城の中から光が溢れると、見える景色が白み出す。

アルトゥロはその光に乗じて姿が消え始めると、エミグランは「ま、まて!アルトゥロ!」と留めるべく立ち上がって駆け出しアルトゥロに手を伸ばす。


 だが



「全てを知る者を殺して、聖杯が取り出せないように私の目の届かないところに遺棄するのです……貴女にそれができればの話ですがね……」


「待つのじゃ! アルトゥロ!!」


「今度こそ聖杯を取り出せます。何せカリューダ様の知恵が世界に顕現されたのですから。ええ。ええ。」


 と言い残し、エミグランの手から黒き人間を模した者の腕が伸びたが、アルトゥロは満足そうに笑いながら消え、手は届かなかった。

そして視界は光に包まれて真っ白になった。


 

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