第四章 32:光のその奥にあるもの
ーーイクス教神殿地下
ローシアとレイナは、王女にユウトの居場所を聞いたのちに、地下に通じる通路を聞き出してユウトの元へ向かっていた。
事は一刻を争う。早くユウトと合流して神殿から出る必要があった。
もちろん黙示録の破壊は最優先ではあるが、それよりも、ドァンク街にヴァイガル国の兵が向かっていて侵略を始めていると王女から聞かされて、神殿に入ってから、外の世界は性急に事が動いている事実を突きつけられて、早くここから出るべきだと判断した。
最悪の場合、ユウトが捕らわれでもしたら、黙示録の破壊どころの話ではなく、全く意味がなくなってしまう。こんな非常事態だからこそユウトを守らなくてはならないと結論づけて今に至る。
黙示録を破壊する姉妹の悲願はユウトがいなくては叶わない。
黙示録がどんなものなのかを確認できただけでも充分な収穫だと、二人はユウトを連れて神殿を出る決断をするまでそこまで時間はかからなかった。
「それにしても……王女様は何故ユウト様に黙示録の場所を教えたのでしょうか……」
走りながらレイナはローシアに尋ねた。実はローシアも王女が何故ユウトに黙示録の場所を教えたのかわかりかねていた。予測でローシアは静かにレイナに考えを伝える。
「考えられるのは二つ。黙示録に引き合わせる理由があったのか、誰かの命令か……だワ」
「誰かの命令にしても、ユウト様と黙示録が出会えば世界が終わるとされているのに……」
実際の記述は違うが、ヴァイガル国は長年の間、黙示録と全てを知る者が相対する事を避けてきていた。
エミグランがかくまった事でユウトが全てを知る者だとはまだヴァイガル国には伝わっていないと見ていた。
そもそもアルトゥロは、確信を持ってユウトが全てを知る者だと知っていながら神殿内に入る事を許容しているようにも感じていた。
ローシアは何か罠に嵌められているのではないかと思い始めていた。
不安は胸を締め付けて息苦しくさせる。
「……急ぐんだワ……早くアイツのもとに……」
ローシアがさらに速度を上げると
「はいっ! お姉様!」
レイナも合わせて付いて行った。
王女から聞いた道順は、ローシアでも迷う事はなく、目的の部屋の前に辿り着いた。
「この部屋なんだワ」
扉は閉じられており、立ち止まった姉妹は静かに扉に耳を当てると、ユウトの雄叫びが聞こえた
「誰かと戦ってるんだワ!」
「お姉様!」
ローシアは頷くと二、三歩離れて、トントンとリズミカルに跳ぶと
「おりゃああああああああ!!」
勢いつけて扉をミドルキックで蹴り飛ばす。ローシアの与えた勢いのまま扉が蹴破られて二人は駆け込んだ。
「レイナ! ローシア!」
思いの外元気そうな声のユウトは、ところどころが血まみれだった。そして笑顔だった。
「アンタ!……なにやってんのかしら」
部屋には誰もいない。ユウトが雄叫びを上げていた理由が見当たらなかった。
ユウトは情けなさそうに半笑いで頬を指でかいた。
「何かと戦っているかと思って扉を蹴破ってみたら……なんで怪我してんのかしら?」
「実は……ここ、部屋の真ん中からさ、結界張ってるんだよ。」
「結界ですって?」
レイナがローシアの視線に頷いてユウトが指差したところにゆっくりと手を伸ばす。
パチッ!と静電気のような音と光がレイナの伸ばした手に刺さるように光ると、「痛っ!」とすぐに手を引いた。
結界に触れて光った指先を見ると、スッと線が入り、端からぷっくりと血の玉が膨れて出てきた。
「完全拒絶の結界ですわ。」
レイナもこのタイプの結界は使った事があった。ユウトが昏睡状態の時に、屋敷襲撃事件でユウトの身を守るため、何物も寄せ付けない結界を一人分だけ張った。しかし、騎士団長ツナバによってあっさりと壊されてしまった。
「厄介ね……マナが使えないのに結界なんてどういう仕組みなのかしら」
ユウトはそれなら知っているとすぐに答えた。
「結界の先に黙示録があるんだ。黙示録が集めるマナを利用してるって王女様が言ってたんだ。」
「黙示録……!」
姉妹は顔を見合わせて、結界の先を見た。
「ほら、そこに魔石と魔法陣があって、その奥に……」
ユウトが結界の奥を指差すと、床に紙が一枚置いてあり、その上には魔石が置いてあった。紙に書いてある文字が見えるほどに黄色く美しく輝きを内から照らし出す魔石の光で、結界の奥ではマナが巡っている事が伺えた。
そして、さらにその奥には、壁に密着させている胸ほどの高さがある石の台座の上に、灰色の丸い石があった。
大きさは両手に余るほどの大きさで、石というには不自然なほど綺麗なまん丸い石だった。
ユウトは最初に見た時はボーリング玉のように見えた。
しかし、その石こそが黙示録であると王女から聞かされていた。
ローシアは開いた口が塞がらず、今、目の前にようやく先祖から聞かされて、時にはその存在すら疑い、そして憎み、恨んだ黙示録がこの石だという。
レイナも同様の思いで、ローシアの肩を叩いた。
「お姉様……」
消え入りそうな声でローシアを呼ぶと
「あれが……私たちの宿命の黙示録……なの……?」
黙示録というからには何か紙のようなものか、または本のようなものを想像していた二人は、少し面食らったように動けなくなっていた。
「僕も驚いたよ。でも間違いないと思う。この右腕がこの部屋に入ってからずっと熱いんだ。」
姉妹は、ユウトの深緑の力はカリューダの聖杯による力だとは知らない。
ユウトは、王女から右腕の深緑の力はカリューダの証と聞かされて、受け入れた。
それもそのはずで、この右腕には何度も驚かされている。それが世界に並ぶ者がいない魔女であるカリューダの力だとするほうが、まだすんなりと受け入れられた。
姉妹に話すべきかどうか考えていたが、力の根源を知り受け入れると、ユウトは自分が単純なのかと少しずつ卑下したが、また右腕の力が上がったような気がしていた。
姉妹が声もでずに黙示録を見つめていると、地響きが起こり揺れた。
床や壁の石の隙間から、隙間が震えるように響く音と小石が床に落ちる音で姉妹は我に返る。
「そうだ……ユウト! 今はここを出るんだワ。」
「え? なんで? ようやく黙示録に……」
レイナが理由を補足して説明する。
「ユウト様、外ではヴァイガル国の兵がドァンクを襲っているようなのです。」
「えぇ?! 本当に?」
ローシアは頷く。
「おそらく目的はドァンクを潰す事なんだワ。少なくともヴァイガル国に歯向かうほどの力を削ぎ落とすこと。聖書記をダシにしてエミグラン様をここに封じ込めておくことが目的ね」
「そうか……僕たちは罠にまんまとはまったんだね」
「罠にハマってたとしても、アンタが生きてさえいれば黙示録は壊せるはず……だから今は……」
退こうと言おうとしたローシアに、首を横に振ったのはユウトだった。
「多分大丈夫。自信はないけど、少し待ってよ。もう少しで結界を壊さそうなんだ」
「だから、それどころじゃないんだワ!」
もしアルトゥロが、エオガーデを大挙してここに集めたら、おそらく勝てないし死んでしまう。
早く逃げなければと思い込んでいた。しかし
「大丈夫! 僕を信じてよ!」
屈託のない笑顔でユウトはそう言う。こうなると話を聞かないのがユウトだ。大切なレイナでさえ、これ
と決めたら自分の意見を通す男だと理解していたローシアは、これ以上言っても聞かないだろうと呆れてため息をついた。
ローシアはユウトの右腕の力を信じるしかないと結論づけた。
「……わかったワ。でも一度きりよ? ここで悩んでる時間はない。本当なら壊して欲しいけど、時間はかけられない……無理なら一度退くこと。いいかしら?」
レイナはユウトの言う事を何よりも大切にする。反対する理由はなかった。
手を前で組んでユウトのこれから行う事を見守る。それが今のレイナにできる事だと思って、視線を向けてきたユウトが『レイナは?』と尋ねているように見えて、笑顔で頷いた。
二人に認めてもらって、ユウトは「ありがとう」と言うと結界に向き直った。二人がいれば知恵を貸してくれると、レイナを呼んだ。
「レイナ」
「はい。なんでしょう?」
「結界はどうやったら壊せるの?」
レイナは結界を張れる。張れるから壊し方もわかっていた。
「結界はマナによって張られます。そして、この完全拒絶の結界は想定以上の力が持続的にかかれば壊せます。」
「想定以上の力か……」
「中途半端に衝撃を加えても返されるだけ……それが完全拒絶の結界です。ですから壊すには一気に力を集中させて一点を狙うしかないです」
ユウトは腑に落ちたらしく「なるほど、そう言うことか」と言って右腕を見つめた。
「……壊したいんだよな……黙示録を」
深緑の右腕に問いかけると輝きが増し、発光が始まった。
「壊そう。きっと黙示録は残したらいけないものなんだろ?」
ローシアは右腕に語りかけるユウトを不思議そうに見つめていた。
――アイツ……右腕に語りかけてるの?――
深緑の光は、右腕から手のひらに集まり、手を全て包み込んだ。その光はユウトの心に自信もも灯した。
「……いける。よし!」
結界の前に歩み寄ると、ユウトは右腕を後ろに引いた。
「うおおおおおおおおお!!」
右手で結界に振り抜くように拳を打ちつけると、結界の光がユウトの右腕に集まった。
拒絶を行使する結界は、右腕を弾こうと抵抗し、深緑の光と同じくらいに部屋全体を照らすほどに輝く。
二つの反発する力が伝わり、部屋全体が軋み出し、ユウトの体も結界の反発で体中に電気が走ったように震える。
レイナはユウトの邪魔にならないかつ、一番近くでユウトを見守っていた。無理ならユウトを結界から引き剥がそうとしていた。
結界もユウトの右腕も壊す事を拒む結界が光をどんどんと増していく。
結界の光量が若干落ちてきた。
「ユウト様!もう少しです!結界の力がユウト様の力に負けて瞬間的に尽きます!」
レイナの声に心で『わかった!』と反応したユウトは、さらに深緑の力を増して結界に流し続けた。
すると結界の力がだんだんと弱まるのが目に見えてわかった。
そして結界の力が瞬間的に尽きた時、結界は光を急に失うと、形を保つことすら出来ずに、二度とその目的を果たすことができなくなって消えた。
右腕を離したユウトは、大きく息を吐いて振り返り
「ありがとう!教えてくれて!」
とレイナにまた笑顔に感謝を込めて振り向くと、レイナも役に立てたことが何よりも嬉しくて、高鳴る鼓動を胸の上から両手で押さえ、少し顔を赤らめて
「はい!」
と答えた。
こんな時に二人は何をうかれてるのかと呆れたローシアは、結界を張られていた中まで入ると、黄色く輝く魔石を持ち上げた。
「こいつがマナを封じていた原因ね」
魔石を床に叩きつけて踏み砕く。
すると、あたりに特段の変化があったわけではないが、マナを扱えるレイナは、体内のマナが動き出すのがわかった。
「封印が解けた?」
ユウトは、レイナに尋ねると頷いてマナが動き出した事がわかって一安心した。
しかしここからが本番だ。
ユウトが台座に歩み寄ると、灰色の丸い石が重々しく鎮座している。
ローシア達も、ユウトの背中から台座を見た。
「これが……黙示録……」
ユウトが目の前にした、姉妹の悲願がもう手の届く位置にある。
深緑の右腕は、ユウトの視界に映る黙示録に反応して煌々と輝く。
その光に後押しされるように自然と右手が前に出た。まるでそうして欲しいと頼まれたように。
右手が丸く冷たい黙示録に触れると、指先から深緑のマナが黙示録に向けて動き出した。
「壊す……絶対に壊す!」
レイナとローシアは、ユウトが出すマナの量がこれまでとあまりにも桁違いで、近づくことすら出来なかった。
ユウトの中に眠るマナについてレイナがエドガー大森林で出した評価は過剰だと思っていた。
――何て……何てマナの量なの……これが人間が操れるマナの量なの?!――
人智を超えていた。
深緑のマナで握り潰すようにユウトが指先に力を入れた。
ビシッッ――
音が確かに聞こえた。
「お姉様!」
レイナがユウトが触れる黙示録を指差すと、はっきりとヒビが入っていた。
「……壊せる……壊せる!!」
ユウトは黙示録を壊せると確信した。
黙示録のヒビが拡大すると、ユウトは中から深緑の力が溢れてくるのを感じた。
――真ん中に何かある!――
黙示録から漏れ出す深緑のマナは、ユウトの手を掴むように絡みつき、黙示録の中に引き入れた。
まるで黙示録のマナに同化するように肘まで黙示録に取り込まれた。
「ユウト!!」
「ユウト様!!」
二人の悲痛な声がユウトに届くと
「大丈夫! もう少し!」
安心させるように大きな声で答える。
なぜなら黙示録のマナが誘われた手の中に、硬い何かがあった。感覚ではわからない何かは握れるほどの大きさだったり
「こいつか!!」
ユウトは黙示録の核を掴んだと一気に力を込めた。
――壊す!壊す! もう二人が嘆き苦しまないように! 王女が名前を持って笑顔になれるように! みんなが笑顔になれるように!!――
黙示録は、ユウトの力に呼応して煌々と輝き、部屋を何も見えくなるほど真っ白に染めた。




