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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 31:友人

 オルジアが鬼の形相で、サンズの首を突こうとしたその刹那


「待て! オルジア!」


この声の主が違っていたら止まらなかったかもしれない。過去に聞き慣れ、憧れていた人の声だった。


体が反応したと言う方が正しいかもしれなかった。

止まった槍は、ぐちゃぐちゃな泣き顔で呼吸も荒いサンズの皮膚を突いて少し避けたところだった。

殺意を削がれたオルジアは、声のした方を見て、声の主が思った通りの人で、安心したり


「将軍……」


 声の主は、馬で駆けつけていたヤーレウ将軍だった。剣は携えているが、軽装であるところを見ると、戦う意志はないようだった。


「久しいな。息災だったか?」


「ええ。しばらくは国にいました。」


「そうか……」


 ヤーレウ将軍は馬からおりて、震えながら二人の姿を目線が行き来しているサンズに近寄った。


落ちていた矢を拾って矢尻をじっと見つめた後に


「毒を使うとは……」


眉間に深く皺が寄る。


「……作戦は失敗、神殿も結界が壊されようとしている。おそらくエミグラン殿だろう……」


 わずかに見える神殿の屋根を覆い被さるように貼られている結界が、ヤーレウの見立てではもうすぐ壊されるだろうと見ていた。


オルジアは神殿のことは今はどうでも良く、ヤーレウ将軍が、こんな作戦を立てたとは思えなかった。そして表情の暗さから、将軍職も失いかねない失態を犯してしまった事に憤りに似た感情が沸々とわく。


「どうしてこんな作戦を……ドァンクにはエミグランがいる。二百年ものあいだ守り続けてきた平和を、何故壊すのですか!」


 ヤーレウ将軍は、誰よりもヴァイガル国の平和を守ることに重きを置いていた。

 それが聖書記の儀式に合わせて他国を侵略目的で攻撃したことは、オルジアが騎士団になる前も、なった後も知らないし、あり得ないとさえ考えていた。


 騎士団ならば、ドァンクだけでなく他の国に対しても、騙し討ちをして勝利を掠め取るような卑怯な手段は取るはずはないと確信を持って言えるし、オルジアが憧れた栄光の騎士団は、どんな戦いであっても清廉潔白に正々堂々と正面から立ち向かう姿だった。そこに憧れたのだ。


 ヤーレウ将軍は、厳しい顔のままサンズを見下ろして


「もはや私が将軍だとしても、昔の私やお主が憧れた騎士団はもう戻っては来ない……強く、国民が皆の憧れた騎士団は……」


と、ヤーレウ将軍が思いを吐露すると、オルジアも馬からおりた。


「……いいのか? 馬上無双の強さのお主が、敵である私の前で……」

「戦いは終わりました。あなたは敵ではない。」


 ヤーレウ将軍がここまでやってきた真意を慮るように遮って言うと、鼻で笑ったヤーレウ将軍は「そうか」と返した。


オルジアの言葉を聞き、腰が抜けていつ殺されるのかと恐怖に震えながら二人を見上げているサンズの前に片膝をついた。


「解毒薬を出せ」


「げ、解毒薬……?」


 サンズは喉が締まって掠れた声で聞き返すと


「あるだろう?」


 と、受け取る手を広げて差し出した。


 サンズは目線を逸らしてから、ヤーレウ将軍を見直して


「な、ない……ありませ……」


 ヤーレウ将軍の差し出した手が剣の柄に戻されると、サンズの言葉を全て聞く前に、仮面と首が宙を舞った。


 遅れて、首元から鮮血が噴水のように吹き上がり、首と仮面が地面に落ちてから、体が力なく地面に倒れた。


「将軍!」


「……お主がやろうとしていた事だ。解毒薬を持っていると考えていたのだろう?」


ヤーレウ将軍がやらなければ自分がそうしていたはずだった。首を刎ねた後、解毒薬をサンズの持ち物から探すはずだった。


 ヤーレウ将軍は、サンズの亡骸を手探りで調べ始めた。


「策を講ずる者は、その策が自分に返らないようにするもの。毒矢を奪われて自分達に撃たれる可能性は考えていたはずだろう」


「……」


「策士とは、策を破られた時の事、策を利用された時の事を想定しているものだ」


 ヤーレウ将軍は、サンズの腰に携えた小袋から、液体の入った小さな瓶を見つけ出してオルジアに渡した。


「……そして、愚かな策士は、分水嶺を見極められず自滅する。策を破られた事もわからずに」


 ヤーレウ将軍は、サンズの亡骸を目に焼き付けるようにじっと見て立ち上がり、ドァンクの方を見た。



「まだサンズの命令は生きたままだ。ドァンク街のすぐそこまで兵が向かっている。早く戻るといい。これ以上犠牲者を増やさぬように」


 耳を凝らせば、確かにまだ戦いの音はかすかに聞こえてきた。かすかではあるが戦いはもう終わりなのだ。戦いの火蓋を切った大将は、もうこの世にはいない。


早くサイのもとに、そしてドァンク街に戻るためにすぐにでも馬に跨って駆け出したかったが、オルジアにはヤーレウ将軍に確かめたい事があった。


「ヤーレウ将軍」


 遠くドァンクを見つめながらヤーレウ将軍は「なんだ?」と返す。



「イロリナの事……覚えていますか?」


「……あの日あの時の事を一度たりとも忘れた事はない。」


あの日あの時という言葉で、二人の脳裏には、同じ事が思い出された。


「オルジアよ。」


「……はい」


「たまにはイロリナの墓に行っているのか?」


「ヴァイガル国にいた時は、再々行っていましたが、ドァンクに移ってからはまだ……」


「……そうか」


 オルジアは意を決して尋ねた。


「彼女の事、恨んでいますか?」


 ヤーレウ将軍はオルジアに向き直り


「そんなことは微塵にも思ったことはない。あの模擬試合に出る事を許可したのは他でもない私だ。感謝こそしても恨むことなど何もない。」


「そうですか……ありがとうございます。」


 オルジアは、騎士団を去った日のことを思い出して、鼻の奥がツンと刺さるような痛みを感じて顔を背けた。


「お主が去る時に言えなかったな。『すまなかった』と。言えるはずもなかったが、私も彼女を失った事に言葉も出なかった。」


「……」


「……もう、私には守るべきものが国民から騎士団になってしまった……国の安全を預かる将軍として失格だ。今回の件も騎士団の失態になるだろう。」


 オルジアは、この作戦がヤーレウ将軍がたてた作戦だとは微塵も思っていなかった。

 あの新大臣のスルアがねじ込んできたに違いないと推察していて、事実その通りだった。


 ヤーレウ将軍は和を重んじるあまり、つけこまれて嵌められた。あの模擬試合もスルア大臣に唆されてシャクナリという稀代の体術の使い手が大臣側にいることを隠され、騎士団の土俵に不利な状況で立つ素振りを見せながら、実際は大臣側の勝算しかなかったのだ。

 

効率化の名のもと、非効率な騎士団を潰して、国防の管理も大臣側で行う事で巨大な権力を手にする。それだけの理由でヤーレウ将軍ただ一人が邪魔だったのだ。


一人で奮闘していた姿がまざまざと目に浮かぶオルジアは、息が詰まるほど気持ちを察して声を震わせた。


「すみません……将軍……」


「オルジア……」

 

オルジアはイロリナ亡き後、王と大臣主導による改革で、騎士団の組織改革が行われて、オルジアは不要と判断され、退団を余儀なくされた。


 オルジアはイロリナよりも剣術は下。それだけの理由だった。


 反論できる余地もなく、そしてイロリナのいない騎士団に残ることは、その当時のオルジアには酷だった。

 ヤーレウ将軍は、何とかオルジアは残すと大臣に頭を下げて慰留するように奮闘していたが、折れたオルジアの気持ちを聞いて、引き止める事は無理だろうと判断して、退団を認めてオルジアは騎士団から去った。

 


「すみません……俺がいたらこんなことにはならなかったかもしれない……すみません……」


 あの時、イロリナに注意を促していれば、シャクナリの事を暴き出していれば、模擬試合に負けても大臣に頭を下げてオルジアが騎士団に残っていれば……

 イロリナの剣術を過信してしまった二人は、大切な彼女を失い、そして今、彼女の守りたかった騎士団も、スルア大臣の策略で、ヤーレウ将軍と憧れと共に消えようとしていた。


オルジアは、何故今更この鎧を着ているのか、自分を責めた。


 空は蒼く、エドガー大森林から心地よい風が吹き、オルジアの涙を撫でるように空へ抜けていく。




――結局、俺は諦められなかったんだ……騎士団も……イロリナの事も――


 感情を剥き出しにして、怒り、泣いて、本当の気持ちにようやく気がついたオルジアは、最後の彼女の言葉を思い出す。



 ――あなたの正義を貫いて……それが私のたった一つの願い――



――それが騎士団を無くすことになっても、それが俺の正義だとしても、君は許してくれるかい?――



 この世界にはもういない、イロリナの最後の言葉に問いかけ、しばらくの沈黙の後、オルジアは目尻に溜まった最後の涙を指で拭って、ヤーレウ将軍に向き直った。


「俺は……もう行きます。待ってる奴らがいるので」


「そうか……」


オルジアは馬に跨って、手綱を引き、見上げるヤーレウ将軍をじっと見つめた。


「それでは、また」


ヤーレウ将軍が頷くと、オルジアは馬の腹を蹴ってサイのもとに駆けるように伝えると、馬は嘶いてからすぐに駆け出した。


無念も後悔も、その場に残して。



**************


 マナばぁさんと少年は、獣人傭兵達を振り切って外に出ていた。

矢が刺さった獣人傭兵をヒールしているが、一向に良くなる気配はない。


「まさか毒を使うとはの……ワシのヒールでも抜ける気配はない……力不足が心底憎いの」


「毒……か」


 少年は、矢の刺さった傷口に触れると指に付着した血を舐めると、マナばぁさんが息を呑んで少年の肩を 掴んで揺らした。


「何をしておる! 毒が残っていたらお主も……」


 少年は舌でペロリと唇を舐めると


「これは神経毒だな。なるほど、動きを止めるために即効性のある神経毒を使ったらしいが致死には程遠い。だが、命に関わる者もいるだろう」


「お主……毒がわかるのか?!」


 少年はキョトンとした顔でマナばぁさんを見て


「ああ。わかるよ。この程度の毒の解毒ならこの街にある薬草を煎じるだけでも作れるだろう。相手は安い毒を騙されて買わされたのかもしれんな。普通、人を殺めるのにこの毒は使わない。」


「そんなことはよい!薬草は……何を使うのじゃ?」


 少年はいくつかの薬草を列挙すると、マナばぁさんは


「そのくらいの薬草ならドァンクでも用意できる。お主を信じるしかないが……」


 少年は少し笑って


「信じろ。この街では嘘はつけない。何せあの女が治める街だからな」


 あの女とはエミグランを指している事はすぐにマナばぁさんもわかった。


「ばぁさま、急げ。命を落とす者がいないわけではないぞ」


 少年の言葉にマナばぁさんは、藁をもすがる思いではあったが、周りの元気な獣人傭兵に声を張り上げて、準備するものを言いながら街の中に戻っていった。


「まったく……まだまだ元気なばぁさまだな」


 と、ヴァイガル国方面から怒声が聞こえ始めた。

視線を向けるとヴァイガル兵が大挙して少年のいるドァンク街にの入り口に向かっていた。ドァンクの前線は突破されたらしく、砂塵の舞う兵の大群は、明らかにドァンクの前に立つ獣人傭兵よりも多い。



 周りの獣人傭兵は圧倒的な人数差に恐れて後退りしていた。


「む、無理だ……人間といえどもあの人数では……」


 毒にやられた獣人傭兵達を介護していた者達も、いつ逃げ出そうかと周りを見渡していた。



「……やれやれ」


 少年は前に出て走り出した。


「お礼をしたくてきたのに、こんなことになるとはな……全てを知る者とはこんなに嫌われる者なのか?」


 少年が走りながら背を丸くさせると、背中が赤く輝く。

 赤いものの正体は溶岩で、背中から天に昇る二体の龍の如くうねりながら突きあがると、二体とも先端が二つに分かれて、牙の生えた口になった。


 少年が腕を振るうと一体が、ヴァイガル兵を飲み込むように口を広げてすり抜けると、焼いたのか、食ったのか近くにいた兵は分からなかったが腰より上が消えて、残りの脚は燃えてパダパタと音を立てて倒れた。


 あまりの光景に興奮していたヴァイガル兵は脚が止まった。それは少年の二体の『蛇』から発せられる熱量が尋常ではない事も影響していた。


 兵達が立ち止まって前に進めない様子を見て、少年は少し笑って声を張った。



「我が名はオロ! 友人であるユウトの名代として告げる。灰燼になりたい者から前に出よ!」


 兵達は、小さい頃におとぎ話で聞いたことのある蛇の神の名前を、少年から告げられた。


 

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