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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 28 :出離生死

 タマモは、エミグランの屋敷の周りを、大鷲になって空から見張っていた。

 つい先程、エドガー大森林から砂埃を上げて、ヴァイガル国の旗を掲げた軍隊が、ドァンク街に向かっていた。


 実は昨日の夜に、屋敷やドァンク街に残る者はエミグランから伝えられていたことがある。


 エミグランとギオンがドァンクにいない。つまり、最大戦力になる二人がいない状況は、ヴァイガル国から仕掛けてくる機会にもなるだろうと。

 

 これまでヴァイガル国とドァンクは、お互いの内部情報を、クラヴィのように斥候によって仕入れていたが、エミグランの屋敷は誰も入ることはできずに街に住む獣人の情報を集めることくらいしかできなかった。

 そんな中、エミグランと、獣人能力評価でトップに立つギオンが、ヴァイガル国で二人とも足止めされている状況は、ヴァイガル国に取って都合が良かった。


 エミグランは、屋敷を出る前に、タマモを含めた信用できる者たちに懸念を伝えていたが、それが真実となって襲いかかってきた。


 タマモは強い心で『絶対に負けないぞ!』と自分を奮い立たせていた。そうしないと、今のおどろおどろしい、これまでの全てが壊されてしまいそうな恐怖に飲み込まれそうに思えた。


今できる事を真剣に実行する。

タマモができることは空から様子を確認して皆に伝えることだ。

自分だけができる能力で皆の役に立てるのならと、自分から志願して空から様子を見張っていた。


エミグランの予測は

『もしドァンク街が攻められる事になれば、一部は屋敷の方に来るかもしれない。』というもので、今の所予想は的中していて、タマモが空から見たところ、エミグランの予想通り、本隊から分裂するように、屋敷に向かっていた。


「本当に来るんだ……争いが始まるんだ……僕だって……」


 大鷲のタマモは、両翼を傾けながら大きく旋回しながら屋敷に戻って行った。



**************


ドァンク街の入り口は、すでに今日一日警戒のために見回りをしていた獣人傭兵たちが集まって障壁がわりになって立っていた。


少し前からエドガー大森林の方から砂埃が舞い上がる様子は見えていて、ドァンク街からも本隊が見えるところまで迫って来ようとしていた。

ミストドァンクから獣人傭兵の応援はすでに到着していて、その中には、サイ、ユーマ、キーヴィの姿もあった。

それぞれ武器を身構えて、ヴァイガル国の出方を待つ。


入り口は敵兵が侵入しないように街の中にも外と同じように獣人傭兵や体の大きい獣人が待ち構えていて、外でできる限り食い止める体制になっていた。

 街の外での戦闘を想定しているため、外のほうが圧倒的に危ない。

 外で待ち構えるサイのこれまでの考え方は、獣人にも人間にも与しないことだったが、今回の襲撃は圧倒的に人間側の都合で行われていることと、ドァンクには、ミストドァンクで傭兵の仲間ができたことで、守りたいものがここにあった。

こんな暴挙に出る人間を止めなければ、獣人はどこまでいっても見下される。そんな未来は絶対に避けたかった。


ギオンがヴァイガル国に出向いている今、ここを守るのは自分たちだと意気込んで鼻息荒く、顔も真っ赤にしてウォーミングアップ後のように軽く汗までかいていた。


「……絶対に守る……絶対に……絶対に」


体は準備が整っていても、心の中は恐怖が渦巻く。

それは当然の反応で、これまで、サイだけではなくすべての獣人達が体験した事のない、他国からの侵略撃退が始まる。しかもドァンクに因縁があるヴァイガル国の兵隊達だ。


 平時は衛兵として法に縛られているが、事はヴァイガル国外で起こる上に、集団戦が人間と獣人の間で発生する。

獣人戦争から二百年。虐げられてきた歴史でもあった。中には、二百年ごしの復讐だと息巻いている者もいた。


戦いの勝敗の歴史は、戦いによって覆すしかない。


獣人達の士気が高まらないわけがなかった。


獣人傭兵たちは、各々が鼓舞しあい、その時を待った。




しかし人間側は狡猾だった。


空に無数にきらきらと輝く光が見えると、サイが叫んだ。


「矢だ!! 矢が降ってくるぞ!!」


声に見上げると急降下してくる矢が無数の群となって外の獣人たちに降り注ぐ。

声に反応できた者で盾を持っていた者は身を隠した。


「くそおおおおお!! うぐううっ!!!」

「ぐあああああっ!!」

「た、たすけてくれぇぇ!!」

「おのれ……人間が!!!」


無数の矢が風と叫び声を切って降り注ぐ。

盾を持っていないサイとユーマはしっかりと矢の軌道を見極めて被弾を避けたが、キーヴィは体の大きさからいくつか矢を食らっていた。

だが持ち前の脂肪の厚さで致命傷にはなっていないらしく「いててて……」と刺さった矢を抜いた。


「もう開始かよ! 口上も合図もなにもなしかよ!!」


このままでは矢の餌食になると、誰かが「盾を持っているやつ! 前線を作れ!」と声が聞こえると、盾の前線を作るべく持っている獣人たちが前に出た。


「こっちも矢で応戦するんだ!」


サイは後衛にいた弓部隊に大声でいうと、すでに準備はできていて矢を放った。


また、空からきらきらした光が降り注ぐ。


「二波目だ!!」


ドァンクからの矢が放たれたすぐ後に、ヴァイガル国側の矢がまた降り注いできた。

数が多いが、降り注ぐ矢は、まるで狙っていたかのようにドァンク側の矢を狙って叩き落としながら、獣人陣営に襲いかかる。

サイは矢の行方を見ていたが


「こっちの矢が全部落とされただと!!」


サイは自分の目を疑った。数が多いとはいえ、飛んでいく矢の節をすべて上から撃ち落とすなんて事がありえるはずがない。絶対に偶然でなく狙って起こったことなのだとはっきりと分かった。


向こうの陣営にはとんでもない弓の使い手がいる。

無数に打つ矢を狙ったところに寸分違わず放てる使い手がいる。


闇雲にまっすぐ突っ込むだけでは犬死するだけだが、やられた獣人たちを目にして黙っていられるはずがなかった。


誰が切り出すわけでもなく、前線を上げ始めた。

それもそのはずで、このまま相手の動向を見るなんてことはできるはずがなかった。止まっていれば矢の餌食になるだけだ。


突っ込むしかなかった。

人間に先手を取られるわけにいかなかった。背中には守るべき街がある。二百年前の獣人戦争で負けた獣人が、またここで負けるようなことがあれば自分たちの居場所がなくなってしまう。

これまでの獣人の扱いを考えると、負けたら今より人間に不当に支配される未来しかない。


だから突っ込むしかなかった。

追い込まれた獣人側の選択は、人間側に都合が良かった。


**************



「予想通り、前線が前に突っ込んできました。」


戦況を確認しているヴァイガル国の兵長。通常時は衛兵隊長が報告で本隊の中央の人物に伝えに来た。

報告を受けた、仮面をつけた男は喋りにくそうに


「わかった。」

というと、両手を広げて目を閉じると、何百もの弓にたくさんの弓が男を中心に浮き上がった。


「矢尻に火をつけろ」


地面に並べていた矢の矢尻に兵が走りながら撫でるように火をつけると、油を塗っていたので一気に火が吹き上がる。

そして火矢は吸い込まれるように弓につがえられると、一斉に引き絞られて放たれた。


風を切って何百もの火矢が吸い込まれるように飛んでいく。


「矢を準備しろ」


仮面の男はまた矢を要求するが、兵長は


「敵の前線がこちらにきます。そちらはどうされるのですか。」


仮面の男は兵長を睨んだ。


「オレに逆らうのか?」


「い……いえ……このままでは前線は命令がないと……」


「お前たちは黙って俺を守っていろ。」


「で……ですが……」


「次に死にたいのはお前か?」


「い、いえ! 失礼しました! サンズ騎士団長!!」



 仮面の男はサンズだった。

アシュリーに顔を燃やされ、焼け爛れた皮膚は、ヒールでも戻らなかった。

これは、怨念のようなものがこもった炎で焼かれた事が原因で、マナによる奇跡でさえ効果がなかった。ヒールを施すと、そのマナでまた顔から炎が発生して、治した皮膚の範囲以上に火傷が広がり、のたうち回るような痛みがサンズを襲った。


 サンズは魔石治癒で、痛みを鈍くさせる魔石を首の後ろに埋め込んだ。

 そして、人体魔石技術によって、能力の向上を図るため、さらに十個の魔石を人体のマナの流れる要所に埋め込んだ。

 これにより、サンズの能力は向上し、扱える弓と矢の本数を何倍にも増やすことができた。


 全ては、あのメイド獣人に、気の済むまで矢を打ち込むため、風穴を気の済むまで心ゆくまで開けて愉しむため。

 顔の火傷を償えるのは、それ以外に方法なんてないと確信していた。


 アグニス王から今回のドァンク襲撃の話を聞いたとき、いの一番に手を挙げた。

 王も大臣も、サンズの思いは理解していたので反対はしなかった。ただ、ヤーレウ将軍だけが反対した。サンズは反対意見など聞く耳は持たず、すぐに出撃の準備を始めた。


 神殿にエミグラン達を閉じ込めたと連絡を受けるとすぐに進軍を始めた。


 弓の射程距離にドァンク街を捉えると、すぐにサンズの力で矢による攻撃を開始した。


百張以上の弓を引き絞って放った時、サンズは鈍くなった痛みが、快感に変わった。


遠くではあったが、魔石の効果なのかわからないが、殺した手応えがあった。

矢が、憎き獣人どもの肉を裂いて、矢尻が深く刺さる確かな感覚が、無数にその手に伝わってきた。


鈍った痛みが、殺した手応えによって快感に変わる。皆殺しにすれば、焼きただれた顔が少しは治るかもしれないと、攻撃の手を緩める事はなかった。


ーーもっと、もっとその感覚を味合わせろ。価値のない獣人など俺に快感を味合わせるための物にすぎんーー



「矢を出せ。」


 兵達に命令するサンズの視線はドァンクへずっと向けられていた。


 見据えた先には、獣人達が横に並んでいた。サンズは口元を歪めて



 ――死ね。獣人は全部死ね。獣人はこの世界に不要だ。――


 何百もの矢が、また風を切って空に放たれた。



 **************


サイ達のいる前線には、矢が豪雨のように降り注ぐ。


「火矢だ!」


 今度は矢尻には火が灯された矢が、雨のように降り注ぐ。


「くそがああああああ!!」


 避けるので精一杯で、遅々として前に進むことができずに思わず声を上げる。


「ユーマ! キーヴィ! 大丈夫か!!」


「私は問題ないです!」


 ユーマの声が聞こえるがキーヴィの声が全く聞こえない。


「キーヴィ! 生きてんのか?!」


「アニチィ……おで……わからねぇ……」


 キーヴィの様子がおかしいと消え入りそうなキーヴィの声でわかったサイは、体ごと振り返ってキーヴィを探す。


 思ったより近くにいたキーヴィの顔色が青ざめていた。


「どうした! キーヴィ!!」


 駆け寄ると、全身から汗が吹き出していた。


「おで……アニチィについてく……ついてくぞぅ……」


「バッカ! おめぇなんでそんなに顔色がわりぃんだ!」


 ユーマもそばに来ていて、キーヴィの顔色と、手足の震えを見て一言


「……毒だ……」


「毒……だと?」


「おそらくキーヴィが受けてしまった初撃の矢に仕込まれていたのでしょう。手足に痺れが来ている……」


 キーヴィはその巨体を支えることすらできず、膝から崩れ落ちた。


「キーヴィ!!」


 よく見ると、キーヴィの唇が寒くもないのに小刻みに震えていた。


「ユーマ! キーヴィの毒は!!」


神妙な面持ちで首を横に振った。


「わかりません……おそらく神経毒の類……獣人を一網打尽にするように仕込まれた物…… 」


「バカヤロウ!! そんな事を聞いてんじゃねぇ! キーヴィは助かるのかって事を聞きテェんだ!!」


火矢で周りから徐々に炎が巻き起こる中、ユーマは首を横に振った。


「……わかりません……毒の種類を特定しなくては、命に関わるかと」


 ――命に関わる――


キーヴィが死ぬかもしれない。

サイがキーヴィの苦しそうな顔を見ると、目が虚に焦点が合わずに、呼吸が浅く早くなり、びっしりと玉の汗をかき、まるで燃え尽きる前の蝋燭のように激しく生きる炎を燃やしているように見えた。


 苦しそうなキーヴィにサイがポロポロと涙を落とす。


「なんで……なんでキーヴィが……」


 「……お、おで……」


 涙に気がついたキーヴィは、サイの顔に手を伸ばす。



「喋るな! キーヴィ!」


「おで……大丈夫……だから!」


 キーヴィは、苦しかったが、サイの心配そうな顔を見て精一杯強がった。もし意識が途切れたら

もう目覚める事はないかもしれないという恐怖心があった。

 たが、大好きなサイが心配そうに泣く姿が最後に見る姿かもしれないと思うと、笑って欲しかった。


 でも死にたくなんてない。サイと共に強く生きていきたいと、今でもそう思っている。


 ーー死なない!死なない!絶対に死んでやるもんか!


 キーヴィが虚な視界と意識の中、生きる事をこれまでの人生でもない程に、強く、強くそう思っていた。


「兄上! 矢が来ます!」


 ユーマはサイに告げると、なんとか降り注ぐ矢を避けた。後ろを振り返ると、キーヴィと同じように毒にやられた獣人達が倒れていて、当初の6割ほどの前線が身動きできなくなり、うずくまるもの、倒れて毒にが効きすぎて泡を吹いて大の字で倒れていたり、地獄絵図のような有様だった。


「このままでは……ドァンクは……」


 ユーマはサイの方を見た。


 ――!!


 サイは、キーヴィを庇うようにその身で覆い被さるようにしていた。

 背中や足下に何十もの矢が刺さっていた。



 かのように見えた。


 矢の全てが、サイの体からこぼれ落ちるようにパタパタと倒れていった。



「刺さって……いない?」


 サイを苛む激情は、全身の体毛を硬化させる怒りだった。


「これが……人間のやり方かよ……遠くからチマチマやってると思ったら、毒か……」



「兄上……」


 サイはゆっくりと立ち上がった。六尺棒が軋むほど握りしめる。


「ユーマ……悪いがキーヴィのそばにいてやってくれ……」


「……どうされるおつもりですか?」


「……どうもこうもねえよ……わかるだろ? キーヴィがやられて、あそこにいる奴らはほくそ笑んでるんだろ……毒にやられた哀れな獣人を……」


 サイが指差したヴァイガル国の兵団は、まだ動こうとはしていなかった。


「……ムカつくよな? 高みの見物かなんだかしらねぇけどよ……許せねぇよなぁ!! 絶対に許せねぇよなぁぁ!!」


 サイの全身の毛が逆立つ。


「毒にやられた獣人が、のたうちまわってる姿見ても何も思わねぇクソみてぇな人間どもに教えるしかねぇよなぁ!! 」


「兄上! 怒りは……」


「鎮められるか!! オメェはキーヴィを守ってろ!! 俺だけで充分だ!!」


「兄上!!」



 サイは六尺棒を咥えて、四足でヴァイガル国兵団に向けて走り出した。


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