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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 22:ボクの名は


 ――イクス教神殿前


シャクナリを送ったヤーレウ将軍は、神殿の階段を下り切った後、慌ただしく神殿を取り囲む体制を組むために動き回る衛兵の中に、少しだけ宙に浮いたツナバ騎士団長が立っていた。


 壮年よりも老人に近い年齢でヤーレウ将軍と同世代だが、あまり会話を交わすことはなかった。

 ツナバはじっとヤーレウ将軍を見て何か言いたそうにしていたので、ツナバに自ら近づいた。


「……全ては予定通りかね?」


 開口一番、珍しく騎士団の作戦のことを聞いてきたツナバにヤーレウ将軍は険しい顔を崩さず「うむ」と簡単に返事を返した。


 ツナバは少し生え際の上がった額を撫でて鼻を鳴らし、神殿を見上げて、ヤーレウ将軍に問う。


「神殿内に保管された大災の魔女の黙示録……それがドァンク側の狙いだと聞いた時は、流石にこの私も驚いたが、根拠はあるのかね?」


 戒厳令発動の是非を問う会議にツナバは参加していない。興味のないことには一切見向きもしないツナバがここにいる事も珍しい。ヤーレウ将軍は事情を知らないツナバにも説明しておこうと会議のことを話し出す。


「……レオスがそう言う以上、おそらくはそうなのだろう。アルトゥロも同調していた事で、大臣も王も信じた。」


「ふむ……私もアルトゥロ君とは話をしたことがある。聡明な彼がそう言うのであれば、ある程度信じるに足る根拠があるのだろうな。」


神殿を数えきれないほどの白いローブを纏ったイクス教の神官が囲み始めていた。候補者と護衛とエミグランが内部に入った後、神殿をすべて結界で取り囲む手筈になっていた。


「結界を張って、大神官は無事に出て来れるのかね。獣人殺しのエミグランがいるのだろう? それにマナを封じる工作をシャクナリ君が神殿に施したと聞いた。儀式そのものも出来ないのではないのかね?」


「……今日は最終儀式の予定はない。」


「……どう言う事かね?」


「今日は……」


 ヤーレウ将軍は言い淀むが、ツナバに伝えるべきかどうか少しだけ考えた。


「……今日は二つの作戦が同時進行する。その中に最終儀式の予定はない。」


「それは……どう言う意味かね? 理解しかねるが」


「……いずれわかる。手伝う気がないのならここを去ったほうがいい。衛兵達が君を頼ってくる。」


 ツナバはそう言われて辺りを見回すと、確かに何人か衛兵からの視線が向けられていていた。

 表にあまり出ないツナバはその視線を鬱陶しく感じる。


「ならば、言う通りにしよう。ではまたいずれお会いしよう。将軍殿。」


 ツナバはヤーレウ将軍に背を向けて、何度か手を振り、少しだけ浮いたまま神殿前広場を衛兵の間を縫って去っていった。


 ツナバが見えなくなるまで見送ると、あたりのマナが激しく共鳴しているのを感じて神殿の方を見た。すでに結界を張り始めていて、もう少しすれば神殿と外の世界は隔絶される。


 人間や生物はもちろん、音も通らないほどの強力な結界が少しの間神殿を囲う。


 中で行われることは完全に極秘。


 結界が効果を失う間に、リオスとシャクナリ、同行者の亡骸を神殿前に持ってくる予定だ。


 だが、ヤーレウ将軍は不安の方が大きかった。エミグランのマナを封じることが出来るのか何の確証もなかった。

 マナを封じる仕組みを作ったのは、ヴァイガル国の大臣を務めていた時のエミグランだ。本当に効果があるか懐疑的だが、リオスが押し切る形で採用が決まった。


 神殿の結界が下からゆっくりと神殿にドームを作るように囲っていく。リオスとシャクナリが、エミグランと対峙している頃だと思うと、自身もあの中に行きたい気持ちが湧く。


「ヤーレウ将軍!」


 一人の衛兵隊長が駆け寄ってきた。


「お時間です。」


「そうか……伝令を送れ。」


「ハッ!」


 衛兵隊長は敬礼し、ヤーレウ将軍から走り去ると、また神殿を見て、結界が完全に張り終わるところを見届けた。


 ――リオス……ぬかるなよ……


 中にいるリオスを案じて、ヤーレウ将軍は神殿前広場から去った。



 **************



 エミグランの拳による一撃は、リオスのほおにめり込むと、グシャリという音がリオスの脳に響く。


 口の中が拳で打ちつけた頬の内側と歯がめり込んでズタズタに切れた。


「ガッ……」


 今まで食らったことのない拳の一撃の重さは、意識を途切れさせるには充分だったが、エミグランへの憎悪が意識をかろうじて保った。


「もう一度言うてみるか?。」


「ぐっ……くそぉぉ!!」

 

 リオスは残した意識で口の中に広がる血の味を噛み潰して、眼下で楽しそうにニヤつくエミグランの顔に拳を固めて打ち出す。


「ぬるいの」


 拳はエミグランの手のひらに吸い込まれるように受け止められた。


「……くっそがあああ!――――!!」


 エミグランに掴まれた手が固定されたように動かなかった。フフッと笑い声を漏らしたあと、まるでたまごを握り潰すように、リオスの拳はエミグランの手の中で砕けて、指の間から鮮血が吹き出した。


「っっあああああああ!!」


 爆ぜたように砕け散り、膝をついたリオスは、反対の手に持っていた剣も手放し、爆ぜた手から吹き出す鮮血を抑えるべく手首を掴む。


エミグランの攻撃は止まない。


「どうした? ニンゲンよ」


 声に振り向いたリオスの目の前には、エミグランの蹴りがもう目の前に来ていて、顔の中心に踵がめり込んでのけぞった。


「ガッ……」


涙と血で視界がぐちゃぐちゃになったリオスは、まだ心は折れていなかった。


歯が砕け、鼻は横に曲がり膨らんで、鼻での呼吸ができず、ハヒ、ハヒと砕けた歯の隙間から空気が出入りする音が情けなく耳朶に伝わる。


 それでも、エミグランを止めなければならない。

この作戦はリオスが王とヤーレウ将軍に直訴して実行に至った作戦だった。


 マナを封じればエミグランは恐るるに足らず。そう結論付けたのはリオスだった。しかし、実際にはエミグランのマナら封じられていなかった。人智を超えた戦闘能力は明らかにマナによるものだ。

作戦の失敗は、ヤーレウ将軍の進退問題になる事は火を見るよりも明らかだった。


――そんな事はさせない……騎士団は、騎士団長は……


 リオスは情けない呼吸音でゆっくりと立ち上がると、鼻から止めどなく血をダラダラと流しながら、薄ら笑いを白檀扇子で仰ぐ鮮血に染まったエミグランに手を伸ばす。


「き……騎士団は……終わらせない!」


と言うと、エミグランは笑いを堪えながらリオスに残念そうに、小馬鹿にするように反論した。


「騎士団はとっくの昔に終わっておるよ。お主みたいなニンゲンが団長を勤めておるのだがら。国の平和も守れない力など、わしにとって抑止にも脅威にもならんよ」


 と吐いて捨てるように言い、一足でリオスの懐に潜り込んだ。



 ――ああ……わかった……なぜエミグランが二百年もの間、この国を攻めなかったのか……――


 エミグランの手に、淡く白いマナが集まると、ぎゅっと手のひらの上で圧縮されると、バチバチと弾く音とともに小さな雷の玉が手の中で発生した。


「……国を守ると言うのなら……このわしの首を刎ねてみよ! 今すぐに! 一人のハーフエルフも止められぬニンゲンがしゃしゃり出て、小細工を講じて対等になれると思うな!」


――この女は……ハーフエルフは……この国を滅ぼすほどの力があるのにそうしなかっただけなんだ……――


 リオスは圧倒的な力の差を感じて脚が震えていた。リオスがこれまで積んできた経験や時間は、エミグランの前では無意味。そもそも生きてきた期間が圧倒的に違う。積んできた経験も違う。そしてこの国の大臣を経験もしている。おそらく掃討戦の手の内もある程度を予測して掴まれているに違いない。エミグランは【この状況になる事をがわかっていた】はずだ。


「……く……くそ……」


 雷の玉を手の中で回しながら、これ見よがしにリオスの目の前に近づけた。


「わしは二百年もこの時を待っていた……この時代に生まれた事を後悔するが良い。そして……」

 

雷の玉を、リオスに放る。


「獣人殺しの名を口にした罪を償え、ニンゲン」


雷の玉は、リオスの鎧にへばりつくと、リオスの全身に電流が流れた。


「ああああああああああ――!!」


全身、指先の先まで均等に身動きできない痺れがリオスを襲う。立つことすら出来ず、固まったまま地面に倒れ込む。

 目と口を開ける限界まで開き切った顔は断末魔の叫びをあげそうなほどだった。


「ぐぐぐぐぐぐぐがががががががが!!」


 脳が逃れたい、逃れよと危険信号を体に伝えるが、しかし全く身動きができないほどに痺れ、唯一動く首を高速で左右に振る。

 拒否を示すように見える首の動きに、口が閉じずに涎が飛び散る。

 四肢も指先も電流が流れ続けて、リオスの目は白目を向く。鼻腔の血管が裂けて鼻の穴からは血が流れる。

 神経が焼き切れたのか、感覚も無くなってきて、痺れが薄まり、感覚が焼き切れて無くなっていて、身体の自由は、立っていた時よりも無くなりつつあった。


リオスの口から出る音が無くなるまで、電流の威力は衰えることがなかった。


 

 

 リオスの身体は、痙攣して虚な目で天井を見上げていた。


 ようやく電流から逃れられたとはいえ【もはや健康な人間には二度と戻れないほどに】痛めつけられていた。脳から命令を出す神経を電流で焼いたリオスの身体は、もう意思通りに動く事はできなかった。


 体を動かすことが出来ないリオスの顔の近くにエミグランが歩み寄る。

無表情に見下ろして、「う……う……」と喉から音を発することしか出来ず、モゾモゾとまるで芋虫が這うように四肢を動かす事しかできないリオスを哀れに見下ろす。


「……哀れよの。先ほどまで国を守るために剣を握っていた騎士団長が、まるで死に際の虫のようじゃ。」



「う……う……」


 リオスは言葉にならないが目で懇願した。


「……殺せ……と言いたそうじゃな。」


 リオスは動かない首をなんとか僅かではあるが動かした。


「何故、わしがお主の言う事を聞かねばならぬのじゃ?」


「うっ……う……」


「お主を完膚なきまでに叩き潰したが、お主は一命を取り留めた……負けて命を奪えとわしに願う……随分と身勝手な言い分じゃな」


「う……うーっ……」


「このまま生きるのが恥とでもいいたいのか知らぬが。お主の今後の人生などわしの知ったことではない。せいぜい恥を晒して生きていけ」


「うっー!……アー!」


 殺せ!殺してくれ!とリオスは目で訴えた。


「……お主を大切に育てたご両親によろしく伝えておいておくれ……フフフ……」



 エミグランは、表情が固まって動かすことすら出来ないリオスの目を見ながら立ち上がると


「恨むなら好きなだけ恨め。お主を生かして、先ほどの力を出せるようになったとしても、わしの邪魔にはならんのでな。」


 と言葉を残してリオスから離れた。


視界は赤く涙で染まったリオスは、エミグランの姿が見えなくなるまで喉から音を出していた。


 殺せ!殺してくれ!


 と言っていたつもりだが、リオス自身も自分の言葉は音にしか聞こえなかった。

 

自分で死ぬこともできない。

殺してくれることも許されない。


 リオスは、うー!うー!と音を出しながらその場で

モゾモゾと体を動かして、エミグランの笑いを食いしばる歯も折れて我慢する方法もなく、啜り泣きながら口惜しい……恨めしい……と思うことしかできなかった。そして、リオスが失敗したことで、ヤーレウ将軍の処遇だけが心配になった。



 **************


シャクナリは、姉妹を人質に取って時間稼ぎをしていた。

 今日は最終儀式は行わず、候補者を確保の後、撤収もしくは殲滅だった。

 もう候補者は、結界を張る前に神殿を出ている頃だろう。今この神殿は完全に密室状態だ。


――さて、どうしようかなぁ……四人に追いかけられるのは面倒やし……かと言って誰かを殺せば死に物狂いでかかってきそうだし……


 両手の中には姉妹の顔がある状況はシャクナリにとっては不利でもあった。

 一斉に襲われたら流石のシャクナリでも返す方法はなかった。だからこそ手の内はみせられない。

 何が出るかわからないから、四人は動けないのだ。


駆け引きはずっと続いていて、シャクナリはここから離れる方法、ローシア達は隙を見つけてシャクナリから離れる方法を模索していた。

 

作戦は成功であとはエミグランと対峙しているリオスに合流すれば終わりだ。


走るのも面倒で、できればスマートに去りたいと思案していたが、マナを感じた。


――何よ……マナを封じているはずなのに……


 視線をユウトに向けると、密かに深緑の右腕を呼び出していたユウトは、シャクナリに気が付かれないように右腕に深緑の力を宿していた。

 シャクナリはマナが使えないと言う先入観から、ユウトの変化に気がつくのが遅くなり、思わず身が硬直した。


 シャクナリの硬直は姉妹にも伝わった。


――今よ!レイナ

――はい!


 二人が肘打ちをシャクナリの腹に叩き込む。


「……ぐっ!」


 反射的に鉄のツメで二人の顔を裂くように手首を返したが、腹への攻撃で隙間ができ、二人は屈んで避けて、ユウトの元に転がり込んだ。


「うおおおおお!!」


 ユウトの新緑の右腕が床を叩きつけ、マナの衝撃波が地面を伝ってシャクナリを襲う。


「チィッ!!」


 飛んで避けるが


「隙あり!!」


 ギオンが両手剣を抜いて頭を割らんと振り下ろした。


 シャクナリはギオンの縦振りの剣が右腕をわずかに掠めて皮を削がれたが直撃は避けた。


 シャクナリはギオンの胸を蹴飛ばして距離を取り、抉られた右腕を一瞥してから四人を睨んだ。


「いたいわぁ……万倍で返したいけど……うちにできるかわからんねぇ。じっとしといてくれへん? 楽に終わらせるから」


 ユウトは、この国がまともにドァンクに取り合う気がない事は、いくら鈍感なユウトでもわかった。


「それにしても、ボクはなんでマナが使えるんや? あの仕掛けたヤツ、壊れとったんかな?」


 

この期に及んで冗談めいて言いながら、ヘラヘラして見下すように言うシャクナリの態度が許せなかった。


「あらぁ……もしかしてもう勝った気分かしら? 残念ねぇ……まだ何も始まっていないのに……四人同時にかかってきてもいいんやで?」



「……こんな事やめようって言っても、あなたはやるんだよね?」


 シャクナリに問うが、何を今更といわんばかりにおどけたように小首を傾げて笑う。


「やめる理由なんてないように思うけど? それともおウチに帰りたくなったかな? ボクは?」


 シャクナリの挑発には乗るつもりはないが、レイナとローシアは臨戦体制を整えていた。


 ギオンも両手剣を握りしめて顔の横で構える。


「僕は……」


「んー? どうしたの? ボクゥ?」


 シャクナリは鉄のツメを擦り合わせると、その時が来ると身構える。


「僕は……アキツキユウトだ!」


 癪に触るシャクナリに、ユウトが右腕を振りかぶって神殿の床を叩き、高く飛び上がった。

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