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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 19:前夜

 聖書記最終儀式の前夜

エミグランから、屋敷にいる全員に応接室に来るように言伝があり、ユウトとローシアとレイナの三人が揃って向かっていた。


 ユウトはカズチ山に行った日以来エミグランと顔を合わせる事はなかった。

 貴族会の代表として立て込んでいる毎日であることは知っていた。一歩間違えればまた貴族会の一人が襲われるという、ドァンク共和国の運営に影響を与えるであろう一件は、エミグランが黙殺して事なきを得ている。


 だが、ユウトはエミグランへの疑念は捨てきれていなかった。


 人間と獣人が対立していた獣人戦争と呼ばれる争いで、人間側についていたエミグランが、オロに呪いをかけてカズチ山から出ないように封じた。


この話をローシア達に打ち明けようかと悩んだが、三人の今の境遇は、共通の目的として黙示録の破壊を掲げてはいるが、エミグランの都合の良いようにされている感は拭えない。


 ローシア達も初めてエミグランと対面した際に見せたエミグランへの疑念は、今は形を潜めている。それは結局、エミグランを信じていようがいまいが、従う形でしか黙示録の破壊にたどり着く事はできないだろうという判断に行き着いたからだ。

 ローシアの判断は目的を達成するために、自分の思いや疑念を噛み潰してエミグランに従っているのだろうと思うと、ユウトが個人的な感情と考え方を全面に出して険悪になることは避けるべきという結論に行き着いて二人には相談も何もしていない。


 二人とエミグランの目的は一致しているので、人間よりも長い寿命であるハーフエルフの知恵や、貴族会の庇護の下で行動する方が都合が良い事は明らかだ。


 エミグランの前に出て、何も悟られないように振る舞えるかどうか。

実際に対面するまではわからないが、応接室に入るまでには、気持ちを整えておこうと何度か深呼吸をして、疑念に包まれた心を洗い流した。


階段を降りると、オルジアとギオンが待ち構えていた。

オルジアが三人が降りてくるところを見て、片手を上げた。


「よう。遅かったな。」


 ユウト達はオルジア達が来ることを聞かされていなかった。


「アンタも呼ばれたのかしら?」


 とオルジアに尋ねると


「ああ。最優先任務らしい。まあ当然といえば当然だがな。」


 オルジアにも最終儀式の話は知っているらしく、顔が引き締まる。ギオンも同様だった。


「某も、ようやくエミグラン様に恩を返せる日が来たと思うと身が引き締まる思い……いや、それでもまだ足りるとは思ってはいませんが。」


「ん? お前さん、ここにきた理由はそれだけなのか? ん?」


 オルジアがギオンの引き締まった顔をニヤついて見上げた途端に、ギオンの険しい顔が赤くなる。


「いや……それは……」


 ローシアはキョトンとして赤ら顔になったギオンを見ていたが、理由を知っていたユウトとレイナは、オルジアにアシュリーとの関係を知られてしまったとすぐにわかった。


 そして、タイミング悪く、応接室の案内に迎えにきたアシュリーが現れて、顔を赤くして静々とユウト達に歩み寄る。


「あの……エミグラン様がお待ちですので……案内させて……いただきます」


 オルジアはニヤリと笑い


「よし! ギオン! アシュリーに案内してもらおうか!」


 と、ギオンの背を平手で叩くと、大きな体が前に押し出されるようにしてアシュリーに引き寄せられた。


 ギオンは咳払いしてから「で、では、案内を頼む」

というと、アシュリーは恥ずかしそうに俯いて「……はい」と小さく呟くように言って応接室に向かって歩き始めた。


 アシュリーが先頭で、そのすぐ右後ろにギオン、ローシアとレイナは少し離れてレイナが何やら内緒話のように、鼻の横に四本指を立てて、前の二人に声が漏れないようにしながらローシアと話している。

内容はギオンとアシュリーの関係についてレイナがアシュリーの部屋で見た話だ。ローシアは嬉々とした顔で「それでそれで?」と惚気話のおかわりを求めていた。

 その後ろをまた少し離れてオルジアとユウトがついて歩く。


「……オルジアさん、僕がいうのもなんか変な気がしますけど、ギオンさんとアシュリーの事、あまりいじらない方が良くないですか?」


「ん? 何故だ?」


「その……あまりわからないですけど……そうされるのがギオンさんは嫌なんじゃないかなと……」


 オルジアは口元を崩し、にやつきながら答える。


「まあ他人にいじられるのはいい気はしないだろうな。だが、ギオンは毎日アシュリーに会いたいんだ。俺も今はミストドァンクの管理をしているが一応傭兵なんでな、ギオンの気持ちはわかるんだ。それに、明日からはギオンからも俺に言いやすいだろ? アシュリーの事を。」


「……まあ……あれだけ分かりやすくされたら……」


「それにな……」


 オルジアの声色が真剣味を帯びて、様子の変わったオルジアの顔を見た。


「傭兵ってのはいつ死ぬかわからないんだ。うちのティア1のギオンは、受ける仕事はいつも死と背中合わせなんだ。ギオンが一番危険な任務を率先してるやってくれる。」


ユウトは「え?」と驚いて、大きな背中を小さく窄めて歩くギオンを見た。


「アイツは仲間思いの奴なんだ。命かける仕事は全部やるっていうんだ。好きな女に会いたい時に会わせてやるのも俺の仕事だと思ってる。」


「……」


「いつ何時、自分の命があるものと考えられない。だから、食べたいものを食べ、酒を呑みたい時に呑む……そんな生活をしているから傭兵は怖いと言われるが、実際はいつ死ぬかわからないから、今やりたいことをすぐにやりたいだけなんだ。ギオンだって同じ気持ちだろう」


 ユウトは、まさかオルジアがそこまで考えているとは知らずに何もいえなくなってしまった。


「俺もミストドァンクの管理やらされてよくわかったよ。セトさんの気持ちが。」


「セトさんの?」


 セトはヴァイガル国にあるミストで傭兵達を取りまとめている管理人だ。


「セトさんは、俺のいうことは聞かない人だと思っていた。だが、こうやっていろんな獣人傭兵の面倒を見ていると、なんだかんだでギオンみたいな仕事が出来るやつを忖度してしまう。全員に平等に接したくても、俺たちのために命張っても成し遂げてくれるギオンの存在はでかいんだ。」


 ユウトが昏睡していた時に、屋敷襲撃の最中に一番に飛び込んできたのはギオンだと聞いていた。

それもオルジアが指示を出して先陣を切り、大量の賊に襲われているという情報だけで飛び込んでいくのは、確かに命を張っていると言っても過言ではない。


 結果としてギオンが突破口となり襲撃は鎮圧できたが、最悪の状況になっていても不思議ではない。


「もしかしたらセトさんは、俺もモブルも平等に可愛がっていたのかもしれないな……管理者として。あの人、あまりそういうこと喋らんからわからなかったが、今ならわかる気がする。」


 モブルはミストでレイナが対峙した大男で、その当時のミストの稼ぎ頭となっていた男だ。

 オルジアはあの時、ミストの掟を重視してレイナを見殺しにしたと思っていたが、結果、レイナが一方的にモブルを痛めつけた。

 

もしかしたらセトが、レイナの力を見抜いていてあのような態度を取ったのだとしたら、両者に平等な対応を取り計らった事になる。


オルジアはセトと同じ立場になって、ようやく見えてきた事もあり、良い経験をさせてもらっているなも、ここ最近はセトに感謝の思いがあった。


「……まぁ俺が成長したってことなのかわからんが、色々と考え方は変わったよ。」


 オルジアはそう結論づけて前を向いた。


 人は経験する事で成長していく。ユウトも同様に、この世界での成長は目まぐるしいものがある。

ユウト本人はそう感じていないが、感じないうちに成長するもので、自分が成長していると思い込んでいるうちは、ほとんど成長出来ていない事が往々にしてある。


「……」


 ユウトはローシアとレイナを見つめた。


仲良く談笑しながら前を歩く二人は、ユウトの命の恩人だ。二人に迷惑をかけないように今日までミストドァンクで精進してきたつもりだ。

 

この数日で自分がどれだけ成長出来たのかわからないが、やるべき事をやるしかないと自らを奮い立たせるように拳を握り込む。


 ようやく明日、黙示録に最接近する。



 **************



 応接室にはすでにエミグランがいた。

側にはリンがいた。そして、懐かしい顔が二人。

オルジアが驚く。


「セトさん! カミル!」


 ヴァイガル国、ミストの管理人セトと傭兵のカミルが豪華な応接室の椅子に座ってこちらを見ていた。

カミルは緊張の面持ちで顔がこわばっていた。


「久しぶりだねぇ……元気にしてたかい?」


 セトは驚くオルジアの反応を楽しみにしていたらしく、薄ら笑った。


「驚いたなぁ……どうしたんだい二人して?」


「ワシが呼んだのじゃ。」


 エミグランがバニ茶を啜りながら言うと、セトは「アンタ達早く座りな!」と急かした。


 ユウト達はそれぞれ思い思いの席に着いたが、レイナはユウトが席を選ぶまで待ってからユウトの隣に座った。


 全員が座ってから、バニ茶を堪能し終えたエミグランが見渡した。


「全員揃ったようじゃな。」


 オルジアが手を挙げた。


「ちょっと待ってくれ、まず二人がいる理由を教えてくれないか。」


「それは話の途中で説明するから、今は待て。」


 と、一言で遮られ、オルジアは仕方なく手を下ろした。


「では、早速明日のヴァイガル国には、アシュリーとオルジアを除いたお主ら三人に行ってもらう。アシュリーは彼の国で騎士団長と色々とあっての、今回は屋敷の警護についてもらう。」


 何があったかはここにいる全員が知っていた。セトとカミルは、人伝に聞いていて、エミグランの獣人メイドが、騎士団長サンズに重傷を負わせたと聞いていたが、目の前にいるアシュリーが当事者だと知り、こんなに可愛らしい子が騎士団長に重傷を負わせたのかと驚いて目を大きく開く。

 

そんな二人は置いてエミグランは続ける。


「そして招待されたわしとリンも同行する。屋敷にはアシュリーが残る。ここまでは良いか?」


 セトとカミル以外は頷いた。


「明日は屋敷が手薄になる。本来なら屋敷の警備はミストドァンクに依頼すべきだが、ここにいるミストの方々に依頼する。」


 オルジアがまた手を挙げた。


「その理由は?」


 エミグランは軽く鼻で笑って


「ここからお主が聞きたかった話になる。明日、彼の国は特殊な状況に置かれる場合に発動される戒厳令が発動する。明日一日は彼の国のもの全てが騎士団の配下になる。」


「戒厳令だって……?」


 オルジアの眉間に皺が寄る。セトは鼻呼吸を大きくしてから


「ワタシの記憶にも過去にそんな出来事はないさねぇ。」


 と付け足した。


 戒厳令は、主に戦争、内戦による国内への武力行使が認められる時に発令されて、法の加護が一時的に解除される。

 全ての権限は王族と騎士団に委ねられる。早い話が、武力による国内統治を図る目的で発令されて、誰をどのように扱おうが法の加護はない。言い換えれば無法地帯になる。


「どう言う事なんだ……戒厳令なんて歴史上、獣人戦争の時以来じゃないのか……」


 オルジアはまなざしでエミグランに問うが、落ち着き払った様子で


「戒厳する理由が、明日発生すると考えている、という事じゃろう……ワシらがヴァイガル国を襲うのではと言う嫌疑かもしれんな。過分な評価で恐縮するのぅ」


 冗談っぽく笑うエミグランにオルジアは、椅子の背もたれにもたれて呆れたように「そんなバカな……」と漏らした。

 


「そこでセト殿が、明日は彼の国にいても何も出来ぬからミストドァンクにお主の様子を見に行こうと出てこられて、通りがかりにここに尋ねて来られての。その話を知ったわけじゃ」


セトはエミグランと視線が合い、口を開く。


「今朝、衛兵が群れてミストにきてねぇ……明日一日戒厳令が発令されると一方的に言ってきたのさ。話を聞けば外出も全て禁止らしくてねぇ、すぐに傭兵達に事情を話して今日の昼には休業にしたのさ……せっかくだからアンタの活躍をこの目で見ようかと思って出てきたのさ。」


 オルジアはセトがここにいる理由をようやく理解できた。

 セトはエミグランにもう言うことはないと視線を返す。


「事情を聞けば、明日はミストが完全に停止すると聞いて、この屋敷の警備を依頼したのじゃ。其方に相談もせず決めてしまったことは心苦しいが、セト殿の心情も察してほしいの」


 「そうさね。ありがたい話ですぐに受けたよ。悪いね、仕事を奪ってしまって。カミルが明日ここの取りまとめさ。朝には今ドァンクに宿を取ってる連中が来るよ。」


 ようやく、ここに二人がいる事情がつかめたオルジアは、理解を示してエミグランに感謝を述べた。


「お気遣い痛み入ります。」


「いや、よい。ワシも戒厳令まで発令するとは思っておらんかったからの。セト殿から聞かなければ明日は大変なことになっていたかも知れぬ。」


 ローシアがすかさず質問する。


「大変な事って?」


「……わしが彼の国にいかに嫌われておるかよく知っておるからの。狙いはおそらくわしの命……」


 全員が息を呑んだ。


「……ドァンクを作り、ヴァイガル国の一強を阻止してきたわしじゃ……狙われるのは当然。貴族会の逃れられぬ宿命じゃな。」



エミグランは事もなげに、代償は自分の命と言うが、この場にいる者は全て顔が凍りついたように固まっていた。


セトが大きく息を吐き出し、今の思いを述べた。


「そんな事が本当にあってもいいのかねぇ。あたしゃヴァイガル国で生まれて此の方、どこにも行ったことはない、愛着のある国だけど、エミグラン様の言う事が本当なら納得いかないさね!」


エミグランはセトの憤りに微笑んで答える。


「良い。これも定め。抗ったところで彼の国は止まることなどない。わしはわしのやり方でやるしかないの」


 ユウトはオロの話と違うと疑問を抱いていた。オロは人間側についたエミグランだと罵り、エミグランは人間に命を狙われていると言う。

 矛盾していると言うことは、どちらかが嘘をついている事になる。ユウトは矛盾の中にある真実を見つけ出そうと一人で考え込んでいる中、エミグランの話は続いた。


「明日はわしも彼の国に向かう。これは国のメンツの問題じゃ。行かねばドァンクは彼の国に見下される。」


「そう言う問題かしら? 何か本当の目的を忘れているんじゃないかしら?」


 ローシアが鋭くエミグランに突っ込む。セトとカミルは聖書記の事だと思っていたが、ローシアは黙示録のことを言っており、エミグランもローシアの思いの通りに受け止めた。


「心配するな、何も忘れてはおらんよ……それに……」


 エミグランの周りの空気が凍りつくような殺気に包まれた。


「彼の国は目的を優先して本質が見えておらん。やろうとしていることは国の格付けじゃよ。ならば、本気で相手をせねばなるまい?」


 セトは思わず「格付けでそこまでするのかね……」悲しげに思いを絞り出した。

ヴァイガル国は人間優先の国だ。獣人の立場は低く、扱いもぞんざいにされることが少ない。

獣人戦争から二百年経っても人間尊重主義は根強く残る。

 しかし、聖書記というヴァイガル国の政治に大きく関係する候補者が、獣人の国であるドァンクから選ばれたと言う事実は認め難いのだろう。


 セトは思い出したように「やはりイシュメル様の宣言の件さね……王族を動かしたのは……」


というと、エミグランは頷いた。


「こちらの意見は受け入れられんと言うことじゃ。」


 セトは苦虫を噛み潰したように顔を歪めて


「あいつらは国民の事なんて考えてないさね。」


 と、王族に対して嫌悪感を露わにした。国民は平和な生活を求めているのに、王族は外の国を煽り、自らの立場の事だけしか考えていないとセトの苛立ちはほのかに赤く染まった顔と憤りを歯噛みする。

 

 エミグランが言うように格付けが目的なら、エミグランを何らかの罪を着せて捕えるか、最悪エミグランの命は狙われる。貴族会の代表が短期間で二人も、その一人が建国者のエミグランが屠られると、ヴァイガル国とドァンクの立場を決定的なものになる。


 招待されたエミグランが行かなければ、隣国の重要儀式の招待を断った事実が残る。エミグランの命は無事だが、何も変わらない。

 だが、今後の外交に影響する致命的な汚点を残すことになり、ドァンクの国力を削がれるきっかけになりかねない。




 どちらに転んでもヴァイガル国に利点がある方法をとってきたのかと思うとエミグランは可笑しくて仕方なかった。


「二百年ぶりじゃな。この血の沸る感覚は……フフフ」


 ユウトはエミグランを訝しげに横目で見ていた。

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