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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 16:目の黒いうちは

 ドァンクに戻ってこれたユウトは、昼前に物陰に隠れていた広場に到着した馬車から降りて、壮年馭者に丁寧にお礼と別れを告げて広場を後にした。


 空を見上げるとすっかり夜で、帷が完全に降りたドァンクの街を一人で初めて歩くと、不意にルティスの事が気に掛かった。


 カズチ山で壮年馭者に起こされた時には既にルティスの姿がなく、別れの挨拶もできなかった事を、今でも少し残念に思っていたが、右手が無いルティスの立場を慮ると、のっぴきならない事情があったのかもしれないと推しはかって、ルティスの事は誰にもいうまいと思い出として胸の奥に押し込めた。


 昼間とはうってかわるドァンクの通りに並ぶ屋台には、逆に品定めされているかのようにまとわりつく屋台の店主達の視線と、昼間には見る事が全くない、夜の繁華街を生きる思惑が垣間見える男と女たちを恐々とすり抜けて、一路、ミムシュの工房に向かった。


 いつも屋敷から来る方向とは違うので少し迷いかけたが、ミストドァンクをランドマークとして見て、大体の位置を頭に描きながらミムシュの工房に到着した。

 まだ窓はカーテンはかかっておらず、明かりが灯っていて、まだ起きててくれてるかもと、急いでドアに駆け寄った。

 ドアが目の前で踏ん張って滑るように止まると、勢いよくドアをノックした。


「ミムシュさん! 起きてますか!」


 奥の方で驚いたのか、何かをひっくり返したかのような激しい物音がして「なんじゃなんじゃ!」と声がドアに近づいてきた。


 ドアが荒々しく開かれると、顔を真っ赤にして酒臭いミムシュがユウト見上げた。


「んー?  おお!お主は!」


 ミムシュは険しい顔が一瞬にして綻んでユウトの腕を何度か叩いた。


「どうしたんじゃこんな遅くに? ワシに何か用かのぅ?」


 ユウトはにこやかに頷くと、袋の口を広げて、根に魔石を絡ませた紅白の双子花を取り出した。

 夜でも鮮やかな色合いの双子花に、ミムシュは目を丸くした。


「これは驚いた……お主まさか今日行って来たのか?」


「はい! ミムシュさんにどうしても作ってほしくて!」


ユウトは紅白の双子花をミムシュに渡すと、もう一つの双子花を取り出した。

 もう一つは水色と緑色の双子花だった。


「これは、お土産です。奥さんに渡した水色の双子花の飾りをまた作ってそばに置いておけるようにって思って。」


「なんと! こいつはワシのためにとってきてくれたのか!」


「はい!」


 ミムシュはユウトの心遣いに感動して鼻の奥がツンとした。こんなに優しい人間の子に会えた喜びは、いくつ歳を重ねても嬉しいものだなと噛み締めた。



「ありがとの……ワシは嬉しいよ。」



「喜んでもらえて、僕も嬉しいです!」



 ユウトの満面の笑みに、ミムシュもつられて笑顔になる。


「よっしゃぁ! ワシに任せておけい! とはいえ花を加工するのに時間がかかるからの……出来上がったらワシが責任を持ってお主の家に届けよう!」



 ユウトは「自分で取りにきますよ」と言ったが、ミムシュは「気にするな!」と笑顔でバンバンと痛いくらいにユウトの腕を叩く。


 あまりしつこく言うのも機嫌を損ねてはいけないと思い、ミムシュの提案を受け入れて、エミグランの屋敷に居ますから、と言うと、目を白黒させて「お主……何者なんじゃ?」と聞き返す顔に、ユウトは含み笑って


「普通の人、だと思います。」


と答えた。


 その後、ミムシュと別れて、久しぶりにも感じられる屋敷への帰路へとついた。


 



「すっかり遅くなったなぁ……」


ミムシュに別れを告げてドァンクを後にしたユウトは、手燭の魔石を使って足元より少し先を照らしながら屋敷へ戻っていた。


 魔石の扱いも慣れて来たユウトは、ようやくこの世界に慣れてきた。詰まるところ、この世界ではユウトがいた世界と文明の進み方は同じで『生活を楽にするため』で、魔石はその最たる叡智の結晶と言える。

 使い方さえ覚えてしまえば便利なもので、懐中電灯のように手燭の魔石を扱っている。

 よく考えると慣れってすごいものだなと今更ながらに驚いていた。


しかし、慣れないのは、良いように言えば平和、悪く言えば変わり映えがない毎日を送っていたユウトにとって、日々の疲労がなかなか抜けない程、刺激の多い日々が続いていた。


新緑の右腕は、ユウトにこの世界で生き抜く自信と、希望を与えてくれた。

 黙示録の破壊が、この世界の闇をはらう唯一の力だと信じる姉妹のためにも、あと数日で初めて黙示録と

対面しても動じる事がないように、少しずつ前に進む事を改めて決意する。


――自分にできる事を、少しずつでいいんだ――


屋敷前の林道を覆い尽くす暗闇を裂くように、手燭の魔石の光が照らして、ユウトに進むべき道を照らす。


 横を見れば木々は暗闇で包まれていて、前を見れば足元も視線の先を光が照らす。


一歩一歩進む。今の自分の成長に重ね、感慨深く歩みを進める。


山の中に仄かに明かりが灯る屋敷の門が見えてきた。

ようやく、ユウトの初めての冒険は終止符を打った。



 **************



屋敷に入ったユウトは、灯りがところどころしかない薄暗い屋敷の中を、こっそりと足音を立てずに自分の部屋に向かっていた。


――部屋に戻るまでは見つからないように……――


「随分と遅かったの。」

「うああああっ!」


 突然後ろから声をかけられたユウトは大袈裟に驚いた。全く気配もなく声をかけられたから当然と言えば当然だ。


 振り返るとエミグランが立っていた。


「そんなに驚くこともあるまい」


 屋敷を出る前と後では、エミグランの見え方が少し変わっていて、オロとルティスの事が脳裏をよぎる。

エミグランがオロにかけた呪いや、オロがエミグランのことで見せた嫌悪感を。


 いい機会だからその事を聞いてみようと思ったが


「そんなことよりも……上着を脱げ」


と、突然らしからぬことを言うエミグランはユウトに歩み寄り、ユウトが行動に移すのを間近で待った。


「う、上着?」



「マナばぁさんに見せたものをワシにも見せよ」



と、胸のしこりのことを言っているとわかり、裾を握ってたくしあげた。


「……」


 エミグランはユウトの鳩尾あたりにある灰色の硬いしこりに手を伸ばして触れると、あまりにも冷たいエミグランの手の感触に体がピクリと反応する。


エミグランは、灰色のしこりに指をなぞらせると、深く息を吐く。


「……このしこりができたのはいつのことじゃ?」


「……それが、わからなくて……いつできたものが全く……」


「そうか……このことを知っているのは?」


「えっと……僕とマナばぁさんだけ……かな?」


 と言うと、何か思案するように目を閉じたエミグランは、ユウトから手を離して顎に手を当てた。


「……この事は他言無用じゃ。あの姉妹にも。」


「……えっ?」


「誰にも言うなということじゃ。」


 あまりにも一方的な言い分にユウトは眉を顰める。

そして、カズチ山でエミグランに生まれた不信感が、ここで膨れ上がる。

 はいわかりました。なんて言えなかった。

今日の個人的な総括は、ここで会ったエミグランの話を聞いてからとなった。

 

「……今日、オロと会いました。」


「……ほう? 久しぶりに聞いたな、その名前を」


「なぜ、呪いをかけたんですか……」


「……呪いのことも知っておるのじゃな……どこからか呪いがワシに返ってきたが、まさかオロだとはの。」


 エミグランは、ユウトが固く握り拳を握ったのを見逃さず、続けた。


「オロの呪いを解いた事は不問にしておこう。あまり勝手な事をするなよ、全てを知る者よ」


「不問に……しておこう?」


 無慈悲に聞こえたエミグランの言葉をユウトは怒りが込み上げた。


「オロに……呪いをかけた事は正しいことをだと思っているんですか……」


「……正しいか正しくないか、ではない。」


「……誰かを不幸にしてまで得たいものがそんなに大切なんですか……」


「……ようかわかんの。何が言いたい?」


「とぼけんなよ! アンタはオロの子供達を人質にとってオロに呪いをかけたんじゃないか!」


ユウトの怒号と剣幕にエミグランは動じなかった。


「だから、何が言いたいのかわからんと言うておる」


 ユウトはエミグランは嘘をつかないんじゃなく、大切な事は言わない人だと理解した。

 そして、右腕が新緑に輝く。その美しさにエミグランは目を細める。


「ほう? 好きなように使えるようになったのじゃな。」


ニヤリと笑ったエミグラン。その笑顔の奥に、オロの子供を奪われた叫び声と、ルティスの手のない右腕が見えて、ユウトは完全にキレた。


「――笑うなああぁ!!」


 深緑の右腕は、エミグランの顔をめがけ拳を固めて貫かんばかりに打ち込む。

 途端、エミグランの目が純黒に染まり、エミグランの背中側から純黒の腕が飛び出して、ユウトの右手をエミグランの目の前で受け止めた。

 ユウトの右腕の力が初めて止められた。さらに、純黒の腕はユウトの右腕の力をねじ伏せるように握り込んで押さえつけ始める。


「ぐ……」


「良い力じゃな。しかしまだ荒いし…」


「……っ」


「……若い。」


「――っ!」


 エミグランが、またニヤリと笑うと純黒の腕は右腕ごとユウトを持ち上げ、雑草を土からもぎりとって投げるように荒々しく投げ飛ばす。

壁に投げられたユウトは、背中から叩きつけられて声と空気が喉から押し出されて床に落ちた。


「……ぐっ……はっ……」


 純黒の瞳のエミグランは、投げ飛ばしたユウトの方へゆっくりと向き直り、もう一つ黒い腕を後ろから出した。まるで背中か大きな腕が生えたように見える。


「オロにどんな入知恵をされたか知らないが、ワシの邪魔をするのなら容赦はせんよ。例えお主でもの」


 ユウトは【本当のことを話そうとしない】エミグランへの怒りは、何をどのように伝えても膨れ上がるだけだった。

脅迫めいた言葉も今のユウトには関係ない。


「人間と獣人のより良い世界のために……犠牲を認めるのは……間違ってる!」


「……綺麗事ばかりを申すな」


「大人は……いつだって誤魔化して……本当の事を隠して……世界をいびつにする! それは間違っているんだ!」


「……子供の夢物語に付き合うほど、ワシは暇ではない。言う事がそれだけならお主に話す事は何もない。」


エミグランの無慈悲な言葉が、いちいちユウトの心に刺さる。


 ユウトの目が、赤い炎を纏う。


「ーー!!」


その目を見たエミグランに動揺が走る。


「やめよ! 全てを知る者!」


「……一方的に命令して、自分の都合のいいように相手な動かなければ脅して、弱みを握って服従させて……」


「……」


「誰かの右手を斬る事で不幸の連鎖を作って……理想郷を創るって言うのなら……僕はそんな……」


 ユウトの目の炎が、一段と燃え上がると、エミグランの動揺はもう隠せず、両手を伸ばした。


「やめるのじゃ! 全てを知る者!!」


「そんな……世界は……」




 エミグランの必死の叫びに呼応するように、後ろから飛んできた影がユウトに襲い掛かる。


 影の正体は、騒ぎを聞きつけたリンだった。両手にククリナイフを持ち、ユウトの右腕に斬りかかる。


「――!!」


 深緑の右手は、二本のククリナイフを握り込み発光すると、リンの手から消えてなくなった。

握った武器を奪われた事がなかったリンは後ろに飛び退いて、またスリットからククリナイフを補充する。


 リンは相対したことのない力に困惑していたが、エミグランを守る行動が何よりも優先されるリンの行動は、一瞬のためらいだけで、すぐにまた赤い炎の眼差しでこちらを見ているユウトに斬りかかる。


 狙われたユウトは、思いを口にする


「――全部……全部……」


ユウトは飛びかかってくるリンを見ていた。

しかしまた黒い影が見えた。

影がはっきりと形として見えた時、この世のものではない黒い腕と黒い顔が、リンの背中から覗き込むようにユウトを見下す。


 目は無数、鼻と口があるだけで人の形を模しているがこの世のものではないとわかるその顔の目の全てが、ユウトを見据えて八本の腕がユウトを襲う。


「――!!」


 あまりの出来事にたじろいだユウトの反応を見たリンが、自分の横をすり抜けてユウトに襲い掛かる腕に気がつき、ユウトへの攻撃よりも、身を守るためにユウトの横を何もせずにすり抜けた。


 黒い腕はユウトの右腕を掴むと、それを起点に残りの手がユウトの全身を掴み掛かる。


「止めてみせる……何度でも……ワシの目の黒いうちは!」


 エミグランが珍しく叫ぶと、深緑の発光を塗りつぶすように黒い腕が光を全て吸い込むようにユウトの動きを握って抑えつける。


 リンは床を転がりながら膝をついてユウトの方に視線を向けると、エミグランの背中から現れている、ヴァイガル城でアグニス王と謁見の時に見た黒い人のようなものが、ユウトを全ての手で包み込んでいた。


 黒い手の中で暴れるユウトを抑えているが、エミグランの苦悶の表情に、手の中で凄まじいエネルギーを押さえ込んでいると見て取れた。


 何かを喚くユウトの声は黒い手によって遮られ、動きも段々と小さくなり、そして、動かなくなった。


 安堵の表情でエミグランは、黒い手をほどくと、ユウトは、一瞬だけ微笑んだように見えた。


そして、鼻から一筋の血が垂れた。


「!!」


口元からも血が垂れると、むせかえして大量の血を吐き出し、糸が切れた操り人形のように、その場で力なく倒れ込んだ。


「ユウト様!!」


リンが駆け寄った床に広がる血溜まりに、エミグランは失ったイシュメル達を起想して青ざめた。

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