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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 13:心の持ちよう

 オロはとぐろを巻き、鎌首をもたげてユウトを見下ろす。


 一度だけ信じてみる。


 オロにとっては重大な決断だった。だが、小さくひとのみで目の前から消えてしまうほどの小さな人間ユウトに長く続く厄災の決着を任せる不安は拭い切れてはいないが、それよりも信じてみたいと言う希望の光が勝った。

しかし


『エミグランの呪いを解く機会は一度だけだ。失敗すれば次はない。そして、お前の命も保証できない。それでもやるかね?』


 ユウトは喜びを飲み込んで、眉を顰めて考え込んだ。出来る自信はあった。深緑の右腕がその自信をユウトに与えていたからだ。

 エオガーデを一方的に屠った夜と同じように、言葉に言い表すことのできない、絶対と言っても過言ではない自信が確実にユウトの中にあった。


 だが、一回しかできないことに不安が残った。ユウトの自分の命なんて天秤にすらかけていない。

一回で出来るだろうか……懸念はそれだけだった。


 オロは、明らかに悩んでいるユウトへ心で詫びていた。


――すまんな……私は絶対に死ねないのだ。あの子達を置いて死ぬなんて事は……――


 ユウトを信じていないわけではない。出来る事ならユウトが成功して喜ぶ姿を見たいとまで思っていた。


 少し考えてユウトはオロを見上げた。


「やるよ。やってみせるよ。一回で、必ず!」


 ユウトはオロの呪いが解けるのなら条件を厭う必要なんてない。一回で充分だと結論づけた。

 どこまでも自分のことなんて考えず目の前のオロのことを考えて結論を出すユウトに


『そうか……お前は怖いものなどないのだな。』


と、半ば呆れ気味に返した。

ユウトの自信に満ち溢れた笑顔に、オロは自然と笑みが溢れた。



 オロは顎まで地面につけてユウトの前に顔を近づけた。


『これで良いのだな?』


 そうして欲しいと言ったユウトは頷いて、右手に視線を向けた。


 ――僕の右腕が……頼むよ!オロの呪いを解きたいんだ……山に縛りつける呪いなんて……そんなくだらない呪い……解くしかないんだよ!――


 ユウトの願いに、深緑の右腕は一気に輝きを増す。


『凄まじいマナの量だな……まさかここまでとは……』


 オロは、次は負けないと言ったユウトの言葉は、何も根拠がなく言ったのではないのだとこの時理解した。


ユウトは右腕をゆっくりとオロに向けて「じゃあいくよ?」というと間髪入れずに『ああ』と返して目を閉じた。


 ユウトはオロの口先に触れると、マナを手の先に集め指先から流れていく。深緑のマナは、オロの口先から吸われるように入り込むと、オロの体が淡く緑に輝き出す。


――これが……全てを知る者のマナの力か……――


 口の先から伝わってくる、ほの温かい深緑のマナは、オロが記憶にないほど昔に味わったかもしれない優しさの温もりだった。

 蛇に生まれ蛇として嫌われ、仲間と体を寄せ合っても温もりはなく、自然と他者を拒絶するためにまとった溶岩でもオロの心は満たされなかったが、今ユウトの手によって、呪いだけでなく、凝り固まった蟠りも解きほぐされようとしていた。

 

その感覚は、オロにとって不思議で懐かしい感覚だった。


 まるで温かい羽毛に包まれるような、いつまでも浸っていたくなる感覚に、オロは虚になる目と意識を無理やりに現実に戻す。


「オロ……痛くないかな?」


『痛みはないな……心地よいくらいだ』


 オロの回答にユウトは笑み、「そっか。ならよかった」と言った途端に、オロのが苦しそうに片目を瞑った。


『くそっ……エミグランの呪いが動き出した……』


 オロは体内に何者かが蠢く感覚が走り出し、呼吸が荒くなった。


「大丈夫……すぐに終わらせるから」


 ユウトはオロの胸あたりまで右手をオロに這わせながら移動する。


『うむ……わかった』


 強気に答えたが、オロの中で蠢く感覚は激痛だった。例えるなら小さな針がくまなく生えている燕のような鳥が、体の中を飛び回るように移動している感覚で、もし常人であればのたうち回る激痛で、しばらく続けば精神が狂ってしまうほどのものだ。

 呪いはエミグランの術式の反応で深緑のマナが呪いに対して敵意がある者だと判断して、宿主といえるオロへ拒絶するように痛みを与える。

 全身を一気に襲わないのは、次にどこに激痛が出るか予測させないことで、出血こそしないが肉体的にも精神的にも痛めつける呪いとして、オロは


――全く……悪趣味な呪いだ……――


 と、悪態をエミグランへ向けることで痛みを堪えて眼を閉じていた。


だが、いつまでも耐えれるものではない。ユウトも右手でオロの体を触ることでオロの体の中で呪いが発動した感覚が伝わってきていた。

 とても黒く小さなものがオロの体を好き勝手に巡り回りはじめた事を感じて、呪いが動き出したなとわかった。


オロの体が痙攣するように震えるのも伝わってきた。


「オロ……もう少しだから……もう少し我慢してて」


『ああ……だが……長くはもたん……ガハッ!』


 突然の意図せぬ強さの痛みに反射的に尾が痛みを誤魔化すように地面を叩いた。

本気で地面を叩くと地面が揺れて、ユウトの足元にも響いてくる。

オロは尾を何度も叩きつけて呪いの痛みに耐える。


『グググ…………』


 ユウトは焦った。深緑のマナに包まれたオロの体内に、ユウトの手ほどの大きさの物体が呪いである事はわかっていたが、それは体を不規則に巡っているように見えた。


――この呪いの動きはランダムじゃない……不規則でも何かルールがあるはずだ――


 ユウトがそう考える理由は、呪いが同じ場所付近に留まるような動きではないからだ。

 ランダムならどこかにとどまるような動きをしてもおかしくはないが、全身になにかルールに縛られて動いているように見えた。


ユウトの目が、長いオロの体を巡る黒い物体を追いかける。


『グググ……――あああぁ!!』


 痛みが全身を駆け巡り、気が狂いそうになるところを踏みとどまるが、痛みに逆らえる生物はいない。

オロは蛇腹を捲るように空に向け、のたうち回るように体を捻り出した。


「オロ! もう少しだから……」


 ユウトは何かを掴みかけていた。体内で蠢く呪いは定期的に体の上下を入れ替えるように蠢いていた。


――きっと、何かをトリガーか目印にして動いてるんだ……――


オロの体内で暴れ回る呪いは、オロの動きも相まって速さを増す。

 皮膚の内側に跳ね返される動きは不規則で、意図的な動きには見えない。


 すると、呪いが自ら無理やり進路を変えて尾の方から頭部に向かう。


――頭の方に何か目印があるのか?――


呪いが頭の方に向かうとオロは痛みのあまり口を開けた。声は出ないし、子供達のために出せなかった。


――落ち着け……頭と尾を繋ぐトリガーになるもの……体内でトリガーになるものは……目印は……――


 ユウトの焦りは緊張を高めて鼓動が高鳴った。


――くそッ……!落ち着け! 焦るな……――


その時、ユウトの脳裏に一つの仮説が浮かんだ。


――……もしかしたら――


 ユウトは深緑の右腕に命令する。もうオロの様子からこれ以上待つのは危険だと判断した。


――オロの体内から呪いを解く。やれるんだろ……だったら……見せてみろ!――


深緑の右腕は、ユウトの命令に呼応して輝きを増し、輪郭のなくなった深緑の光の腕になった。


『グ……ア……ア……』


オロの体は、まるで無理やり命の炎が消える前のように、声も出ず、体を痙攣させていた。

 オロはまだ信じていた。ユウトがこの呪いから解放させてくれると。

 死んではいけない身と自分で言っていながら、命の灯火がつきそうになるほどになっても、まだ信じていた。

 


「くそッ! ごめんよオロ! 間に合えっ!!」


 ユウトの視線はオロの体で蠢く呪いを捉えていた、先ほどと同じように、不自然に軌道を変えた。

 頭から胸に軌道を変えた瞬間に、ユウトは右腕をオロの胸に向けて伸ばした。


 ユウトの手がオロの体をまるで手品のように埋まった。

ものすごい勢いで体を通過しようとした呪いと動きが合わさった時、ユウトの右手に感触があった。


「掴まえた!――……いっっっっ!!」


 掴んだ瞬間に激痛が走る。ユウトは呪いを捕まえたと確信した。そして同時に怒りが込み上げる。


「くだらない呪いなんて……オロの体から……出ていけえええええ!!」


 歯を食いしばり、痛みを堪えて握りしめる。

まるで毬栗を握るが如くの痛みであっても、ユウトは力を緩めなかった。


「絶対に……絶対に離さない!」


 しっかりと掴んだ呪いは、ユウトの手から逃れるため暴れるが、絶対にオロを救うと決め、この右手が千切れても爆ぜても離すものかと決めたユウトの手から、呪いが逃れる術はなかった。


 深緑のマナは、オロの体内から呪いを弾き出すように光を放ち、ユウトの右腕はオロの体からするりと抜けた。



 ユウトの右手には、黒い球状のものがあった。


「これが……呪い……」


 黒い球は、手の中で動き出してうねり出すと、五本の人の指のような形になり、手首が出来上がった。

 呪いの正体は黒い手だった。


手首の辺りに四つの目が開いてユウトを見た。

 威嚇するように四つの目がユウトを睨みつけると、ユウトは右手に力を込めて、黒い手首を握りつぶした。


「こんなもの……消えろ!」


 潰した黒い手首だったものは、深緑の炎に包まれた。まるでユウトの怒りを表すように轟々と燃え上がった。

 黒い手首は小刻みに痙攣しながらユウトの手の中で灰となり、冷たい風に誘われて粉々に空に吸い込まれていった。


 完全にユウトの右手から消えてなくなると、まだ横たわっているオロに駆け寄る。


「オロ! 大丈夫?!」


 オロの瞼は閉じ、口は半開きだった。


「オロ! 頼むよ――目を開けて!!」


――


――――



オロは瞼をゆっくり開いた。


『……終わった……のか?』


 オロの声に思わず涙ぐんだユウトは、笑顔で「うん。終わったよ」と答えた。


オロは痛みで気を失った。しかし、目覚めた今、体の中にずっとあった鈍重なものが消えている感覚に気がついた。


『……おお……』


 重々しく鎌首をもたげて空を見上げて空気を一杯に吸い込んで体に巡らせると、自分の力を押さえ込んでいたものが完全に消えて、百数十年振りの清々しさに感嘆の声が漏れた。


『――なんという……なんという清々しさだ……』


 縛るものがなくなった。ただそれだけのことのはずなのに、自分がその呪いに屈してしまったと認めたくなく、この山から出ないと決めたあの日よりずっと心に引っかかっていた棘がなくなった。


「よかったね、本当に良かったよ」


 そして、それを一番喜んでくれた笑顔のユウトが眼下にいる。ユウトを信じると決めて、そして約束を守った。オロは奇跡が起こったと思っていた。


『良かったのか……そうだな、確かに良かった……そうだ、ヒトの子よ、名前を教えてくれまいか?』


 ユウトは不思議そうに首を傾げた。


「え? そういえば名乗ってなかったね。僕はアキツキユウトだよ。皆からはユウトって呼ばれてるよ。」


『ユウト……か。良い名前だ。お主の優しさが伝わる響きだな。』


「そう言ってもらえると嬉しいかな。うん。」


 オロは照れくさそうにするユウトに顔を近づける


『ありがとう。ユウトよ。お前のおかげで私の昔使えていた力もそのうち使えるようになるだろう。感謝する』


「良かった……でも」


 ユウトは空を見上げた。すでに日は傾き茜色に染まりつつあった。


「そろそろ帰らなきゃ……名残惜しいけど」


『そうか……確かにそうだな……そこに横たわっているケモノももう目が覚めているだろう』


「あ! そうだ! ルティスさぁん!」


 名前を呼ばれたルティスは体をビクッと動かした。呪いを解く前くらいから気がついていたが、オロの怖さに死んだふりを決め込んでいたルティスは、恐る恐るユウトの方を見た。


「お……おう。おう。」


 バツが悪そうに体を起こしたルティスは半身を起こしあぐらをかいた。


「ルティスさん! 大丈夫? 怪我は?」


「あ? ああ、奇跡的にかすり傷くれぇだ。こんなの舐めときゃ治る。」


 オロは少しだけ二人に近づいて見下ろすと、ルティスは青ざめて尻を地面につけたまま、「ヒッ……」と情けない声を漏らして後ずさった。


「ルティスさん、オロは何もしませんよ。」


 ルティスを起こそうと手を伸ばすが、ルティスはオロに睨まれているように見えて手を出そうとせず、首を横に小刻みに振りながら震えてオロを見上げているだけだった。


『ユウトよ。この体であり、蛇である以上、威圧感を与えるのは仕方ないものと思っている。気にしなくても良い』


「うん……でも、いつか理解してくれる人が増えるといいなって思うよ。だってオロは話ができるんだから。」


 話せばわかる。その舞台に立つまでがオロにとってはハードルが高いのだが、ユウトの純な心持ちに、たとえ叶わないとしてもオロは『そうなればいいな』と優しく答えた。そして


『では私はここで去ろう。私がいない方がそのケモノも動きやすかろう』


別れの挨拶にユウトは、自分自身を卑下するような言い方に不満げにオロを見上げたが


『また会おう。いつか。』


 と言い残して顔を地面にめり込ませ、地鳴りを上げながら潜っていった。


「またいつかね!」


 ユウトが大声で言う時にはもう尾が潜るところまでになっていて、完全に地面に潜って消えてしまう前に、尾を何度も振った。

 きっと潜るための動作だろうが、ユウトにはまるで手を振っているように見えた。


なんでも心の持ちようだよと、ユウトは何度か手を振ってから、ようやく立ち上がったルティスに気がついた。

 そして、今日最後の日の光を浴びて、全体的に茜色がかった双子花を指さして


「行こう!ルティスさん!」


と、夕焼けでもまだ輝きを失わない双子花の方へ駆け出していった。



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