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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 10:双子花と蛇

 ――カズチ山 山頂付近


「おおおおおおああああああああああ!!」


 静かだった山頂付近に激突するように叫び声が響き渡る。


斜面に激突するように落下したのはユウトとルティスだ。麓から一気に木を伝って山頂付近まで登り切った。


 高所恐怖症のルティスは、ユウトにしがみつきながら叫び声をあげて、喉がカラカラでくっつきそうな咽頭を剥がすように咽返すように咳をした。


「だ……大丈夫ですか?」


 四つん這いで咳き込むルティスにユウトは申し訳なさそうに声をかける。

 咳も落ち着いてユウトを見やるルティスは


「あ――……大丈夫なわけあるかぁ!」


 涙目で大声を出したルティスに


「ご、ごめんなさいぃ!」


 反射的に謝った。


「ったくよぉ……蛇と高いところはダメだってぇのによぉ」


 ブツブツと文句を垂れ流すルティスはユウトから山頂に目を移した。

 さっきまで遠かった山頂が、もう少し歩くだけで到着するところまで一気に登れたのはユウトの力だ。怒らせるととんでもない力でねじ伏せられそうなので、もう一度咳払いをして心を鎮めた。


「もう山頂だな。さっさと双子花を摘んで下りようぜ。」


 まだ日は高いが、日が暮れてしまうと山から降りるのは危険だ。視界が悪いとユウトの力下りるにしても危険が伴う。

 ユウトもそれはわかっていたようで「そうですね。急ぎましょう。」と登り始めた。


 


 山頂に到着すると、真っ平らに見えた山頂は意外とでこぼこと大小様々な岩がたくさん転がっていた。

 

「足場が悪いな」


「ええ。転けないようにしないと……」


「ところで花はどこに咲いてるんだ?」


ごつごつとした岩だらけの山頂に花が咲くような場所があるとは到底思えなかったが、ユウト達が立っている場所の向かい側の端に膝ほどの高さの段差があり、その上には、岩だらけのこの場所には似つかわしくないほど美しく、陽の光に対抗しているように種々様々な美しい色合いが敷き詰められているように見えた。


「おいユウト……あれじゃねぇか?」


 左手で額に日差しを作って見ていたルティスの横から同じ格好でその方向を見ると、ユウトの目にもはっきりと見えたらしく


「すごい! いろんな花が咲いているみたいだ!」


 と求めていた双子花が見えて、声が明るく大きくなった。


「すげぇな……あんな色違いに咲くんだな。あれだけいろんな色の花があると逆に不自然だな」


 花畑といえば一色に染まるが、数え切れないくらいの色が一箇所に集まっている。こんな山の上で人為的な咲き方をしているとルティスの言うように不自然に見えるし、幻想的にも見えた。


 ルティスは足場の悪さに居心地悪く、両足を何度も上げ下げしながら、「さっさと終わらせて下りようぜ?」とルティスがユウトを急かすと、ルティスの動きが可笑しく吹き出しそうになるのを堪えて、ユウトは「そうだね」と返し、でこぼこした岩に足を取られないように気をつけながら花の方へ歩き出した。

段差のところまで下手したら登ってくるよりも時間がかかりそうなので、気を紛らわすためにルティスはユウトに話しかけた。


「なあ……ユウト」


「ん? なんですか?」


「……お前、双子花を手に入れてどうすんだ?」


「人にプレゼントするんですよ。」


「プレゼント?! あんな高価な花をか?! 恋人にでもあげんのか?」


「え?……えっと……恋人とかそんなんじゃないけど……変かな?」


「変じゃねぇけどよ、花はいつか枯れちまうんだぜ? それにカズチ山に入る人もいねぇくらい危険な場所だろ? まあ、お前の力であっという間に山頂まで来れたけどよ……」


「加工してもらうんですよ。そしたらすごく綺麗な宝石みたいになるんです。」


「……ふーん、宝石……ねぇ」


「ええ。どうしてもそれがいいって思って……来ちゃいました。」


「ハッ 随分とお人好しだなお前は。まあもらった方は嬉しいだろうな」


 悪態をついたつもりだったルティスは、突然振り返ったユウトに驚いてたじろぎ、真剣な面持ちで「本当に喜んでくれますか?!」と聞いてきたことにも驚いた。


「っぶねーな!前見て歩けよ!」


「す、すみません」


 しょげた顔で前に向き直ったユウトはまた歩き出した。


「……まぁ、嬉しいだろ普通に。お前が逆の立場ならって考えたらわかるだろ」


「……でも、ここまで結構簡単に来れたなって思うと……本当に喜んでくれるのか実感がなくて」


「バカだなぁお前は」


「えっ?」


「簡単に手に入るか、難しいか、安いか高いかで喜ぶのかお前は。大切なのは、どうしてそれを選んだかじゃねーのか? どうして双子花を選んだんだ?」


「それは……」


「お前が双子花を選んだ理由があるはずだろ? それを信じろよ。喜ばねぇかもしれねぇとかそんなことは双子花を選んだ時に微塵も思ってなかったろ?」



「それは……はい。そうです」


「ハハハ……わかるぜ俺には。お前、渡す勇気がねぇんだろ?」


図星を突かれたユウトは思わず立ち止まってしまった。


「わかりやすいなお前、ほら、歩けよ」


「す、すいません。」


 ユウトは背中を軽く押されてると、小さく謝って、また歩き始めた。


「人を見る目、なんて誰にでもあるわけじゃねぇ。ないやつの方がほとんどだ。共感できて理解した気になってるだけで、他人はわからねぇ。わかるはずがねぇ」


ルティスの声が低く力強く聞こえた。


「でもな、他人のために行動することで理解できるようになれる。お前が双子花を渡した時、相手にやっと伝わるんだ。お前の思いがな。それは間違いねぇよ」


「そうですね……確かにそうかもしれません。」


「っと、柄にもねえ事をベラベラ喋って悪かったな。」


 ルティスは、なくなった右手のあった手首の先を見た。


「……俺ももう少しそのことが早くわかっていれば……今は違ったかもな……」


 自分につぶやくように言った言葉はユウトにも聞こえていたが、聞こえないふりをしていた。


ようやく山頂の真ん中に辿り着くと、そこだけ岩が全くない場所になっていた。

周りは大小様々な岩に囲まれるようになっていて、ようやく足を休められるとルティスはユウトにも聞こえるように安堵のため息をついて緊張感を解きほぐすように両腕を伸ばす。


「ふぅ……岩も何もないな。真ん中から吹き飛ばされたみたいだ」


 ルティスの言う通り、全く何もない土だけしかなく、先ほどまで転けないように注意を払いながら歩いてきたのが嘘のようになだらかな地面を何度か蹴った。

ぐるりと一周見回すと、取り囲むように岩場が連なっていて、ユウトが思い出すのはミステリーサークルだった。どこか人工的なものに感じて嫌な予感がした。


「ルティスさん……気をつけて……」


「アン? 何を気をつけるんだ? それよりもさっさと……」


 ルティスの言葉を遮ったのは地鳴りだ。

 二人とも足下の山の中から聞こえる地鳴りに気がついた。


「な、なんだ……地震か?」


 ルティスは腰が引けたように膝を折って地面にかがみ込む。

 だが地鳴りは徐々に音が大きくなり、やがて音が地面から伝わるように地面が揺れ始めた。

 二人は立っていることさえ困難になりしゃがみ込む。驚きを隠せなかったのはルティスで、辺りをキョロキョロと見回して不自然な状況に動揺が隠せなかった。


「なんだなんだ?! 何が起こってるんだ!」


ユウトは右腕が熱を帯びてきていて、明らかに普通の地震じゃないと感じていた。いつでも深緑の右腕が出せるようになってから初めての経験だった。


深緑の力が、ユウトに――警戒せよ――と告げる熱は、徐々に高まる。体の変化に地面の揺れで、ユウトは困惑していた。


「な、何が起きてるんだ……うわっ!」


 ユウトの足元が地面が内側から崩れるようにへこむと、山頂中心が盛り上がって何かが飛び出した。


 打ち上げられた土が降り注ぐ。土の塊に気をつけながら見上げると橙色に輝く柱のような長いものが空に突き上げられていた。

それは、まるで


「溶岩?!」


 何かの映像で見た事がある溶岩に見えた。そして、熱気を帯びた空気が柱のようなものから伝わって剥き出しになっている肌がジリジリと痒みに似た痛みを帯びる。



「溶岩って……ここ火山なのか?! 噴火したのかよ! うわっ!」


 ルティスは地面の揺れに耐えられず地面にしがみつくように身を伏せた。


「ルティスさん!!そこは危ない!!」


「あ?」

 

柱のてっぺんがぐらりとバランスを崩して、地面に向かって落ちてくるのを見逃さなかったユウトは、ルティスの視線がそれに気がついていないと判断した時には右腕は深緑に輝いて地面を叩いていた。


 崩れ落ちる柱に気がついたルティスは叫び声を出す前に、右腕の叩く力でルティスに一気に近寄ったユウトの左腕に抱えられて落下地点から離れた。


 ユウトは右手の指を地面に食い込ませてブレーキにして止まるとルティスの無事を確認する。


「す、すまねぇ! 助かった!」


「よかったです! でも……あれは……」


 落下した大きな柱のようなものは、まるで線状の溶岩が、千切れることなくルティスのいたところに折り重なるように落ちてきているが、もう一つ柱がそばに立っていた。


 その形はどこかで見た気がした。しかもつい最近だった。二人とも同じ記憶の中にあった。


「まるで……」


 もう一つできた柱の先端が徐々に丸みを帯びて先端が矢尻のように鋭くなる。


「蛇……じゃないですか?……あれって……」


「……うそだろ……」


 矢尻状になった部分はおそらく顔で、先端が真横に二つ別れると、中から上に二つ、下に二つ白い牙が剥き出しになり、まぶたが上から開いて魚のような丸い眼球がギョロリと二人を見据えた。


「……で、でけぇ……なんだこいつはよぉ!!」


 全身が溶岩に包まれた巨大な蛇が、二人の眼前に現れた。


『……ヒトの子とキツネの子か……』


「しゃべった?!」


 ユウトには聞こえた声はルティスには聞こえていないようで、「何言ってんだおめえ!」と蛇の声なんて聞こえるわけがないと罵る。


『私の声が聞こえるのか……面白い……何をしにここへきたのだ?』


 ユウトは燃え上がるように熱い蛇を見上げて答える


「あの……双子花を摘みに来ました!」


 巨大な蛇は鎌首をあげて双子花を見やると


『フン……ヒトは不思議な生き物だ……花ごときにこの山を登ってくるとは……』


 巨大な蛇は双子花からユウトに視線を移すと、深緑の右腕が目に入った。


『その右腕……そうか……貴様がそうなのか!全てを知る者か!』


 ユウトは口から心臓が出そうなほど心臓が高鳴った。


「何故その名前を知っている!」


『忘れるものか! そうか……このヒトの子に託したのだな?』


「何を言っているんだ! 僕は……」


『貴様の力を試させてもらおう!』


 巨大な蛇は、尻尾で周囲の岩を薙ぎ払うように地面を這わせた。


「ルティスさん! 逃げて!」


「うああああああああ!!」


 ユウト這う尻尾は勢いよくユウト達を薙ぎ払おうと迫ってくる。ユウトは自分の身を守るのが精一杯だった。手を地面に叩きつけて間一髪飛んで避けた。


ユウトの視界はルティスに向けられていたが、見えたのは逃げようとした背中に直撃したところだった。

 

 邪魔な岩が尻尾によって山頂から弾き出された。その中にはルティスもあった。

 尻尾の動きを避ける事ができなかったルティスは宙を舞い、岩と共に弾き飛ばされた。


「ルティスさぁん!!」


 大声で呼ぶが返事は転がりぶつかり合う岩の音にかき消されたのか、何も聞こえず山頂から岩と共に斜面を転がっていった。

地面に着地したユウトは、岩がなくなった地面をルティスが落ちていった方向に走り出した。


『どこへ行く、ヒトの子よ』


 尻尾がユウトのいく先を邪魔するように囲った。


 肌を焼くような高音が包み込み、ユウトは右手の指をまた地面に食い込ませて抉りながら止まった。

 ユウトは体を震わせて蛇に問う


「……花ごときにって言ってたよね……アンタには双子花は価値のないものなんだよね」


『そうだな……私には全く必要のないものだ。あろうがなかろうが困らないな』


「なら摘んでも問題ないはずだよね……」


『……そうだな。問題ない』


「でもそうさせなかったのは、僕が全てを知るものだからだよね」


『いかにも……あの忌々しい……』


 いかにも、と返事した後にはすでにユウトの右腕はヘビの尻尾に刺さっていた。


『ほう……』


 高温を全く苦にしない右腕は、肩まで刺さり、どす黒い血がユウトの全身に向けて勢いよく吹き出した。


「うおおおお!!」


 右腕を勢いよく振り上げると、尻尾は引きちぎられるように裂けた。


『私の体に傷をつけるとは……さすが全てを知る者と言ったところか』


 皮肉にも聞こえる感服したような感想は、逆にユウトの感情を逆撫でた。


「……全てを知る者だからなんだよ……ぼくが全てを知る者だからルティスさんにあんな目に合わせたのかよ……」


『……異なことを言うなヒトの子よ。ここは我が住処、邪魔なものを取り除いて何が悪いのか』


 巨大な蛇は、ちぎられそうになり、血を吹き出し骨と一部の肉と皮で繋がっている宙ぶらりんになった尻尾に顔を寄せて噛み付くと、引きちぎった。

 食いちぎった尻尾の先は地面に落下したが、地面に落ちる頃には岩になっていた。

 

血の吹き出す根元は、血が止まり、内側から橙色の体よりも明るい新しい尻尾が生えた。


『こうやって久しぶりにヒトと戦う事になろうとは……生きていて良かったと思える』


「黙れ蛇! お前は許さない!」


 右手を使い、蛇の顔まで飛び上がったユウトは右腕を引き拳を固めた。


「――!!」


 だが、新しく生えた尻尾が空を切ってユウトを元いた地面に叩きつけた。

 右腕が反射的に地面と激突した衝撃を和らげたが、体で受けたダメージは右腕以外の箇所に響いた。

立ち上がりはしたものの何発も受けれるものではないと感じていた。


 ――ダメだ……この蛇は全てを知る者の事も、右腕のことも知っている!――


大きな蛇は、ユウトを見下ろしながら、二股に分かれた舌を何度か出し入れした。


『我が名はオロ。この山に縛り付けられた恨み、貴様で晴らさせてもらう』


 オロの全身が、まるでユウトを威嚇するように橙色の光を強く発光した。

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