第四章 7:運命は止まることなどない
ローシアとレイナは、自分達の故郷になるドワーフの村についた。
突然現れた懐かしい二人が帰ってきた話しはあっという間に村中に伝わり、ギムレットの家の前では、姉妹の母親代わりだったらビレーが噂を聞きつけて待っていた。
二人が現れるや否や抱きついて大声で泣いた。
「あんたたちぃぃ……無事でよかったヨォォォォ!」
ドワーフが身長が人間よりも低い。ローシアと同じくくらいだが、筋力は人間よりも強い。
レイナに抱きつきはしたものの、締め上げられるような圧迫感は強烈だが懐かしかった。
「お……おかあさま……おひさし……ぶりです……グエッ……」
苦しそうに顔が青くなるレイナを見かねたローシアが、ビレーの肩に手を置いて助け舟をだす。
「お母様、まだ懐かしいと言うには早すぎるんだワ。今日はお爺様に会いにきたんだワ。」
エミグランの任務は、ギムレットに新書を渡す事だ。
貴族会からの新書。ヴァイガル国との関係が深いこの村に送る理由についてローシアは心得ていた。
新書を持ってきた話しもすでに噂と一緒に伝わっているようでビレーは承知していた。
「そうだねぇそうだったねぇ……お爺様は中であなた達を待ってるよォ。さあ早く行きましょう。」
レイナはビレーの締め上げから解放され、ほっと安堵してギムレットのいる部屋に向かった。
「よう帰ってきてくれたの。二人とも。」
ユウトと面談した応接室には村を出る前と変わらない優しいギムレットが二人を出迎えた。
「お爺様、只今戻りました。エミグラン様より新書を預かって参りました。」
ローシアは預かってきたエミグランの新書をギムレットに両手で差し出した。
「うむうむ。早速目を通そうかの。」
ローシアから受け取った新書を丁寧に開封して、一枚の紙を取り出すと、ギムレットは目で内容をゆっくりと吟味していく。
静かな時間が流れる。
ギムレットの表情は変わらず、新書の内容を推察することはできず、次の日言葉を待っだけだった。
新書を読み終えた後、また元通りに折りたたんで「ふむ」と言って間を置くが、随分と待たされたように感じたローシアから尋ねた。
「お爺様、エミグラン様は何と?」
「……貴族会の代表再任の挨拶じゃ。ワシはイシュメル殿とも関係があったしの。」
ローシアは、読み進めるギムレットの表情から、それは一部分の内容で、新書の目的はまだ他にもあるはずだし、その内容は良くないものだと推測していた。
ギムレットはローシアの考えがわかったのか、話題を変えた。
「それよりも、随分と活躍しているようじゃの。久しぶりに村に帰ってきたのじゃ。今日はゆっくりしていけるのか?」
「……四日後が聖書記の最後の儀式だから、今すぐに戻らないといけない理由はないんだワ。」
「そうかそうか、なら今日くらいはゆっくりしていくが良い。エミグラン様も新書で二人を労って欲しいと書いてあったぞ。」
ビレーも顔を輝かせて「そうだよォ!ゆっくりして行きなよォ!」とギムレットに同調した。
「……そうね。一日くらいはゆっくりしていこうかしら。これまで忙しかったし。ね?レイナ。」
レイナは今日帰るつもりだった。もちろんユウトの側にいることを自分の使命としていたからだ。
都合がいいと思われてもいいから昨日のことを一言詫びたい。レイナはエドガー大森林を歩いている最中に、無くなっていたわけではないが、ユウトへの想いがまた沸々と湧き上がり、今すぐにでも会いたいと思っていた。
「私は……できれば……」
レイナの次の言葉を遮るようにローシアが人差し指を立てて問う。
「お母様のシチュー……美味しいわよね?」
レイナの大好物であるビレー特製のシチューの話になり、突然なんの話を切り出すのかと思いながら「は、はい」と答えた。
「あれ、すごく美味しいんだワ。この村だけしか食べられないのは不幸だと思わないかしら?」
料理を褒められたビレーは、まんざらでもないように手を振って
「あらぁ、ローシアちゃんいつの間にそんなに事言えるようになったのかねェ。」
と子供の成長と料理を褒められた嬉しさが顔に滲み出るビレーを置いてローシアは続けた。
「食べさせてあげたい人……いないのかしらね?」
その時、レイナの脳内に光が走った。
「お母様! ユ……いえ、お姉様にあのシチューをいつでも食べていただけるように私に指南していただけませんか?!」
ローシアが助け舟を出すと、レイナは察しよくユウトとギクシャクしてしまった関係を元に戻すきっかけになればと、ビレーの特製シチューのレシピを学んで屋敷に戻り、ユウトにご馳走することをローシアが提案しているのだと理解し、ローシアもそのつもりでビレーに話題を振った。
「あらぁ!嬉しいねぇ、あのシチューは簡単に作れるからレイナちゃんにもすぐ作れるようになるよォ。今日作ろうと思っていたから早速教えてあげようかねぇ。」
「はいっ!お願いします!」
レイナはローシアの提案をルンルン気分で受け入れて足取りも軽く、ビレーの背中を押して二人で料理について談笑しながら部屋を出て行った。
この機を逃さないとローシアはギムレットの方を向くと、ギムレットもローシアの言わんとすることを察していたらしく強張った顔つきになっていた。
「お爺様、アタシ達はエミグラン様の新書を持ってきたけど内容までは知らないんだワ。」
「ふむ。そうか。」
「ええ。で、何が書いてあったのかしら?」
「……」
「お爺様……エミグラン様が新書をアタシ達に持って来させたのはそう言うことなんじゃないのかしら?」
新書に書かれている内容はローシア達に知られても仕方ないか、もしくはギムレットから話すように仕向けられたかと考える方が腑に落ちる。『そう言うこと』の意味はギムレットもきっとエミグランがそうせよというように、ローシア達に新書を持たせた意味なのだろうと理解するしかなかった。
「ふむぅ……そうじゃの。確かにそうかもしれん。じゃが……にわかには信じがたい……しかし、エミグラン様が言うのなら間違いはないじゃろう……」
「どう言う意味かしら?」
ギムレットはエミグランの新書を手にとり、撫でるように手を当てた。
「奇人達……世界を最も混沌に陥れる力を持った奇人達が目覚めるかもしれん……」
「奇人達?」
ローシアはギムレットの額に玉のような汗が滲み出ていることに今気がついた。
「お爺様、奇人達とは?」
ギムレットは喉を震るわせながら大きく息を吸い込んで、不安を体から押し出すように吐き出す。
「時間がないやもしれぬな……ローシアよ、こちらに来なさい。」
奇人達が何者なのか説明すらされていないが、ギムレットの顔色は只事ではない事を告げていて、問うよりもギムレットの様子の方が心配になった。
「お爺様……顔色が……」
ギムレットの顔色は青くなっていた。心配そうな眼差しで見つめるローシアへ手を差し伸べると、ローシアは手をのせる。
ギムレットは優しくその手を包み込むように握った。
「よいか、もし、エミグラン様の予測が正しければ、奇人達が現れるはずじゃ……いや、きっと現れるじゃろう。」
「だから……奇人達って何者なのかしら?」
「人間じゃよ。呪われし人間……この大地に住むもの達に見捨てられた人間じゃ。」
初めて聞く話にローシアの驚きは体の硬直に現れたが、ギムレットは表情は変わらずローシアを見つめる。
「過去から綿々と続く罪業……ずっと心のどこかに引っかかっておった。ワシ達が生きながらえるのも奇人達を見張らなければならない定め。ワシ達はそれぞれの立場から離れておるが、奇人達が目覚めるとなれば団結せねばならん。」
「お、お爺様、ちょっと待って、話がわからない……」
ギムレットは、まるで幽霊に憑依されたようにローシアの理解の及ばない話を続ける。
「いずれわかる。じゃが、時は思った以上に過ぎてしもうた……もうワシ達に奇人達を止めることは叶わぬやもしれぬ。ご先祖様から続く過去の遺恨を若いローシア達に託すのは心苦しい……じゃが、黙示録の破壊を志したからこそ奇人達が目覚めるのも必然やも知れぬ……」
「待ってお爺様! 話の筋道がわからないんだワ! 何を言っているの?!」
ギムレットの手を握る力が強くなった。まるで何かに怯える子供のようだ。しかし力がふっと抜けると、ギムレットは床に倒れそうに体制を崩した。
「お爺様!」
ローシアがギムレットを素早く脇から支える。
「……すまぬ、少し休ませてくれ……ワシも歳をとってしもうた……奇人達の話だけで体調を……崩すとは……の……フフフ……」
ギムレットの顔色は氷水に落とされたように唇を震わせていた。まだ何か言いたいことがあったはずだ。それがみるみるうちにここまで体調を悪くするなんて思いもよらなかった。
物音を部屋の外で聞いたギムレットの護衛が駆けつけてきた。
「どうされました!」
「ちょうどよかったワ。お爺様が体調を崩されたから早く寝室へ!急いで!!」
護衛は急いでギムレットを背負うと、寝室へ急いで運んで行った。
――何よ……奇人達って……黙示録の破壊に関係するかもしれないって……そんな話、アタシ達も知らないワ……――
魔女マーシィ・リンドホルムの末裔であるローシア達も初めて聞いた奇人達の存在。
ギムレットの話では黙示録の破壊に関連していることくらいしかわからなかったが、一つ言えるのは、エミグランはまだ重要な何かを隠していた。少なくともローシアたちは奇人達については何も知らなかったし、エミグランから知らされていなかった。
ローシアはひねくれた見え方かもしれないとおもったが、それでもエミグランから奇人達を明らかにした方法は、自分から切り出そうとせず遠回しにギムレットから話し出すように仕向けたとしか思えなかった。
ローシアがギムレットに尋ねるか、新書を密かに読むことを期待しているかのように。
――あの女……まだ何かアタシ達に隠しているのね……――
エミグランのやり方に憤るローシアの怒りの矛先は、昨日の夜と同じようにテーブルに向けられた。
**************
――ドァンク街中心部
昼食前にユウトはタマモとリンとアシュリーに、ドァンク街に来ていた。
日差しと獣人の多さに熱気に溢れている中、貴族会専用の馬車で中心部まできていた。
「ユウト様、マナばぁさまのおうちはあちらです。」
二人はマナばあさんの家は知っているのになぜこんな中心部まで来たのかわからないリンは、念のため二人にマナばぁさんの家の方角を指差した。
「……えええ!!僕がかぁ?!」
「しーっ!……静かに……」
リンが指差す方向を見向きもせず、馭者席のタマモと、馬車内の先から顔を出すユウトは何か相談をしていた。
リンは首を傾げて二人に近づくと
「なななななななななんだよ!」
タマモがリンに気がついて焦りを全面に見せる。ユウトはタマモの焦る姿を見て、これほど動揺がわかりやすいのだから、やはりアシュリーではなくリンについてきてもらって正解だと思った。
「マナばぁさんの家はあちらですよ、ともう一度解答いたします。もうお忘れですか?」
ユウトはタマモが変なことを喋らないよう「忘れてないよ!行こう!行こう行こう!」とリンに疑いを持たれないように大袈裟に同調する。
リンが背中を向けた瞬間にユウトはタマモの耳元で。
「お願いだから…頼むよ」
と言うと
「バレたらにいちゃんが責任とってくれよ……」
と、唇を尖らして返した。
マナばぁさんの家に着くと、タマモは前と同じようにお菓子をせびるとカラカラと笑い家の中に入れてくれた。
ユウトはマナばあさんに向かい合って椅子に座った。
「さて、ユウトちゃんのマナを見させてもらおうかの。」
ユウトは思念となって以来、定期的にマナばぁさんに思念と体が問題ないかを診てもらっていた。
長期間思念となった事で、肉体への定着がマナばあさん曰く『甘くなる』ことが懸念されるらしい。
リンとアシュリーに、ドァンク街へ向かう理由を無理やりだが作ったユウトは、すぐにでも双子花を採取しに行きたかった。
だが、双子花の咲いている地域はわかったものの、具体的な場所はわからない。
マナばあさんなら何か知っているかもしれないと言う期待と、隙あらばリンとアシュリーの監視を掻い潜って採取しに行こうとさえ考えていた。
レイナとローシアに早くあの花を加工して渡したかった。喜んでくれる顔が思い浮かぶから、ユウトは急ぎたかった。
「マナばぁさん!」
「ど……どうしたのじゃ?大声出して……」
「ふ、双子花ってご存知ですか?」
「双子花……おー知っておるとも。ダイバ国の国境にあるカズチ山の山頂に咲いておる花じゃな。」
――カズチ山の山頂……そこまでわかればなんとかなる。――
「それがどうかしたのかの?」
「い、いえ!聞いてみたかっただけです! 昨日の傭兵の仕事で双子花の話を聞いたので。」
マナばぁさんは不思議そうにユウトの顔を見つめたが、すぐに笑顔にもどった。
「若い者は好奇心旺盛じゃの。んて、他に体でおかしいところはないかの?」
ユウトは胸の辺りを撫でて、灰色のできもののことを思い出した。
「そういえば胸の辺りに変なできものが出てきて……」
「若いうちはできものが出来やすいからの……見せてごらん。」
ユウトは胸元まで服をたくし上げてマナばぁさんに灰色のできものを見せた。
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ユウトの診察が終わり、屋敷に戻る事になると、タマモもお菓子をたくさん平らげたようで満足そうな顔をしながら馬車を止めてあるところまで駆け足で向かった。
家の外ではリンとマナばぁさんとユウトが、タマモの馬車を待っていた。
すぐ近くに止めてあったので談笑する間もなく、貴族会の立派な馬車が現れた。
ユウトはマナばぁさんの方に向き直り
「今日はありがとうございました。」
「いやいや、賑やかで楽しかったよ。」
マナばぁさんは嬉しそうな気持ちが声色に現れて感謝を述べる。
タマモが馭者席から「乗れるよー!」とユウトに大きな声で呼び
「じゃあ、また。」
とマナばあさんに別れの挨拶をして馬車に乗り込んだ。
リンは布袋を持ってマナばあさんの前に立つと
「エミグラン様からの預かり物です。」
と、マナばぁさんに渡した。中身を改めることもなくバニ茶葉だと重さで分かった。
「いつもありがとうね。」
「いえ。ではこれで失礼いたします。」
馬車に乗り込もうとするリンをエミグランは呼び止めた。
「リンちゃん。これをエミに渡しておいてくれるかの?」
マナばあさんの手には封書があった。
「……わかりました。渡しておきます。」
マナばぁさんの封書を受け取ると、リンは一礼してから馬車に乗り込んだ。
「よろしく頼むよ。じゃあ気をつけての。」
タマモが手を振って、柔らかい笑顔で見送るマナばぁさんを見届けると、御者席に顔を覗かせたユウトが、リンに聞こえないように小声で「じゃあ屋敷に戻ったら決行するよ。」と言うと「わかったよ……」
と、しぶしぶ返事を返した。
馬車を見送るマナばぁさんは、名残惜しそうに手を振る。
「……運命は止めておくことはできん……あの子達の運命も動き出したよ、エミ……あんたはどうするのかね……」
不安と、ユウト達を憂う思いは灰色のできものを見た時からあった。ユウト達が去って、不安が包み込むように、マナばぁさんの表情は晴れなかった。




