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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 5 :思い出すのは過ち

 ユウトは、ミムシュと別れた後二つの依頼をこなし、夕暮れ時、茜色に染まる景色の中、ヘトヘトになりながら屋敷にたどり着いた。


 広い庭は、襲撃事件から徐々に修復されているのが日に日にわかる。

 ただ、こんな広い庭は疲れた体には優しくないなと不満を漏らしながら屋敷の玄関に辿り着く。

屋敷の重たい扉を見上げた後、疲れた全身を使って開けた。


「ただいまぁー」


 自然と出た帰宅の言葉に反応したのは、たまたま通りかかったリンだった。


「お帰りなさいませ。」


 深々を頭を下げると、いつものように無表情な面持ちでユウトを見る。


「ただいま……はぁー!疲れたー!」


 心地よい疲れだった。

ユウトは今日はぐっすりと寝れるだろうと確信できるほど全身に疲れが行き渡っていた。


「ご苦労様でした。今日はユウト様が、初めてのお一人で依頼を受けたと聞きました。」



「うん。疲れたけど楽しかったよ。誰かのために役に立つってこんな気持ちになれるんだなって改めて思ったよ。」


 ユウトはこれまで誰かのために自分が汗水垂らして行動することはなかった。

少なくともあの五月二十一日以降は引きこもっていたし、それ以前となるともう記憶もほとんどなかった。

 

 姉妹の悲願を成し遂げる決意を固めて、オルジアやミムシュの優しさに触れて、ようやく前に進むための決意と行動が伴い一歩踏み出せて結果を出せた喜びの味わいはなにものにも変えられない。


 一歩を踏み出さなければ、景色は動かないし、感動も何もない事を改めて知った一日だった。


疲れた身体もこの後にベッドで泥のように溶けるほど眠れる確信があり、健康的な一日の終わりを迎える体制は整っていた。

だがユウトは、誰かに今日のことを話したくて、リンに一方的に喋り続ける。


「人のために何か手伝ったり、助けたりするってさ、当たり前かもしれないけど、ありがとうって言われるだけで嬉しくなるんだね。久しぶりだよこんな感覚。」


 リンは、疲れ切ったユウトが何かを得たように、にこやかに話しかける姿が、まるで喜びを共有しようと嬉しそうに話しかけてくる子供のように見えて、表情が希薄なリンも口元が緩む。


「もうすぐお食事の準備が整いますから、汗を洗い流してきてはいかがでしょうか?と提案いたします。」


 リンに指摘されたように聞こえたユウトは我に返って今の自分のこと姿を客観的に想像した。


「……臭う……よね、やっぱり……」


「いえ、匂いませんが、そう感じると推定される距離には近寄りたくはないと回答いたします。」


 リンは意図的に言葉に棘を忍ばせることはしないが、普通の会話で、仕方ないとは言え心臓を破るほどの刃物で刺すような言葉を無表情に放つ事がある。

それも多々、与えるダメージは致命傷だ。


例に漏れずユウトは見事に突き刺さってしまったらしく、しっかりと項垂れて「……風呂に行きます……」

と、トボトボと歩き出した。



 **************


「はぁ……他の人と共に生活するって、慣れないなぁ……」


 玄関ホールでリンとのやりとりの最後を激しく後悔をしていたユウトは、男性用の大浴場のある浴場のドアを開いた。

 中には小さな靴が一足、無造作に脱いであった。


――この靴はタマモのかな?――

 

散らかった靴を揃えてから自らも足をそろえて靴を脱ぎ、中に入ると、湯気ではっきりとは見えず、背中しか見えなかったが、もう風呂上がりなのか尻尾を入念にタオルではたいているタマモがいた。


 ――相変わらず尻尾の手入れは入念だなぁ……――


 無心に尻尾の手入れを始めると周りのことが見えなくなるタマモを横目にユウトは服を脱ぎ出した。

この屋敷には、今は人間の男はユウトしかいない。

寂しいと言えば寂しいが、他の人から見たら羨ましいと言うのだろうか? と、この屋敷における自分の立場を考えた。


 ――でも、見た目よりも辛い事も多いな……――


 他人は、側面だけしか見えない。決して楽しいことばかりじゃない。


――今は、黙示録の破壊……その前にミシェルの最後の儀式の護衛……やることは見えているんだ。今時間があるうちに頑張らないと!――


 明日はダイバ国近くの山で、姉妹のお礼の品を用意するために、双子花を取りに行かなければならない。

 とはいえ、やるべきことは多いな、と辟易して大きくため息をついた。


「うわっ!!」


 タマモがユウトのため息で存在に気がついて、椅子から転げ落ちて尻餅をついた。

 浴場からの湯気で姿は朧げだったが、ユウトの姿を見たタマモは慌てふためいてユウトから離れた。


「に、にいちゃん!な、なんでいきなりいるんだよ!」


「ご、ごめん! 尻尾の手入れに夢中だったから声かけない方がいいかなと思って……」


「じゃなくてさ! なんで今ここにいるのさ!」


「なんでって……風呂に入りに来たんだよ?」


「ちがうよ! 僕がいるのにさ! なんでいるんだよ! 僕……女の子だぞ!!」


 ……

 



 …………




 ――は? ――



 ユウトは今、この湯気で見えないタマモの姿よりも、自分の頭の中がより見えなかった。当然だ。『女』と言う単語しかないのだから。


 ――……女の子?――


 冷静に今置かれている状況が見え始めたら、、突然



「出てけよー!!」


 と、何か飛んできたものがユウトの額に命中する。


「いったあああ!!」


 額にぶつかったあと、床に落ちたのは石鹸だった。


「ご、ごめんごめん! 知らなかったんだ!!」



「うるさーい!! でてけぇー!!!」



 白い湯気を切りながら色々と飛んでくる。




「で、で、出てくから!! ごめんよ!!!」


 飛んでくる石鹸や櫛や魔石を、視界の悪い湯気の中を掻い潜りながら、脱ぎかけていた服一式を脇に抱えて、浴場を飛び出した。


 勢い余って向いの壁に激突しそうになるが、脇に抱えていた衣服をそっちのけで両腕で壁にぶつかるようにして止まることができた。


 壁に背を向けてもたれかかり、腰を落として座り込んで、ほっと安堵のため息をついた。


「……タマモ……女の子だったんだ……」


 思い返せば大きな浴場があるのに風呂に入るのはいつも一人だった。知らなかったで済まされるだろうか、それに追い出された浴場は男専用の浴場で、ユウトがいつも使っているところなのに女の子のタマモが何故いたのかもさっぱりと見当がつかない。

 いずれにせよ、タマモが尻尾の手入れを始めたら相当の時間がかかるので、風呂に入るのはまだまだ時間がかかりそうだとユウトは思った。


「仕方ないけど、待つしかないか……」


騒動が落ち着くと、急に肌寒くなってきた。

 思わずくしゃみが出て鼻を啜って自分の体を見ると下着しか履いていないことに気がついた。


「寒いはずだよ……下しか履いてないじゃんか……」


 寒さを和らげるように胸の辺りをさすると、ユウトは、手に違和感を感じた。


「ん?……なんだこれ……」


 鳩尾の少し上のあたりに、かなり小さいが肌触りとは違う何かがあった。

 硬く、つるりと滑らかな手触りで、大きさは小指の先よりも小さいが、確かにそこにあった。

 見てみると灰色の異物がくっついているように見える。


「石がくっついてるのかな……」


 爪で剥がそうとして引っ掛けると


「痛っ……!」


引き剥がされる痛みが生じたが剥がれることはなかった。


 ――なんなんだ……これ……――


瘡蓋でもなく、石のような硬いものが突然に体の一部に現れて、何か病気になったのかと心配になる。

 痛みはないし、そもそもこの硬いものが現れたのがいつなのかもわからないし、痛みも痒みも何もないから気が付かなかったので、放っておいても良いかなと思ったが


「マナばぁさんに見せてみようかな……」


 不安は突然目の前に現れてから、しこりのように残り続けるのは人間の性と言うものだ。

 ユウトももれなく気になってしまい、ローシア達に見せると心配をかけてしまうかもしれないからと、マナばぁさんに見せる結論を出した。



 今は胸の異物に気を取られてもしょうがないので服を着ようと立ち上がると不意に背筋にまた寒気が走ってくしゃみをしてしまった。


 夕食の時間が早いか、タマモがお風呂から上がる方が早いか、それだけが気になった。

 


**************



 ユウトが夕食に呼ばれた時間は思ったよりも遅かった。理由は食堂に行ってわかった。


「にいちゃん……ごめんよ……ぼくが間違えていたんだ……」


 タマモがリンといて、ユウトを見つけるなり駆け寄ってきてこの言葉だ。どうやらタマモは叱られていたらしい。


 謝らないといけないのは自分なのに、とユウトは思っていたが理由を聞くと、どうやら女性専用の浴場が壊れてお湯が使えなかったらしく、今日は一つの浴場を男女で使う予定だった。

時間で言うとエミグラン、ユウト、ローシアとレイナ、それからタマモやリンの割り振りだったらしいがタマモにちゃんと順番が伝わっていなかったらしい。


「いや、いいんだよ。気にしなくて。僕も不用意に入ってしまったし、入った時に声かければよかったね。」


「ユウト様。私の不手際も一因です。大変申し訳ございませんでした。」


 深々と頭を下げるリンに両手を振って止めるように促す。


「気にしないで。それよりも僕も悪かったから……ごめんね、タマモ。」


「にいちゃん……なんでそんなに優しいんだよぉ……」


 大粒の涙が目尻に浮かぶタマモの頭を撫でる。

まだ子供にしか見えないタマモをまるで泣きそうな妹をあやすように。


「ごめんよぉ……にいちゃん……」


「もう謝らないでよ。いいから。ご飯食べよう。」


「うん……わかった……」


 小さく頷いた後、リンに背中を軽く押されて席についたタマモは涙を拭ってスープを口にする。

 タマモは素直な子だなと温かい気持ちになれたユウトは、食堂を見渡した。


「あれ?」

 

レイナがいないことに気がついた。


 ローシアはいてすでに食べ始めているが、不機嫌そうに肘をついてサラダを大きな口を開けて食べていた。


「レイナは? どこか行ってるの?」


 声をかけられたローシアは視線もくれずに「部屋よ。」と無愛想に答えた。


「なんで来ないんだろう……僕、呼んでこようか?」


「やめなさい。放っておくんだワ。」


 つっけんどんに言われたユウトは、半歩くらいは食堂の出口に向いていた足を止めて、ローシアの機嫌の悪さの原因もわからないまま、おとなしくローシアの向いに座った。ユウトは食後にレイナの部屋に様子を見に行こうと考えたが


「アンタ、食後にレイナに会おうとしてるのかしら?」


 と、言いたれられたようになり「……うん。」と素直に答えた。


「やめとくんだワ。あの子のことは少し放っておきなさい。」


「……大丈夫なの?」


「なにが?」


「レイナは……体の調子が悪いとか、そんな理由?」



 ローシアはユウトの言うことに憤っていた。


――全部アンタとレイナの事なのになぜアタシが間に入らなきゃならないのかしら――


「体調が悪いとかそんな事じゃないワ」


「そっか……なら」


「でも原因はアンタ。で、その原因もアンタはわかってないんだワ。」


「え?」


 ローシアはサラダを無造作に刺したフォークを置いてユウトを見据える。


「アンタが悪いわけじゃない。気にする事じゃないんだワ。でも、アンタはそうしそうだから言うけど、あの子に謝るのだけはやめて欲しいんだワ。」


 原因は自分で、悪いわけじゃないし謝るなとユウトはローシアが何を言っているのかわからなかった。


「僕が、何か悪いことしたのなら謝りたいんだけど……」


「それをするなって言ってんだワ。人の話聞いているのかしら?」


「ご……ごめん……」


 ユウトが条件反射的に謝るとローシアは眉を顰めて舌打ちした。


「それ、場合によっては人を不快にするだけなんだワ。謝れば全て丸く収まるなんて考えないことね。アンタのいいところでもあるけど、悪いところでもある……今のレイナには悪い方にしかならないワ」


すぐ謝るクセを指摘されてユウトは心臓が高鳴った。

すぐに謝ってしまうクセは過去に言われたことがあった。何かあると、ユウトのせいでもないのにすぐに謝るのがうっとうしいと言われ、条件反射でまた謝ってしまった。

 それ以降、謝ってしまった友人はユウトから距離を置かれた。


 しかし、ユウトの処世術は、自分がごめんと言って場を丸く納めることしか知らなかったのだ。


 その思い出が湧いて、ローシアの顔を見た。あの時みた名前も記憶にない友人だった人と同じように、不機嫌そうに眉を顰めていた。

 嫌な、とても嫌な思い出がフラッシュバックして汗がじわりとにじむ。


「アンタがそうやって周りに敵をつくらないように生きてきたのはよくわかるけど、それだけじゃやってけなくなるんだワ。今回のレイナみたいに……」


 ローシアはつらつらとレイナの思いを少しだけ話そうとしていた。レイナが朝に飛び出していったかを。

 しかし、ユウトはそんな聞く耳は持てる状況ではなかった。

 頭の中には友人を失った苦い思い出が繰り返していて早くこの嫌な思い出がいなくなれと思考が支配されつつあり、ローシアの話は入ってこなかった。


 ローシアはユウトとレイナのことを思って話している。


だが、言葉とはその時の心の持ちようで良くも悪くも聞こえる。

ユウトはローシアが、自分が謝ったせいで離れて行った過去の友人のように見えていた。


 謝ったらまたいなくなる

 謝ったらまたいなくなる

 謝ったらダメだ


だが、自分のアイデンティティが否定されて、何をすればいいのか。ユウトにはわからなかった。


 誤魔化すように震える手でスープを一口、二口つけるとユウトは席を立ち上がった。


「ユウト?」


 レイナの話をユウトに聞かせていたと思っていたローシアは、青ざめた顔のユウトをみて我に返った。


「アンタ……どうしたのその顔……」


「ご……いや、な、なんでもないよ。ちょっと疲れたのかもしれない……」


「なんでよ……さっきまでそんな顔色じゃなかったじゃない。」


 流石にローシアも心配するほどに青ざめているユウトのそばに駆け寄る。

 リンも事態を察したようで、ローシアの後から駆け寄る。


「大丈夫だから!」


 駆け寄ろうとした二人は、あまり大声を出さないユウトが突然声を張り驚いて立ち止まった。


「……大丈夫だから。うん。今日はもう寝るよ。」



「アンタ……鏡で自分の顔見たらわかると思うけど……相当顔が青いんだワ。本当に大丈夫なのかしら?」


 リンが重ねて言う。


「ユウト様……私もローシア様と同じ意見です。体調がよくないのなら、マナばぁさまに診ていただく事を提案いたします。」


「ありがとう、リン。大丈夫。」


 ユウトは席を立ち「先に寝るね。」と言い残し食堂を後にする。

 ローシアはユウトを物哀しい顔で見送ることしかできなかった。


 タマモもあんなに優しかったユウトが青白い顔で俯いて出ていくところを見て


「にいちゃん……どうしたんだろう……」


 と言う。

 と、テーブルが物凄い音を立てて揺れ、タマモが「うわっ!」と驚く。音のした方を見るとローシアだった。拳をテーブルの上に置いてワナワナと震えていた。


「ねぇ……様?」


 ローシアは小さく「なんでいきなりこんなことになるのよ」と憂いた。




 ユウトは足取りも重く部屋に向かっていた。

まさか過去の思い出がこんなにも体に異変をきたすとは思っていなかったので、歩みを止めて額に手を当てて目を閉じた。


 ――忘れろ……もうあの時とは違うんだから……――


 そんな言葉で忘れられるなら今思い出すことはない。永遠にふとしたことで思い出すのだ。

 そして乗り越えるしかない。過去の自分が笑い話にできるように。


 目線を向けた先にはレイナの部屋の扉が見えた。


 ――レイナは……どうしているんだろう……――


 止めていた歩みを進めてレイナの部屋の扉の前に立った。

 レイナのことが心配だった。


ーーレイナは何をしているんだろう。ーー


 ノックするために手を上げた


『それ、場合によっては人を不快にするだけなんだワ。謝れば全て丸く収まるなんて考えないことね。』


 ローシアの言葉を思い出して手が止まった。



 ――この部屋にレイナがいたとして……僕は何を話せばいいんだろう……――


 ユウトは何を話せばいいのかわからなかった。

謝ることしかできない自分に、何が話せるのか、全く思い浮かばなかった。



ユウトは上げた手を下ろした。



 

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