第四章 4:加工屋ミムシュ
オルジアがドァンク街の地理に疎いユウトのために自ら同伴して連れてきてくれた場所は、ドァンク街の東側にある『なんでも加工します』と言う看板が立てかけられた一軒家だった。
「ここだ。重たいものを運ぶ依頼だから、まあ危険なことはないだろう。」
「はい。ありがとうございます。がんばります。」
「おう。……そうだ、あと一つだけ言い忘れていたが……」
「なんでしょう?」
「ここの家主は、かなり変わり者らしい。偏屈らしくてな。」
「変わり者……」
オルジアはそう言うと、あとは任せたぞ、と背中を見せて手を振りながらミストドァンクに帰って行った。
面倒くさいで称する人はたまに聞くが、ユウトは全く気にならなかった。面倒くさいとは、全く基準ない個人の感想で、そちらに重心を置いて人を見ると、大抵の人は面倒くさく見えてしまう。
実際に話してみたら面倒臭いと感じる理由があって、まずは会って話して自分に合うか合わないかで判断する方が知見を狭めなくて済むと、ユウトは考えていた。
ユウトは懐から依頼書を取り出して広げた。この数日間で読み書きをレイナに教わり、簡単な文字なら時間をかければ読めるくらいにこの世界の文字を少し使えるようになった。
依頼書には、『引越し手伝い 炉の運搬』と書かれてあった。単純に炉を運ぶ依頼らしい。
ゆっくりと指でなぞるように看板を一文字ずつ声に出して読むと、一軒家の奥から足音が聞こえた。
勢いよく扉が開かれると
「だーれじゃ! 家の前でボソボソ言うとるのは!」
年寄りの声が腹の高さから聞こえた。
目線を下すと、完全に顔中の毛が真っ白なドワーフの老人がしゃんとした姿勢でユウトを皺と彫りの深い顔で見上げていた。
「あ……あの! 依頼を受けてミストドァンクから来ました!」
「ん? おーお! やっと来てくれたか! 遠いところすまんのぅ!」
体に見合わないほど声が大きく野太い。皺と白髪がなければ老人には見えないだろう。
エドガー大森林のギムレットとはまた違うドワーフを見て、目の前のずんぐりむっくりの体に赤ら顔のドワーフの方がユウトのドワーフのイメージに近かった。
「遅くなってすみません。今日は引越しの最後に炉を運ぶって事で来ましたが、どこにありますか?」
「んー?」
ドワーフはユウトの顔と体をまじまじと舐めるように見た。
そして辺りを見回して、ユウトしかいないことがわかるや否や、赤ら顔がさらに赤くなった。
「もしかして、一人か?」
「え? ええ。一人です。」
そう告げると、ドワーフは顔を急に真っ赤にして両手を頭上に上げて振りながら怒りが爆発した。
「一人で運べるようなものではないぞい! できれば十人くらい頼むと書いたのに! 傭兵は文字も読めんのか!」
「ま、まあまあ、落ち着いてください。」
「落ち着いてられるか! もう火を落として三日過ぎとるんじゃ! 早く火を起こさんと炉の中から痛むんじゃ!」
「と、とりあえずどんなものか見せてください! それで人数がどのくらいいるか見ますから!」
というと、ドワーフは鼻息荒く、仕方ない。ついてこい!と言い放って家の中に入って行った。ユウトはとりあえず凌げたと一息ついて「お邪魔します。」とついていく。
ーーなるほど、怒りっぽい人なんだな。ーー
ユウトはミムシュの面倒くさいと感じる部分を垣間見て、気をつけようと戒めた。
そして、扉の横に、『ミムシュ』と書かれた小さな板を加工したボードがあった。
依頼書に書かれた依頼主の名前と一致することを確認してから入った。
家の中は明かりはなく、窓から入る日光が中を薄暗い中目を凝らす。
家の中は床をほとんど取っ払って無くしたように、踏み固められた土が床の代わりになっていた。
炉があるところなので、床はもともとなかったのかもしれない。
なんでも加工する加工屋らしいが、今は引越しの最中なので、その面影も無いほど道具等は何もなくがらんとしているが、一番奥に四角い丈夫そうな金属製の炉がポツンとあった。
ミムシュはご自慢の炉を手で叩く
「ヴァイガル鉄で作った特注品の炉じゃ。中は熱に強い素材をふんだんに使っておるが、火を絶やすことなく燃やさぬと中から痛むのじゃ。」
「すごくおもたそうですね。」
「当たり前じゃ! ここに運ぶのに八人がかりで入れたんじゃ! 全く……お主みたいに細い傭兵一人よこすとは思わんかったわい!」
仁王立ちしてミムシュがユウトに鼻息荒く不満を述べるが、ユウトは意に介さず、炉に歩み寄りしゃがんで脚の下に右手を差し込むと、集中して右腕に深緑の力を宿らせる。
「なーにをやっとるか!お主一人じゃ無理じゃ!」
ミムシュの言葉は耳に入らないユウトは、集中して目を閉じると、右腕が暖かくなるのを感じた。
それは深緑の力が宿る前の前兆で、弾けるように熱くなるとその時が来る。
ミムシュの眼前に右腕が深緑の光に輝きだすと、不思議な光景に思わず後退りした。
「な……なんじゃなんじゃ!この光は!」
光はユウトの右腕に集まり、一層輝きを増すと、深緑の光に包まれた右腕が現れた。
「お……お、おおおお!なんと神々しい! 傭兵にはこんな力が使える者がおるのか!!」
ユウトは右腕に力を込めると、もう何十年もそこにある金属の炉は、地面に自然と埋まり込んでいた脚が、土を破るようにして浮き上がり、ユウトの右腕に軽々と持ち上げられた。
「これ、本当に重い……ですね。」
こともなげにそういうユウトに
「な、なにを言うとるか!そんな重い物を一人で持ち上げられれば充分じゃわい!」
自分のことながら、よく考えてみると確かに、と思ったユウトは照れ隠しに乾いた笑いを見せた。
「ところでこの炉はどこまで運べばいいんですか?」
ミムシュに尋ねると、そうじゃそうじゃ!と炉の後ろの壁にかけてあった布を取り外すと、壁に大きな穴があり外の景色が見えた。
「ここから運び出すんじゃ!三日前に開けておいたんじゃ!」
と、ミムシュが先導して外に駆け出した。
壁に大きな大穴を開けて運び出すなんて、よほど大切な炉なんだろうと、右腕でしっかりと持ち、外に運び出した。
**************
外を炉を持って歩く馬鹿力の男にしか見えないユウトは、行き交う人々に存分に奇異の目で見られ、恥ずかしい思いで炉を運ぶ。
ミムシュは、炉のあった家からドァンク街の中心部に近いところが引越し先で、少し迷いながら目的地に到着した。
先ほどの家とは一回り小さくなっているが、庭と納屋があった。
納屋の中に炉を運び込むようにユウトに告げると、言われた通りに運び込んで、ミムシュの指示のもと、ゆっくりと炉を下す。
ミムシュは一人で無事に炉の運搬を成し遂げたユウトの背中を何度も叩いた。
「いやぁ恐れ入ったぞい!」
「いえ、喜んでもらえて僕も嬉しいです。」
引きこもっていたユウトは、誰かのためになって喜んでもらえた喜びを忘れていた。
ミムシュのしわくちゃな顔を崩して喜んでくれる様子を見て、一人で依頼をこなせたことも含めて嬉しくなった。
「助かったわい!これで炉も痛まずに済む! そうじゃ!早速火を起こすぞい!」
ミムシュは炉に、近くに置いてあるふいごを炉に取り付け始めた。
ユウトはもう依頼は終わったし、挨拶をして帰ろうかと納屋を出ようとすると
「待つんじゃ!」
と呼び止められる。振り返ると今まさに火を起こそうと背中を丸めて炉に石炭や木材を激しい音を立てながら入れたミムシュが振り返った。
「早う終わったのじゃから茶ぐらいご馳走させてくれ!」
「い、いえ!大丈夫ですよ。」
ユウトは条件反射のように断ったが
「なーに遠慮しとるんじゃ! 若い者が! いいからそこある椅子に座っとれ!」
「ご、ごめんなさい……わかりました。」
と、座って待つしかない選択肢しか与えられず、ユウトは仕方なく納屋の隅にテーブルと二脚の椅子があるところに腰を下ろしてミムシュの火起こしを見守った。
炭であちこちが煤けたミムシュは、炎がともった炉の周りをちょろちょろと動き回り、立ち止まったかと思うと腰を拳でポンポンと叩き「これで大丈夫じゃろう」と言って背伸びをした。
炉から離れたユウトのところにまで熱気が伝わってきて、近くにいるミムシュはどれだけ熱いのだろうと心配になる程だった。
ミムシュは、炉から少し離れたところに置いてある奥の樽の中から氷水が入っているのか、氷が樽の内側で踊って樽にぶつかる音を鳴らしながら、瓶を二つ取り出した。
水がポタポタと垂れながらユウトのそばにやってきて、テーブルに置くと、瓶の栓を開けてユウトに渡した。
「じじいの一人暮らしじゃから茶の淹れ方もわからんのでな!すまんがこれで勘弁してくれ!ここは熱くなるから冷たいものしかないがのう!」
ユウトは笑顔で「大丈夫です。いただきます」と言って一口飲んだ。中身はバニ茶で、冷たい喉越しが体を動かした後の疲れを和らげる。
「……くぅぅぅ! おいしい!」
「そうかそうか!口に合ってよかったわい!」
ミムシュも同じようにクビクビと喉を鳴らしながら飲む。
炉を運んできた時には納屋の中の様子をじっくりとみることができなかったユウトは、改めて見渡すと、ここには似つかわしくないと言えるほど綺麗な絵が壁に飾られていた。
色合い鮮やかな花を背景にしたふくよかな女性のバストアップの構図の絵だ。絵の中の瞳は優しく納屋の中を見守る女神の眼差しのようにも見えた。
あまりの美しい絵に、ユウトは自然と歩み寄って絵を食い入るように見る。
「綺麗な絵ですね。」
思わず感想が漏れると
「じゃろう!わしの嫁さんの肖像画じゃ!」
と嬉しそうにミムシュは答えた。
「そうなんですか! 奥さんは今どうされてるんですか?」
少し間があって
「……もうこの世にはおらんよ!わし一人じゃ!」
と、ミムシュは声は大きいが寂しそうに言うと、ユウトは不躾なことを聞いてしまったとミムシュの方を見て小さく「すみません 。」と謝った。
「いいんじゃ! 気にするな!」
ミムシュは瓶をテーブルに置いて、絵を見ていたユウトに近寄る。
「この絵はワシが描いたんじゃ! 上手かろう?」
「はい。とても綺麗な絵ですね。」
「……最近の若いもんは冗談も通じんのか! 上手くないぞい!」
「いえ! こんな綺麗な絵を描けるなんてすごいですよ! 見とれちゃいました。」
ミムシュは皺だらけの顔で表情は読みにくいが、少し嬉しそうにしているのはユウトにもわかった。
「これはダイバの国の近くにある山の上にあると言う双子花の花畑を想像して描いたんじゃ!」
「双子花?」
「うむ! 一つの種で必ず対になって咲く花でな! 嫁さんが大好きな花じゃ!全く同じ形の花が咲くから双子と言う名前がついたんじゃ!」
「有名な花なんですか?」
「いや、双子花と言う名前はワシらの世代しかわからんかもしれんな! お主知らんか?」
「いえ……知らないです。」
まったく最近の若いもんはこんなことも……とブツブツと何か呟きながら、ポケットから何かを取り出した。
それは、黄色に輝いていた。よく見ると黄色の花弁を模された花の形をした宝石にも見える。
「これが双子花の一つを加工して作った物じゃ!」
「えっ?! これ花なんですか?」
ミムシュから受け取ると、花に見えるはずがないほどに硬くガラスや宝石の類のものにしか見えないほどに輝いていた。
「これは人から譲り受けた双子花の一つを、ワシがじっくりと加工したものじゃ!山の鉱石の上に咲く双子花は、ワシの技でこんなに輝く宝石のようになるんじゃ!」
「すごい……綺麗だ……」
そう言うのも無理はない。黄色の双子花の加工品はユウトの手の中で、納屋の中のわずかな光を反射させて、その存在を一際輝かせて見える。
「この片割れは水色の双子花でのぅ、嫁さんの棺に一緒に納めたが、それを見ると色々とおもいだしてしまってのう……」
ユウトの手にある黄色の双子花の加工品はこんなにも輝いているのに、そんな悲しい思いで見ているのかと思うと居た堪れなくなった。
ユウトは「大切なものをありがとうございました。」
と言って返すと、ミムシュは歯を見せて笑いながら
「お主は好きなおなごはおるのか?」
「へっ!!??」
「お主ぐらいの年頃じゃと、好きなおなごぐらいおるじゃろう? この双子花のような物ならワシが作れるからいつでも言うんじゃぞ!お主なら割安で作るからの!」
いつの間にか気に入られていたユウトは、人に優しくされることに慣れておらず
「いや! その! えっと……」
と、言葉が出てこなかった。
ユウトはこの世界にやってきて、正直浮かれた気持ちにはなれなかった。
姉妹と三人で同じ屋根の下で寝食を共にする話はあったが、結局感情で二人を見ることはなかった。
好きと言う感情は、ユウトのいた世界に置いてきたように心にぽっかりとした穴があるだけで、姉妹に対して好きと言う感情があるのかないのかもよくわかっていない。
それだけこの世界で生きることや学ぶことで精一杯でうつつを抜かす暇がなかったからだ。
それはたった一つの目的を達成するために……
全てを知る者としての使命を果たす。
姉妹が口癖のように言う悲願はユウトにも刷り込まれて、いつしか女性というよりも仲間として見ていた。
だが、ユウトがここまで一人で依頼をこなせるほどに力をつけたのは、間違いなく二人が守ってくれたおかげだった。
今日、二人に何か感謝の気持ちを伝えたいと思い至った事や、初めて一人で依頼をこなした事で出会ったミムシュ。そして双子花の話と加工した綺麗な双子花を見て閃いた。
――そうだ! 双子花ってレイナ達にピッタリな贈り物になるよ! 二人にミムシュさんが持ってる双子花の加工品を作ってもらって、これまでのお礼にプレゼントしよう!――
オオカミの商人から聞いた渡すタイミングも、依頼を一つこなせて傭兵として一歩を踏み出せたお礼でいいじゃないかと渡す理由もある。
ユウトは我ながら素晴らしいアイデアだとすぐにミムシュの方に向き直る。
「ミムシュさん!!」
突然声が大きくなったユウトに驚いたミムシュは体をビクッと反応させて「どしたんじゃ!」と怒鳴るように返した。
「その、双子花の加工品はいくらで作ってくれますか?」
「おおん? そうじゃの……花がないなら十万ゴルド……」
この依頼で受け取る報酬は一万ゴルドだ。この世界でまだ自分のお金を持っていないユウトの懐事情では明らかに足りない。
ティア4の依頼をいくつもこなさないと無理で二日や三日でどうにかなりそうもなかった。
「花が、双子花があったら?!」
「どしたんじゃ急に……花があったら二つで五万ゴルドじゃな!」
ユウトは、この後にこなす依頼も含めて手にするはずの全財産では足りない金額だった。目に見えて項垂れて、大きくため息をついて椅子に座った。
ミムシュから見たら『作ってもらいたいのにお金がない』と明らかにわかる様子だ。
なんともわかりやすく可愛げのある少年かとミムシュはにこやかにユウトの肩を叩く。
その目はまるで息子を見ているかのような、暖かく優しい眼差しだった。
「お主なら一万ゴルドで引き受けるぞい!」
「ほ、本当ですか!」
「ああ!このミムシュ!嘘はつかん!この年寄りの話に付き合ってくれたお礼じゃ!もう死んでしまったワシの嫁さんも喜ぶはずじゃ! さすがアンタだよ!ってな!」
ユウトは小さくガッツポーズを取る。
「僕、花をとってきます! だから作ってください!お願いします!」
ミムシュの両手を握るユウトの目は真剣そのものだった。息子はいなかったがミムシュは心の奥が熱くなるような感覚を得た。
ミムシュは変わり者として周りの住人として指をさされることもあった。偏屈なミムシュはそんな言葉も意に介することもなく、もう亡くなった嫁のアメリアと二人で過ごしてきた。二人の唯一の心残りは子供を授かれなかった事で、病床に伏せたアメリアは心配していたのは、自分が亡くなった後のミムシュのことだった。
変わり者のミムシュが周りの住人達から理解を得られず嫌われて孤独になってしまうのではないかと、それだけが心残りだと常々言っていた。
息子や娘がいたら……と何度も神を疑った。
しかし、今ユウトが変わり者のミムシュの前に現れ、夫婦が憧れていた息子のように思えた。
変わり者と呼ばれる者は、そう呼ばれていることを理解している。もしかしたら、この初めて会った少年を息子のように見えると誰かに話せば馬鹿にされるかもしれない。
だが、熱意あふれる願いをぶつけてくる少年の心意気を無駄にするほど馬鹿ではなかった。
若いうち情熱に絆されるようにミムシュは頷いた。
「任せておけい! 最高傑作を作るぞい!」
ユウトは、初めてこの世界で姉妹以外の優しさに触れ、花のように笑顔が咲いた。
「ありがとうござきます!」
ミムシュはユウトの笑顔がとても気に入った。きっとアメリアが、神がミムシュ達の方を向いてくれないから、引き合わせてくれたのだと思った。
そう考える方が幸せな気持ちになれるのだから、ミムシュはユウトの手を握り
「困った事があったらワシに頼るといいぞ!なんでも作るからのぅ!」
と、アメリア以外には見せたことのない満面の笑みをユウトに見せた。




