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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 章間 :また会おう

この話は、第三章 24 :重なる手 のユーシンにまつわる話となります。


 アルトゥロは苛立っていた。

先刻プラトリカの使者となったエオガーデ達を大量に失った後、ヴァイガル国に戻ってきたばかりのアルトゥロは、後になればなるほどユウトへの怒りが沸々と込み上げていた。

 

自室に戻り、憤りを抑えようと椅子を引いて座り、目を閉じて怒りを抑えようと深呼吸をした。

 しかし、目の奥に残る深緑の光の残像で一気に怒りが頂点まで達する。

 机を殴り、立ち上がって椅子を蹴飛ばし、物が手に届くところにあれば全て壁に投げつけて破壊するほど荒れに荒れていた。落ち着くことなどあり得なかった。アルトゥロは拒否されたのだ。


 ――愛しき人ぉぉ……なぜ。なぜ私を拒否するのかぁぁぁ……これほどまでに想い続けても……まだ足りぬと言うのですかぁぁぁぁ――


怒りを抑える事ができないアルトゥロは、物を投げつけて壊し、その壊した破片さえも握って投げつけた。


「はぁ……はぁ……ううううううううううう……」


 破片を握り込んで無数のキズから血が溢れる手で胸の辺りをかきむしると、赤い無造作な模様が意図せず胸元に描かれる。


 ――この怒り……この怒りを……鎮めなければ……いずれ身を焼かれる……――


 怒りの中に恐怖を僅かに染み込ませて胸の奥で燃える上がる怒りを押さえ込むようにブツブツと呟く。


――怒りは身を焦がす……焼き尽くす……――


 心臓の鼓動が外に聞こえるんじゃないかと思うほどに早鐘を鳴らすように鳴り続ける胸に手を当てて、胸元を血で真っ赤に染めながら呼吸を整えると、怒りは吐き出す息と共におさまっていった。


 だが、アルトゥロは怒りが抜けた自らの思考の中に残る怒りの副産物があった。


 報復だ。


 怒りや悲しみを抑えるには、与えた相手への報復しかない。たどって遡れば、自分で作ったこの手の傷さえも原因がある。

 

 それは全てを知る者とエミグランだ。


「……あいつが……愛しきあの人が……私に福音を享受することを拒否した結果なのだ……ふふふふそう……私は世界安寧を実現する者! その為には悪魔にでも魂を売ることだって厭わない!私が願う世界を実現する為に!」


 アルトゥロは不気味に含み笑いながら血まみれ人差し指と中指の腹を唇に当てた。




**************


 ハニーアントでもらった酒瓶のコルク栓を親指の腹で押し出すようにして栓を開けると、グラスに注いで一口飲む。

 ユーシンはローシアがノココの家まで迎えに来てからずっとエミグラン邸にいた。


 ここ最近体調がおかしく突然意識を失う事があり、記憶がうっすらと残っていたり完全に一部の記憶だけなくなるようになっていた。その頻度は日に日に増している。

今日も同じようにうっすらと記憶がある部分から記憶がない時間帯があった。


 今日記憶がなくなる前に残っていた記憶は、屋敷を守る結界の魔石の前に立っていた。そこからの記憶は綺麗に無くなっていた。


 我に返ったのは応援に来ていたメイドのソマリが、ユーシンの部屋に訪れて心配そうに顔を見ていたところだった。

 ソマリはアシュリーがヴァイガル国で騎士団長に襲われ大怪我を負った事。そしてこの屋敷が襲撃されたことをユーシンに伝えた。


 ユーシンに屋敷が襲撃された記憶は全くなく、ソマリはユーシンの無事を確認しに来て話を聞いて初めて知った。


 アシュリーの襲撃事件の理由はわからないが、屋敷の襲撃事件は、結界の魔石を破壊された事が原因と聞き、その魔石の設置場所を聞いて青ざめた。


 ユーシンが最後に記憶の残っていた魔石の場所だからだ。

ソマリが部屋を去って、自然とハニーアントで貰った酒瓶に目をつけて手に取っていた。

 酒を飲んで忘れよう。偶然の出来事だと言い聞かせていたが自分への疑念は抜けなかった。


 ――俺が……壊した?――


 魔石が勝手に壊れるはずはなく、おそらく何者かが事前に潜入して破壊したのだろうと結論付けられたそうだが、犯人は捕まっていないらしい。



 ――俺が最後に見た景色が……壊された魔石の場所……――


 記憶を辿るが全くなく、頭をかきむしる。


 ――思い出せ……思い出せ……思い出せ! 俺は何をした……何をしたんだ!――


 思い出す事ができない空白の時間は、苛立つユーシンの手の中にあったグラスを叩き割らせた。


 パリンと乾いた音が響いて息が荒くなる。


 ――結界は張られていたはず……侵入者が入ったことなんて一度もない……過去の事実が導き出す答えは……――


 結界の魔石の設置場所は、クラステル家に関わる者が知っている。おそらくローシア達は知らないはずだ。エミグランとイシュメルとリンは北部訪問中、アシュリーは聖書記候補の護衛でヴァイガル国にいた。

 タマモは結界の魔石を取り替える役目で、わざわざ自分から結界を壊すようなことなんてするはずがない。どう考えても推定容疑者は自分しかいなかった。

 

 記憶が無いところで自分が何かをしている。それもこの屋敷の者たちに不都合な事をこの手でしているかもしれないと思うと、自分が自分で無くなっている恐怖で体が震え出した。


 ――何が起きてるんだ……俺に何が……――


体の震えは止まらず、恐怖で何者かが自分を見張っているような感覚に苛まれ始めた。


「誰だ……」


「どこのどいつが俺を見てるんだ……」


「やめろおぉぉぉぉ!!」


 目に映るもの全てが敵に見えた。愛読していた本も、大切に飲んでいた酒も、目に映るもの全てをひっくり返した。


 外にも聞こえるくらいの大きな音は、広い屋敷の一部で聞こえたはずだが誰も来る事はなかった。


 肩で息をしながらベッドに腰を落として両手で顔を覆ったユーシンはそのまま倒れた。


 自分が消えてしまうような感覚はこれまで体験したことのない恐怖。言い換えるなら『死ぬ』感覚だった。


 ある日突然目に映るもの、耳で聞こえるもの、肌で感じるもの、鼻でかぐもの、舌で味わうもの全てが無になる感覚。

 真っ暗闇の世界に落とされ自分が呼吸しているかさえわからなくなる五感が失われる世界が足音もなく近づいている恐怖が、ユーシンの呼吸を荒くして汗が球のように浮き上がる。


 ――だめだ……このままじゃ……皆に迷惑をかける……――


 自分の手の中で守れるものを守る。手の届く人を守る。手に入らないものを憂いたり嘆くのではなく、今、手の中にあるものを大切にすること。

 貴族会の頂点に立ち、イシュメルが買った子供は優秀だったと誰もが認めてくれるように心を入れ替える。認めてくれない者がいたとしても、こんな自分でも受け入れてくれる者のために。

 ノココの家から去る時に、彼女を見ながらそう誓ったばかりだった。


 ユーシンは起き上がり、蹴飛ばした椅子を元に戻して座ると引き出しを開け、手を広げたほどの刃渡りのナイフを取り出した。


 【何をするつもりだね?我が人形よ】


「――!!」


 【君は私の人形……人形は勝手に動かない】


「誰だ!!」


 見回しても誰もいない、だがすぐ後ろで声が聞こえてる。


 【人形は……私が遊ぶものですよ】


 声のする方に向くが誰もいない。

突如、ユーシンの体に電撃が走った。


「ぐあああああっ!!」


 何の脈絡もなく全身にくまなく電流が流れたユーシンの体は、痺れて自由が効かなくなり、小刻みに震えながら考えている事と違った動きを始めだした。

 

 自分の考えとは全く違う動きを体がし始める。下半身が自分の支配下になく、勝手に歩き出そうとしていてこのまま外にでも出ようものなら、自分が何をするかわからない。


「やめろ! 俺は……この部屋から出んぞ!」


 無意識の動きを意識で縛り付けるように、まだ自分の意識で動かせる手は机にしがみついた。


 【あなたは私の人形……】


 電撃が全身に走る。



「ぐああああああああっっ!!」


 【人形です。】


 先ほどより強く電撃が走る。


「ぐおおおおおおおお!!」


 【人形なのです。】


 まださらに強い電撃が走る。全身が痙攣して椅子から激しい音をたてながら転げ落ちた。


「…………くっ……そがぁぁ……」


 ユーシンは衝撃で意識が飛んでしまいそうな自分の胸を拳で叩く。


 ――俺は負けん……!――


 握り拳で言う事を聞かない自分の腿を何度も何度も殴る。


 【無駄です】



 腿を殴る手がぴたりと止まった。ユーシンの意図とは全く違い、動かぬ手を苦悶の表情で見つめる。


「なぜだ……くそおおおおお!!」


 【この体、既に私のもの。ええ。ええ。】


「……ぐぐぐ……ッ!」


 頭の中に直接語りかけるような声と共に、ユーシンの視界は暗くなる。まるで眠る前の意識の境目が遅く長く続くように。


 【視界が無くなればこの体は私がいただきます。ええ。あなたのお父様はあなたの手で亡き者にしましょう。ああああああああああ壊しましょう壊しましょう】


 声の主は脳内で信じられない事を言い放つと


「黙れ!姿を見せぬ姑息な男が!」


 【こーそーくぅー? 姑息なのはどっちだ!】


 これまでに無い全身への衝撃がユーシンの全身、指先に至るまで走った。


「ぐあああああああああああああ!!」


 【私の愛しき人を拐かし!深緑の力を独り占めにして!私の邪魔ばかりするクソったれのエミグランの懐でのうのうと甘い汁ばかり啜る人間が!!】


 「あああああああ!!」


 ユーシンの口は泡を吹き、白目をむいていた。


 【人間の性根も性格も!変わりはしない!!所詮お前は他人を支配する欲に満ちた俗物!お前のような人間は掃いて捨てるほどいる!何故だかわかるか?!】


「ギギギギギギ!!」


 【それが人間だからだ!甘い汁を啜ったら二度と手放さない!罪も自己のためにやむなしと割り切って他人を殺せるのが人間だ!!私の望む世界にお前のような人間は必要ない!!】



「アアアアアアアアアアア!!」


【人は生まれ変われません。性格はこれまで生きてきた証のようなもの。これまでの自分を否定し消し去る事……浅識な人間ごときに出来ませんよ。自分が何よりもかわいいのですからね。】



ユーシンの体がガクガクと痙攣し、動かなくなった。



 そして、むくりと起き上がった。


「やれやれ。随分と神経を痛めてしまいましたねぇ……」


ユーシンの声色だが、中身が入れ替わったように人が変わってしまった。それもそのはずで中の意識はアルトゥロになっていた。


「随分と我慢強い男でしたねぇ……意識は……」


 頭をまるで耳の中に入った水を出すように側頭部をを母指球で叩く。


「……まだいますね……どうせ死ぬ運命なのですから……まあお父上が自分の手で死ぬところを見るのもまた興というものでしょう。ええ。ええ。」


 手の指を思い通りに動かして、体が完全に支配下になった事を確認し、先ほどユーシンが取り出したナイフを持つ。


「随分と綺麗なナイフですねぇ……血に染めるには勿体無いですが……他には……」


 部屋を見回すと、アルトゥロがハニーアントで支配下に置いた商人に乗り移ってユーシンに接触した時に渡したワインの瓶が見えた。


「んふふふふ。酒好きで助かりました……おかげ様でこのように人形になってくれたのですから……ひひひひひ。」


 机に歩み寄り引き出しをいくつか探るとナイフがあり、満面の笑みで手に取った。


「んふふふふ……ザクザク切り刻む事で、私の気持ちがおさまるぅー!」


 懐にナイフを納めて机の引き出しを開け、もう一つのナイフも懐に収めた。


「さてさてさてさて!いきますか! ぬふふふふふふ。」


 ユーシンの体ではエミグランに傷をつけることすら出来ないだろう。狙うはイシュメルだ。

 扉まで歩みを進め、ノブに手をかけた。


「あああああ……早く殺したい……殺したいコロコロコロコロ……っぐああああああああああ!!」



 ユーシンの意識がノブにかけた手を無理やり引き剥がすと、アルトゥロから体の支配権を取り戻すように叫ぶ。


「はぁ……はぁ……何処の馬の骨かもわからん者に、俺の体をおおおおお!!……しつこいですね!あなた!痛めつけないとわからないのですか!」


 まるで一人で二人を演じているかのように会話が続く。


「あなたのお父上は貴方の手で殺す!報いです!これで罪が償えるのですよ!! 黙れええええ!!!」



 ユーシンの意識がわずかに勝り、暗闇の深淵に沈んでいた意識が戻ってきた。


「はぁ……はぁ……くそっ!」


 先ほどのアルトゥロと同じように、手が動く感覚を確かめて、ふらつきながらドアから離れた。


 このままではまた謎の衝撃に襲われて意識を飛ばされてしまう。

 今はなんとかユーシンとして存在している。だが、瞬きをした瞬間にまた真っ暗な世界に押し戻されそうな恐怖が脳裏にこびりついていた。

 またもう一度堕ちたら、二度と帰ってこれない絶望感が隣にあるようで、まるで死神が取り憑いているようにさえ感じた。


 ――愚か者には愚か者としての末路しかないとでも言いたいのか……――


 これまでのユーシンの行いは決して褒められるものではない。それは自分自身がよくわかっていた。


 迫り来る『死』と同じ恐怖に苛まれ蝕む。汗が止まらず呼吸は荒い。


 ――今……すべき事を――


 諦める事は、自ら死を選ぶことに等しいとユーシンは思っていた。

どの道、クラステル家に多大な迷惑をかけることは明白で、結界魔石の破壊は十中八九ユーシンが引き起こしたことに違いはなく、さらにイシュメルを殺そうと第三者が体を乗っ取ろうとしている。


――いずれにせよ終わりだ……俺は――


 ならば最後の最後まで抗ってみせる。

ユーシンは唇を強く噛んだ。

この痛みを感じている間にできる事を、と机に向かった。


 この意識がある間に、あの娘に……と遺すものを作るために。


 足を引き摺るように机に手をかけて、重力に従うように椅子に座り、苦悶の表情で引き出しを開けて、便箋と紙を取り出した。


 震える手で羽ペンを取り、インクにつけると、左手で右手を掴み便箋に



 親愛なるノココへ



 と書いた。



「……ぐっ……」


 意識が遠のき始める。またアルトゥロが体の支配権を奪いに表に出てくる感覚があった。ユーシンの脳内で意識を無理やり断ち切るアルトゥロに悪態をついて拒む。



「…そ……うはさせんぞ……せめて……」


 だがもう時間の問題だとわかっていた。


 痛みが、意識が遠のき始める。

そして、記憶の中のノココが遠のく。馬車で見送ったあの日のように小さくなった。



「っざけるなあああああ!!」


 机に爪が剥がれるほど食い込ませた。


「はぁ……はぁ……」


 ユーシンは羽ペンを握り直し、今心の中で思っている事を、歯を食いしばり手の震えを抑えながら書いた。



『また、どこかで会おう』


字は明らかに歪んでいた。これでは年寄りか子供が書いた文字に見えるな、途切れそうな意識の中で鼻で笑い、インクが乾かぬ間に震える手で紙を折って便箋に入れると、引き出しの中に収めた。



 途端にユーシンの全身に、命を断ち切るほどの衝撃が走った。


「…………!!!」


 声さえも出なかった。ガクガクと震えてユーシンの意識は一瞬にして完全に消えた。


 「……全く……しつこいのはエミグラン譲りですねぇ……」


 アルトゥロは完全にユーシンを乗っ取った。

完全に断ち切ったはずだと二度とユーシンは出てこない確信があった。


「……しかし、抗う人間をねじ伏せるのも私の役割……その執念は敬意を払いますよ……ほんの少しだけ。ええ。ええ。」


アルトゥロは扉を開き、出て行った。


にやけそうな顔を抑えながら歩くアルトゥロは、しばらく歩いて、静かに歩いていたメイドを見つけてイシュメルの居場所を聞いた。


 アシュリーというメイドの部屋にいるらしく、部屋の場所を聞いて感謝を述べた。


 ――命に等しく大事なものを奪われる痛み……エミグラン、貴方にも知ってもらわねばなりませんからねぇ……ええ。ええ。――


笑いを堪えながらアシュリーの部屋の前に辿り着くと、扉が開き、イシュメルが出てきた。


「父上。」


 ユーシンの姿をしたアルトゥロに気がつくと、眉間の皺が緩み


「ユーシン……久しぶりだな。大変だったな、今日は。」


 と優しく答えた。

 



 

章間はこれで完了。

ノココの手紙の内容はご想像にお任せします。


もし良かったぞー!と感想をお持ちでしたらブックマークと高評価をよろしくお願いいたします。

それだけでやる気が満ち溢れます。(これは本当にそう)


四章の公開は一月半ばごろを予定。それまでは三章の推敲を行います。(時間があれば一章や二章も)


詳しくは活動報告に記載しますのでそちらもご確認ください。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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