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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 23 :前線へ立てと言うのか

 エミグラン邸では、オルジア達が襲撃の後片付けが終わったあとに獣人傭兵で最高ランクのティア1であるギオンと共に、後で自室に来るようエミグランに言われていたため、玄関前で待ち合わせていた。


 ギオンは念のため傭兵達をドァンク街入り口まで送ってくるとの事でオルジアは一人玄関前で待っていた。


 玄関前だと庭園が荒らされたままになっている状態が嫌でも目につく。オルジアは二度とこの景色を生み出すことがないように戒めるため眺めていた。


 日が完全に暮れて、自然に照明の魔石に明かりがともると、正門の向こうの空から大鷲が飛んできた。

 少し前にリンをヴァイガル国に送ったタマモだった。正門の上を通って玄関前の空中で姿を戻すとクルッと前転してうまく着地した。


 あまりに綺麗な着地だったので思わず拍手をすると、タマモがオルジアに気がついた。


「おっちやん!ここで何してるんだ?」


「ギオンを待ってるのさ。エミグラン様に話があるって言われてね。」


「そっか! 今日は街に戻るのかい?」


「ああ。やることがあるんでな。話を聞いたら戻るよ。」


「そっか! ……なあ、おっちゃん。聞きたいことがあるんだ」


 タマモが突然神妙な面持ちになってオルジアに寄ってきた。


「どうした? なにかあったのか?」


 タマモは手を合わせて下向きにして揉みながら恥ずかしそうにしていたが、オルジアを目線だけ見上げてタマモにしては小さな声でオルジアに尋ねた。


「あのさぁ……僕、強くなれるかな?」


「強く? どうしたんだ急に?」


「……今日、初めて屋敷であんなこと起こってさ……何もできなかったのが悔しかったんだ。だから、せめて僕も戦えるようになりたいなって……」


「なるほどな。」


「リンからね、そう強く思えばいつかなれるって言われたんだけど……本当になれるか自信がないんだ……」


オルジアは俯いて悩みを吐露するタマモの頭に手を置いて撫でた。


「リンは、きっとタマモにそうなれるから言ったんだろう。俺もタマモなら強くなれると思うぞ。」


「本当かなぁ……僕の腕、百年もこのままなんだよ……」


 とタマモは両腕の内側を揃えてオルジアに見せた。

細く白い腕は、人間のオルジアから見ても弱々しく見えた。だが、オルジアの考える強さは腕の太さでは測れるものではないと経験で得ていた。


 もし腕の太さで強さが決まるのなら、レイナはミストでモブルにやられていただろうし、ユウトはエオガーデに殺されていただろう。タマモに説明するには難しい強さの定義をどのように説明するか少し考えてから話し始めた。


「そういえば、タマモはエミグラン様が大好きなんだろう? 覚えていないか? 初めて馬車でこの屋敷に俺たちを連れてきてくれた日の事を。」


「うん。覚えてるよ?」


 オルジアは紙巻きタバコを巻いて魔石で火をつけた。


「あの時お前さんは、俺のエミグラン様の呼び方をひどく怒った。傭兵の俺が身震いするほどにな。あの時の怒りはタマモが大切なものを傷つけたものに対する怒りだ。」


「うん……でも怒ることができても戦えないと意味ないじゃんか……」


 「誰かのために怒るという事は、その人を守りたいという事だ。守りたいという気持ちで皆強くなれるんだ。誰かを傷つけることが目的で強くはならない……それは弱さだ。」


「守る……強さ……」


 タマモの後ろから一際大きな影がかかる。振り返ると体の大きなギオンがちょうど到着し話を聞いていたらしく、大きな体をグッとかがめてタマモに視線を合わせようとした。それでも大きなギオンだが、タマモの目には古傷とシワの入り混じった顔は怖く見えて身がすくんだ。


「兄の言うとおりであるぞ。某も昔は心が弱く、弱い者と思っておった。だが、見た目の通りこの大きな体を使って戦うことができるようになった。きっとお主にも自分にしかない強さがあるはずだ。」


「自分にしかない強さ……」


「うむ。体が小さい事は弱いことではない。自分は弱いと自分自身が認めた瞬間に弱き者になるのだ。弛まぬ努力を積み重ね、何より弱き自分に打ち勝つ事ができたものが本当の強き者だ。何かを守りたいと強く願ったからこそ強さを求めたのだろう、その心意気や良し。だ。」


「僕も……強くなれるかな……」


「なれるとも!」


「おわわわわ!」


 ギオンはタマモを両手に抱えて高く上げた。タマモは突然のことに驚き手足をばたつかせた。


「このとおり、某はお主を持ち上げられるほど力がある。だが、お主のように何かに化ける力はない。空も飛べない。お主の強さはお主にしかない力から生まれるものだ。慌てる事はないのだ。」


 ギオンの顔は怖いと思っていたタマモは、ギオンの眼差しはとても真剣で強く優しく見えた。


「毎日積み重ねる事だ。笑われても、馬鹿にされても、続ける事だ。無理だと思っても、諦めそうになっても、心が折れそうになっても続ける事……それが強さだ。」


 タマモはギオンの言葉に何か得るものがあったようで、顔が目に見えて明るくなり、わかったよ!と元気よくギオンに言うと、何度も笑顔で頷いたギオンはタマモを降ろした。


「ありがと!相談に乗ってくれて!僕、がんばるよ!」


「おう。頑張れよ。」


 元気よう返事して屋敷の中に入って行ったタマモを見て、ギオンは鼻で軽く笑った。


「某もあのような時期があったものだ……」


「本当か? そうは見えないがなぁ。」


 オルジアがギオンを茶化すように覗き込む。


「もし某がドァンクで一番強いのであれば、兄の下で傭兵などしません。兄には兄の強さがあるからこそ、あれだけの獣人が集まった。そう思いますぞ。」


 突然褒められたオルジアは顔を赤くした。

下手の手習いと自ら言うが、それでもミストドァンクを切り盛りして、獣人達に合った仕事を当ててくれる事をギオンは常々感謝していると言っていた事を思い出した。


 オルジアからすれば、ミストドァンクを運営して依頼する人も、受ける傭兵も幸せになればそれが一番良いと考えての事だ。


 よく考えると、ミストドァンクの管理はオルジアのこれまでの仕事の中でもかなりタフな仕事で、朝早くから夜遅くまで獣人傭兵の相手をして、相談に乗り、依頼が難しければ手助けしたり、依頼をランク分けして仕分けたりと目が回る忙しさだった。

ギオンからそれはオルジアの強さの一つと言われたようで、照れたのを誤魔化すように咳払いをすると、またギオンは鼻で軽く笑った。


「さて、兄よ。エミグラン様をお待たせするわけにもいけませぬから参りましょう。」


 と、ギオンに言われて、そうだな。と吸い終わった煙草を布袋に入れて揉み消すと懐に入れた。


「それにしても、某も同席して良いのでしょうか。」


「ああ。出来ればミストドァンクで一番信頼できる者を連れてこいと言ってたからな。頼むよ。」


 一番信頼できると言う言葉にギオンも照れたのを誤魔化して咳払いをしたが、オルジアは気に留めることもなく入り口前に向かっていた。

 

「……唯一の欠点といえば、少し鈍感なところですな。兄は。」


 ギオンの独り言は、簡単にそよ風に包まれて空に浮かんで消えると、ギオンはオルジアの後について行った。




 オルジア達は初めてエミグランの自室兼執務室に案内された。

 室内でエミグランは眼鏡をかけて書類の整理をしていた。

 貴族会を離れているとはいえ、共和国の元トップとして執り仕切る仕事はあるようで、人の高さくらいの書類の束がいくつも積み上げられていた。


「エミグラン様。ミストドァンクの方がお見えになられました。」


 この屋敷では見たことのない獣人メイドが、書類の束の下に挟まれるように仕事をしていたエミグランに声をかけるとズレた眼鏡を直しながら顔を上げる た。


「よくきたの。まったく……数日屋敷にいなかっただけでこのざまよ。」


「多忙なところ申し訳ございません。」


「いや、わしから呼び立てたのじゃから謝る事はない。 すまんが茶を入れてもらえるか?」


 案内してきたメイドに命じると、かしこまりました。と言葉を残して部屋を出た。

 部屋の中に積み重ねられた書類の山を見ながらオルジアは唸る。


「それにしても、貴族会から離れられたとはいえ、やはりドァンクにはエミグラン様はなくてはならないと言うことなのでしょう。」


 エミグランは眼鏡を外して引き出しに収めると、自分で肩を揉みながら軽く笑った。


「歴史を知る者に知恵を授かりたがるものではあるが、わしがイシュメルに貴族会を譲ったのは、新しい時代は若い者に新しいドァンクを作って欲しかったからじゃ。時間がかかる事ではあるがの。」


 一線を引いたとはいえその影響力は計り知れない。ギオンもその一人らしい。


「エミグラン様には獣人は感謝してもしきれぬ恩があり、某も常々感謝を申し上げたいと思うておりもうした。」


 ギオンの一礼にエミグランは肩を揺らして笑った。


「ハッハッハッ。感謝などせんでも良いよ。人間と獣人が本当に共存できる日が来た時、わしが死んでおったら墓前に手を合わせてくれれば良い。」


「何をおっしゃいますか! まだまだご健勝であられるよう願っておりますぞ。」


 エミグランはギオンの大きな声にも動じず


「そなたは健気じゃな。エミグランは幸せ者じゃ。」


 と、にこやかにギオンの忠誠心を喜び、ギオンも満更でもなさそうだった。

 エミグランとドァンクの関係は切っても切れない生みの親だ。獣人のほとんどが敬意を持っていた。



 先ほどの獣人メイドが、ティーセットを持って部屋に入ってきた。

 テーブルにおいた後、ティーカップにバニ茶をなれた手つきで注ぎ、三つ用意するとエミグランがそのままで良いぞ、というとメイドはすぐに一礼して部屋を出て行った。


 エミグランはティーカップを取って一口つけるとすぐに置いて仕切り直す。本題に入るのか顔が引き締まった。


「そなた達を呼んだのは他でもない。ヴァイガル国にとの今後について話しておこうと思うての。」


「ヴァイガル国? 何か問題でも?」


 オルジアは聖書記候補の扱いについて、期限付きの不可侵条約を結んでいるという事は聞いていた。

 これは、ヴァイガル国と争う事はない事を明文化したもので、まず聖書記が誕生するまで様々な二国間の問題は一旦棚上げとしていた。


「本日夕刻に、候補者護衛のアシュリーが騎士団長サンズに襲われた。」


 オルジア達は驚いて目を丸くした。


「まさか……向こうから?」



「ワシの言いつけを守らずに、わざわざ騎士団長に手を出した……と言いたいのかの?」


 少しエミグランの視線と口調が強くなる。そんなことがあり得るはずがないと言いたげなエミグランだが実際にそのとおりだ。アシュリーがそんな事をするはずがないとオルジアも考えを改める。間違いなく向こうから手を出したのだろう。


「某は詳しい話はわかりませぬが……そのアシュリー殿は無事でしょうか?」


 エミグランは頷き、ギオンは安堵したように見えたがエミグランの顔は暗い。


「命に別状はないが、体に酷い傷を負ってな。嫁入り前に酷い思いをさせてしまった……」


「なんと……」


 ギオンから怒りが沸々と込み上げて体温が上がるのがオルジアからも感じられた。体が大きい分、体温が上がると部屋の室温が上がったように感じる。


「……とはいえ相手にも重傷は負わせた。やられっぱなしはドァンクやこのエミグランにキズがつくと思うたのじゃろう……健気な子よ。」


 話がきな臭くなり、ギオンの怒りが爆発する前に本題を聞くべきとオルジアはエミグランに問う。


「それで……我々が呼ばれた理由はなんでしょうか?」


「うむ……おそらく今日、クラヴィが帰ってくる。今は彼の国に囚われておるが、リンが連れ戻すじゃろう。」


 オルジアはまた新たな情報にまた目を見開いて丸くした。あの気配すら感じ取れないクラヴィが囚われたという事が信じられなかった。騎士団長でも難しいだろうと思っていたからだ。


「囚われたとは……騎士団長の力はそこまで……」

 

 「いや、おそらく違う。クラヴィの力は存在そのものがなくなる不思議な力。ワシとて消えたクラヴィがどこにおるかわからぬし、彼の国に消えたクラヴィの存在がわかる者がおるとは思っておらん……一人を除いてな。」


「一人?」


 エミグランは目を閉じて少し考えてから続けた。


「……まだわからぬがの。じゃが、わしの読み通りなら傭兵達の力も借りねばならん事になる。貴族会だけで立ち向かえるかはわからん。」


 オルジアはエミグランのこれまでの話にずっと驚きを隠せなかった。ドァンクとヴァイガル国の均衡は、それぞれの防衛力が先に立って牽制し合っている状態だ。

 ドァンクが建国されてから今まで均衡を保てていたはずだが、それができなくなると暗に言っているのだ。


「……それは、戦争、となる可能性があると認識して良いですか?」


 至極丁寧かつ慎重に聞いた。ギオンも思わず息を呑みエミグランの回答を待った。


 時間の流れが止まったかのように思えるほど重々しい空気の中、エミグランは小さく頷いた。


「あくまで可能性の話じゃ。これまでも彼の国とは戦争状態ではあった。お互いに攻める事はしないだけの話。今回の一件で攻める理由ができた。そう認識してもらって良い。」


「つまり……貴族会としては戦争を望まないが、場合によってはあり得るし、その危機は高まっている……という事でしょうか?」


「そう認識してもらって差し支えない。」


 二人は重たい空気から解放されてはいないが、エミグランの答えに深いため息を吐き出した。


「とはいえ、アシュリーの件にしても本人の意思を尊重して事を大きくするつもりはない。何事も無ければ良いと思うておるよ。」


 ギオンは鼻で大きく呼吸をして腕組みして床に座り込んだ。


「エミグラン様。傭兵を前線に立たせるおつもりか?」


 ギオンはあくまで傭兵としてエミグランに問うた。


「……兵を金で買うやり方に言いたいことがあるのは察しておるよ。だが、平和は時として金では買わねばならん。その機会がドァンク建国以来初めて、そして今目前に迫っておる。判断は各々にまかせる。」


 ギオンはまた鼻で大きく呼吸をして、わかりもうした。と納得はしていないとわかるように一言吐き出した。


「ミストドァンクであまり大きな話にならんようにしておいてくれ。とは言え今日の件の噂は簡単に広まるし傭兵達の全ての口を封じる事はできんじゃろうと思うておる。彼の国と万が一のことになればまずそなたに話をする。それだけは覚えておいてくれ。」


「……はい。二人の心に留めておきます。」


 ギオンもおいそれと口外できることではないと理解していて返事はなかったが、オルジアに異論を唱える事はなかった。


「エミグラン様!! 」


風雲急を告げるように荒々しくドアが開かれた。

先ほどバニ茶を持ってきたメイドの服には、返り血なのか、大量の血が白いエプロンにまるで花咲くように付着していたが、只事ではない事は三人ともわかっていた。


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