第三章 17 :約束は違えない
エミグラン邸の庭園に夕日が差し込むが、昨日とは打って変わってひどい荒れようだった。茜色に染まる庭園は、手入れが行き届いて美しい景色だったが、今は見る影もない。
オルジアを含むミストドァンクの傭兵達は、斜めに照らす茜色の太陽のもと、庭に転がっていた賊の遺体を片付ける作業を行なっていたが、リンが帰ってきた事で別次元の扉に送る事で作業は捗った。
あっという間に亡骸を片付けると、踏み躙られ戦闘によって半壊になっている庭の残骸のみとなっていた。
一仕事終えたリンは、もう別次元に送るものはないとわかると、完了を伝えるために指揮をとっていたオルジアに歩み寄った。
「オルジア様、この屋敷に侵入した賊の亡骸は全て片付けました。」
「ああ、ありがとう。助かったよ。」
部下を使って賊の亡骸を調査していたギオンも大きな体で二人に影が覆いかぶさるほどまで近くに来た。
「兄よ。こちらも片付けは終わった。」
「ありがとう。助かったよ。エミグラン様も結果としては問題ないと言われている。よくやってくれた。」
ギオンは目を閉じて首を横に振る。
「いえ。よくやったのはあの三人……明らかに人数不利の状況を必死で耐えて我々を待った勇気ある同志が、一歩も引かなかったからこその勝利。」
オルジアもそれは認めるところだ。
言い方は悪いが時間稼ぎができた事で、屋敷を壊されることなくギオンの応援が間に合った事は不幸中の幸いだ。しかしユウトがさらわれた事はオルジアとしても認められることではなかった。
唯一の成果は屋敷を破壊されなかった事だけで決して心から喜べる成果ではなく、表情は沈んでいた。
ギオンもそれは理解していて、話題を変えた。
「ところで、例の三人はどちらに?」
ギオンが戦い終わって気づいた時にはすでに姿はなく、近くにいた仲間にサイ達三人は、回復専門の傭兵にヒールを受けていた。
オルジアは一息つくために紙巻きタバコを器用に巻いて魔石で火をつけて一息、紫煙を喉から体内に巡らせる。
「アイツらはアイツらでやらなきゃならんことがあるらしい。だからローシア達についていったさ。」
「ローシア……とは聖書記護衛の?」
「ああ。利害が一致したらしくてな。」
ギオンはオルジアの言う利害の一致が理解できず、顎を指で支えるように当てて首を傾げたが、オルジアの表情は柔和に納得しているようだったので、それ以上は何も言わなかった。
リンはオルジアのそばにいて何が言いたそうにしていた。あまりにもじっと見ているので見かねて声をかけた。
「どうしたんだ? 俺に何か用事でもあるのか?」
「クラヴィを見ませんでしたか?と質問します。」
「クラヴィって、ユウトの事を気に入っているあの女性……だよな?」
リンは小さく首を縦に振ると、オルジアは思い出そうと頭を捻った。
「いや、見てないな……」
オルジアの捻り出した答えに少しだけ俯いたリンは、アシュリーからクラヴィと今日合流するはずだったが会えなかったと言っていたことがずっと引っかかっていた。
「そう……ですか…… わかりました。」
リンは表情で喜怒哀楽を見せる事はないが、少しだけ顔が暗くなったように見えたオルジアは、屋敷に戻ろうとするリンに、「見かけたら探していたと伝えておくよ。」と屋敷に戻るリンの背中に語りかけた。
オルジアは正直クラヴィのことは二の次で、この荒れ果てた庭園で行われた事を一人思い出し、反省をしていた。
徐々に明らかになる大勢の賊の陽動の影で行われていた相手の行動は、巧妙に仕組まれた作戦だったとしてもおかしくないと思い至っていた。
そして、エミグランの屋敷で発生しうるリスクを想定していれば回避できたかもしれないと初動の甘さを自己批判し、オルジアは悔しさで頭を猛烈にかきむしりたくなるような歯痒さがあった
「……屋敷は守られたとはいえ、おそらく相手方の目的は達成されてるんだろう……何をやってるんだ俺は……くそッ!」
悔しそうに唇を噛んで地面を蹴るオルジアは、ギオンの大きな手で落ち着くようにと肩を叩かれる。
「挽回は可能。このギオンはいつでも戦えます……兄よ、いつでも声をかけてください。」
ギオンは図体の大きさからは想像できないほど繊細に仲間の事を気にする。依頼管理者であるオルジアの悔しさも理解しているようだった。
ギオンは今のミストドァンク傭兵の柱と言っても過言ではない。
「……ああ。頼りにしている。」
「頼りになるのは皆、ですな。無論あの三人も。」
「そうだな……確かにそうだ。」
また挽回できる。オルジアはギオンの優しさに少し目が潤みそうになるのを誤魔化した。
仲間を信頼する。当たり前のことを言われて視野が狭くなっていた事を見透かされたようにギオンに言われたオルジアは、まだまだ未熟だなと頭を自分で一度叩き、そしてギオンの背を感謝の念を込めて二度ほど叩いて、庭の真ん中でこちらを見ていた傭兵達の元に歩き出した。
オルジア達から離れたリンは、視線を落として屋敷に戻ると、玄関前にエミグランが待っていた。
「ご苦労。あとはアシュリーの面倒を見てやってくれ。体中に痕が残っておるのでな……しばらくは心の傷が癒んじゃろう……」
「はい。わかりました。」
リンはいつものように返事をすると、エミグランの目をじっと見つめた。
「なんじゃ? ワシに言いたいことがあるのかの?」
リンから質問するときの目線に見えたエミグランは質問される前に問うと、命令として聞き入れたリンはすぐに質問をした。
「クラヴィは、どうしているのでしょうか?と質問いたします。」
クラヴィの名前を聞いたエミグランは大きく息を吐いた。
「今日、ワシに何かを渡す予定だったとアシュリーから聞いた。だが、約束の時間になっても現れず、そしてアシュリーは襲われたそうだ。」
「はい……アシュリーからその件は聞きました。」
「クラヴィは知っているはずじゃ。ワシを敵に回すことのリスクは……あやつもワシを本格的に敵に回す事はしない。そこまで馬鹿じゃない。しかし現れなかった……」
「……」
「そして、今日の屋敷の状況はクラヴィは知っていた。北部訪問と聖書記の儀式で屋敷が手薄になっている事をな……」
「つまり……」
リンは二つの答えを想定していた。
「クラヴィが現れなかったのは、彼の国に捕まったか……ワシを裏切ったか……じゃな。」
「……」
エミグランの解答は予想通りの答えだった。
「どちらだとお考えでしょうか?」
「……それがわかれば苦労はせんよ。じゃが、裏切ったとは思いたくないの。あやつはこの屋敷におる数少ないニンゲンじゃからな。」
「……裏切ったとしたら……どうしますか?」
エミグランは目線を鋭くして
「……命をもって償ってもらう。それしかないの。」
これもリンの想定通りの答えだった。だが、リンはエミグランの解答とは違うところを見ていた。
「クラヴィは……裏切るようなことはしないと思います。」
「ほう?珍しいの……リンがそのような感情的な事を申すとは。」
「私はクラヴィが帰ってくる事を望みます。」
他人のことには興味を示さないはずのリンがこれほどまでにクラヴィの事に言及するとは思っていなかった。
「心配か? クラヴィの事が。」
「……私はユウト様にお願いをしました。クラヴィのために生きてくださいと。ユウト様が昏睡されて、生気を失い、命が尽きてもおかしくないのに、まだ生きています。その理由は色々あると考えますが、クラヴィのために生きると言う強い願いもあると推測いたします。クラヴィも同様に、ユウト様の事を裏切るようなことはしないと結論付けます。」
リンはユウトに自身の知るクラヴィを初めて話した事を思い出していた。話した理由はクラヴィがユウトのことを相当に気に入っている事もあるが、ユウトにはきっとクラヴィだけでなく、関わる人全てに何か影響を与える力があると感じていた。
それはエミグランも同じで、リンが饒舌になる理由もユウトの影響が少なからずあると感じていた。
「ほう……なかなか興味深い話じゃな。」
「私は、クラヴィは捕まっていると推測し、助けたいと回答いたします。」
「……ワシに歯向かう裏切り者だとしてもか?」
「私は本当に裏切ったのかを知りたいと回答いたします。」
「……ふむ。」
「……申し訳ございません……言葉が過ぎました……」
エミグランはリンにまで全てを知る者の影響が出始めている事を思い知った。
「良い。リンの心を聞けてワシは嬉しい。」
「心……ですか?」
リンは心というものがわからない。思いの丈をエミグランに話したつもりだった。それを心と指摘されて動揺した。
その様子にエミグランは微笑んで
「それが心なのじゃよ。ワシが教えられなかった事を学べてよかったの。ワシは嬉しいよ。」
戸惑うリンに近寄るとリンの胸を指でつく。
「心はここにあるものじゃ。ワシがクラヴィが裏切り者かも知れぬと言うたが、それでも助けたいという意志は、思考が導き出す優先順位で決めたものではなかろう? クラヴィの事を思って……じゃ。助けたいと導き出したのは思考の結論か?」
「……」
「それに、全てを知る者が死なぬという理由も……心からじゃな。クラヴィの事にリンには行動する道理がない。ワシは命令しておらんからな。」
リンは答えが出なかった。道理のないこともそうだし、裏切り者かもしれないと言われたら警戒すれば良いだけだ。
今まではそうしてきた。だがクラヴィに関しては、説明する事が難しいが確かめるまでは信じるという解答になっていた。
それはエミグランが指摘したように思考による結論ではなかった。
「思考で結論できない、結論づけても覆すとすればそれは心じゃよ。心で感じたことは思考で片付けられるものではない……」
リンは胸に手を当てて俯いた。
「……私はおかしくなってしまったのでしょうか……」
エミグランはリンの姿を見て声を出して笑った。
困惑して首を傾げたリンは、何か面白い事を口走ったのかと考える。だが答えなど出るわけがなかった。
ひとしきり笑ったエミグランは、呼吸を整えた。
「おかしくなった……確かにそうかもしれんな。じゃが、おかしいくらいで良いのじゃ。ニンゲンは。少しくらいおかしいくらいの方がニンゲンらしい。全ての行動や思考が説明できる方がおかしい。矛盾がある方がニンゲンらしいの。」
リンは、自分が出した解答が人間らしいと言われて、自身が何者かが示された気がして少しだけ嬉しくなった。
エミグランは次のリンの起こす行動について予想がついていた。
懐からいくつかの同じ模様の魔石を取り出した。
リンはそれは見た事があった。エミグランが何を言いたいのかを瞬時に推測できた。
「コレがなんの魔石かは説明不要じゃろう。もしこの魔石を出す意味がわかるなら受け取るが良い。わからぬのならアシュリーの元にゆけ。」
リンは少しだけ魔石を見つめ考えた。もしこの魔石があれば行動に移したい事が一つだけあった。すぐ魔石を受け取る決断を下し、エミグランから全て受け取った。
エミグランはリンの魔石を受け取った手を握って優しくリンに言い聞かせる。
「……ワシのいう最優先事項は守るのじゃよ。絶対に……な?」
最優先事項は、何よりも命を大切にする事だ。
「はいっ。」
リンは力強く返事を返した。
屋敷で賊の後始末をしている最中、ローシアとレイナはドァンク街に到着していた。
「おう白乳ねぇちゃん!」
レイナが真っ赤な顔になると
「いい加減その呼び方はやめてください!」
とサイに唾を飛ばす勢いで反論する。
ローシアとレイナの他にサイ達三人も同行していた。
「いいじゃねぇか呼び方なんてよ。俺なんて一言だけで、猿って呼ばれることもあるんだ。白い色とでかい乳はニンゲンは好きなんだろ?」
と、火に油を注ぐような事をはっきりいうサイに
「な……な……なん……なんで……」
ワナワナと怒りに震え出すレイナの腰を叩いたのはローシアだ。
「落ち着くんだワ。それどころじゃないんだから。」
ローシアのストップコールに同調するのもサイだった。
「そうだぜ? オレはあの小僧を見つけて赤小娘と勝負するんだからよ。そう言う約束だからな。」
赤小娘はローシアのことでいつも赤い服を着ている子供に見えるらしいからそう名付けたらしい。
「赤小娘はともかく、アンタ……本当にわかるんでしょうね?ユウトの居場所は。」
サイは頭をぽりぽりかきながら答える。
「わかるって言うよりよ、オレの同胞に調べさせてるからよ。街は無理だが森や山は調査してるところだ。隠れたところが森や山ならすぐ見つけるだろうな。」
「……信じるわよ。その言葉。」
サイは鼻を指で擦って自信ある顔で
「任せとけ!」
とサムズアップを添えて軽快に答えた。
その様子を不思議そうに見ていたのはキーヴィだった。ユーマももちろんついてきていて、ここに来るまで頭から疑問が残ったままだった。
「なぁ……ユーマよう……なんでアニチィはあの赤いのと白いのと仲良くやってるんだ?」
ユーマは鼻で笑って
「嫌か?」
と聞くとキーヴィは大きく首を横に振った。
「いやぁ、アニチィがあんだけ嫌っていたのによ、いつのまにか仲良くなってるのが不思議でよ。」
「兄者はローシア殿と約束をしたのだ。」
「約束ぅ?」
「ああ……ユウト殿を見つけたら勝負するとな。」
「勝負ぅ? アニチィまだ諦めてなかったのか?」
「ああ。だからこうしてローシア殿と行動を共にしているのだ。」
ユーマはサイから聞いた今回の同行の理由についてキーヴィに説明を始めた。
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ユウトがさらわれて、ローシアがタマモと屋敷に戻ってきた後、屋敷の中でヒールを受けていたサイ達は、先に終わったサイが屋敷の中をうろついていた時に姉妹の姿を発見した。
物陰に隠れて様子を伺うと、何やら神妙な面持ちで話し合っていた。
聞き耳を立てて様子を伺った。
「……で、アンタは最大限に反抗したけど体をなんらかの力で封じられたってワケね?」
「はい……申し訳ありません……ユウト様が目的だったなんて……」
ローシアは大きくため息をつく
「仕方ないんだワ。まさかエミグラン様の屋敷に直接乗り込むなんて狂気の沙汰。普通思いつかないし、思いついても実行しようなんて思わない。」
「……」
レイナはひとしきり泣いた後のようで、少し離れたサイのいるところからでもわかった。
「で、ユウトはどこに連れて行かれたのかわかるのかしら?」
レイナは首を横に振った。
「記憶がなくって……わかりません。ユウト様にはマナばぁさまのお薬を飲ませました。いつまでもつのかわかりません……早く探さないと……」
状況は最悪を極めている。襲ってきた連中はヴァイガル国にもドァンクにも現れた賊なので、どこを探せば良いのか皆目見当もつかない。
「……ミストドァンクに依頼出して最優先で探してもらうしかないかもね……」
人海戦術で探すしかないと結論を出したところに
「ちょっとまて! オレ様に任せろ!」
突然の割り込む声に振り返ると、サイが仁王立ちして立っていた。
「アンタは……」
「へへっ……話は聞かせてもらったぜ。」
「誰だっけ?」
「……んだとコラァ! オメェ馬車から蹴落としたオレ様を忘れたってぇのか!オレは忘れてねぇぞ!」
ローシアはなんとか記憶を呼び起こして、ドァンクに向かう馬車の中で、茶色いものを蹴落とした事を思い出した。
「ああ! あれアンタだったのかしら?」
「忘れてんじゃねぇぞ!……まあ、それはさておいて、オメェ達は人を探してんだよな?」
「まぁね。アンタ心当たりでもあるのかしら?」
サイは自信満々の顔で「ねぇぞ!」と答えた。
「ないなら黙っててくれるかしら? また蹴飛ばすわよ?本気で。」
静かに怒りをあらわにする際は両手で抑えるようにローシアに促す。
「まぁ待てって、居場所はわかんねえが探すことは簡単だぜ。オレなら同胞を使って探す事ができる。街中は難しいが森や山ならすぐにな!」
ローシア達にとってありがたい提案だった。サイ達は傭兵になったことはレイナが知っており、その事をローシアに耳元で伝えた。
ローシアは腕組みして少し考えたが、頼れるものはなんでも頼るしかない。
「本当に街以外なら見つけられるんでしょうね?」
と問うとサイは胸を叩いて
「まかせとけ! ヴァイガル国やドァンク街は同胞がいねえから無理だけどよ。」
「それなら心配ないワ。ヴァイガル国にいるとすれば、聖書記の取決めがあるからイシュメル様に話をつけてもらうしかないけど、ユウトを連れて帰るのは色々と不都合があるはずだからおそらくない。その前にこの辺りにいないか、誰か連れて行くところを見ていないかを調べたいのよ。それでおよその行き先はわかるはずだから。」
サイは本当に理解しているのか、ふんふん。と相槌を打ちながらローシアの話を聞き終わると
「まかせとけ! 同胞なら見かけたくらいの話はすぐに集まるぜ!」
と、また胸を叩いて自信ありといった満面の笑みを見せるサイ。
やけに自信のあるサイにローシアは今は探す手段はあればあるほどいいと思い至り
「だったらお願いするかしら。」
と、いとも簡単にサイに頼んでみたが人差し指を振ってローシアを指差す。
「探すには対価ってもんが必要だろう?わかるよな?オメェ達も傭兵なんだ。タダ働きはしねぇはずだ。」
それは確かにとローシアは金で解決できるならそれが速いと
「いくら払えばいいのかしら?」
とすぐに問うと、また指を振るサイ。
「金なんていらねぇよ。オレの望みは……」
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ユーマがサイとローシアの約束について説明を聞き終えると
「さすがアニチィだなぁ! カッコいいなぁ! 金じゃねえ!なんておで言えねぇよ。だってお金がなきゃうめぇもの食えねぇからなぁ。」
ユーマは金に固執しない事はもったいないと思っていたが今回の件はサイ自身のプライドの問題だ。金ではないと分かっていたから止めることはなかった。
三人のやり取りを見ていると一匹の猿が建物の屋根の上から飛び降りてきてサイの背中に飛びついた。
目の前に突然飛び降りてきた猿に驚いたレイナは思わず声を上げたが、思いのほか可愛らしい容姿の猿に見惚れてしまった。
「かわいい……これはペットですか?」
「んなわけあるか! 同胞だよ! この近辺に住む同胞だ。」
小さい猿は、サイの肩に素早く移動して耳打ちすると、サイの顔が引き締まった。
「それは本当か?」
と猿に尋ねると何度も首を縦に振った。
「何がわかったのかしら?」
サイの表情にローシアの顔も引き締まる。
「北の方で浮いたジジイと運ばれる子供を見かけたそうだ。廃村の方だな。そこからは移動していないらしい。」
レイナの顔に血管が浮きあがり目が殺気立つ。浮いた老人といえばレイナの記憶には一人しかいない。
屋敷にやってきたあの男だ。不思議な力で行動を不能にさせた男。
途端にユウトの下に馳せ参じる事しか考えられなくなり、ローシア達を置いて
「……必ず見つける。待っててください……ユウト様……」
と、駆け出していった。
レイナが走り出すのを声かけて止めようとしたが聞こえずに北に走り出したレイナの様子から、サイの情報から間違いないなだろうとサイをみて
「嘘かと思ったけど本当なのね。ありがたいんだワ。」
と言い残してローシアもレイナを追いかけようとすると
「まて!」
とサイがローシアの前に立ちはだかる。
「何よ。急いでるんだワ。そこを退けてくれるかしら?」
サイは目が吊り上がり歯を剥き出して戦闘モードに変わっていた。
「悪いが勝負が先だ……」
「その話は後なんだワ。」
とため息混じりにいうと、サイの顔は真っ赤になりローシアを問い詰める。
「てめぇ! 嘘ついたのか……いっでえええええ!!!」
ローシアはサイの腕を握り力を入れると、ヒールで傷の上に張っていた薄皮が開き、痛みが走り血が滲み出していた。
「ほら、まだ怪我が治ってない。まずアンタは傷を治すことが先なんだワ。」
サイは腕を押さえながら首を横に振る。
「だめだ……勝負しやがれ!」
ローシアはため息混じりにサイを説得する。
「アンタとの勝負、逃げも隠れもしないんだワ。その前にお互いにやるべき事を終わらせてからよ。その後ならいつ何処でも勝負してやるんだワ。」
ローシアはユーマ達の方に向いて指さした。
「アンタ達が証人よ。覚えておくことね。」
二人が頷くのをサイも見えた。確かに傷がある状態は万全とは言えず、ローシアの言う事に分がある。
今決着をつけれない事に舌打ちした。
「……わかった。あいつらが証人なら仕方ねぇ。今回はオメェの言う事を信じる……」
ローシアは口元だけ笑ってサイの傷に手を当てた。
「傷を開いてしまったことは謝るんだワ。そして感謝してる。アンタがいなかったらきっとレイナは一人で見当もつかないのに探しに行っていたはずだから。」
「お……おう。どおってことねぇよこんな事はよ。」
「今度会うときは勝負。それまでに傷を治しておくことね。傷が理由で負けたなんて聞きたくないから。いいこと?」
サイは何をいうかとローシアの顔を見ると笑っていた。その笑顔は小馬鹿にするようなものではなく、本当に勝負を楽しみにしている好敵手のように見えた。サイは同じように笑って
「にげんじゃねーぞ。」
というとローシアは鼻で笑って
「それはこっちのセリフなんだワ。」
と言って手を離し、レイナが走っていった北の方に同じように駆け出した。




