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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 15 :魔法拳士 アシュリー

 アルトゥロは、ドァンク北部にある廃村の一番大きな家だった残骸の中心にある大きな柱の下で背中をつけて待っていた。


 待ち人はアルトゥロが思うよりも早くやってきた。

足音もなく右手をピザの生地をクルクルと回すようにしているが、その手の上ではユウトが宙をふわふわと浮いていた。


「早かったですね。騎士団長ツナバ様。」


 エミグランの屋敷に音もなく侵入したのは、ツナバ・ヴィナビカル。

四人目の騎士団長だ。

額が広く、鷲鼻で見たところ武器など扱えるような体躯ではなく、実際に武器は持っていない。能力を買われてスルア大臣の推挙で学者から騎士団長に抜擢された特異な経歴を持っていた。

頭脳明晰なのは誰もが認めるところだが、持つ能力も団長の中でも変わっていた。



 だが騎士団長と呼ばれる事にツナバは怪訝な顔を隠そうともせず、よしてくれ。と強く拒否した。


「騎士団長なぞ私がやりたい事を行うだけの肩書きに過ぎない。私はあの国の平和などに興味はないのだよ。」


ツナバが騎士団長を引き受けたのは、自分の研究に予算を割り振らせるためにスルア大臣の要望を呑んだ。

もともと騎士団長に全く興味はないが、持つ能力はヴァイガル国でも例を見ない力だった。


 ツナバは右手で宙に浮かせていたユウトを、アルトゥロの側にあった板の上にゆっくりと右手で宙に浮いたユウトを操作して下ろすと、その様子を間近で見ていたアルトゥロは肩を震わせて笑う。


「……だからこそお頼みして正解でした。フフフ。」



「……これで、君の扱えるプラトリカの海について話を聞かせてもらえるかね?」


 ツナバはどこから情報を仕入れたのかはわからないが、アルトゥロの扱えるプラトリカの海に最も興味があるようで、今回の誘拐は、プラトリカの海の情報を少し提供する事を条件としてお願いした。


 プラトリカの海について知っている者はかなり少ないはずだし、アルトゥロ自身も自分の口から人に話す事はありえない。ツナバがどうやってその存在を知り、アルトゥロに聞けば良いと知り得たのかはわからないが、今回の誘拐はツナバのこの好奇心を利用してユウトを手に入れる事ができたのだから、提案したとはいえ対価は支払わなけばならないだろうとアルトゥロは少し嫌そうにため息をついて語った。


「……ええ。聞きたいのは、プラトリカの海は『魔女』の力ではないか……でしたかね?」


 ツナバは目を輝かせてアルトゥロを見つめる。


「うむ!私の仮説では、あれは魔女の力によるもの……そう見ているのだ!」


「さすが聡明なツナバ様。その通りですよ。」


 ツナバの目が大きく開かれると、やはり!やはり!と自身の予想が当たったことに手を叩いて喜びを表す。


「うむうむ!それで、どうやって手に入れたのかね? いや、私が手に入れたいとかそういう邪な考えではないのだよ。」


「……それは教えられませんねぇ。そもそもこの力はごく一部の人間しか知り得ない事……王ですら知らないのですから。」


 教えられないと言う事に憤慨されても仕方ないが、王にさえも極秘である事を打ち明けて溜飲を下げてもらおうと目論んだ。

 だが、そこまでの極秘は当然だろうと目を輝かせてアルトゥロの両手を握ったツナバは続けた。


「で、あろうな!なるほどなるほど……いや、しかし……」


 そして、すぐにアルトゥロの両手の興味を無くしたように離して、顎に手を当てて思案する。


「ごく一部、と言う事は大臣は知っているという事なのか……」


「……ええ。もちろん。その事を知って私は大臣のお側付きになれましたからね。」


「……魔女の力と知っていながら……かね?」


 魔女カリューダは、かつてヴァイガル国を混沌に陥れた大災の魔女。その名前すら国内で話すことも憚られる。魔女が禁忌とされるヴァイガル国にとって魔女の力が使われているとなると、大臣はおろか王族まで立場が危うくなる。ヴァイガル国の事を知る者であれば誰でも予想できる事だった。


「ええ。もちろん。都合の悪い事は表に出さない方がいいでしょうしね。」


「禁忌さえも利用する国のやり方はいささか潔さがないな……とはいえ、学ぶ事を蔑ろにした支配層は無能が多いのも世の常ではあるな。」


「ええ。私も同意ですよ。」


「……もう一つ教えてほしい。これで今日は引き下がる事にする。あまり深掘りするのはお互いの関係を崩さないためにも良いだろうから。」



「何でしょう?」


「私の侵入を誤魔化すために寄越したあの紫ローブの連中は、プラトリカの海で生み出されたものかね?」


「ええ。プラトリカの海から私が生み出した『信徒』ですよ。私の意のままに動く私への発言すら許していない『人形』ですよ。」


「ふむ。これは予測だが口がないのは言葉を発することを、創造主の君が許していないということかね?」


アルトゥロは口角を上げて。


「はい。その通りです。私の意のままに動く人形に口なんてものは必要ありません。言葉を話す必要はないのですから……余計なものです。どうせ使い捨てるものですから。最初からなくてよいものですよ。」


 と気味の悪い笑みを浮かべて答えた。アルトゥロの生み出す信徒と人形は同じ意味だ。

信徒のように反抗せず代替えの効く人形だと思っている。


「プラトリカの海……是非とも一度はお目にかかりたいものであるな。君が羨ましいよ。」


 ツナバは心底羨ましそうにそう言った。アルトゥロはそんな機会を与えてたまるか、あれは私のものだと心の中で吐き捨てて、愛想笑いを返す。

 アルトゥロはプラトリカの海をこれ以上探られる事を避けるため、話題を逸らした。


「私の持っていた情報では、目的の少年以外だと屋敷には獣人の護衛と、東の方で使われる剣を扱う白い女剣士がいたそうですが……」



 あの屋敷は今日が一番人が出払っているタイミングだとアルトゥロは情報をとある筋から仕入れていた。



「うむ。実に的確な情報だった。獣人が三人、屋敷の中には例の白い女剣士であった。珍しく魔法も使える若き剣士であったな。」


「……で、その命は?」


 無事に帰ってきたということは女剣士を拘束したか、命を奪って無理やり連れてきたかだが、できることなら後者を実行してほしいと伝えていた。

会ってみるまではわからないというツナバの回答を不安に思っていた。


「命を奪うほどではないのでな。少々あらっぽいが気絶してもらった。だが、私の拘束を一度は破ったのでな、将来有望な剣士だ。」


 やはり……とアルトゥロは表情こそ出さなかったが、ツナバの掴みどころのない性格と思考が出てしまい、もっと強く言えばよかったと後悔した。おそらく追ってくるに違いない。


 掴みどころのないツナバではあるが、あの屋敷に侵入して少年を連れて帰って来れるほどの実力者は、騎士団でもツナバしかいないだろう。

 

 レオスは温厚派であるためドァンクと事を構えるようなことはしない。

 サンズは国のことしか考えおらず、アルトゥロの利益のために動くような男ではない。

 ツナバはヴァイガル国が滅びようが自分の興味のあることしか動かない。

 今回の件にうってつけなのはツナバであり、実力は騎士団長の中でも実力は折り紙付きだ。成し遂げるならツナバしかいないとみて、プラトリカの海のことをちらつかせれば動くだろうという読みは当たったが、結果はまずまずと言ったものになってしまった。


 たが、全てを知る者が手に入り、目的は果たせたので取り敢えずの成功をよしとした。

 

 ツナバはまだまだアルトゥロと話をしたいようだったが、大臣の命令でやらなければならない事があるからとツナバの興味がなさそうな理由で興味を削ごうとすると


「……君も大変だな。」


 と政に興味が全くないツナバは、肩をすくめてアルトゥロをあわれんだ。都合よくツナバは完全にここにいる意味がないと結論付けた。



「では、私はこれで戻るとしよう。流行病の兆しも見えるのでな……君も体には気をつけてな。」


「はい。お心遣い感謝いたしますよ。ツナバ様。」



 ツナバはアルトゥロに背を向けて、手を二、三度振り、僅かに浮いて、歩むために足を動かすこともなく移動を始めてその場を後にした。


 邪魔者がいなくなったとほくそ笑むアルトゥロは、小走りに横たわって意識のないユウトを前にして、手を擦る。


「……さて、早速今日のメインディッシュをいただきますかねぇ……」


 アルトゥロはギョロリと目を剥いて、眠るユウトを愛しく見つめると震える手で服を脱がせ始めた。




**************




 日は完全に傾き、ヴァイガル国は今日の一日をいつもの通り終えようとしていた。

すでに人通りは少なく、神殿前には馬車とローシア達しかいなかった。


 ミシェルの儀式が終わったあと三人は、儀式前にクラヴィと出会った場所で待っていた。後で何かを渡すと言っていたクラヴィはまだ来ていない。


 騎士団長のサンズは儀式の間、ずっと顎に手を当て考え事をしていたらしく時折ブツブツと独り言を言っていたが、儀式が終了すると三人に全く興味をなくしたかのように、特に挨拶もせず去っていった。

 

 ローシアはクラヴィを待つアシュリーの側で何度かあくびを噛み殺して馬車の側に立っていた。

 サンズとは別れたばかりで、騎士団長らしく深々と敬意を表す礼をした後、全く興味を無くしたように去っていったのは、まだこんなに町並みや神殿が茜色に染まる少し前だった。


 時間にするとどのくらいかはわからなかったが、クラヴィと長く屋敷にいるアシュリーでさえ待たせすぎだと、足先を小刻みに動かして少しイラついているように見えた。


 ミシェルはすでに夢の中で、馬車の中ですやすやと夢の中だ。


 何度も振り返ってミシェルが心地よく眠っているところを目で確認していたが、日の傾き具合から、これ以上待つと、ドァンクに戻る頃には夜になってしまう。

 痺れを切らしたローシアはアシュリーに尋ねた。


「ねぇ。もう流石に来ないのじゃないかしら?」


 アシュリーはとても心配そうな顔に変わる。ローシアにあまりにも待たせすぎだと言われて、途端にクラヴィのことが心配になったのか、自信なさそうに答える


「……クラヴィが約束を違えるなんて事はありません……もう少し、もう少しだけ待たせてください……申し訳ございません。」


 深々と頭を下げるアシュリーを見て、何も言えなくなったローシアは、仕方ないわねと言わんばかりにため息混じりに目線を切った。


 おそらく渡すものはアルトゥロに関するものだろう。ユウトの力を目覚めさせた張本人であるアルトゥロに関するものならば、黙示録に関する事と見て間違いなく、ローシアも待つしか選択肢はなかった。

 

 それに今日は夕方から夜にエミグランとイシュメルが北部訪問から帰ってくる。そのタイミングで潜入しているクラヴィからエミグランへ何かを渡す事でまたドァンクがヴァイガル国の先に立つ事ができるようになるのだろう。

 

 情報戦の様相はミシェルが聖書記候補になる前から始まっていて、ユウトが現れた事が引き金になって明らかに強引に進めているようにいるように思っていた。


 だが、全てうまくいけばエミグランとローシア達にとっては、黙示録を有するヴァイガル国の先の先を取れるのだろう。


 そしてミシェルは、あと一回の儀式を終わらせる事で晴れて聖書記を拝命する事になる。


 


 あの幼い寝顔からは想像できないような重責を背負わされる事になる上に、政争の具にも使われることは簡単に予想できた。


 悪く言えば、エミグランがミシェルを養っている理由でもあるのだろう。

 

 そして姉妹もユウトも、きっと同じような扱いになるのだろう。エミグランの目的を叶える全てを知る者を側に置いておくために。

 エミグランは黙示録の破壊も視野に入っているというが、信じる根拠は『エミグランは嘘をつかない』というエミグランの信念だけだ。


 とはいえ今はそれを信じるしかないのが現状だ。


 馬車の中のミシェルが、すやすやと気持ちよさそうに寝ているのをみて空を見上げた。


 鳥が一羽飛んでいる。こちらに向かってまっすぐ降りてくるように見えた。


「ん? あれは……」


 アシュリーもその鳥の存在に気がつく。


「タマモですわ。」


 地面に足をつける前に変身を解いたが、勢い余って何度か土埃と悲鳴をあげながら前転して地面に大の字になった。


 あまりにも間の抜けた登場にローシアは額に手を当てて何度か首を横に振る。


「……何やってんのよアンタ。」


 肩で息をしていたタマモはガバッと起き上がって、ローシアに駆け寄ると


「大変だよ!ユウトにいちゃんがさらわれたんだ!」


 紫電一閃の知らせにローシアもアシュリーも理解するのにほんの少し時間がかかった。

 先に動いたのはローシアで、タマモの方を両手で掴んで強く揺らした。


「どこにさらわれたのよ!誰によ!」


「ごめんわからない!でもはやく帰ってきて欲しいんだ!」


 揺らされるタマモはローシアの言っている事に答えれるはずはなかった。

 ローシア達に屋敷が襲われたことを伝えるためにオルジアにヴァイガル国にすぐ向かわされたのだから。

それにレイナがいながらさらわれるとなると、相手は騎士団長クラスの手練れの仕業だろう。レイナの状況も気がかりだった。

今日、ヴァイガル国に騎士団長が一人しかいないことの意味を考えていたローシアは


ーークラヴィが言っていた何かが起こるってこの事だったのかしら……ーー


と、舌打ちをした。狙いはユウトだったのか、状況を知るためにも早くドァンクに戻る必要があった。


 ローシアはアシュリーの方を見る。タマモと屋敷に戻ることを言う前にアシュリーの判断はそれよりも早くに下されていた。


「ローシア様、タマモと一緒に帰ってください!私は……」


アシュリーの言葉を遮るように、突然無数の金属音と足音がした。



「囲え!」


 衛兵だ。何十人もの衛兵が一斉に馬車と三人を取り囲んだ。

すでに剣を抜いており、合図があればいつでも斬りかかれるように腰を落として戦闘体制になっていた。


「――!!」


 ローシアはすぐ衛兵の後ろから感じるエオガーデに似た気配を察知した。騎士団長クラスの気配。

今日はこの国には騎士団長は一人しかいない。


 衛兵の間を割るように、サンズが大きな弓を携えた衛兵数人と共に険しい顔をして現れた。神殿で見た時よりも眉間に皺を寄せて怒りをあらわにして。


 サンズの様子と衛兵の様子からローシアもアシュリーも少し腰を落として身構えた。

 

「どう言うことかしら?……」


 サンズは表情を変えず眉間に皺を寄せたまま髪をかき上げる。


「あなた方を国家の安全を侵害する容疑者として拘束します。」


 ローシアは突然の言いがかりのような罪状にくってかかる。

 

「随分と不躾ね。なんでいきなりそんな話になるのか理解できないんだワ。」


「理解されなくて結構。お話は後でじっくり聞かせていただきますから。」


「フン……アタシ達がどうやったら国家の安全を侵害するのかしら。」


 サンズはローシアに指をさし


「騎士団長の在国の状況について知っているかのような発言はやはり聞き逃せません。」


 ローシアはその話か……舌打ちをした。

おそらくサンズが懸念していた事を言い当てられたようになってしまったローシアの発言がサンズは気に入らなかったらしい。


 とは言え、サンズがあまりにも横柄に決めている感は拭えない。サンズが神殿を後にしてこれだけの衛兵を集められたのは、すでに儀式中には取り囲む決断はしていたのだろう。


「大人しくされる事を強く望みます。私とて人は殺めたくないのでね。」


 聞く耳はもう持っていないらしい。だがドァンクからの要人に対しての不当な拘束は、二国間の関係をこれまで以上に溝を深める事はサンズも理解しているはずだ。


「あまりにも話が飛びすぎてないかしら? アタシがどうやって知り得たというのかしら?」


「我々の警備体制の漏洩は、城内に現れた賊によるものと推定。つまりあなた方の仲間という疑惑は拭えない。その潔白をはらさなければ国外への移動は認められません。はらせれば……ですがね?」


 今この国に騎士団長が一人しかいないという情報はクラヴィから確かに聞いた。サンズのいう事は確かに合ってはいる。だが、捕まるわけにはいかない。早くドァンクに戻らなければならない理由が出来たからだ。



「随分と好き勝手言ってくれるじゃないの。そんな当てずっぽうに拘束するなんて貴方にそこまでの権限があるのかしら? 一応貴族会の指示でここに来ているんだワ。」

 


 「フン……私はヴァイガル国の騎士団長。この国の全ての生殺与奪は我々にのみ許された権利。それは例えドァンクの人間でもこの国にいるのであれば同じ事。何か問題でも?」


 話の矛先が完全に聖書記のものとは変わっている。サンズの思惑は初めて会った時に、城内の警備体制を見透かされた疑念から妄想を膨らませて暴走しているようにも見える。

 だが、こういった二国間の争いごとをなくすためにイシュメルは王族とつつがなく聖書記の儀式を終わらせるために交渉をしていたはずだ。念のためにサンズに確認する。


「アンタ……私たちはドァンクの貴族会の名代としてアタシたちがここに来ていることを理解しているのかしら?」


 サンズは鼻で笑った。


「それがどうした? 貴族会ごときが我らの国に影響を及ぼそうなどとは言語道断。そもそも城の賊も貴族会の差金だろう。」


 確かにそれはそうだ。だが、証拠はないはずだった。

クラヴィは人物調査のために潜入している。

彼女が騎士団長が少ない事を二人に伝えたのは、この国で何か安全を脅かすために伝えたのではなく、不穏な空気が流れていることで、ローシア達に危害が加わる事、つまりミシェルの事をこれまで以上に注意する事を伝えるためだ。


 サンズの話し方からするとクラヴィは捕まってはいないと考えていた。

 捕まえたのならクラヴィに真相を吐かせる事が優先されるはずだからだ。

 

 人を引っ掛けるように話をするサンズの会話から、疑わしきを罰する男とローシアはサンズの性格をそう見積もっていた。


 しかし、サンズの話し方は人を疑心暗鬼に陥れる。ローシアにも揺らぎはあった。



 ローシアはこれまでサンズの話ぶりからクラヴィが捕まったか裏切ったかのように聞こえて、そのどちらでも辻褄が合うことに少し心が揺らいだ。

 


 ――捕まったにしろ、裏切ったにしろ、こいつの予想だとしても、タダじゃ帰れそうにないワ――


「下賎な獣人の国が、神聖なニクス教の加護にあやかろうとする事がそもそもの間違い。神殿内にも足を踏み入れてほしくないものでしたがね。ですが、それも今日で終わり。」


 下賎な、に耳をピクリと反応させたのはアシュリーだ。ドァンクに対する見下した言葉に我慢できなかったのか


「随分な言いようですのね。そんなに獣人がお嫌いとは思いませんでした。」


 声色の奥底に怒りを込めたような強い言い方でサンズを牽制するが、汚いものを見下ろすように



「黙れケモノ。」


 と一蹴されるとアシュリーの口角が威嚇するように犬歯が見えるほど吊り上がった。

 ローシアはアシュリーに小さい声で制する。


「落ち着きなさい。冷静になることね。相手の思う壺よ。それに騎士団長なんだワ。実力はどの程度かわからないけどただじゃすまないんだワ。」


「……そんな事はわかっています。」


 正義感の強いアシュリーは、ドァンクや貴族会のみならず、自分達のアイデンティティを踏みにじったサンズを許せるはずがなかった。


 サンズはまた髪をかき上げて続けた。


「もうディナーの時間も迫っているのでね。さっさと終わらせましょうか。」


 サンズは合図のため右手を上げると衛兵は一同に剣を持ち直した。

そして、拘束せよと右手を下ろすと衛兵は一斉に剣の刃先をローシア達に向けて、誰かが叫んだ、確保!の声とともに二人に一気に迫ろうとする。


 いつのまにか馬車の中に潜り込んでいたタマモが背中にはミシェルを背負って飛び出し、ローシア!と名前を叫ぶ。


「ミシェルはぼくが連れて帰るよ!」


 タマモの判断はありがたかった。これで後顧の憂いはなくなると、傭兵達に向けて腰を落として構えたが、その目の前にアシュリーの背中があった。


「ここは私が引き受けます。ローシア様はタマモと共にお屋敷にお戻りを……」


「ちょっ!……何言ってんのよアンタ!」


 アシュリーは手を正面で柏手のように叩き、ゆっくり広げると、あたりが突然灼熱に包まれる。

 アシュリーの手には燃え盛る炎が空に向かって伸びていた。



「タマモ! ローシア様を!」



 魔石を握って大鷲に化けていたタマモは「あいよ!」と応えて翼を広げて羽ばたくと、空に立ち上っていた炎が衛兵を襲う。

 それに合わせてアシュリーが手の炎の激しさを更に拍車をかけて増す。


「はあああああああ!」



 まるで炎の壁のように衛兵に灼熱が襲う。


「アシュリー!」


 ローシアはアシュリーと共に戦うつもりだった。


「ここは私が……ローシア様はお屋敷に戻ってエミグラン様に伝えてください。」


「相手は騎士団長よ!一人では無理に決まってる!」


 アシュリーの肩を掴んでこちらを向かせようとしたが、手を近づけるだけで熱い。

 アシュリーの手の炎は体全体を覆う熱で触れるもの全て焦がすほどの温度まで上昇していた。


 アシュリーはローシアの方を見ると、決意に満ちた表情で一度頷く。


「ここは私に。エミグラン様の思いと、ローシア様達の目的は同じ……ここは、ローシア様を守る判断をお許しください。」

 

 もうアシュリーは決意している。一人で残る事を。固い決意なのは顔を見ればわかった。


「……わかったんだワ。」


 アシュリーは、また頷いた。

 

 タマモの背中に跨ったローシアは、ミシェルを抱えて「いいワ!飛んで!」とタマモの背中を叩くと「あいよ!」と返事してフワリと浮きあがり、大きく羽ばたき出す。

 浮力を得たタマモは勢いよく羽ばたくとぐんぐんと空に向かって飛び立つ。


「逃すか!」


 サンズはそばにいた衛兵から、弓を奪うように取ると、矢をつがえて引き絞りタマモに狙いを定めて解き放つ。


 だがアシュリーが炎の勢いを増すと、熱風で矢の軌道を逸らして、タマモの横をすり抜けた。


「ちっ……」


 サンズは逸らしたアシュリーを睨みつける。


 炎に包まれた手で握り拳を握ると、炎は拳に凝縮されるように集まる。


「魔法拳士か……ドァンクには随分と古臭い技術が残っているのだな。」


 アシュリーは、いちいち癪に触る事をいうサンズの思惑は読めなかったが、感情を逆撫でするこの男のペースに合わせてはならないと心を落ち着かせる。

 アシュリーは、ローシアやエミグランには申し訳ないがもう生きて帰れる事はもう諦めなければならないと密かに思っていた。

 なら、せめてこの男の顔に二度と治ることのない傷の一つくらいはつけてやろうと。忌み嫌うドァンクのメイドにやられた事を生涯の恥にさせてやると決意していた。



「エミグラン様のお側付きの一人、アシュリー。エミグラン様の命により、お客様に手を出す方は何人も 

許しません!!」


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