第三章 14 :仲間
「うおりゃりゃりゃりゃりりゃ!!!」
青空広がる真昼にサイの声が響き渡る。
エミグラン邸の庭での攻防は終わる気配を見せず、サイの猛攻は声の勢いほどではなくなってきていた。
勢いがなくなった顔色は少し青くなっていた。
「兄者!」
サイの後ろから剣で突いて来ていたが反応が遅れ、避け損なって脇腹を掠めて皮膚と肉を斬り、熱い痛みが走り、怒りが湧いてくる。
「――んにゃろぅがあああ!」
六尺棒を頭に叩き入れてフラフラと後ろに倒れるのを見届けると、杖代わりにして斬られた脇腹を押さえる。
「アニチィ!」
キーヴィが駆け寄ってくるが、賊に三人のエリアを狭められるわけにはいかないと、手で静止する。
だがキーヴィは静止を無視してサイの体を支える。
心配そうなキーヴィの顔を見て、無理矢理でも笑顔で「心配すんな。」と言うが、サイの怒髪天をつくような赤い顔は見れなくなっている事に2人は心配を隠せなかった。
まだ気味の悪い紫ローブの賊達は、サイ達を取り囲んでいた。終わる気配が一向に見えない戦いは、体力もそうだが精神に大きく影響を与えていた。
その弱さが露呈してしまい、三人ともそれぞれにダメージを受けていた。
無数にいる相手に全て気を使うことなんてそう簡単にできることではなく、服や腕脚に斬りキズがあり、サイは体毛が自らの血で赤く滲んでいた。
ミストドァンクからの応援は十人程度くるらしいが早く来てほしいと願うことしかできない状況に歯噛みする。
キーヴィも力を使い果たしたらしく、足取りもフラフラで目もうつろい気味で、今にも倒れそうだ。
「おで……もう……」
サイがキーヴィを睨みつけて肩を揺らす。まだ終わりじゃないと檄を入れる。
「バァカ野郎! 諦めるのはまだはええぞ!」
「おで……腹減った……あいた!!」
もしかしたら腹のことを言うのかと長い付き合いで心得ていたサイはゲンコツを用意していたらしく、戦いの最中だと言うのにすぐさまキーヴィの脳天にゲンコツがおちた。
だが、キーヴィはゲンコツに力がない事を食らってわかった。サイも限界が来ていると。
「気合い入れろよ! あと少しだからな!」
もう何度目になるだろうか、サイのあと少しと言う掛け声はは随分前から何度も言っているが、終わらない戦いには変わりなく、二人とも目に見えて心身共に弱り始めていた。
――まずいな……流石にもたないかもしれない……――
サイは自分の限界が近いと思っていた。次に大暴れしたら、もう立つ体力さえなくなるだろう。
だがキーヴィとユーマだけは何としても助けなきゃならない。
キーヴィが、屋敷に向かって助けを求める声を出したが誰も来てはくれない。もしかしたら屋敷の中もすでに何者かに侵入されて戦っている最中なのか、それともすでにおちているのかさえもわからなかった。
絶体絶命の状況ではあるが、サイは最悪二人だけは助けたいと考えるようになっていた。
すでに三人で守ってきた安全圏は徐々に狭められ、完全に囲まれてしまい、一斉に襲って来たら勝ち目はないだろう。
人海戦術に完全に嵌め込まれたサイは、背中で二人に語る。
「おめえら……おめえらだけは必ず逃してやるから、次に俺が暴れたら、俺のことは置いて逃げろ。応援が来るまでは一人でなんとかするからよ……」
キーヴィがすぐに拒否する。
「いやだ! おではアニチィと一緒にいるぞぅ!」
「私も、同じです。」
襲って来た三人の剣撃を六尺棒で枯渇しそうな体力を振り絞り全身の力で押し返すと
「バカやろう! オメェ達は自分が生き残ることを考えやがれ! たまには俺の言うことも聞きやがれ!」
「いやだぞぅ! 何発ゲンコツ貰ってもおでは離れないかんな!!」
折れかけの馬鍬を振り回す傷だらけのキーヴィ。
「私も同じです…………!!!」
ユーマはサイの方を見た途端に腕を斬られていた。
切られた腕を押さえながら、伸ばした舌で斬った相手の足元をすくい、頭を地面に強打させた。
もう二人人とも限界が来ているというのに逃げようともしない。
サイは二人の決意と心意気をありがたいと思うが、それ以上に生き残ってほしい。その本心が口から漏れる。
「頼むよ……おめえらを見殺しにしたくねぇんだよ……殺されるところなんか見たくねぇんだよ……」
と懇願した。だが
「アニチィが死ぬ覚悟ならおでも死ぬ覚悟だ! 一人で逝かせやしないぞ!」
「兄者……依頼を受けて最後まで残ると言う覚悟は私たちも同じです。引けぬ戦いに挑まれるなら、私たちも同じ覚悟!」
二人の決意に、命も危うくなって来た今の状況でも、鼻の奥がツンとして、一度鼻をすする。
二人と一緒に生きて来た時間はそう長くは無いが、サイを信じてついて来てくれた、たった二人の仲間だ。キーヴィやユーマにしてもサイが殺されて生き延びようとは思っていない。
命かけて戦う時、死ぬときは同じだと。
逃げて生き延びるくらいなら、ここで命尽き果てても三人と共にいる事を、サイの目の前で追い込まれてもそうすると宣言した。サイにとってそれが何よりも嬉しかった。
ならば、二人の決意を無ないがしろにしてはいけない。
それでも逃げろと言うのなら、それは二人の気持ちを踏み躙る事と同じ事だ。
「……おめえらよぉ……サイッコーの仲間だな!」
まだ声を震わせて二人に心から思えた言葉を口に出すと力が少し溢れてきた。
そして、信じる仲間と共に困難に立ち向かえる幸せを噛み締めていた。
絶対に二人を死なせないと決意を新たにして
「どっからでもかかってこいやぁぁぁぁぁ!!」
また、怒髪天を突くように毛を逆立たせて顔を赤くした。願わくば、この力が尽きる前に全員を戦闘不能にする。夢や希望の類にはなってしまうが、三人が無事にこの仕事を終えるには選択肢は一つしかなかった。
たじろぐ様子もない紫ローブの賊達はそれぞれが身構える。
すると
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
どこからともなく叫び声が聞こえた。空からだ。
サイの目の前に、空から何かが落ちて来た。
反射的に衝撃に目を背けて手で遮った。
手を避けると、そこには見たことがある分厚い両手剣を背負った犬の獣人がいた。
筋肉隆々で体はサイのキーヴィよりも一回りか二回りは大きく、他の犬の獣人と比べて顔は鼻から指で押さえられて顔の皮膚が垂れ下がっている。
ミストドァンク見たことがある程度の傭兵だが、三人とも存在も名前も知っていた。
ミストドァンクのティア1の傭兵、ギオンだ。
戦闘に関してはミストドァンクでも一位二位を争うほどの力を持っている。
皮膚が垂れて顔に刻まれた深いシワが、力に満ち溢れた体躯と相まって、より一層に見るのものを萎縮させる
「遅くなってすまんな!同志よ!」
ギオンはミストドァンク独自の傭兵ランクで、ティア1からティア5までのうち、最高クラスのティア1に位置する傭兵の一人だ。
サイ達はティア4になり、一つのランク違いでないと同じ仕事ができないため、サイ達ティア4の依頼では一緒になる事はない。ギオンが何故やってきたのかわからなかった。
周りから声が聞こえて来た。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「いけええええ!!一人も逃すな!!」
「俺たちの仲間をやらせはせんからな!!!」
ミストドァンクからの応援だ。四方八方から震えるように傭兵達の声が響き渡る。サイ達の位置からは見えないが、ローブの連中を取り囲むように傭兵がいるらしく、あちこちから傭兵達の声が重なり合って聞こえた。
ギオンはサイの前に立つと、体躯に合わない優しさを感じさせる満面の笑みで肩を二度叩いた。
「待たせてすまんな! でももう大丈夫だ! ミストドァンクから百人の傭兵を連れてきたぞ!」
サイ達はようやく応援が来たのだと安堵した。しかも百人とは予定とは違った。ミストドァンクで聞いた話だと、応援で十人くらいが来るはずだった。
「遅くなってごめんなんだ!」
空から大きな鷲が降りて来たかと思うと姿をあっという間に変える。今日屋敷で出会ったタマモだった。
「マナばぁさんを連れて行ったあとミストドァンクのおっちゃんに頼んできたんだ!三人がすごく大人数におそわれてるから助けてほしいってね!」
サイは唖然としたあと、タマモの言葉で込み上げるものが溢れて腕で目を拭った。
サイは、この仕事を三人で片付けようとしていた。ミストドァンクの連中は、貴族会の護衛任務で、まだ駆け出しのサイがいるなんて思いも寄らなかったはずだ。
たまたまミストドァンクに居合わせて、とりあえずの人数合わせで選ばれた先発隊であるサイ達の事なんて、ミストドァンクの傭兵達は気にもかけていないと思っていた。だが、ギオンはサイ達を仲間だといい、そして百人も駆けつけてくれて、今サイたちのために戦ってくれている。
窮地に立たされたとき手を差し伸べてくれた事が初めての体験で、三人ともうっすらと涙を浮かべるほど嬉しかった。
サイ達は命を賭してでも成し遂げるつもりだったが、仲間と呼んでくれた傭兵達に、にそんな事はさせない!と言われた事が心底ありがたかった。
傭兵だからかもしれない、だが、きっと自分達を仲間と認めてくれて、仲間のために来てくれたのだとサイは初めて仲間の優しさをキーヴィとユーマ以外から受けた事で、ようやくミストドァンクの一員として認められたと実感できた。
あれほど人間にも獣人にも与しないと決めていたのに、今は応援に駆けつけてくれた誰一人として傷つけささる事はさせないと、体の中にまだ眠っていた力が、仲間によって呼び起こされる。
それは二人も同じで、期待に答えてみせると膝が落ちかけていたところを、奮い立たせる力が湧いてきていた。
「アニチィ! おでたちもやろう!!」
ギオンが三人の前に背中を向けて立つと
「もう十分だ。満身創痍であることは見てわかる。今は自分たちだけを守れ……まあ、某が君達のそばには一歩も近づかせんがな!」
ギオンは飛びかかってきた一人を、まずは挨拶代わりにと拳をカウンター気味に合わせた。
「うおおおおおお!!!!」
気合いの咆哮はギオンの体を瞬時に戦闘に向かせて、向かってきた力に怯むこともなく弾き飛ばした。
飛ばされた相手は立ち上がることもなくぐったりと倒れたままになった。
「ウォォォォォォ!!」
ギオンの両手剣が、まるで木剣を振り回すかのように軽やかに回し、一振りで七人を吹き飛ばす。
振り切った脇から一人が襲い掛かるが、片手を剣から離して、相手の剣の刃を掴む。
「ギオン!!」
サイは思わずギオンの名前を叫んだ。あれでは剣を引かれると最悪指が斬れてしまう。、だが、襲った相手は引いても剣がびくともしない。ギオンに睨まれているだけだった。
「フン……数打ちの剣よりも質が悪い。斬れもせん、殴れば折れるような剣でこのギオンが討てるとでも思ったか!!」
手首を返してまるで木の枝でも折るかのように剣をおると、両手剣を片手で持ち上げて、羽虫を虫叩きで叩くかのように襲ってきた相手を叩き潰す。
「ウォォォォォォオオオオオオオオ!!!」
ギオンが空に向けて雄叫びを上げると、サイ達や戦っている傭兵達の心が熱くなり、まるで煮えたぎる熱湯のように、内側から溢れんばかりの気力が溢れて抑えきれなくなってきた。
「戦え!我が同志たちよ!このギオンがここにいる限り、敗北はなし!!」
ギオンはその体躯と戦闘力に加えてリーダーシップが取れる素質がある。仲間に戦闘能力を向上させる声はマナの奇跡で、ギオンの仲間のマナに反応し、より一層激しい攻撃になる。
雄叫びを聞いた傭兵達は、より一層激しい攻撃を賊達に浴びせかける。
そしてギオンは鼻を一度鳴らしてギオンは両手剣の羽咲を地面に突き立てると
「某の同志に刃を向いた賊ども!生きてここを出られると思うなよ!!」
地面を削るように刃先を振り上げると地面が削れて土や石が四散した
そのとんだ石さえもギオンの武器だった。四散した石は無数に賊の体を突き破るように勢いよく突き刺さる。まるで散弾銃から放たれた弾のように。
だが、まだギオン達を取り囲む隊形は崩せずにいた。
人数的には優位だが、取り囲まれている状況は変わらない。ギオンは三人を守るように戦っているので突破も困難に思えた。
すると外側から歓声が聞こえた。
「うおおおおおおおおお!!」
腹に響く掛け声が響きわたると、ギオンは口元を緩めた。
「さすが我らが兄。」
ミストドァンクで兄と慕われるオルジアが、馬上で槍を振り回しながら突撃してきた。
紫ローブが宙に舞うように中央から一騎で賊達の隊形を無理やりこじ開けるように。
「アニキ……」
ミストドァンクの応援は傭兵だけではなかった。
全身に鎧を装備したオルジアまでもが来ていた。
オルジアの突撃により、ギオンたちのところまで一気に道を作ると、脇にいた傭兵たちがなだれ込むように突っ込んできた。
二つに分けられてしまった紫ローブの連中はなすすべがなくなり、傭兵たちの猛攻を押し返すことなどできるはずもなかった。
一騎突撃で道を切り拓いたオルジアはサイ達を見る。
「すまなかったな。遅れてしまった。」
サイは、馬上のオルジアの顔を見て安心したのか目尻が下がってしまったが現実は賊の侵入を許してしまった。この不手際は認めなければならない。
「すまねぇ、オルジアのアニキ。賊の侵入を許しちまった……」
サイは喜びから苦虫を噛み潰したような顔に変わってオルジアに伝えると、馬から降りて来たオルジアはねぎらうようにサイ達の肩をそれぞれ一同叩く。
「よくやってくれた。話はタマモから聞いている。よくぞ耐えてくれた。」
オルジアは、今回のエミグラン邸の警備で大規模な襲撃が発生するとは思っていなかった。
あくまで屋敷関係者が不在となる間の屋敷の警備が主目的で、もし百人もの賊が襲う話が少しでもあれば、サイ達、しかも三人だけを派遣するはずがなく、もっと人数を派遣するし、ランクもティア4だけ派遣もありえない。今回の一件はおそらくエミグランとしても想定外だったはずだ。
結果的に傭兵を危機に遭遇させてしまったことにオルジアは反省をしていた。エミグラン邸の警備となると、実力的に最低でもティア2以上でないと最悪の事態は対応できないだろう。サイはまだティア4だ。
オルジアはサイたちを、先発隊として派遣したことをタマモの話を聞いて自分の甘えだったと後悔した。
ミストドァンクの忙しさに傭兵たちのリスクについてきちんと想定していなかった。
警備対象はエミグランの屋敷なのだ。普通の依頼よりも厳しく査定するべきだった。
ミストドァンクに一仕事を終わらせたギオンがいたことは運が良かった。
もともと仲間意識の高いギオンは、オルジアの話を聞いて、仲間の危機ならば喜んで向かうと言ってくれ、タマモが大鷲に化けてギオンを連れて行ってくれた事ができた。
サイたちの話をギオンとしていたが、周りで聞いていた他の傭兵たちも武器を持ち、すぐに向かってくれたことはオルジアの想定外だった。
ヴァイガル国の傭兵は、自分のことは自分でかたをつけることが暗黙の了解になっていた。
聞こえは良いが、そうやって他人を蹴落として自分に仕事が回ってくるようにすることが自然な流れになっていた。
だが、ここにきてそれが人間の暗い部分であると気が付かされた。
人は助け合うことでよりよい未来を切り開くことができる。
オルジアは、人間として大切な何かを思い出させてくれた獣人傭兵たちに密かに感謝し、ヴァイガル国でのイシュメルの警備のあと、セトからミストドァンクの管理を任されると聞いて、引っ越しの時に一緒に持ってきていた装備を控室から引っ張り出して、手慣れたように装備し、表に繋いであった馬にまたがってエミグラン邸に駆け出した。
そして今に至る。
サイ達の無事をその目で見ることができたオルジアは、若干目を潤ませて何度も何度も『よかった』と頷いた。
サイ達はここでやってきたことが間違いではなかったと思えて、三人とも顔を見合わせて誇らしくなった。
オルジアは戦っている傭兵達の方を向いて声を張り上げる。
「何人もこの屋敷への侵入を許すな!勝機は我らにあり!!」
オルジアの声に地を震わすほどの音量で傭兵達が、オオー!と声を合わせて返す。
すでに制圧は終わりかけており、残りの賊は傭兵の人数よりも少なくなっていた。
タマモがオルジアのそばに駆け寄ると手を引っ張って来た。
「おっちゃん!レイナのところに行こう!外にはいないんだ!きっと屋敷の中なんだ!」
オルジアはタマモの提案に頷いて、タマモに手を引かれるままに屋敷の中に入った。
「兄よ!!この扉には何人も通さぬゆえご安心を!!」
ギオンの言葉を背中で受け取り、頼むぞ!と返すとタマモとオルジアは屋敷の中に入った。
屋敷の中は、走る二人の足音が聞こえるくらいに静かだった。階段を駆け上がりタマモの先導に従って駆ける。
久しぶりのエミグラン邸で、タマモがいなかったら迷っていただろうと思わざるを得ないほど走った。
ようやくついたらしくタマモが急に止まって「ここだよ!」とタマモが指差す扉に手をかける。
鍵はかかっていなかった。
勢いそのままに開け放つと、荒らされた部屋の床にレイナが倒れていた。
「レイナ!」
オルジアが駆け寄ると、息はあった。
何度か名前を呼んで体をゆすると、目覚めるように目を開く。
「……ユウト様!!」
何かを思い出したかのようにカッと見開いて体を起こすと、慌ててベッドに駆け寄り確認する。
そして、力無くかくんと膝を落とす。
「ユウト様が……」
ベッドには誰もいなかった。
「いない……」




