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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 12 :百人の賊

ローシア達がサンズと出会う少し前に、エミグラン邸に向かう四人の一行があった。


「もうすぐエミグラン様の屋敷につくぞーう!」


 豚の獣人キーヴィだ。

 サイもユーマも当然いてキーヴィは、ドァンク街でたまたま行き先が同じだったマナばあさんを背負っていた。


「いやいや、すまんねぇ。歳を取ると遠出もままならなくてのぅ。」


「気にしなくてもいいぞぅ? 俺たちも行くところは同じだからなぁ。なあ?兄チィ。」


「おうよ! 困った時はお互い様ってなもんよ!」


街道を足を悪そうに歩いていたところをサイが声をかけて、エミグランの屋敷に向かうと聞き、行く先が同じならとキーヴィに背負うように指示した。


 サイ達は年寄りと子供には優しい。獣人と人間どちらにも与しない性格は、向ける優しさも同じだ。人間だから、獣人だからと言った区分けで態度を変えたりはしない。

 ユーマはサイの優しさは時に甘さになると思っているが、弱い者に優しいサイに惹かれたのも事実だ。

 マナばあさんキーヴィの事が気に入っており、ここまでにキーちゃんと呼ばれるまでの仲になっていた。


「キーちゃん達はあの屋敷に向かう理由はなんじゃ?」


「おでたちは傭兵なんだぁ。これから警備に行くんだぞ。」


「あらぁ。それはそれは……腕に自身があるのかねぇ?」


「おう! この間も強盗のアジトを潰したり、変な薬作ってる奴らをボコボコにしたり、魔石の密輸を止めたり大活躍だぞ!」


「あらぁまぁ。強いのねぇ!」


「えっへっへー 兄チィとユーマがいれば俺も活躍できるんだ!」


 サイが鼻の下をこすりながら自信満々の顔をした。

事実、オルジアに活躍を認められて、傭兵の序列になる5段階評価の『ティア』で、5から4になり、最低評価から一つ上がる事ができた。

もう少し頑張れば3も夢ではないと言われて俄然やる気になっていた。


「俺たち三人いれば怖いもの知らずだな!キーヴィは飯食ってりゃ力自慢だしよ。俺は身軽に動けるし、考えることはユーマに任せる。それでうまくやってきてるんだ。」


「そうなのかい。すごいねぇ。三人揃ってれば怖いものなんてないねぇ。」


 三人はマナばあさんとの話は楽しかった。もともと獣人にも人間にも近寄らないので、、三人以外と話をする事がとても嬉しかったし、違う人と話する事がこんなにも刺激的なものだとは思ってもいなかった。

マナばあさんの三人を褒める言葉がそれぞれの心に明かりを灯すように暖かかった。


 ユーマはやはりあの小屋を抜けて正解だったと思った。マナばあさんの言うとおり、この三人が揃っていれば怖いもの知らずだ。


 マナばあさんはキーヴィの背中で小刻みに揺られながら三人に話しかけるのが楽しかった。もともとマナばあさんは人と話すことが大好きだった。


 もともと病弱だったマナばあさんは、冒険家の話を聞いたり本を読むのが大好きで、人の話を聞いて想像を膨らませて、まるで自分が冒険しているかのような妄想を膨らませることが楽しみだった。


 お互いに相性は良かった。誰かと話したかった三人と、話を聞くことが好きなマナばあさんは、時間も忘れてエミグラン邸に近づいており、もうすぐ正門が見えるところだった。





**************





 正門につくとタマモが尻尾の毛繕いをしながら待っていた。

四人に気がつくと手を止めて、手入れをした尻尾をふわふわと揺らし、満面の笑みで話しかけてきた。


「やあ! アシュリーが依頼した傭兵さん達だよね! お!マナばぁちゃんも一緒だったんだね!」


「ええ。優しい傭兵さん達に出会えてよかったよ。」


キーヴィの背中で答える真波マナばぁさんの言葉にサイはまんざらでもない顔をする。


「ありがとうね!傭兵さん達!じゃあみんなでお屋敷の中に行こう!」


 タマモに案内されて屋敷の中に招き入れられた。

外から見たらとんでもなく大きく、中にはいるとびっくりするほど広い。サイ達は、ローシア達がこの屋敷に初めて来た時と同じように感嘆の声を漏らす。


「マナばあちゃん!ユウトの部屋に行きたいんだよね!」


 タマモが尋ねると、キーヴィの背中から降りていたマナばあさんはうなずいた。


「ええ。案内してもらえるかのぅ?」


「もちろんだよ!まかせてよ!」

 

 タマモはマナばあさんの手を引いて連れて行こうとすると、三人には。


「ごめんな!マナばあちゃんを連れて行くから屋敷の周りを警備しててよ!依頼でやってほしい事は全部書いて出してるってアシュリーが言ってたから説明はしないよ!不審者は即確保! だよ!よろしくね!」


 屋敷の広さに呆気にとられているうちに、二人は屋敷の奥に消えていってしまった


 いつもはなんにも興味を示さないキーヴィでさえも驚きを隠せない。ため息の後に


「すげぇデケェ屋敷だなぁ……」


 と感嘆を漏らす。ユーマは比較的早くに落ち着きを取り戻した。


「兄者。この任務は必ず成功させましょう。運が良かったとはいえ、貴族会の警備は報酬が他の依頼と比べて高い。それに、上位任務を受ける機会も増えましょう。」


 サイはまだ落ち着かない様子で体中をかきむしりながら。そ、そうだな。と言うのが精一杯だった。


ユーマは懐に入れていた依頼書を取り出して開き目を通す。


・本日夕刻までエミグラン邸の屋外および屋内の警備を依頼する。

・不審者の侵入は屋外まで許容するが、塀の内側の侵入者は即確保する事。なお現場の判断で不審者を絶命に至す事も認める。その上で発生した責任はエミグランにあるものとする。

・屋外は塀に沿って結界が貼られており、普段よりも強力であるため、結界には触れない事。

・屋内の侵入があった場合即時対応を行う事。屋内への侵入は、全て処理すること。この場合の責任もエミグランにあるものとする。


ユーマは依頼書を何度も読み返して


「おではよくわかんねぇけど、庭のとこまでは侵入されてもいいって事なんだよなぁ?」


ユーマはキーヴィの方を見る。


「……できれば屋外の外で止める事が一番良いだろう。塀の内側は即確保。命の有無は問わないと言う事らしい。」


「なるほどなぁ。まぁ、何も近づけないのが一番いいなぁ。」



警備体制はユーマが提案した。

 

「外は私と兄者、中はキーヴィに任せましょう。」


「そ、そうだな。うん。」


 完全に借りてきた猫のように環境に慣れない様子が見て取れるサイは、外のほうがまだマシだろうとユーマが腕を引っ張って外に出ようとする。

ユーマは扉から出る前にキーヴィの方を向いて


「中は任せたぞ。」


 と言った。


「おう!やるど!おでは!」


 サイ達に頼られることが何よりも嬉しいキーヴィは、重々しい扉を開いて出ていく二人を見送った。


 残されたキーヴィは、首を何度か振って頭の中をリセットして依頼の内容を指折りながら思い出す。


 ――おでも、皆の役に立つんだ!……――


 決意新たに鼻息荒く屋敷の中を力強く闊歩しながら巡回し始めた。




**************






 サイらが屋敷に来て警備にあたっている間に、タマモとマナばあさんはユウトの部屋に到着してレイナと共にいた。


 マナばあさんは、ユウトのマナをまるで脈を測るように、目を閉じ頭を垂れるようにして診る。

 マナばあさんの手の輝きがマナを診ているのだろう、光がおさまるとユウトから手を離し、大きくため息をついた。

そんなマナばあさんの反応が気になるのはレイナだ。


「どうでしたか……」


 マナばあさんの反応があまり良くないので、恐る恐る聞いた。


 マナばあさんはレイナの方を見ると申し訳無さそうに首を横に振った。


「……マナの動きがほとんどない。抜けていく一方じゃな……まるで自ら死ぬことを選んでおるようじゃ……」


 ユウトへの死ぬという言葉に敏感に反応したのはレイナだ。


「そんな……そんなことはないです!ユウト様は……」


 私達をおいて死を選ぶような人ではない。そう言いたかったが、昏睡状態で徐々にユウトの肌が青くなり、少し黒ずみ始めた事がずっと気になっていた。


まるで病床で死を待つ人のように。


ユウトの状況について察してはいたが、認めたくなかった現実を形にされてしまい、言葉が出なくなってしまったレイナは、何も反論が出来ず、両手で顔を押さえて椅子に力なく座り込んでしまった。


 マナばあさんは、自分の提案でユウトを昏睡状態にしてしまったことをずっと悔やんでいた。レイナもそれがわざとではないことをわかっている。ユウトが望んで行った事なのだ。二人の気持ちのやり場が見当たるはずがなかった。


 レイナの涙は、既にユウトへの悲しみで出ることはなかった。

夜な夜な泣き明かし、動かないユウトの手を握り、ただ一つ、ユウトが目覚める事を願い続けた彼女の心は、目の前で死に向かっているユウトの側にいる事しかできないこと、何も与えてあげる事ができないと心が折れかけていた。


 マナばあさんは、持ってきた手提げ袋の中から小さな瓶二つに濃い緑色の液体が入ったものを出して差し出した。


「これは薬草を煎じて作った薬での、一日にスプーン三杯飲ませて見るといい。マナを体の中で増やす薬じゃ……ユウトちゃんをこんなにしてしまったワシのことが信用出来んかもしれんが……」

 

 マナばあさんはテーブルの上に置くと、レイナの顔を押さえている手を優しく触ってにぎった。


「すまんのぅ。ワシを恨んでくれてもええよ。」


 レイナは恨む事は全く考えていなかった。これはユウト自身が決めたことなのだ。レイナはユウトを信じていて、心が折れかけている状況でもまだユウトが目覚める事を信じていた。


 希望を失いそうでも、最後までわからない。昏睡状態でもユウトは諦めない人のはずたと気を持ち直す。


 レイナはユウトの事を信じるしかない。あの夜たった一人、ユウトが信じてくれた事、命を懸けて助けてくれた事は、今ユウトが昏睡状態で言葉も聞けなくてもはっきりと思い出せる。

 

まだ何も決まったわけじゃない。昏睡状態でもユウトは生きているのだ……と言い聞かせる。


 気を抜いたら後ろ向きに考えてしまいがちになってしまう自分をもう一度奮い立たせて、マナばあさんの二つの瓶をありがたく受け取った。


 タマモはスプーンと言う言葉を聞いて、既に簡易炊事場に走って取りに行っていたらしく、持ってきたよ!と元気よくスプーンを持ってきてくれた。


 今はできることからやろう。

 レイナはスプーンを笑顔で感謝を述べてから受け取った。




**************



 

 屋敷の外ではユーマとサイが見回りを行っていた。

この依頼は貴族会特別任務としてミストドァンクが受け入れており、サイ達は先行部隊だった。

 他の部隊は別の任務が終わり次第、10人単位で屋敷の警備にやってくる予定だった。


 サイ達はたまたま白羽の矢が立って選ばれたが、貴族会の屋敷に来ることなんてこれまでになかったことなので、時間が経ったいまでもまだ緊張は隠せない。


 サイは緊張すると体中がかゆくなってかきむしるクセがあって、今も時折体をかいていた。まだ緊張は抜けきれておらず、ユーマはそんなサイの様子を見て少し呆れていた。


「兄者、もうそろそろ落ち着いては……」


 体をポリポリかきながら、ああん!?と返すサイ。


「落ち着けるわけねーだろ!」


「しかし、傭兵になった以上、こういった要人警護もあり得ることです。今のうちに慣れましょう。」


「わかってらぁ!」


 ユーマの言葉を打ち消すように大声を張り上げた。


「……その、なんだ……せっかくユーマが決めたことだからよ……失敗したくねぇんだよ。だから緊張してんだよ。」


 ユーマは仲間思いのサイに「でしょうね」とは言わず、「まずはリラックスしてほしい」と伝えた。


 エミグランの屋敷は想定以上の敷地の広さで、ユーマが三人で全員が外を見回ると中が手薄になるので正面玄関前で二人で立ち、定期的に一人が屋敷をぐるりと回って異常がないかを確認し、キーヴィは屋敷内で正面玄関以外を見回る体制にした。


 あまりに広すぎて警備の穴はあるだろうが、中のキーヴィなら警備の隙を突いて賊が侵入するといったような万が一にも対応できるだろう。


 太陽がちょうど真上になる頃には応援が来る。それまでの辛抱だとユーマは考えていた。


「兄者、少し周りを見回ってきます。」


「おう。たのむわ」


 少しだけ体をかきむしるクセがおさまったサイは、ユーマの提案をすぐに受け入れて正門前に歩いて行くユーマの背を見送った。




 正門に到着したユーマは、そのまま壁沿いに周りをぐるりと回るように見回る。

 オルジアから透明化の魔石を使う賊が入った事があると聞いていたユーマは、自分達が察知できるかどうかはわからないが、目で見える些細な違和感も疑うつもりで見回っているので視線も険しくなる。


 この屋敷は正門からしか通れないように結界を張っている。

敷地をぐるりと囲う塀に一定距離で魔石が組み込まれた金属の燭台のようなものが備え付けられていて、その上に魔石が黄色に輝いている。


 魔石で侵入者を感知して入らせないように、結界に体が触れると体に電気が走るようになっている。普通の人間ならものの数秒で死の淵に立つだろう。

塀沿いに視線を隅々まで巡らせながらゆっくりと歩く。

屋敷と塀の距離が一番近くなるところまでやってきたが、すぐに異変に気がついた。


「……あれは……!!」


 屋敷に一番近い魔石が破壊されていた。魔石の結界についてユーマは少しだけ知見があり、思い出した。

一つでも破壊されるとその効果は激減する。最悪動作しないまである。

 つまり、今この屋敷の結界はないに等しい。

ユーマの顔色は分かりにくいが、自分でもおそらく人間と同じように青ざめているだろうとのっぺりとした深緑の顔を触った。


「……くそっ! 誰がこんな事を!」


 ユーマは残りを周る事なく、サイのいる正面玄関に向かって走り出した。




**************




 ユウトの部屋では、マナばあさんからもらった薬を、レイナがスプーンでユウトの口に入れると反射反応でユウトの喉が動く。


 液体の野菜と果物のジュースや、材料を細かく砕いたスープを飲ませている事を何度も行っているうちにレイナは慣れてしまっていた。


 だが、ユウトの顔も体もだんだんと細くなっている事が目に見えてわかっていたレイナは、どこかで覚悟を決めないといけないかもしれないと追い込まれていた。

 だが、望みが一縷であっても信じぬくと決めた心と板挟みになっている。


 この薬で少しは良くなってくれれば良いがと願いながら三杯目をユウトの口に流し込む。


 全てを知る者なんだから死ぬわけがない。きっと必ず目を覚ます。そして歓喜と祝福を世界に与えてくれる。ユウトはそういう存在のはずなんだ。


 レイナの希望のバックボーンは全てを知る者であるユウトの運命が、死から遠ざけてくれるはずだという根拠のないものだった。根拠がなくてもそう信じる事でしか自分の心を落ち着かせることができなかった。


 ユウトに薬を飲ませると、また右手を握った。その直後にこちらに走ってくる足音が聞こえた。


 けたたましくドアが開かれ、入ってきたのはキーヴィだった。

 息を切らせていて、落ち着くまで膝に両手を置いて背中で息をしていたが、それどころではないと整う前に走ってきた理由を話す。


「……結界が……切れてる……っ……この屋敷、今無防備だぁ……」


 反応したのは、その魔石を今朝交換したタマモだ。


「うそだあ!今日僕が全部入れ替えたんだぞ!ちゃんと全部!」


 まだ呼吸がおさまらないが


「ユーマが……見てるから間違いない……一つ……壊されてる……」


タマモの顔が青ざめる。


「どうしよう……どうしよう!どうしよう!」


 頭を抱えて足踏みし出すタマモの顔色を見ると、かなり状況は悪い。


「タマモちゃん、結界は張り直せるのかの?」


マナばあさんの提案に、タマモが尻尾をピンとさせて反応する。


「そうだ!張り直せばいいんだ!ばあちゃん頭いい!早速……」



 ドーン!という爆発音に似た強い音が屋敷の壁を揺らしながら外から聞こえてきた。正門の方だ。

 部屋の四人は正門が見える窓の方に走って駆け寄ると、また壁を震わせるほどの大きな音が聞こえた。


 窓から見ると煙は上がってはいなかったが正門の鍵が壊れたらしく門は内側に開き切っていた。外側に一色のローブを纏った一団がいた。


「……あれは」



 ユウトがヴァイガル国で、そしてドァンクで襲われたと話していた紫ローブの集団がずらりと立っていて、推定で少なくとも百人はいるように見えた。



 

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