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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 11 :鼠は捕われる。

 イクス教神殿の中に入るのは二度目になる。ミシェルは白亜の神殿の美しさと光がそのまま反射する様に磨かれた床や柱がお気に入りで、前回神殿を見た時の興奮は、屋敷に戻ってもまだ冷めずに、また神殿に行きたいと言っていたので、今日を楽しみにしていたらしく、嬉しそうに周りを見渡しながらローシアの手を体を神殿に傾けて体重で力で引っ張ってくる。


「……ホント、子供は元気の塊なんだワ。」


 ローシアはあまりにも元気で活発なミシェルを見て、自分が子供の頃を思い出して、昔は自分もこんなものだったのかなと断片的に残っている記憶を探りながらミシェルが走らないように手を握る。


アシュリーは馬車を預けてから二人に追いついて、微笑ましく見つめて


「それにしてもミシェルがお気に入りになるくらい素敵な神殿ですわね。」


ミシェルの心を代弁するようにアシュリーがいう。


「ホントね。でも見合わないほど警備もいるんだワ。」


神殿に近づくにつれて衛兵が警備の切れ目なく立っており、三人の行動を監視していた。不審人物のように見られているのは気のせいだと思いたい。

ローシアはため息をついて機嫌の悪さを隠そうともしない。


「仕方ありませんわ。聖書記はこの国にとって、とても重要な存在ですから。」


イクス教は始祖イクスが開き、ヴァイガル国の国教として今もなお強固に国と結びついている。

聖書紀が最たる例で、聖書記となるにはイクス教による洗礼が必要だ。


ヴァイガル国が各国に聖書紀が注目される理由は、他の国では法律の流布に心血を注いでも、なかなか周知されないが、ヴァイガル国は聖書記の存在とイクス教の祝福で、広く国民に周知されることが特徴で、これはヴァイガル国が他の国と抜きん出ている長所だ。法律の流布が他の国と比べて圧倒的に早く国民全体に周知される。



法治国家を目指す国は、ヴァイガル国の法律を模倣する傾向がある。これは法の流布が成功している数少ない国の中でも群を抜いて成功を収めているヴァイガル国に倣うほうが色々と都合が良かった。

 政治の識者は、世界中がヴァイガル国の属国のような統治国家になる懸念等を示しているが、現状わかりやすく自国民に周知される方法が、ヴァイガル国を倣う以外に方法はなく、ヴァイガル国と似た法の国や、そのままの法を使っている国も存在する。


故にヴァイガル国の法を記す聖書記は、国内外に大きな影響を与える存在だ。神殿の中の警備は見ただけで万全とわかるほど衛兵が道を作るように立っていた。


 ミシェルは当初、衛兵が山程いる場所に来ると泣き出しそうな顔で怖がっていた。ローシアは聖書記候補に選ばれた夜にエオガーデや衛兵に追いかけられたことが怖かったのだろうと思って、ヴァイガル国に来るとミシェル。抱きかかえて衛兵の間を歩いていたが、今はもう慣れてしまって、衛兵がいても笑顔で歩けるまでになった。


「ろーしあ! こっちこっちー!」


 子供の無尽蔵の体力に引っ張られ続けているローシアは、ようやく神殿正面に着いてミシェルの手を離した。

大きく息を吐いて無事に神殿まで来れたことに安堵する。



「お疲れですね。ローシア様。」


「子供って……ホント体力オバケなんだワ。」


 ローシアが汗を拭い一息つく間もなく前を駆け回るミシェルの方に歩きだす。アシュリーも隣で同じようについていく。


「アンタ、そういえばさっきクラヴィと会ってたかしら?」


ローシアはミシェルに引っ張られている時に後ろでクラヴィとアシュリーが何か話しているところを見ていた。


「え?……ええ。少し話しました。」



「なんて話だったのかしら?」


 アシュリーはローシアに近寄り、声を小さくして周りに聞こえない様に気を配りながらローシアに説明する。クラヴィは今ヴァイガル国に潜入している。不測の事態を避けるためにも情報は多い方がいいという警戒から聞いていて、アシュリーもローシアの考えている事はわかった。


「この国の騎士団長が、今は一人しかいないことが怪しいから気をつけろ。でしたわ。」


アシュリーもローさあの耳元に届くくらいの小さな声で答えた。


「一人? それがなにかおかしいことなのかしら?」


「ええ。いつもは必ず二人はいるのだとか。それが一人ということは、国を守ること以外に重要な事が行われるんじゃないかって、クラヴィは言ってましたわ。」


「ふーん……確かに、なにか匂うワ。」


 気には留めておこうと思い至り、ふとミシェルの方を見ると、何故か怯えたような顔で駆け寄ってきて体にしがみついてきた。


「どうしたのかしら?ミシェル。」


 ミシェルが顔を少しだけ見せて、指をさす。その方向を見ると一人の男性が立っていた。


 ローシア達がこれまでに見たことがない人物だった。

藍色の肩まで掛かりそうな長い髪で、神殿の中の人間にしては服装が普通すぎて違和感があった。衛兵がずらりと並ぶ中で、一般人が紛れ込んでいるようにみえるし、武器も何も持っていない。

 衛兵がこの人物を不審者として見ていないのだろうからこの神殿か衛兵の関係者だということだろう。


だが只者ではない気配は充分で、刺すような強い視線は三人を捉えている。


 その男は少し咳き込みながら近づいてきた。ローシアとアシュリーに緊張感が走る。


 敵意がないことを証明するためか、三人からは離れた距離で止まり、深々と一礼した。


「ようこそ、聖書記候補様……そして護衛の方々。私はこの国の騎士団長を務めるサンズ・ジ・オヌールと申します。今日は私もお供させていただきます。」


 ーー騎士団長!ーー


こんなところで会うとは思っていなかった二人は驚きを隠せなかった。

エオガーデの一件から二人は騎士団長の事を全く信用できないまでになっていた。

まずは相手の出方を探るべきとロージアが切り出した。



「大層なお出迎え痛み入るんだワ。騎士団長様がわざわざ出向く理由は何なのかしら?」



 長い髪を額から後ろに手ぐしで流したサンズは、全く表情から感情が読み取れない程に無表情だった。


「いえ、最近城内に賊が潜入しているとの確かな筋からの情報から、候補者様の安全を確保するため私が遣わされました。」


「賊?」


 ロージアが聞き直すと、サンズは目を閉じて顎に指を当てて思い出すように話し出す。


「ええ。どうやら透明化の力があるようで、消えると気配そのものがなくなり、マナを追っても見つからないとか……なかなか見つけるのに骨が折れるような力の持ち主のようです。」


 ローシアとアシュリーは、すぐにクラヴィの事だとわかった。クラヴィの力がそんな簡単にわかるわけはない。何よりも一番驚いたのはアシュリーで、クラヴィの仕事に足がつく事なんて聞いたこともなかった。

アシュリーの動揺はローシアはすぐわかるほど態度に出ていた。


サンズは二人のことなどお構いなしに話を続けた。


「そこで候補者様の安全を確保すべく私が遣わされました。驚かせて申し訳ございません。」


 サンズはミシェルに自分を見られて逃げられた事を気にしていたのか、視線はミシェルに向けられていたが、ミシェルは一度だけサンズを見ると、それ以降は視線を合わせようともしなかった。



「……嫌われてしまったようですね……残念です。昔から子供には好かれないので、これは私の業でしょう。仕方ありませんね。」


 

本当に仕方ないと思っているのかわからないほど表情はやはり全く変わらなかった。


「賊はここに来るのかしら?」


 ローシアは、自分達に疑いが向けられないようにクラヴィの事を隠すように会話を続けた。


「さあ……それはわかりませんね。」


「こちらにいても大丈夫なのかしら?騎士団長様が。」


 城の方は大丈夫なのか、という意味で聞いたが、途端にサンズの表情が初めて少し変わった。


 鋭い目つきに変わり、ローシアに問う。


「それは、どういう意味でしょうか?」


「どういう? 何が言いたいのかしら?」


「まるで城に騎士団長がいないとでもお考えなのか?という意味です。こちらに来る余裕があるのか?と聞こえましたが。なぜ、城内警備に不安であると思われたのか……」


 しまった!とローシアは小さく心の中で舌打ちした。

だが、失言ではないはずと思っていた。クラヴィの事を隠すつもりが、城内の人間とクラヴィしか知り得ない話を遠回しにしてしまったように伝わったらしい。だが、まだ巻き返しはできると冷静に反論した。


「いるかいないかなんて知らないんだワ。騎士団長様でも骨が折れるような相手なのに。こっちを気にしてても良いのかって聞いただけだワ。」


 サンズはまた顎に手を当てて思案しだす。顔はもとの無表情に戻っていた。


「……ふむ。確かに。騎士団長クラスでも見つけることが困難ですから、確かに多いほうが見つける確率は上がるかもしれませんね。しかし心配ご無用です。既に手は打ってますから。」


 ローシアは聞き直した。


「手を打っている?」


 あれほど完全に気配を消したクラヴィを見つけ出すのは至難の業だ。サンズもそう言ったはず。なのに手を当てるとはどう言う事なのか。

 


「ええ。ですから心配はいりませんよ……それでは儀式の場に参りましょう。」


 サンズはローシア達にもう話すことはないと言うように背を向けてあるき出した。


 話しを一方的に打ち切られたが、サンズの警戒心の強さから聞き直すことはしない方がよいと考えて口を閉じた。


どう手を打っているのかは聞いておきたかったが、ロージアは、クラヴィのことを心配そうに思う気持ちが顔に出ているアシュリーの腕を『今は気にするな』と肘で軽くつついて首を横に振る。

アシュリーはそれを見て胸に手を当てて一度深呼吸をした。



 ミシェルはサンズの事が怖かったらしく、サンズを今にも泣き出しそうに涙を浮かべて歩き出そうとしなかったので、ローシアが抱きかかえると背中を優しくなでて、大丈夫よ、と優しく言い聞かせる。

横ではアシュリーがクラヴィの事を気にしていた。


 ――クラヴィ……どうか無事でいてください――


 アシュリーはローシアの後を顔を見られないようにしてついていった。




 **************




 クラヴィはヴァイガル城内に毎日のように潜入していた。

今日もアシュリー達がこちらに来たあと、エミグランに渡すものがあるからと伝えてからすぐに城内に潜入した。


会った時にアシュリーに渡さなかったのは、おそらく持っていることが儀式中にでも判明しようものなら、アシュリー達の身の安全は保証できない代物だと判断したからだ。


 エミグランから依頼された事は一つ。


『ヴァイガル国にアルトゥロという人物を徹底して調査しろ』だった。


 アルトゥロなる人物がいるのかどうかもわからなかったが、エミグランの予想は的中してアルトゥロは大臣の側近として城内に勤務している事はすぐに突き止められた。

 アルトゥロが城にいることはまちまちだが、今日は城内に居る事を確認できた。

 エミグランの指示通りに城の二階の執務室からアルトゥロが出てきてどこかに歩き出したので、念のため距離をとりながら後をつける。


アルトゥロの機嫌は上々のようで、鼻歌交じりに足取りも軽やかだ。

ツヤが出るほど磨ききった大理石をふんだんに使われ、真ん中には赤い絨毯をひかれた階段を降り、迷うことなく歩を進める。


 ――どこに行くつもりかしら……この辺はまだ調査も何もしていないけど――


 クラヴィは、アルトゥロ調査が目的なので要人関係者があまりいない二階よりも下の階はあまり認識がない。

帰る方向を間違えないように記憶に道順を叩き込みながらアルトゥロを追う。


 向かっているのは地下らしい。城の奥の質素な木造の扉の奥にある地下に向かう階段は、質素な木造のものに変わり手すりすらない。足を踏み外さないように気をつけながら降りると、城の内装とは打って変わって岩や土を無理矢理くり抜いたようないびつな通路が現れた。


 アルトゥロは階段のそばにおいてあったランプに魔石で灯して持ち、また歩きだす。

 追跡にはおあつらえ向きで一本の通路だった。曲がるところはないので、念の為少し距離を開けて後を追う。


息を殺す必要もないのだが、えも言われぬ緊張感感じる。どこに向かっているのか皆目見当もつかない。


 アルトゥロは壁に跳ね返るほどの鼻歌を気持ちよく演奏しながら進むと、ようやく足が止まった。


 通路の奥に驚くほど広い空洞があった。位置的には城外のエリアだろう。

空洞はランプの灯りでは全貌が見えないが、アルトゥロが魔石を掲げると、空洞の天井にある魔石が輝いて反応すると、あたりを全て照らせるほどの光量が降り注ぐ。

暗くて瞳孔が広がっていた目を細めて辺りが視認できるまで少し待った。

ゆっくりと視界が形と色を取り戻すと異様な光景に息を呑む。


 ――なによ……これは……――


 透明で人が入れるほどの透明な大瓶が規則正しくずらりと並んでいた。数えるにはかなりの時間を要しそうだ。


 中には薄い橙色か茶色が薄まったような液体と、髪の長い一糸まとわぬ女が入っていた。驚くことに全ての大瓶に全員同じ容姿の女が膝を抱えて眠るように目を閉じていた。

 姉妹とかそんな次元ではないことはわかる。全ての大瓶に同じ人間が入っていた。

 頭のてっぺんまで液体に浸かっているので呼吸が出来るはずがなく、これは死体か?とクラヴィは推測したが、アルトゥロがそばによると、女達が一斉に目を開けた。液体の中で生きていた。

クラヴィは目の前で何が起こっているのか全く理解できず息を呑んだ。


ーー何よこれは……何が起こってるの……ーー


突然の非現実的な光景に脚が固まったように動かなくなった。


「ふむふむ……やはり、人形よりも出来が良いですねぇ……やはり全てを知る者が顕現しているとプラトリカの海からここまで再現させることができるとは……すばらしいっ!すばらしすぎる!」


 ――プラトリカの海?――


 エミグランから聞いたことのある言葉に反応する。


「……ここまでの再現度は過去最高ですねぇ……」


 大瓶をノックするように叩くと女がそちらを向く。その女をギョロリとむき出すような目を向けて吟味するアルトゥロがとても気持ち悪く見えた。


「最高傑作かどうか試してみたいものですねぇ……ええ。試したいですねぇ……」


 ――!?――


 アルトゥロがクラヴィの方を見た。

いや、見えていないはずだと心を落ち着かせる。だが視線をそらさずこちらをずっと見ていることにクラヴィは心底恐怖を覚えた。


「ネズミを捕らえられますかねぇ……諸君?」


 すべての瓶の周りから、まるで蛇が鎌首をもたげるように分銅のついた鎖が動き始めた。


 



 

 

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