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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第三章 : 帰国
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第三章 2 :握手会

 ミストドァンクに現れたサイは、レイナをまるで猿が威嚇するように歯を剥き出した怒りの表情でレイナを指差す。


「オメェ……まさかこんなところにいるたぁなぁ……来てみるもんだぜ……」


 後ろにはカエルの獣人ユーマと豚の獣人キーヴィもいる。オルジアは


「アイツら……思い出した。馬車でローシアに蹴飛ばされた……」


 と、ようやく思い出した。馬車の中の出来事が一瞬だったので、あまり記憶に残っていなかったが、どこかで見た事があるという僅かな記憶を辿るようにしてようやく思い出した。

タマモは馬車を操っていたので知らないらしく、首を傾げて思い出そうとしていた。

 


「あの小娘はどこだ!!」



 あの小娘とは間違いなくローシアのことだ。サイは二回もローシアに痛めつけられている。指をつきつけるサイに対して、姉の代わりにレイナは凛として答える。


「あなたには関係ないことですが、今はここにはおりません。」


 サイはキキッと軽く鳴くとさらに顔が赤くなり出した。



「……んならしゃあねぇ……おい!白乳おんな!変わりに俺と勝負しやがれ!」


「し……しろっ!?」


レイナはサイから指差して言われた別称が、本人も少し気にしていた部位をモロに言われ途端に恥ずかしくなり、胸部を腕で隠すようにしながら顔をサイと同じくらい赤くする。


 レイナの銀髪と普段着ている服装、肌の色は確かに白い。そこに身体的特徴を加味すると、なぜか牛乳みたいな響きのあだ名になってしまった。とユウトはよくわからないシナジーともいえない響きに何故か呆れて空笑う。

 

 レイナはそんなユウトの考えていることなんて知る由もなく、



「な、な、何ですか! 人をそんな馬鹿にしたようなを呼び方して!」


と先ほどの凛とした姿は完全になりを潜めてしまい、体の特徴を指摘された恥ずかしさで慌てる様相しか見せていない。


「っせえ! 見たままを言っただけだ! そんな事より俺は森と馬車であの小娘にやられっぱなしなんだ! オメェにはやられてねぇが……そんなの関係ねぇ!」


 サイは憎しみから戦いたいのではなく、強いのは自分だと誇示したい事が目的だった。キーヴィとユーマの手前、やられっぱなしで終わらせるつもりはない。


「俺はやられっぱなしが一番性に合わねぇ……つべこべ言わずに勝負しやがれ!」


 突然の一方的な勝負事の宣誓にオルジアが割って入る。


「そこまでだ。お互い感動の再会はそこまでにしておけ。傭兵ならなおさらだ。」


レイナがオルジアの言い回しに


「感動なんかしてません!」


と反論すると、サイも当然のようにくってかかる。


「邪魔すんな!これは俺たちの問題だ!オメェにゃ関係ねぇ!」


オルジアは、サイがレイナに向けた指を握って上を向かせる。


「大アリだ。傭兵同士の喧嘩は御法度。レイナもヴァイガル国のミストの傭兵だ。やるんなら傭兵やめるつもりでやるんだな。」


ミストのルールは傭兵同士の喧嘩は御法度。即クビだ。サイ達は、糊口をしのぐためミストドァンクで傭兵になっていた。


「……ぐっ 白乳おんなも傭兵なのか……」


「そ、その呼び方はやめてください!」


 レイナの顔はまだサイといい勝負できるくらい赤い。


「それにレイナは聖書記候補の護衛という上位任務を請け負ってる。イシュメル公直々の依頼だ。まずはそう言った任務を受けれるようになってから木剣でも拳でも使って模擬決闘でもやれ。」


イシュメルの名前が出るとミストドァンク内がどよめいた。


ドァンクに住む者であれば貴族会の名前を知らない者はまずいないし、聖書記の話もドァンクでも誰もが知っている。その護衛が騎士団長を破ったという話も当然ここにいるほとんどの傭兵が知っていたし、サイ達も知っていた。だがそれがレイナ達だとここにいる者はオルジア以外誰も知らなかった。


「ぐぬぬぬぬ……」


「兄チィ、ここは引いた方がいいんじゃねぇのかなぁ?」


「うるせぇ! たまにまともな事いうんじゃねぇ!」


 キーヴィの頭にやはりゲンコツが落ちて、「あいた!」と声が響く。


「兄者。ここはキーヴィのいうことはもっともな事。今は力を蓄える時では……」


 サイたちはヴァイガル国で傭兵になる道を模索した。だが、やはり新人は誰かに師事を得てからの登録を勧められて、結局はヴァイガル国では傭兵にはなれなかった。それをユーマから聞いたのは、ローシアに馬車の中で蹴飛ばされて叩き落とされた後だった。


馬車の進行方向からローシア達がドァンクに行ったことは間違いないと、ドァンクで探していたところ、傭兵組織がこのドァンクにもできると聞きつけて、サイの反対をいつものようにユーマが押さえて登録に至った。

 

 キーヴィの無尽蔵の食欲で金を全て失い、糊口をしのぐためサイとしても断る理由よりもやらなければならないという気持ちの方が強かった。


ゆえにミストドァンクの管理者であるオルジアの命令や指示は逆らえない。目の前に憎き相手がいながら手も足も出せずサイは音が聞こえるほどに歯噛みした。


「ぐぬぬぬぬぬ……仕方ねえ! おい白乳おんな!勝負は……」


 レイナは有名人よろしくせ堰を切るように周りに人だかりが集まり、あっという間にサイらは蚊帳の外へ、 除け者になってしまった。


「キキーッ!!話を聞けぇぇぇ!!」


 人の山に飛びかかりそうなサイをユーマの指示で、キーヴィが、サイを羽交締めにしたのちに肩に担ぎ、依頼を受けるためにコルクボードの方に向かう。


 サイは暴れていたが体躯の差から、キーヴィの腕から抜けれそうには見えなかった。


レイナはこれまで経験がないほどの人に集まってきて、赤い顔はまだ元に戻らず下目遣いでもじもじしていた。


 

「女とはいえ、あの騎士団長をやっちまうとは」

「あ、いえ、私ではなくて……」

「是非一度手合わせ願いたいですな!」

「そ、それは違ってですね……」

「是非今度ご一緒させてください!」

「は……はぁ……」


 レイナは突然ミストドァンクの重要人物になってしまい、押し出されるように人だかりに弾かれてしまったユウトとタマモは、遠くから人の山の隙間からレイナを見ていた。


「……やっぱにいちゃんがエオガーデを倒したとは見られないんだねぇ……」


「それは……仕方ないよ。だってなんもできなさそうじゃない? 僕って、見た目で。」


「それはそうかもしれないけどさぁ……」


 突発的に始まったレイナを集う会はいつのまにか握手会に変わってしまい、だいぶ時間がかかりそうだった。


「とりあえず、落ち着くまで座って待ってようか。」


 レイナに獣人傭兵が集まった事で席空きのテーブルが増えた。椅子に座ってレイナを待つ事にした。


「そだね。僕、冷たい飲み物もらってくるよ。」



 タマモは、テーブルに備え付けてある軽食の注文書に適当に丸を書いて、尻尾を振りながら受付まで歩いて受付嬢に飲み物の注文を出しに行った。

 

 コルクボードの前に無理やり連れてこられたサイは、赤い顔が収まる事はないくらいに気持ちが昂っていたが、ユーマの言い分は正しいと思っていた。

ユーマの頭脳がそういうのなら間違いないだろうと、鼻息荒く顔は赤いまま、なんとか自分の気持ちに折り合いをつけ溜飲を下ろし適当に依頼書をコルクボードから引っ剥がして、レイナを睨んだ後、絶対に勝負できるようになってやる!と心の中で啖呵を切ってミストドァンクを三人で出て行った。


 レイナは時折ユウトの方を見ながら困った顔で握手会を続けていたが、遠目にレイナの困った顔と、勘違いとはいえ有名人に会えたと思って狂喜乱舞する獣人傭兵の間に入れるはずもなく、


「……今、僕がやりましたって言っても誰も信じないよね。」


 と、あの出来事から、うんともすんとも言わない細く情けない右腕を見てため息をついた。





 **************





 聖書記候補の儀式のため、ヴァイガル国へ向かっている馬車の中では、ミシェルが完全にローシアに懐いてしまって、ほとほと困っていた。


「ろーしあ! ろーしあ!」


「ひたひてひってふでほ!」


 ミシェルの指で大きく口を真横に広げられ、まともに喋る事ができないローシアの様子にミシェルは大笑いする。


「ああんもう!」


 ミシェルが大笑いしている隙に手を口から退けさせる。


「すっかり仲がよろしいですのね。」


 馭者を務めるアシュリーがこちらを振り返ってにこやかにいう。


「そりゃ、この馬車に二人。おもちゃにさへふへほ!」



 またしゃべっている途中に口を広げられて変な声になり、また大笑いするミシェル。


 「もー!ダメなんだワって言ってるでしょ!」


 ローシアのくすぐり攻撃に、体をくねらせて笑い転げるミシェル。


 ふとレイナのことを思い出す。


 ――小さい頃によくこんなことやって笑ってたんだワ……懐かしい。ーー


手を止めて膝の上で楽しそうに悶えるように笑うミシェルに聞く。

 

「もーやらない?」


「うん、もうやらない!ミシェルやらないよ?」


 と言いながら目はやる気満々だ。

それでも、わかったワ。と言って手を離す。


アシュリーが何か言いたげにしていたが、堪えて前を向き直す。


 もうヴァイガル国の城壁は見えてる。

ミシェルの小さい手はローシアの手を握っている。寂しいわけではないのだろうけど、やはりまだ子供。聖書記と言う重責を背負うには明らかに年齢も経験も足りない。


 それはローシアたち姉妹も同じで、何もわからないとはいえ、黙示録の破壊のために、村を出るときに打った最初の一手は、敵陣特攻と言わんばかりにあまりにも無茶だった。

 経験の浅さから出た青さともいえる。年齢なんて重ねても、経験がなければ、まるっきり子供と同じだ。


 あの日ミシェルが一人で窓から外に出た時も、この小さな手には抱えきれないほどの思いがあったのだろう。


 目的は違っても、ミシェルと自分達は同じ。

大きな宿命を持っている。その共通する重さに、ミシェルを放ってはおけない運命のようなものを感じていた。



ふと気がつけば、ミシェルはまたローシアの口を横に広げていた。


 笑いを堪えながらミシェルが見ている。


「……もーそこまですんのなら……うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」


 さっきよりもミシェルの脇をくすぐる。大笑いして膝から崩れ落ちそうなミシェル。楽しそうにミシェルをくすぐるローシア。


 もうすぐヴァイガル国城門が見えてくる。




**************




 レイナの即席握手会がようやく終わり、平穏を取り戻したミストドァンクでオルジアに別れの挨拶をして後にし、マナばあさんの家に向っていた。三人並んで歩いているが、一人だけ頬を膨らした人がいる。


「にいちゃん……」


 タマモがなにか言いたげに肘でユウトをつつくが言われなくてもわかっていた。


 握手会が終わってからレイナの機嫌が悪くなっていた。

レイナからすれば、輪の中心にはユウトがいるべきで、ましてや自分があの闘いで何かをしたわけではない。

むしろ、レイナはエオガーデに一方的に近いやられ方をしたのだ。どのように言われても辛い思いでしかなく、喜びは皆無だった。


それよりもユウトに対して正当な評価が行われていないことに憤りを感じていた。

ユウト本人は、レイナへの間違った評価を気にもとめていないような素振りが腹立たしかった。


――ユウト様は、本来もっと評価されてもおかしくない人なのに――――


ユウトからすると、完全に膨れてしまっているレイナもかわいい事には違いないのだが、これは一度ちゃんと話しておこうとユウトからレイナに声をかけた。


「レイナ……さっきは、その、ごめんね。僕の代わりにあんな事になって。」


「別に。怒ってませんし。」


膨らませた頬を隠す事なく完全に怒っていてユウトは小さく空笑いするしかない。


「にいちゃんがエオガーデやっつけたのに、レイナがやっつけたことになってたもんな!」


ナイスアシストと言わんばかりにレイナが乗る。


「そう!それです! 私はユウト様の活躍は嬉しいですけど、それを自分のものにしようとは思っていません。」


「僕はレイナがそういう人だとは全然思ってないけど……」


「そういうことではありません!」


あまりのレイナの剣幕の圧に押されるユウト。空笑いも引きつりはじめるが、レイナには正直にいわないといけないと思った。


「あの右腕の力ね、思ったときに出せるもんじゃないんだよ。それができればきっとみんなの役に立つんだろうけどさ。まだできない。」



「えっ………」


 レイナは目を丸くさせた。あの力は狙って出せたものではなく、何かがきっかけになっている事を初めて知った。

 しかしよく考えればユウトが無惨なことになる前に力を出せば良いわけだし、確かに狙って出せるものではないのかもしれないと、今更ながらにユウトの告白であの深緑の腕がユウトのコントロールできるものではないと知った。



「あの場にいた獣人の傭兵の誰にも勝てないって思うと、こう、気持ちが引けてさ……ごめんね。レイナ。今度は気をつけるよ……って言っても怖いけどさハハハ……」



レイナは、あの深緑の腕の力がユウトにのみ与えられた奇跡の力だと思っている。しかし、それが思うように出せないのならば、エオガーデと対峙したのは自分です!とは自信もって言えないだろう。と、ユウトの立場になって考えられずに怒ってしまったことに顔を曇らせる。


 力の証明が出来ないのであれば、あの無数にいる腕自慢の獣人の前に立って、自分がやったなんて言えるはずがない。

 もし獣人傭兵と手合わせになろうものなら、狙って力が出せないユウトが一方的にやられてしまうだろう。


何故ならエドガー大森林で三人の獣人に追いかけられていた事を知っているからだ。


あの時にみた弱々しさは演技でも何でもなかったはずだ。大森林で見たユウトは、今も何も変わっていなかった。

深緑の腕の力が狙って出せるものではないし、次また同じ事があったときに出せるかどうかもわからない。

 ユウトが、自分です!と言いたいのではなく言えなかったのだとレイナは今ようやく気がついた。


「……ごめんなさい。ユウト様のお気持ちを考える事ができておりませんでした。」


「いや!違うよ!そういう事を言いたいんじゃなくてさ、もっとこう……あの腕の出し方覚えてさ、役に立てるように頑張るから。今日の事は許してほしい。」


「そんな……」


 ユウトは情けなく自分が役に立たないといわんばかりで、レイナはそれが心苦しかった。ユウトがいなければレイナは今生きていない。ミシェルもそうだ。きっと死んでいた。


 役に立たないなんて言ってほしくなかった。だがあの力が意図して出せない以上、獣人傭兵の前では力の差を感じざるを得ないほど弱いとユウトは感じている。

 今ユウトが感じていることにレイナの気持ちや思いが入り込む余地はない。せめてユウトのあの力が自分の意思で出せるようになれば、きっと自信を持ってもらえるはずだと思った。


 レイナは全てを知る者を守ることも大切な使命だ。獣人傭兵の握手の相手なんて、ユウトのことを思えばできないことではない事じゃないか、とあの時は見えなかったユウトの立場を理解すると怒っていた事が申し訳なくなってきた。


「まぁそのうちできるようになるはずだからさ!」


 空元気にも見えるユウトの言葉が心に深く刺さる。

しかし、空元気でもなんとかしようとする気持ちがある事が嬉しかった。それは黙示録を破壊する使命がある姉妹のためであるからだ。

怒りはもうどこか彼方に消えて、ユウトの前向きな姿勢が嬉しくなり、笑顔のレイナに戻った。


「……はい! ユウト様ならできますよ!きっと!」


「よくわかんないけど!あんちゃんならできるさ!きっと!」


 タマモも知ってかしらずかユウトが空元気に何かを言っていることは理解していたようで、レイナに合わせるように笑顔でユウトを見上げていた。

 二人の気持ちがありがたく、期待されていることが嬉しかった。

期待に応えたい。ギムレットと約束した『姉妹を頼む』と言う約束はドワーフの森から出た時から忘れていない。


密かに気持ち新たに気合を入れ直すと、タマモが急に走り出した。


「もうマナばあちゃんの家が見えるよ!あそこだよ!」


 タマモが目的地であるマナばあさんの家らしき方向の建物をを指した。




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