第二章 12 :大きく振りかぶって
ユウト自身が、今どのようにエオガーデが見えているのか説明するのは難しい。
今のユウトはエオガーデを例えるなら『道端にある石』だと思っている。
歩いていると道に手のひらに乗るくらいの石があるとする。
見つけたら、踏みたくもないし、何なら邪魔だと感じるかもしれない。
日常の生活で、その石が突然動く事がありうるか?と質問された場合、例えばマジックショーならタネがあって動くかもしれないが通常は動かないはずだ。動くとも思わないし、考えもしない。
その石が邪魔だとしてどうするか。別に自分にはあってもなくてもなんの影響もないものだし、少しだけ心に余裕があるなら、次に通る人のために拾って道の脇に追いやるかもしれない。だが大概の場合、何もしないがほとんどだろう。
何故ならそれが自分の人生に関わるものではないからだ。まったくない。影響がないものに関心など持つ理由すらない。
そして、その石に近づいたら人はどうするか。
普段から忙しくて、足元の事など気にも止めないのであれば、そもそも気づきもしないだろうが、好き好んで踏む人がいるとすれば珍しいかもしれない。
大体は避けるか、子供なら蹴るかもしれない。
その一連の行動は、『無意識』で行っている。
無意識なのは当たり前で、自分の人生に全く関係しないし影響もしないものだとわかりきっているからだ。なんの価値も見出してはいない。
わかりきっている事を一言で表すと
価値がない。
のだ。
ユウトのエオガーデ評はその石と同レベルまでに落ちていた。
無意識下で石が足元に迫った場合、人は無意識下で最悪の事態にはならないように避ける。引っかかって転ける、蹴ってしまって他人に当たる、または他人の所有物を壊してしまうかもしれない。
いろんなことが想定されるが、『そうならないように動けばいい。』のだ。
目の前にある石に躓かないようにするのに反射神経はいらない。
石があるのならば避ければいい。運動神経も、筋力もいらない。引きこもりだったユウトでも簡単にできることだった。
今、ユウトの頭の中には、エオガーデが何をしてきても全て返せるという無意識の中に自信がある。
それは間違いなく新緑の右腕が自信を感じさせるほどの力をユウトに与えて、それが土台となって確固たる自信が芽生えていた。
エオガーデを視認することで、相手との力量の差を判断して、害を及ぼすことがないと分かれば気にもとめなくなるように、ユウトにとって、エオガーデは今道端に落ちている石と同じレベルのものに見えている。
何をするかわからないものが、何をするのかわかる状態だとこれほどつまらないものはない。
意外性がないのだ。
だがエオガーデは二人を嬲った。
その一点だけで、例え石と同レベルのエオガーデでもユウトは怒りが抑えられなかった。
ユウトは怒ることは嫌いだった。結局はより感情的になった者が勝つという、くだらない争いになりがちだから。
ユウトが獣のように吠え上げると、赤い目がエオガーデを捉えて、エオガーデの目の前まで一足で飛び込んだ。エオガーデの目にはいきなりユウトが巨大に見えたはずだ。
「――――は?」
エオガーデは、吠える声に一瞬たじろいた分、回避行動がが間に合わずユウトの右手の張り手を側頭部に食らった。
衝撃は的確に脳を揺らして一瞬だけ意識が飛んだが、次の瞬間には天地が逆になっていて地面が見えると側転しながら転がっていく。
ユウトは吠えて転がっていくエオガーデに一足で頭を掴み、顔を地面に擦り付け、雄叫びを上げながらながら走った。
痛みは等価交換で許される。
だが、人の心をもてあそぶ事だけは、治る体の傷では割が合わない。一生残る傷を追う覚悟がなければそんなことが許されていいはずがない。
まだだ、まだこんなもんじゃない、痛みの等価交換は終わってなんかいないんだと言わんばかりに吠えた。
エオガーデの頭を持ったまま、木材の山に投げつける。まるでソフトボールを力任せに投げるように。
エオガーデは勢いよく木材の山にぶつかり、木材の山を貫く。木材は打ち上げ花火が花開くように弾けた。
舞い上がった木材は地面に激しく音を立てて落下する。
その様子を見ていたレイナは唖然とした。ミシェルはレイナの脚を抱くようにしてエオガーデをあまり見ないように隠れていた。
「これが……ユウト様に眠っていた力……なの」
するとそばに大きなフクロウが目の前に降りてきた。
「ミシェル!レイナ!僕だよ!タマモだよ!」
と大きな羽根を一度羽ばたかせながらたたむ。
「タマモ……?」
「うん!ごめんなこんな姿で!ユウトにちゃんに頼まれてさ!レイナを探しにいくって言われてさ!」
「私を?」
「うん!あのにいちゃんレイナのことが大切なんだな!きっと!」
「大切…………私が……」
レイナの心臓が高鳴る。
「そうだ!今のうちに逃げよう!今ならあのおばさんこっちに気が回ってない!チャンスだよ!二人ならなんとか飛べるよ!!」
タマモの提案にレイナは少し考えて、ミシェルに向き直って膝を折る。
「ミシェル、タマモと一緒に逃げて? レイナお姉ちゃんはここに残るから。」
ミシェルは悲しそうな顔で首を横に振る。
「れーなも!れーなも!にげよ?」
レイナも首を横に振った。
「私はユウトお兄ちゃんを待つから。あの怖いお姉さんはミシェルちゃんを狙ってるの。だからタマモと逃げて?」
ミシェルは少し考えた。そしてレイナの方を見て頷いた。きっとユウトならレイナを連れてきてくれる。そんな確信があった。ミシェルは我慢している顔じゃなく、ちゃんと理解した笑顔だった。
「いい子ね。私、ユウトお兄ちゃんと一緒に帰るから。いい子にして待っててね?」
ミシェルは、レイナと同じくらいの満面の笑みで。
「うん!まってる!」
と答えた。
エオガーデの顔の皮が完全にずり落ち、触ることもできず、仰向けに倒れていた。全身から何らかのダメージが倒れている状態でもわかるほどにあらゆる個所が悲鳴を上げている。
そしてこれまで相対したことのないレベルの相手に出会したことを確信した。
痛む体が震え始めた。これまでに見たこともない腕に赤い目。狂犬の名前が霞むほどに化け物レベルの強さだと体が痛みと恐怖で震えた。
だが、逃げるわけにいかない。狂犬の名の元に。
エオガーデは振り絞って叫ぶ。
「アタシに逃げはねぇんだ!負け犬にはならねぇんだ!」
体を起こそうとしている最中、ユウトが赤い目の輝きを増して飛んできた。
今度は視覚で捉えた。ユウトがどのような攻撃をしてくるかわかった。右手で顔を押しつぶすように叩きつけるつもりだ。
――避けれる!――
ユウトの行動は見えていた。右手を振り下ろすように顔を狙っていた。
直前で体をずらして起き上がり、地面を叩かせて、かろうじて持っていた剣で叩き潰せる。
引きつけてギリギリのタイミングで手をかわすように持てる力すべてを使ってその場から離れた。
エオガーデは確実に避けたはずだった。確信があった。
――なんで……なんで目の前に右手があるんだよ……――
ユウトの右手は、体を攻撃範囲からズラして避けたはずだった。だがエオガーデの顔の目の前にあった。まるで避けることを想定していたかのように。
避けたはずの手が目の前に落とされ暗闇の後、頭蓋骨が地面に叩きつけられ衝撃が頭に響き、右手が離れた。
しっかりと頭を狙われ続けて視界が歪み吐き気がする。胃の中のものが食道を逆流して吐き出すと、血が混じっていた。口の中がずたずたになっているかもしれないが、痛みはまだ感じていなかった。
赤い目は眼下にあるエオガーデだけを捉えて離さない。まだ終わってない。まだまだだと。エオガーデのそばにあった剣を拾う。
「あの子たちの痛みはまだ返してない……痛みを与える者は同じ痛みを知らないはずはないんだから……」
ユウトの声が揺れて聞こえたエオガーデは虚ろな目をユウトに向ける。
「耐えれるよなぁぁぁぁ!!!!」
ユウトの右手の剣がエオガーデの右大腿部めがけて突き刺すと、簡単に貫いて剣先が地面に刺さる。
「あああああああああああああああああああ!!」
突然の体を貫く激痛がエオガーデを襲い、断末魔のような叫びをあげて悶えて体をねじるが、剣は抜けない。
断末魔の叫びに呼応するようにユウトも腹の底から獣のような唸り声を出す。
――こいつ……馬鹿みたいにつええ……――
ユウトが雄叫びを上げる。
怒りが呼応して新緑の腕が太くなる。エオガーデに馬乗りになり右腕が顔に打ち下ろされる。何度も何度も打ち下ろされる。
殴るたびにグシャリと潰れる音が響いて痛みが増える。
顔のどこかの肉や軟骨が削られ、砕かれ、飛んでいく。
――いでぇぇ…………クソガキがぁぁ……――
エオガーデは、痛みに堪えながら、付近の液体金属をユウトの後ろに集め始めた。
その間、深緑の右腕の右腕の制裁は止まらない。
殴られるたびに地面と頭がぶつかり意識が飛びそうになるのを堪える。
エオガーデの音もない指示で、液体金属がユウトの背中側に集まり、静かに槍の形になる。
――早く私を助けろ……刺され……
ぶっ殺してやる……万倍にして返すからな……――
エオガーデは地面に液体金属を這わせて集めていた。
そして集まった液体金属は槍の形を模していく。
エオガーデは間違いなく槍の形に固めた事を悟ると、宙に浮かせて、ユウトの背中に刃先を向ける。
――ひひひひひひひ……コロスコロスコロス!!――
ユウトの背中に向けて槍は音もなく向かってきた。
だが、ユウトの背中にむけて飛ばした槍を、刺さる寸前のところで深緑の右手が刃先を握って受け止めた。
エオガーデの秘策が破れても意識がそちらに向けばいい。新緑の右腕が使えないのだから。
槍を液体化させるようにマナを人体魔石経由で命令を出す。
あの二人を拘束したように液体化して手首を狙っていた。
だが液体金属は何も反応しなかった。それどころか、液体金属の中にあるマナがエオガーデのマナに反応していない。
新緑の右腕が液体金属に練り込んでいたマナを吸い上げていた。エオガーデのマナに共鳴しているからか、この液体金属に命令して屠って来た人達、ローシア、ミシェルに行ってきた事がユウトの記憶に流れ込んできた。
ユウトの体が震えだした。心を燃やしていた怒りの炎が更に燃え上がる。
――こいつだけは……こいつだけは……――
「絶対に……絶対に許さない!!」
まるで狼のように犬歯をむき出しにしてエオガーデを睨みつけながら顔を近づけて、エオガーデの眼前で唸り声を出す。
――お前は生きていてはいけない。俺が殺す。絶対に殺す。殺す!殺す!――
エオガーデの脳裏にはユウトの言葉が聞こえた。ユウトの唸り声は、まるで神話級の狼のようで、エオガーデを無意識に恐怖で震え上がらせる。だが、騎士団長のプライドがそれを認めず抗う。
――んだよ……なんだよなんだよなんだよそれなんだよなんだよなんだよなんだよなんだよそれはあああああああああ!!!――
ユウトは顔を離して目の前に槍を持ってくると、液体金属はユウト手の中で灰のように散り散りに消えていった。
仕掛けた攻撃がすべて灰燼と化す。
一撃の破壊力が違いすぎる、速さに差がありすぎて避けることもできない、攻撃が見切られているかのように当たらない、切り札を切った。もう何も残っていなかった。
あとは一方的に殴られるだけだ。
騎士団長エオガーデにそんなことが我慢できるはずがなかった。
――くそくそくそくそくそ!!
なんなんだこいつは……
急に現れて膝蹴りしたかと思えば、一方的にやられちまってる。
―アタシは……アタシは騎士団長……
この国で唯一殺しが認められた正義の中心
そんなアタシに
馬乗りになって殴るって
アタシは騎士団長……
殺しの免罪符を持つ女だ!!
殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
こいつを殺す!!
エオガーデが両手をユウトの首を絞めるため伸ばしてきたが、深緑の右腕が許さない。
二本とも右手で掴んで、いとも簡単に手首を返して捻り折る。
腕の肉が潰れ、鮮血が吹き出し、折れた骨が先端から剥き出しになる。
「――っぎゃああああああああああああ!!」
エオガーデは握る事もできないさっきまで手があったところを見つめていると、深緑の右腕はエオガーデのぶら下がる手を引きちぎり握りつぶした。
「――――――――――――!!」
骨が砕け、身が散り散りになり、声にならないほどの痛みがエオガーデの全身と脳を支配する。
「私の手がああああああああ! 脚がああああああああ!!」
腕も脚も潰された。ここから移動することもままならない。
目が泳ぐ。脳内には『死』の言葉だけしかない。
目の前のユウトの見下す赤い目が揺れて見える。、
――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
もう無理もう無理もう無理無理無理無理無理――
ユウトは立ち上がり、まるで汚物でも見ているかのように見下した。
「もう終わらせるよ。アンタみたいにいたぶるの、嫌なんだ。二人の痛みを全部伝えられてないのは正直言ってムカつくけど。」
ユウトは、両手を失い脚が動かず泣き叫ぶエオガーデから離れた。
――一撃で終わらせよう。もう、誰かが苦しむのは見たくない。でも、コイツだけは絶対に許さない……――
ユウトの願いに、深緑の右腕が応えるように右手が膨らみ、エオガーデの体を覆い尽くす大きさになった。
ユウトは大きく振りかぶって
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
エオガーデがその手を見上げて黙る。
――――あ……――
……………………
レイナはユウトがエオガーデを遠くに飛ばした後、自分が人質になってユウトの邪魔にならないように近づかず、指を組んで無事を祈っていた。
レイナがいる位置でも大きく聞こえるほど、何かが落ちて地面に激突したような音がした。
「ユウト様……」
*******
ユウトが勢いよく振り下ろした掌の隙間から、首が転がった。
大きくなった手は、徐々に元通りの新緑の右腕の大きさに戻った。
疲れがどっと押し寄せる。ふらつきそうになるのを堪えて、側の木材に体を預ける。
首が転がった先を見ると、誰かがこちらを見て立っていた。
一目でレイナではないことがわかった。
――……誰……だ?――
「あーあーこんなにやっちゃって……うわっ……なんかいろいろ飛び散ってんじゃん……」
あたりに飛び散った残骸を踏まないように近づいて、大事なものを拾うように首を両手で拾い、脇に抱えてユウトをまっすぐに見つめる男は軽く手をあげてユウトに馴れ馴れしく自己紹介を始めた。
「おれかい? 俺はレオスってんだよ。一応騎士団長でな……こいつの仲間だ。」
――騎士団長!!
ユウトが警戒する。だがレオスはそれを小虫を払うように邪険にする。
「まぁまぁ落ち着けって……俺はやる気サラサラねーよ? こいつの様子を見に来たんだよ。そしたらここで暴れてるっていうから来てみたんだけど……こんなんなっちゃうとはねぇ……」
レオスは少し笑ったあとに脇に抱えたエオガーデの首を見た。
「まぁこいつ嫌われもんだしよ。いつか恨み晴らされるぞって言ってたんだが……いたぶるのをやめなくてな。まあ自業自得だこれは。救いようがない。あまりこんな事はいいたかないが、すこしスッキリしてるんだ。」
同じ騎士団でも考え方の相違があるのか……いや、狂犬は騎士団だろうが関係ない。こう言う人間を許さないから戦ったのだ。
強がりでもレオスを睨むしかないユウトは、ハッタリで新緑の右手を前に出す。
あの戦いを見ていたならこの右腕はレオスにとっての驚異のはずだ。
「へへっ 非番なんだよ。レオス団長は今日はおやすみなんだ……へへ。なんもしねーよ。すまなかったな。関係ないやつまで巻き込んでよ……」
ハッタリが聞いたのか、戦う姿勢は示さずユウト右手をおろした。
レオスは頭をかきながらユウトに背を向けて去ろうとしたが
「……悪いがこの首はもらっていくわ。コイツも一応団長なんでな……」
レオスはエオガーデの首を脇に抱えて去ろうとするが何かを思い出して、ユウト聞こえるように声を張る。
「おーっとそうだそうだ!あと衛兵はもう撤退させた。流石に騎士団長やっちまうような奴は衛兵じゃ無理だしな。俺も何も武器は持ってねーし……武器なしだと流石にアンタに対抗できないだろうしな。」
罠だろうか……だがそんな雰囲気も感じない。
「じゃあ俺は行くぜ? クソヤローとはいえ、こいつをちゃんと弔わねーとな。」
と脇に抱えたエオガーデの頭をポンポンと叩いた。
「じゃあな……またどこかで会おうや。」
レオスはユウトに背を向けたまま三度手を振りそのまま闇に消えていった。
目に見える驚異はこれでなくなった……はず、とユウトは緊張からようやく開放されて大きく息を吐き出した。
「……っ! そうだ……レイナは……」
ユウトはこんなところで油を売っている場合じゃないと我に返る。
右腕が徐々に光を失いながら、ユウトはゆっくりと歩き出して、そして右手を見た。
――この手で、人を殺したんだ……
体を動かしたのは怒りで、感情任せとはいえ、人を殺してしまったことに一抹の罪悪感があった。エオガーデは生かしておいてはいけないと思い至ったはずだった。
エオガーデは話してわかる人じゃなかった、ああするしかユウトや二人を守る方法がが見出せなかった。
――本当になかったのかな……――
守るには、覚悟がいる。
自分の命を投げ打って、というのは綺麗事で守るためには生きる事が大前提としてなければならない。そして守るためには強さが伴わないといけない。
その上でいざという時に身を賭す覚悟ができるか。命をかけて守り切る事ができるか、例え危険を及ぼす相手を絶命させてでも、次も守るために生き抜かなければならない。命を投げ打つのは本当に最後の手段にしかならないし、そうなったときに守れることのほうが少ないのかもしれないと、エオガーデと戦ってみてそう思った。
綺麗事じゃない。頑張れるなんて気やすげにも言えない。
狂犬はユウトを殺すつもりで来た。もし殺されたら次は間違いなく二人だった。
逃げても追ってくる、捕まれば殺される……だから殺される前に殺すしかない。
罪は背負うしかない。右手のこの感触は、ずっと忘れられないのだろうと覚悟した。
それを裏付けるように光は完全に消え去り、元通りの右腕に戻っていたが、命を断ち切った感触は残っていた。
初めての罪の感触を握りしめて、レイナの元に急いだ。
*******
飛び散った木材のそばにレイナが一人、こちらを見て指を組んで待っていた。
「ユウト様!」
レイナはユウトを見つけるなり駆け寄った。
エオガーデと対峙してるからわかる。レイナは正直ユウトは殺されると思っていた。いや、実際に殺されたはずだった。
絶望の底まで落とされ、全てを知る者が殺されたと思った。
だが、絶望の底から救い出したのは、ユウトだった。
奇跡としか表現できないことがここで起こったのだ。
歓喜と祝福の言葉以上だ。レイナは、何よりユウトが無事に戻ってきてくれたことがレイナにとっての歓喜だった。
ユウトは全てを知る者だが、レイナの中で、そんなことはもうどうでもよかった。
自分を守ってくれた人が帰ってきてくれた。レイナもローシアも一方的にやられてしまったエオガーデから無事に戻ってきた。それが何よりも嬉しかった。
ユウトはレイナの顔を見て、ニコリと笑った。足元がおぼつかなく、体制を崩した。
「……ユウト様!」
前のめりに倒れこむ。
すぐにレイナが抱き止めた。
間一髪のところだった。
「大丈夫ですか!? どこか怪我を?」
レイナの胸の中で首を横に振る。レイナは間違いなく生きているという確信は、ぬくもりを感じてようやく得ることができた。ローシアとの約束通りにレイナを救えたのだと。
「……もう、衛兵いないってさ……よかったぁ……守れた……僕にでも出来たんだ……レイナを守れたんだ……」
そのままレイナが呼ぶ声が遠くに聞こえてユウトは意識を失った。




