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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第二章 :鼓動よ届け君へ
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第二章 11:この国のやり方



 夜空から見るヴァイガル国は静かだ。

 月明かりに照らされてわずかに建物の輪郭がわかる。

 所々に松明が炊かれているのは衛兵がいるところだろう。

 風を切る音が全身を包む。

 夜目の効くフクロウに化けたタマモは注意深く地上を確認するが、傭兵たちがあちこちにいてレイナの姿はおろかミシェルさえも見つからない。


「もう捕まったのかなぁ……」


 タマモが寂しそうにいう。


「いや……だとするとこんなに衛兵が出回っているのはおかしい。ほらあそこ。道の真ん中に看板置いてる。多分あれは通ったらいけないとか、そんな意味で置いてるんだよね?」


 当てずっぽうにユウトが看板の方を指差すと、夜目を効かせて看板の文字を読み取る。


「本当だ!あれ通行止めって書いてるね!」


「こんな時間に通行止めにしなきゃならない理由って、きっとレイナとミシェルが追い詰められてるんだ……あの看板通りにエリアを絞ったら、どの辺までが入れるところなの?」


「ちょっと待ってよ……看板見つけたら教えてほしいんだ!」


 ユウトは看板を空から見つけてタマモに指差して教える。衛兵のいる場所も考慮して出した答えは。


「きっとあの木材がいっぱいあるところからその手前の住宅までだね!」


「ありがとう!行ってみようよタマモ!」


「了解だよー!」


 タマモは木材のある広いところまで、翼を大きく広げて風を受け、まるで滑るようにその場所に向かった。



 

 ユウトはいくつかある木材の山の一つキラキラ光る細長いものが頂点に刺さっているように見えた。


「タマモ、あの木材の山の上にあるキラキラしているものは何かわかる?」


 と指差す。

 タマモがじっと見つめると驚いたように答える。


「あー!あれ!レイナが背中に背負ってた武器と同じ形だ!」


「よし!そこにいるんだ、行ってみよう!」



「了解だよー!」


 タマモはレイナの刀に向かって方向を変えて向かう。



地上を見ながら飛んでいると、風の音に混じって微かに笑い声が聞こえた。


 誰の笑い声だろうじっと目を凝らすと、人が三人いた。

目を凝らすと、一人が二人に向き合っている。そのうち一人は小さい女の子で隣の白銀の女性と一緒に両手を上げている。


ミシェルとレイナだ。


レイナが拘束されて殴られている。


「タマモ!もっと早く!」


 タマモもレイナが殴られているところを見て


「あれが狂犬なのかな!?」


とユウトに聞いてみるが


「そんなの関係ないよ!レイナを、レイナを助けなきゃ!」


 飛び降りんばかりの勢いで暴れるユウト。


「ちょちょちょちょ!危ないよ!」


「危ないとか関係ないよ!レイナが!レイナが死んでしまうよ!」


 タマモはエオガーデの裏に回って降りようと思っていたが、ユウトがあまりにも暴れるので、レイナの刀が刺さっている木材の上に降りた。


「あぶねーなぁ!にいちゃんは!」


 ユウトの脚は目に見えて震えていたし、自分で手も震えていることがわかった。だが助けたいという思いが勝って木材の山を一歩降りる。


「僕が……助け…る?……っと?」


 降りようとすると、何かに押されたように体が前に進む。

踏み外しそうになるので脚を出す。

 するとまた踏み外しそうになるので脚を出す。

 また……とどんどん加速してユウトは木材を駆け降り始めた。



「ちょちょちょちょちょちょ!!!!」


 やがて大股に走るようになると何かの映画で見たような脚の広がりを見せて駆け降りる。


 レイナを殴る事に集中していたエオガーデは、直前までユウトの存在に気がつけず、



「あ――」



 ユウトの膝蹴りをモロに脇腹に喰らってしまった。


 衝撃でエオガーデは反対方向の木材の山に叩きつけられ、ユウトは弾き返されて仰向けに倒れた。

木材の山の上から見ていたフクロウのタマモは羽根で顔を隠していた。

 ゆっくりと羽根を下ろすと二人が倒れていた。


「ほら言わんこっちゃない……あれ!」


 なんとユウトの方が先に立ち上がった。


「ありゃーにいちゃん頑丈だね!あんなに激しくぶつかったら普通骨折くらいするのに!」


 地面ではユウトが膝の痛みもそのままに立ち上がった。


 膝蹴りを当ててしまった狂犬は倒れてる。

 レイナ達の方を見るとミシェルが脚をバタバタさせてユウトを泣きそうな目で見ていた。


「ミシェル!レイナ!」


 二人の元に駆け寄る。ミシェルはユウトの顔を見て泣き出した。


「ゆーと!……ゆーと!」


「はは、名前覚えてたんだね……ってレイナ!」


 レイナは項垂れている。意識がないようだ。


「レイナ……!」


 肩をゆすると、激痛に襲われてうめく声がもれる。そして顔を上げた。

 

「……!」


 顔が……殴られてる?

 原型がなんとかわかる程度に腫れて、切れて血が垂れていた。

 


「……ぐっ……」


 ユウトの怒りが込み上げる。


 ミシェルがゆーと!ゆーと!と何かを恐れるように叫ぶ。


「……アンタ……だれよ?」


 すぐ後ろに狂犬がいた。

 振り返る前に脇腹に激痛が走る。

 エオガーデの蹴りをモロに受けてしまった。


「ぐ……えっ!!!」


 激痛から内臓に衝撃が伝わると、その場でへたり込んだ。



「いてぇんだよ!!クソガキが!!どこから入ってきやがった!!」


 痛みで答えられないユウトは脂汗をかきながら狂犬を見上げる。


「ゆーと!ゆーと!」


 ミシェルがユウトを呼ぶ、その声にレイナの体が揺れた。

 顔を上げて、ユウトらしきシルエットがある方に顔を向けた。


 ――何故お屋敷にいるはずなのにユウト様がいらっしゃるのですか……

  貴方は、私たちが守るべきお方……

  なぜこんなところに……――


「ユウト様……なんでここにいらっしゃるのですか……ユウト様!」


 レイナがこれまで見せたことのない反応にエオガーデはにやける。


「ほう?アンタ、ユウトって名前なのかい。聞かない名前だね。東の方の人間か?んで、こいつは恋人か?」


 エオガーデの声に構わず悲痛な声で、朧げに見えるユウトらしいシルエットの方に向けて叫ぶ。


「ユウト様!逃げてください!」


 ――逃げるわけに……行かないんだよね……ローシアと約束……したから……――



「うふふふ。いいね!オマエこの男が弱点だな!ふううう!たまんねー!」


 エオガーデはユウトの髪を掴みレイナの耳元に顔を向けた。


「ほら!最後に愛でもささやいてやんな!ひひひひひひ!」


 レイナの耳元にユウトの顔を押し付ける。

 ユウトはとても小さな声でレイナに語りかける。


「……レイナ」


 確かにユウトの声だとレイナはすぐにわかった。


「……はい……」


「必ず……助けるから……まってて……」


「……」


 ――そんな……私たちでさえ手も足も出なかったのに……何故そんなこと言えるのですか……――


「……何故……何故ここに来たのですか……」


「……」


「ユウト様は、私達にとって絶対に失ってはいけない方なのです……何故、私なんかのために……」


「……僕は……君を失いたくない……」


「……!!」


 ――私は、役に立たない人間なんです。

  ユウト様はこの世界にとってとても大切な方なのです。私なんかのために危ない目に会っては……――


 そう告げる前に


「はい、時間切れー! ひひひひひひ」


 ユウトの顔はエオガーデによって離された。


「さーて!そろそろ飽きてきたし……終わりにするかね。」


 エオガーデはミシェル名前に立つと、服をまくって腹を見た。


「やっぱ子供の腹って丸いねー。いい音しそうだねぇ。」


 レイナの方に顔を向けて聞く。


「なあなあ!子供の腹って蹴るとどんな音がすると思う? 破裂する音かな? 内臓が潰れる音かな?」


 どこまで行っても最低な女だ。ユウト痛みに耐えられるようになり四つん這いになって立ちあがろうとする。


「やめろよそんなことするの……」


「はぁー? なんでクソ雑魚なオマエにそんなこと言われなきゃなんねーの? こいつを殺すのはこの国の問題で、オメーには関係ないってーの!」


 エオガーデが喋り終わると同時に、胸がガラ空きになっていたユウトの鳩尾を蹴り上げた。

つま先が鳩尾に刺さるようにめり込む。

 肺が痙攣したかのように呼吸ができず、痛みが広がる。


「ガ……っ!」


「ユウト様!」


 ユウトの声にならない声にレイナが反応する。


「おおおおいいねいいねいいよ! どんなに殴っても反応しなかったオマエが、この男をちょいといじるだけでそんな声出すって……愛だねぇ。」


レイナは歯噛みするしかできない自分が憎い。

エオガーデが憎い。

 憎さのあまり、唇を噛み、切れて血が一筋垂れる。


「あはははははははは!たまんないねぇ!!さて、子供からやりますか。」


 ミシェルはエオガーデを睨んでいた。

 レイナとユウトをいじめるこのおばさんを絶対に許さないし忘れないとずっと睨んでいた。


「いい目をするじゃないの。でもね、もうおしまい。終わりましょうね。」


 助走をつけるため数歩ほど後ろに下がる。


「さあ、いい音聞かせてよね!」


 エオガーデは駆け出して目をぎゅっと閉じたミシェルの腹部目がけて蹴りを出した。


 


 エオガーデの感じた感触は、肉にめり込む感触で、大きな形のある水を蹴ったようななんとも言えない音がした。

 だが


「……くそがよ。」


ミシェルは目を開けると、目の前にユウトがいた。ユウトの腹にエオガーデの足がめり込んでいた。

 ミシェルをかばってユウトがエオガーデの蹴りを体で守るようにして喰らっていた。そのまま前のめりに倒れ込む。


「っあ…………ぐっ……」


 蹴りを喰らった時に胸の方で骨が軋む音がした。

 今まで感じたことのない激痛が走る。鳩尾の痛みもまだ抜けてないところに恐ろしい力の蹴りを食らって痛みで顔が歪むが、怒りも同時に湧き上がった。


 ――痛い……本当に内臓壊すつもりで蹴ったのかよ……こんなの……子供にすることじゃないよ――


「ゆーと! ゆーと!!」

 ミシェルの悲痛な叫びが、聞こえるが振り向くことなんてできない。


「……んだよ……面白くないなオマエ。そんなに先に死にたいの?」


「……やめろって……言ってる……だろう……話聞けよ……」


「ユウト様!」


 レイナが手首の拘束を外そうと暴れだすと、エオガーデはむしゃくしゃして頭を両手でかきむしり、癇癪を起こす。


「あーあーあー! ムカつくんだよお前ら!! 女!お前を殴るのも蹴るのももう飽たんだよ! 少し黙ってろ!」



 エオガーデはレイナの腹に渾身の蹴りを放つ。


 ユウトがこれまで聞いた事がない鈍い音がレイナの体から聞こえた。


「…………グっ………………ブッ……」


 レイナの口から、大量の血が溢れて、口から体に流れた。


「……レ……レイナ……」


「ひひひひひひ!だーまーれーだーまーれー!」


 同じように、二度三度と蹴る。その度にレイナの口から血が噴き出す。


「れーな!れーーな!!」


 もう我慢の限界でミシェルが泣き出しそうだ。


「っせえ!クソガキ!お前も黙ってろ!」


 勢いそのままに、ミシェルの拘束して吊り上げている腕ごと側頭部を蹴った。


 ミシェルの頭部が、車で衝突したかのように、蹴りの衝撃の方向に無理やり飛ばされるが、首に戻されて、何度か頷くようにして前に力なく頭を落とす。


「お前は腹蹴らなきゃならんからなぁ、ひひひひひひ」


 ――なんだよ……腹蹴るって……あんな蹴り、ミシェルが食らったら……死んじゃうじゃないか……


「さて、メインディッシュの前に、オマエを先に料理するかね。こう選ぶものが多いと迷っちゃうねぇ」


 ユウトの前に歩み寄ると、胸を蹴り上げた。


「ガ……っ」


 鳩尾からくる痛みも抜けないまま蹴られ、息が止まり、衝撃が体に走る。


「ひひひひひひひひ!肉は柔らかくした方が斬りやすいからねぇ。」


 仰向けになったユウトの腹に足の裏で踏みつける。


「やわらかくー! やわらかくー!ねぇ!」

 

足で踏まれるたびに、空気が口から出る。

たまに声帯を震わせて、声ではなく音が出る。

 

 内臓が体の中で足の圧力に逃されるように移動する。体の芯に響く鈍い痛みと気持ち悪さが同時に襲う。


 エオガーデは何度も何度も踏みつけた。

 うつ伏せになろうとすると、足でそれを阻止されまた蹴る。


 肉を潰す音が響く。


 声ではなく、音しか口から出なくなる。

 ユウトの口から胃の中のものが逆流して口から漏れ出る。


「まだだねぇ……まだ柔らかくないねぇ……」


 ユウトの腹を蹴り続けるエオガーデの猛攻に、痛みが鈍痛に変わり、まるで脳が意識を失う方が楽になると言わんばかりにで意識が朦朧としてきた。


 ――この女……何でこんなことできるんだよ……

 こんなこと……許されるわけないよ……絶対、絶対おかしいよ……――


 蹴るのをやめたエオガーデは、丹念に肉を仕込んだ料理人ののつもりなのか、一仕事やり終えたような爽やかな笑顔で汗を拭った。


「さぁて、めんどくさい仕事から先にやりますかね……先にどっちを殺す方が絶望に溺れてくれるかねぇ……」



「……や……………………やめて」


 レイナが血が気管に入りそうなのを咳き込みながら耐えて、エオガーデに願うように言った。


 エオガーデは寒気がした。


「気持ち悪いねホントに…………誰からやってもいいんだけどねぇ……アンタからの方がいいかねぇ?」


 歩き出して剣を拾う。


 意識朦朧となっているユウトでも、そんな場面に遭遇したことはないが確実に殺す気だとわかった。


 ――やめろよ……やめてよ……ーー


 エオガーデはレイナの前に歩み寄ると、剣を上段に構えた。


「脳みそぶちまけて同じことを言えたらいいねぇ!!ひひひひひひ!」


 途端、エオガーデがぐらついた。

 ユウトがエオガーデの脚に腕だけでしがみついていた。もたれかかるようにしてエオガーデの行動を止めようとしていた。


「ああん!? 何してんだてめーは!」


ユウトは、エオガーデに懇願した。

 


「お願いだから……やめてよ……僕が代わりになるからさ……好きなだけ殴っていいからさ……」


 今のユウトがエオガーデに渡す事ができる最大の交渉カードだった。


 ユウトは我ながらダサい男だと思っていた。こんなにやられて、懇願することでしかこの場を打開する方法が思いつかない。情けない。

 そんなもの、このエオガーデの行動を見たら、何の役にも立たない。そんなのは分かりきってる。

 でも何もしないと二人は殺される。

 こんな女に頭なんて下げたくない。でも下げなきゃ二人が殺される。

 自分のことなんて二の次だった。


 


「ダメ………………ユウト……さ……ま……」


ユウトの言葉がどれだけ勇気のいることかレイナにはわかっていた。

 絶対にそんなことはさせない。させたくない……

 

 エオガーデはこれまで味わったことのない屈辱を味わっていた。命を自ら捨てるような奴を殺したところで得られるものは何もない。命に縋り付く恐怖や絶望。

 そんな奴らの顔を見ながら殺すのが一番快感であると思っているが、レイナとユウトは命を捨てるつもりできている。


 二人の懇願は、エオガーデの逆鱗に触れていたのだ。


 だが、エオガーデも怒り任せに殺したところでなんの旨味もない事を憂いていた。


 それなら、愛するものが死ぬところをまじまじとその目で見させて、絶望を味合わせてからもう一人を殺せばいい。

 簡単な答えだった。

一人はクソみたいな気分で殺しても、もう一人は最高の快感になりそうな予感がしていた。


 


「……アンタはアタシに虫唾を走らせる天才だねぇ…………」


「――――えっ……」


 ユウトの髪を掴み、脚から引き剥がす。

 エオガーデはユウトの耳元で


「……もう黙れよ、クソ雑魚。」

 

というと、ユウトを地面に投げ捨てると


「死ね!!」

「だめええええええええ!!」


 レイナの叫びはエオガーデにも誰にも届かず剣がユウトの腹を突き破った。


 

衝撃で一瞬ユウトの体がくの字に曲がる。


「ガ……!」


 腹を破り異物が腸を掻き分ける。

 エオガーデの力が伝わって、さらに腸を押しのけで突き刺す。

 痛みが襲う。


「ぎゃあああ! ……グガアっ!……ガハ!」


 それどころか、エオガーデは突き刺さった剣で、ユウトの腹の中を大きな鍋のスープをかき混ぜるかのようにかき混ぜる。


「があああああああああああああああああ!!」


 エオガーデは、剣に全体重をかけて、憎たらしいユウトの腹に風穴を開けるべくかき混ぜる。


「ああああああああああああああああ!!」

 

 ブツっと何かを切断した手応えがあり、血が大量に噴き上げ、エオガーデが全身に血を浴びた。


「ひひひひひひ!!死ぬねえ!死ぬねえ!死んじゃうねぇ!!オラオラオラオラオラ!!」

 

 

 ユウトの体がガタガタ震えて、剣が刺さった位置から血がまた噴き上げる。噴き上げた血が雨のように降ってくる。


 ――やっぱ、僕は何もできなかった……――


 エオガーデの笑い声が聞こえる。


 レイナの声も聞こえる……


 生きている感覚がなくなっていく。

 エオガーデは高笑いをあげながら剣をかき混ぜるように回してる

視界が暗闇に溶ける。

 痛みが遠のく。

 世界が赤暗い。

 水の中にいるように聞こえる。

 呼吸が小刻みになる。


 声が出ない……


 レイナ……ローシア……


 レイナの方を向いたまま、ユウトは体を何度か痙攣した。


 丹念に丹念に確実に剣の先端が地面を貫くようにかき混ぜたエオガーデには、命を断ち切った手応えがあった。


 ユウトの目は光を失った。


「あ…………あ…………ああああああああああああああ!!!」


 レイナは叫んだ。




「いひひひひひひひ!下ごしらえした甲斐があったねぇ!! はぁぁぁぁ……意外とキモチイイわぁ……いろんなところが勃っちゃいそう……」


 エオガーデは剣を持っていた血まみれの手を愛撫するかのように舐め回す。


 レイナは言葉が何も出なかった。朧げに見える光景に息が声帯を振るわせるだけ。

 

 「あ…………あ……あ、あああああああああああああ………………」


 ユウトの腹に剣が突き立てられたのを目の当たりにして、全て終ってしまった、と絶望の底に落ちた。

 守らねばならなかったユウトが、赤く染まるのが嘘だと思いたいが、体の痛みがそれは違うと残酷に伝える。


「ひひひひひ!そうそれ!それだ!その声……たまらないねぇ……ひひひひひ……どんどん気持ち良くなるよ……ああああたまらない。」


 体をくねらせて、快感を堪能し、もっと浴びるように感じたいと絶望するレイナの様子を観察している。


 絶望に押し潰されたレイナは声も出すことができなかった。


 その顔を恍惚の表情で舐めれる距離で見たいと近づいて見ているエオガーデは


「ひひひひひひ。喜びな、アンタの愛する人にぶち込んだものをお前にもぶち込んでやるから……よかったなぁお前!幸せ者だなぁ!ひひひひひひひ!」


 というと、レイナの腹に手を置いた。刺すところを指先で吟味しながらさぐっていた。


「ひひひひ、ここだね、ここがいいね。」


 剣を引いて、貫く感触を想像して涎を垂らす。


 だが、その剣は刺さらなかった。


「あ?」


 エオガーデの体は宙を待った。


「あれ?」


 空が見えた。星空が綺麗な夜だ。何が起こったのかわからないまま、木材の山に叩きつけられ、衝撃でバランスを保てなくなって転がり落ちてくる木材の下敷きになった。

 


 レイナはもうこの世に未練はないと言わんばかりに憔悴していた。


 だが



「レイナ……大丈夫?」



 その声は、今レイナを現実に戻せるたった一つの声色。

 先程刺されたユウトの声だった。


「ユウト…………様?」


「うん。僕だよ。」


「ユウト……さ……ま……」


 信じられなかった。朧げな視界からでもユウトの顔がはっきりとわかった。


 さっき腹をかき混ぜられて血を噴き上げて死んだはずのユウトが立っていた。


「生きてるよ。大丈夫。なんで生きてるかわかんないけど……夢じゃないんだよね?」


 深緑の右手が腕を拘束するエオガーデの液体金属を包むように握ると、泡が握りつぶされるように消えていき、ユウトに抱きつくように落ちてきた。

 左腕で抱き抱えて背中を軽く叩く。


「もう、大丈夫だから。レイナ達にもう指一本触れさせないから……」


 ユウトはレイナをその場にゆっくりと寝かせるが、痛みがあるらしく、背中を地面につけるときにレイナから苦しそうな声が漏れる。ユウトは自分の服を脱いで枕がわりに丸めて頭の下に置く。


 ユウトはこの時、エオガーデの恐怖感は皆無だった。理由はこの右腕だ。

 右腕が深緑の腕になっていると気づいた時、価値観が全く変わっていた。



 ――不思議だ。何も怖くない。何も感じない。――


 ミシェルの拘束も解いて抱き止めて、力なく首を垂れるミシェルの頭を深緑の右手で触れる。


 ――この子を治したいんだ。元気にはしゃいでたあの頃のように……今夜のことを忘れるくらいに元気にしたいんだ。――


 右手はユウトの願いに呼応するように輝き出す。

 血管のように動き回る細い光の筋が、指先のミシェルからユウトの方に動き出すと、新緑の光がミシェルを包み、傷やあざを吸い込むかのように消えていき始めた。


 ユウトはこの時、ミシェルの記憶が見えた。

ベッドで目が覚めて知らない部屋で周りに誰もいなくて怖かった事。

 窓から外に出てレイナを探しに行った事。

 衛兵に見つかっていろんなところに隠れた事。

 エオガーデに追いかけられて泣くのを我慢して逃げた事。

 エオガーデに酷い暴力を受けた事。

 全てがユウトの中に流れ込んできた。


 ――そうか……怖かったんだね……痛かったね……

  でも、もう大丈夫。――


 ユウトの右手がミシェルから離すと、同時にまるで深い眠りから覚めるようにミシェルは目を覚ました。


「……ん……ゆー……と?」


 ユウトはにこやかに頷く。


「怖かったね……でももう大丈夫だよ。」


ミシェルはレイナが寝ていることに気が付き、ユウトの手をすり抜けて、レイナの横で膝をつき、ユウトを呼ぶように声をかけてくる。


「ゆーと!れーななおして!」


 ――優しいんだね、ミシェルは。――


 ミシェルに向かい合うように膝をつく。


 ――レイナも元通りにしたいんだ。――


 右手は輝きを増し、ミシェルを治したように光がユウトの方に流れ出す。

 そのまま右手をレイナの鎖骨のところに指をおいた。


 レイナの全身が深緑の光で輝くと、ミシェルと同じように傷が治っていく。

 あれほど歪んでいた顔も、傷も全て。

 同時に、ユウトにレイナの記憶が流れ込む。

 

 エオガーデと戦ったことも、拘束されて殴られ蹴られる事も。

 


 ――すごいね、泣いてもないし諦めてなかったんだ

  でもミシェルが捕まって何もできなくなったんだね……

 でも凄いよ。こんなに殴られても蹴られても、

 こんな女に屈しないって心は折れなかったんだね。

 えらいよ。――


 レイナの傷が完全に治って、右手を離すと、同じように目を覚ました。


 ユウトの方を見ると指をユウトの腹に向けて指す。

 どうしたのかと見てみると、エオガーデにやられた時に服に穴があいてボロボロになっていた。


 ユウトのお腹をそっと触るレイナの指は少し冷たかった。

 そして


「よかった……傷も何もない……ユウト様が……生きてる……」


「うん。……生きてるよ。うん。ローシアももう大丈夫だから。帰りを待ってるから。」


 レイナは泣き顔を手で隠しながら涙をこぼして三度頷いた。

 目覚めて早々にユウトの刺されたはずのお腹の心配をするレイナがいじらしく思った。


 なぜ生きているのか、ユウトにもわからなかった。

 間違いなく死の瀬戸際を感じて意識を失った。あれが死ぬって事なのだと今でも思い出せる。


 死の瀬戸際を過ぎた時、止まったと思った呼吸がまた始まると、エオガーデの後ろに立っていた、何もなかったかのように。自分が倒れていたところには何もなかった。そして右腕が深緑に包まれていた。


 ――これが、この腕がローシアの言っていた力

――


 エオガーデが邪魔だった。二人の傷を治す事が何よりも最優先だったから。だから頭を掴んで投げ飛ばした。

 幼子がいらなくなったおもちゃを投げ飛ばすように。二人の傷を治したいと心から思ったから。


 泣くレイナの頭に軽く手を置いて


「少しだけ待ってて。終わらせてくるから。」


 ユウトは立ち上がった。

 

 ユウトは怒りに震えていた。歯を食いしばって二人の前では我慢して来た。だが、もう限界だった。

 

 

 ――僕はエオガーデにメチャメチャにされたのに生きてる。痛みも全然残ってない。

 二人は、あんな酷い残酷なやり方に耐えて……耐えて……それなのに……

 ミシェルは、レイナの心配をして

 レイナは、僕の心配をしてくれて……

 こんなに他人を想える人たちを無碍に扱うなんて……


 これが……これがこの国の大人のやり方なのかよ……――

  


 エオガーデが木材を押し退けて体を起こした。


「……クソ!クソ!クソがああああああ!!なんで……何でお前が……何でお前が生きているんだあああああ!!」


ユウトの右手は握り拳を、軋むほど握り込む。

 怒りがユウトに覆いかぶさり、呼吸が荒くなり始めた。


 ――ミシェルみたいな子供を痛めつけて……レイナもその身の形が変わるまで殴られて蹴られて…………全て自分の私欲のためだけに人を痛めつけて……

 そんな奴が、この国の平和を守る騎士団長って……

 これが……これが……!――


 ユウトの目が赤く輝く。


「この国の…………この国のやり方かあああああああ!!!」


 

 ユウトの目が赤く燃え上がり、腹の底から人ではない獣のような雄叫びが夜空に抜けていく。


 タマモは木材の上からその雄叫びに震えていた。

 まるで

 ――この身を焦がす炎よ、狂犬を二度と二人の前に姿を現さないよう、完膚なきまでに屠るまで、激る怒りを絶やすなと。――


 と言っているように聞こえたから。



 

 


基本隔日でアップしています。時間があれば連日投稿してます。



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