表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第二章 :鼓動よ届け君へ
26/175

第二章 8 :丸い腹


オルジアと共に外に出たローシアは、アタシは広場に行くと告げて走り出した。


 もし衛兵がいるにしてもローシアの動きなら撒けるはずだし、オルジアは街の中を衛兵を警戒しながら動く方がお互いの能力に合っている。


 この局面で自然に選択できたのは、オルジアがローシアの能力を認めているからこそだ。


広場に向かう途中の建物の影から、交差点等に要所で松明を焚いて傭兵が数名いる


 ――流石に居ないってことはないんだワ。でも……行くしかない。――


 建物を見上げ、屋根から行ける場所を目視で追いかけると、広場手前までは行けそうだ。


 建物のとの間に二人ほどが並んで通れる路地があり、そこに忍び寄ると、壁の間を両手両足で突っ張るように伸ばして一気に屋根の上まで登る。



 ――流石に屋根に衛兵はいないけど見つかったら厄介ね……さっさと行くんだワ――


 ローシアは、足音に注意を払い、屋根を伝って広場まで向かった。



 *******

 

 すっかり人通りがなくなった通りを二階の窓からレイナは眺めていた。


 聖書記選候補者決定の賑わいから一転、人々はあっという間に蜘蛛の子を散らすように解散してしまった。


 ユーシンと共に行動をしてかなり時間が過ぎている。

レイナは姉とミシェルの事を気にかけていた。


 ――お姉様お一人で大丈夫かしら……ミシェルも私に懐いていたから、目が覚めて居なくなってたら悲しむでしょうか……――


 ユーシンの方を見ると、布団をかぶってしまって表情は伺うことはできない。


 ――やはり姉様と合流した方が良いかもしれない……――



 一抹の不安は、胸の中で膨らみ続ける。そして、理由はわからないが、ただならぬ感覚がこの国全体から感じていた。

 レイナは意を決して、ユーシンにまたこの家を出る相談をしようと近づいた。


 ベッドの横に立つと、ユーシンに触れて起こそうとした。


 ドンドンドンドン!!



 一階からレイナを驚かせるには充分な物々しい音がする。ドアをノックする音だ。


 あまりの音の大きさにユーシンも飛び起きた。


 「な……何の音ですか?」


 レイナが張った結界の反応は五人。ドアをノックするという事は、敵ではない?

 もしかしたらイシュメルの使いが、ローシアからこの家の事を聞いて確認に来たのかもしれない。

 レイナは


「おそらく誰か来たのだと思います。あっ!……もしかしたらイシュメル様のお迎えかも!」


 ユーシンは眉を顰めた。


 ――チッ……もう時間切れか……まあいい。これだけの時間、この女と一緒にいたという事実が外堀を埋める。後はこちらの都合のいいように根回しすればいいだけのことよ。――



「レイナさん!」


「は!はい。」


「私の体調と、薬のことは皆には黙っていてほしいのです!」


「それは……何故でしょうか? お薬があるなら飲んだ方が……」


 ユーシンはまた泣き出しそうな顔で俯く



「……お父様に心配かけたくないのです。薬を忘れたのは私の責任です……レイナさんにも迷惑をかけてしまった……」


「いえいえ! そんな!迷惑だなんて……」


両手と首を振りながら迷惑などかかっていないと意思表示する。


「……すみません……次期当主が情けない……ですが、父上の期待に応えたい……父上に余計な心配はかけさせたくないのです! すみませんがこのことは内密にしていただきたい……」


 

 ユーシンの表情からレイナは、よほど皆に心配をかけたくないのだろうと推察した。そこまで思われるのであれば、レイナは反対する理由などなく、わかりました!と返事をした。

 なんかかわいらしい一面が見えて、すこし心が温かくなったのもあって微笑んでしまったが。

 

 するとまた一階から激しくドアが壊れるほどのノック音が聞こえてきた。


「ドアが壊されそうなので、いってきますね。」


ユーシンは苦笑いで部屋を出て行くレイナを見送った。


 ――やはり田舎育ちは単純で良いな。――

 

 ユーシンは予定通りことが進む事ににやける顔が我慢できなかった。


 階段を早足で降りたレイナは、ノックされたドアの鍵を開ける前に、窓から外を見て誰がいるかを確認した。



「え……!?」


赤いマントに金属鎧の男達が五人くらい立っていた。

 衛兵だ。

 レイナが見ている事に気がつくと、一礼してにこやかにドアを指差している。鍵を開けろという事なのだろう。


 急いで鍵を開けるとすぐに部屋の中に入ってきた。

 只事じゃない……

 衛兵達と少しだけ距離を取り


「……何かご用ですか?」


 と聞いた。衛兵は部屋の中を見回し


「夜分遅くに失礼。聖書記選に来られていたのであれば通達の通り。聖書記候補様が誘拐されました。」



「誘拐?!」


 知らない間に事件が起こっていた。

 やはり今外で何かが起こっていると考えるには充分で、ローシアらの安否がますます気になりだした。


「それで今、国内の建物内は全て調査させてもらっている。すまないがこの家を調べさせてほしい。」


 他の建物に目をやると、確かに衛兵が他の建物から出入りしているところが見えた。

 断っては不審に思われるだけだ。


「わかりました。ですが二階には病人が眠っていますので……」


「問題ない。後で顔は改めさせてもらう。まずは賊が逃げ込んで隠れていないか確認させてくれ。」


 というと衛兵はアイコンタクトでそれぞれが調査を始めた。

 一人壮年の衛兵は軽く頭を下げて二階に駆け上がっていった。


 ――何が起こってるの……この国で……


 聖書記候補が誘拐される事件が起こっていたことを知り、今この国でとんでもない事が起きているとわかった今、すぐにこの家を出てローシアを見つけ出し合流したい。

だが衛兵がいる状況でユーシンを置いてけぼりになんて出来ない。


 ――私は今、何をすれば良いのでしょうか……


 突然ユウトの屈託のない優しい笑顔が脳裏をよぎる。


 ――なぜユウト様のお顔を思い出したのでしょうか?……

  でも……とてもお優しいユウト様は……今の私になんて声をかけるのでしょうか……

何故……誰の声も聞こえないのでしょうか……――



 衛兵の調査が終わるまで、まだ時間はかかりそうだった。



 *******

 ローシアが広場に到着し、レイナたちを探すのに衛兵を注意しながら行動するのには時間がかかった。


 二人が衛兵に追いかけ回されている可能性が否めないため、行動には細心の注意を払いながら調べる。


 広場の周り全体を調べるのに一時間にも満たないほどだろうか




 

 ――ここにはいないワ……ったく一体どこに……――



 広場を中心にいろんな建物の間や路地等を探して見たが見つからないため、また広場に戻ってきていた。

 衛兵に見つからないように息を殺して木の陰に隠れている。

 一旦ミストに戻って状況を整理する方がいいだろう。カミルやセトが戻っていたら何か情報があるかも知れない。時間的にも戻ってきてもおかしくはない。


 それに、狂犬と呼ばれる団長がきても面倒だし。

 事なきまま全てを進めたい。それが今は一番いい。


 とりあえずここを離れるため、衛兵たちに見つからないように……



「エオガーデ様!」


 衛兵の一人が広場入り口の方に向けて声を張った。


 ――エオガーデ……? クソっ!団長が来たか……――


 広場入り口からはのらりくらりと歩いて名前を呼んだ衛兵たちの元に近づく。


 ――えっ?! 女?


 女がいた。髪は長く遠目に見てもボサボサ、まるで下着のような出立だが、腰の剣のようなものを携えていたが、鎖でぐるぐる巻きにされている。



「あんたたち……見つかったか?」


 エオガーデの声はまるで二日酔いのようにしゃがれた声だ。

動く姿も残った酒にすっかり参っている二日酔いの姿にしか見えない。


「いえ!まだ見つかっておらず……現在国内の建物を調査中で六割完了ですがまだ……」


「ふぅん……じゃあ外にいるのかもね……」


「今は西側中心に捜索を行っており、後ほど報告が……」


「わかったわ……」


 エオガーデたちの話を遠くから盗み聞きしていたローシアは、西側と聞いてミストを思い出した。

街の最も西側に位置するミストにはまだ入っていないはずだが、もう時間の問題だろう。


――ますいわね。ミストに入られたらミシェルが……一刻も早く戻らなければ。――



「それであなた達、一つ聞きたいんだけど……。」


「はい? なんでしょうか?」


「そこから臭う女には話を聞いたのかしら?」


エオガーデの視線が木の陰に隠れているはずのローシアに向けられていた。



――ますい!! ばれてる!!――


身をかがめて走り出そうとするが、金属音とともに何かが足に絡みついた。



絡みついた何かを確認する前に、それがローシアの体を引っ張る。

 空に打ち上げられるようにローシアの体は引っ張られ、引き寄せられた。

足元を見ると


 ――鎖?……


「ガハッ……!!」


 勢いよく広場の地面に放り出された。


「あら……子供ね。」


 エオガーデの剣に巻かれていた鎖は解けて、ローシアの足に絡みついていた。


「……ぐっ……」

 

 不意を突かれたローシアは、


 エオガーデの鎖は意識を持っているかのようにローシアの足から離れる。ダメージはあるが骨が折れていない。痛みに耐えれればまだ逃げれる。


「こ……こいつ!聖書記候補と一緒にいた……!」


 衛兵の一人がローシアの顔を知っていた。


「あら……そうなのね。じゃあお話聞かないと。あんたたちは離れておきなさい。」


 ハッ!


 衛兵たちは掛け声と共に、二人を残しエオガーデに従って広場から走って出て行った。


「随分と余裕なんだワ。舐められたものね。」


 強がりで言った。


「獲物を狩る時ってね……見られたくないのよ……」


 鎖がまるで蛇のようにうねりだす。

エオガーデの目が見開かれ、口角が上がり切る。


「あんな木の陰で隠れられてると思ってるバカ犬レベルの知性しかない愚かな人間を狩るところをね!! バカが感染ったら仕事になんねぇだろうが!!」


 鎖の分銅が付いている先端が、ローシアに向けて飛ぶ。

 体の痛みを堪えて避けると、地面が爆発するように爆ぜる。


「ははははははははは!当たると痛いわよ!内蔵が口から飛び出ちゃう程にね! ははははははははははは!!」


 分銅はローシアに追従する。


 ――なによこれ!まるで意識があるみたいについてくる



 的確にローシアの腹から胸を狙ってくる。


 分銅が風を切って横を過ぎると切り裂く風がその重さを伝える。


 ――やばい……これ一発も喰らえないワ……あいつの言ってることは冗談じゃなさそう……タダじゃ済まない……


「オラオラオラオラァ!!逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!ハハハハハハハハハハ!!」


 エオガーデの下品な笑いが広場に広がる。


 分銅が速さを増す、右脇腹、胸、また右脇腹

 と前後を往復するようにローシアを翻弄しながら徐々にローシアを襲う間隔が短くなる。


「もう限界だな!オマエ!限界だな!わかるぞ……ハハハハハハハハハハ!」


 ――クソ!こんなに速いと……



 何度避けたかわからないが、左脇腹の攻撃を避けた時だった。

 足元からぐらつく。


 ――何!


 足元には鎖が絡みついていた。

 その鎖はローシアの足元を救うようにして地面にローシアが転がる。


「っ……!!」


 地面を転がりきると、仰向けにさせられた。


「ハハハハハハハハハハ!おやすみ!」


 ローシアが空を見上げると、分銅があった。


 迷わずローシア胸を狙って分銅が弾けるように落ちる。


 地面が爆発するような音を立てて、土埃を舞い上げた。


「……おもしろくないわね。」


「ぐっ……ギギッ……あああああああ!」


 痛みに耐えるローシアの声が広場に響き渡る利用


  ローシアは両手でその分銅を受け止めた。だが、衝突の際に左手の骨が砕ける感触があった。


 エオガーデが埃っぽい頭をかきむしり


 「面白くない面白くない面白くない!全然!全然面白くない!!」


 と不満が爆発する。


「エオガーデ様!」


 先ほどとは違う衛兵が広場にいたエオガーデを見つけて走ってきた。


「エオガーデ様……西側の捜索隊から報告が。聖書記候補を発見。現在西側に検問を作って捜索中。」


 ――見つかった!! 嘘……なんで……


 ローシアの目は暗くなる。


 

「見つかったのね……」


「いえ……姿を確認して……逃げられました。」


「そう……使えないのね、あなたたち。」


 使えない。

 衛兵は黙って何も言えないほどに震え出した。

震える衛兵の肩を軽く叩くと


「……まあいいわ。それよりも子供なのよね?候補って。」

 

「……は、はい。」


「子供のお腹って、丸いのよ。知ってた?」


はい?

 と聞き返す衛兵。

 すると、鎖がローシアの足をまた掴んで空に打ちあげる。

 そして、エオガーデに引き寄せられると、腹を思いっきり蹴られた。


「……っ!!  ゴブっ!」


 内蔵にある空気が水分かわからないが喉の奥まで込み上げると、鎖で宙に浮かされ、仰向けに地面に叩きつけられた。 骨の軋む音と、体内でグチャッという音が響く。

 また地面を否応無しに転がって、気管に入りそうな何かを吐き出すと血が大量に出た。

そして、分銅を勢いよく、ローシアの腹部に落とした。


「…………ガッ」

内臓にめり込むような衝撃で言葉すら出ない。

腹の奥で何か温かいものが滲む感覚のあと、鈍痛が腹部に広がり悶る。

 


「きったない音ね……ゴブって。耳障りだわ。やっぱやるんじゃなかったわ。」


 ため息混じりに後悔する。


「エオガーデ……様?」



「あんなに丸いのは不思議よね……空気なのかしら?それとも内臓が大きいからかしら? あなたは子供のお腹を蹴ったらどんな音がすると思う? 音がする前に破裂しちゃうかな? じゃあ音はパァン!って言う音だと思う? それとも内臓が潰れるようなグシャッて音だと思う?」


 

 「そ……それは……わかりかねます……」


「そうよね? 子供を殺す機会ってないんだし……でも今日それが確かめられると思ったから出てきたのよ。フフフ……楽しみね。」

 

 ――狂ってる……――


 狂犬エオガーデ。こいつに慈悲なんてない。


「さあ、その子は放っておいても大丈夫だから、多分内蔵もどこか破れてるし。放っておけばそのうち眠るように死ぬでしょう。子供のいるところに案内してちょうだい?」


「……ハッ!」


 ローシアの周りにあった鎖が鎖がエオガーデの剣にまとわりつくように戻っていく。


 ――結局剣も使わせる事ができなかった……


 自分の非力さに血が混じった涙が頬を伝う。

 この国にカリューダの黙示録があるはずなのに、たった一人、狂犬が立ちはだかったら何もできないじゃないか。

 

 ――レイナが……レイナがいてくれれば……

 何がしたいんだアタシは……

 今までなんのために……――

 

 ローシアは己の非力さを呪った。土に指を食い込ませて。

 エオガーデには、まるで人形遊びで飽きられて忘れ去られた様にほったらかしにされた。

 何もなかったかのようにもてあそばれた。

 全然足りない……何もかも足りない……

 そして団長はまだ四人もいる。


 ――どうすればいいのよ……こんなの……黙示録に届かない……どうやっても無理なんだワ……――


 地面にへばりつくように、呼吸するだけになっているローシアは、小さく笑うことしか出来なかった……


 遠くから呼ぶ声がする。でもこれはレイナじゃないな。

 誰だろう……


 *******


 暗闇の奥に一筋の光があった。

それを掴み取らないと二度と暗闇から抜けることができないように感じて、手をのばす。

光は小さくなり始める。

目一杯腕を伸ばしても、光は暗闇に吸い込まれるように消えていく。


もう間もなく消えそうな光に思わず声が出た。

 ――いや! まだ死ぬなんてイヤ!!!



 

 ローシアが覚醒するように目覚めたのは、セトの部屋だった。

 あの女丈夫のセトが、涙目になりながら顔を覗き込んでいる。


「セト……」


「あああ……気がついた……気がついたよあんたたち!!」


 セトの後ろには見知った顔があった。オルジア、アシュリー、イシュメル、あとカミルもいる。



「よかった……アシュリーが見つけてなかったら死んでたかもしれんな……」


 オルジアも安堵の顔を見せた。


 ――アタシ、そんなに酷かったんだ……



「私が見つけたときはひどい姿で……緊急蘇生で使う魔石で、事なきを得てこちらに連れて参りました……」


 そうか、あの時聞こえたのはアシュリーの声か……

 でもエオガーデに見つからなくてよかった。


「どのくらい眠ってたのかしら、わたし」


 セトが答えた。


「そうだね……まだ一時間も経ってないね。」


 覚醒するように意識が戻ったのは偶然なのかわからなかったがありがたかった。まだ何ができるはずだ。


「それでな……ローシア……すごく言いにくい話があるんだが……」


 ローシアは申し訳なさそうな顔で何かを言おうとするオルジアを見て



「ミシェルがいなくなったんでしょ。」


 と言うと、オルジアは眉をひそめて頷く。


「衛兵が……ミシェルを見つけたって言ってたワ……捕まったのかしら。」


 その問いにはミストにずっといたイシュメルが首を振る。


「わからん……部屋の入り口はワシやここの傭兵が見張っておったのだが、窓から抜けだしたようだ。ほんの少し部屋をあけただけなのだが……すまぬ。」


 アシュリーが続ける。


「そのことを皆様にお伝えせねばと思って探し回っていて、最後に見つけたローシア様が……」


 左手を見ると、包帯が巻かれ固定具で動かないようにされていた。指が一本も動かない。


「……骨は」


続けてアシュリーが答える。

 

「私のヒールでつなげています。ですが完全に砕けていましたので、完全につなげるためには定期的なヒールが必要です。あと内蔵も負傷していましたが、完全にとまではいきませんが治しています。わかりやすく例えると、かさぶたができている状態に近く、無理をすれば……」


 無理をすれば傷は開く程度の回復。と言う事か。


「安静にしてください。」


 アシュリーには動いてはいけない。と通告された。

 だが、それどころじゃないはずだ。


「イシュメル様……ミシェルは……」


「今、セト殿が傭兵を使って探してくれている。見つかってくれるといいが……」


 ローシアは大きく息をして起きあがろうとする。


「ああ!だめですローシア様!」


 アシュリーが飛んできて寝かせようとする。


「ローシア!だめだ!無理をするな!」


 オルジアも真剣な顔で止める。

 体のあちこちが痛みで悲鳴をあげ脂汗が滲む。


「……アタシがいくわ。」


ロージアの言うことを察知していたのかセトが食い気味に制する。


「だめだよ。アンタ、その状態で動いたら、最悪死んでしまうよ。」


「……だから何よ。ミストの女丈夫が弱気じゃない。」


 見かねたオルジアもセトに同意する。


「ローシア、ここの傭兵達に任せろ。お前ほど腕は立たんが、捜索なら……」


「狂犬と会ったワ……」


 セト、カミル、オルジアは、やはりかと言わんばかりにローシアから目を逸らす。


 「アイツ、とんでもない強さだワ。アンタが逃げろって言った意味、やってみてわかったんだワ。」


「そうだろう?だったら尚更……」


「ミシェルはなぜ窓から出たか、アンタわかるのかしら?」


「は?――」


 突然の質問に窮するオルジアは、ローシアの問いの解答は持ち合わせていなかった。

 ローシアは続けた。


「あの子、きっと怖かったのよ……知らない部屋で、誰もいなくて……みんなドァンクに帰ったのかと思ったのよ……だから怖くなって 探しに行ったのよ……きっと……」


 例えそうだとしても……オルジアは反論した。


「……だからそれがなんだ。お前の傷とは関係ないだろう?」


「……あの子は呼んでもきっと出てこない……傭兵達も怖いはず……あの子が知った声、顔を見せないと出てこない……」


 アタシならそうすると言わんばかりのローシアの予測ではあるが、全員が返す言葉がなくなった。


「きっと道がわからなくて泣いているかもね……それに狂犬が向かっていて……怖くて震えている……そんな子がいるなら、手を差し伸べる……アタシはそうする事しか……知らないんだワ。」


 いつもツンケンしているローシアが見せたのは、ミシェルに対しての情愛からの言葉だ。

 ミシェルを預かると決めた以上責任を果たすためでもあるし、黙示録の破壊を目的としている姉妹は、エミグランに聞かなければならない。

 だが、そんな損得勘定よりも、ミシェルを助けたい。聖書記と言う重責を背負わされた子を、どこか姉妹達の魔女の末裔の運命と重ねて感じていた。


 ――誰が手を差し伸べるのよ……大人達が腫れ物みたいに扱うあの子を……同じような重たい運命を背負うアタシなんじゃないの……――


 ローシアは意を決してベッドから立ち上がる。

 起き上がると今まで何もなかった体の至る所が悲鳴を上げるように痛みだし、めまいで足元がおぼつかず、倒れそうになった。


 そこをオルジアが支えて肩を貸した。


「……お前さんがそう言うならもう止めない。そのかわり俺もいく。」


「……あ……アンタはここにいて……」


 痛みでしゃべるのもつらそうだ。


「バカ言うな。俺もな、お前みたいにボロボロのやつを見過ごすような事はできん。肩を貸す。歩けないなら背負ってやる。いくぞ。」


「……勝手にするんだワ……」


 ツンツンしたローシアだったが本当はありがたかった。セトは二人のやり取りを見て。机の引き出しから魔石を取り出した。


「これをもっていきな。」


 とローシアの服のポケットに入れた。


「気休めにしかならんだろうけど回復の魔石だよ。本来は寝ている時に使うもんだけど、もってるのともってないのじゃ違うさね。」


 ローシアはセトにどこか母親のような優しさを感じて、感謝の代わりに微笑んだ。

 そしてオルジアの肩から離れた。


「歩けると思うから自分で歩くワ。本当にダメなら……頼むワ。」


 ローシアの意思を尊重して、オルジアは頷いた。


 セトの部屋から出ると、誰もいない。全員で探しに行ったのか。


「全員で……探しに?」


「あの子達もね、本当は祖国に子供がいたり、戦争で子供を失ってたりしてね。子供がいなくなるってことは他人事じゃないのさ。」


 

 「そう……案外と情に弱いのね、みんな。」



 ドンドンドンドン!!


 ミストのドアが激しくノックされた。

 けたたましい音にセトが驚く。


「勝手に入れないようにして鍵をかけてたんだがね。誰さね。」


 セトが窓から来訪者を確認する。

ドアを叩く人物は見知った顔のようで、ドアに向かい鍵を開けると勢いよくドアは開かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ