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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 48:辛酸

第五章 48

ローシアがものすごい剣幕で審判席に突撃するように走って行ったのは「勝者!ジュリア・シューニッツ!!」と審判が宣言したすぐ後だった。


「どう言う見方をすればレイナが負けるのか説明しなさいよ!」


 レイナの作り出した竜巻で舞台外に放り出されてジュリアの場外負け。誰もがそう見えた結末だったが、審判はシューニッツ側に軍配を上げていた。


「返答次第じゃただじゃ置かないんだワ!」


黄色い隻眼で睨みつけ、今にも席毎全て破壊せんばかりの剣幕で詰めかけたローシアを見て後ずさる審判達の奥から、老人がやって来た。

 他の審判達とは明らかに服装が違っていて、ここの責任者である審判長だと名乗ってからローシアの問いに答えた。


「理由その一、ドァンク側の選手が試合中に助言を求めていた事、そのニ、ユウト選手がマナを使って深緑の右腕なるものでレイナ選手に何かを施していたこと……いずれも試合中に利する行為として認められたものだ」


「アタシ達は応援していただけよ!」


「応援ならお主達に近づいて話しなくても良いではないか」


 マーシィがローシア達に近づいて来たことを指摘したが、レイナにマーシィが憑依したのだと説明したところで、別人に代わって試合を行なっていたと指摘されようのもならドァンク側の負けになるかもしれないと、歯噛みして聞かざるを得なかった。


「……全く、獣人の国はルールを守ると言う当たり前のこともできないのかね? それとも殺し合いしか知らないのか?」



「どう言う意味よ?」


「言った通りだ。一対一の試合に姑息にも助太刀するなど、ダイバ国の者が行えば腹を切る事案だ。貴様らには戦士として誇りはないのかと聞いておるのだよ」


 わざわざ神経を逆撫でするように詰る審判長はローシアを見下したように見てさらに詰る。


「まったく……これだから無法者は困る。勝敗理由は舞台で審判が言った通りだ。その意味すらわからずこの場所まで来る前にまずするべきことを行ってからくるがよい。」


「どう言う意味よそれ……」


「わからぬか? まあわからなくても仕方ない。言いたい事はだな、せめて言葉の意味を理解できるようになってから声をかけると良い」



「はあ?」


「まずはまともに人と話せるように学んでからこの私に話しかけよと申しておるのだ! これ以上は時間の無駄だ、去ね!」


 完全にバカにされたローシアは、落ち着けと自分を言い聞かせてきたが我慢の限界に来ていた。

握りしめた拳で腕が震えていた。その様子をせせら笑って見ていた審判長は


「帰り方もわからぬのか? 誰か案内してやれ」


 と畳み掛けられて、ローシアの中で何かが切れた。


「ふざけんじゃないワ……」


 怒りに任せて音速の拳を振りかぶろうとした時に、その腕を握られた。


「ローシア、やめなよ」


 振り返るとユウトが立っていたが、思わず背筋が凍った。わずかに赤く光る瞳は審判達を捉えていて殺気を帯びていた。

 ユウトもローシアに向けられた罵詈雑言を聞いていた。掴まれた腕はびくともしない。


「こんなところでローシアの拳を使うのは勿体無いよ。レイナのところに戻ろう。シロが見てくれているから」


「でも!」


 ユウトは掴んだ腕を開くようにしてローシアを無理やり自分の方に向けさせた。


「あ……」と思わず情けない声が出てしまったローシアは顔が赤くなった。


「いいから、帰ろう」


 ユウトはローシアの腕を掴んだまま、審判席に背を向けて歩き出した。

ローシアはユウトに連れられて同じように歩き出し、審判席の声が聞こえなくなるほど離れると、掴んだ腕を離した。


レイナの試合は勝っていた。試合の結果にローシアの心の霧は晴れる事はなかったし、審判長に罵詈雑言を浴びせられた悔しさがまだ残っていて体に力が入った。



「悔しいよね、あんなに言われる筋合いなんてないのに」


いつのまにか立ち止まっていたローシアを優しい眼差しでユウトが語りかけた。


「心配しないで、僕は負けないよ」



「相手の審判がアタシ達が不利になるように仕掛けてくるんだワ……」



「そうだね……でも負けない。二人が魔女の末裔だって明かしてまで勝とうとしてくれたんだから、僕もその気持ちに応えたい」


 ユウトの気持ちは嬉しかった。だがローシアの心は晴れる事はなく、うっすらと悔し涙が滲む。


「アタシ達は卑怯な姉妹よ。魔女の末裔であることを隠して、アンタにその重圧を背負わせて自分達は隠していようだなんてむしの良すぎる話を大真面目にやろうとしていたのよ」


「ローシア……」


「バカだって言われても仕方ないワ。あの審判のジジイが言うことも言い返せないんだから」


「そんなことないよローシア」


「何やってもうまくいかないし、思った通りに物事を進められる知恵も力もないし、守るって言ったアンタをこれから危険な目に合わせなきゃならないし! もうアタシのバカさ加減に腹が立つのよ!!」


これまでの自分への悪態が溢れてきたローシアは捲し立てるように声が大きくなっていく。


 ユウトはひとしきり自分への悪態を吐き出して、拳を握りしめて俯いて小さく震えるローシアに歩み寄って俯く小さな頭を引き寄せて、自分の胸に引き寄せた。


「ローシアはバカじゃないよ。なかなかうまくいかない事だってあるし、嫌なことが続くことだってあるよ。ローシアが決めた道が間違っていたのならやり直せばいいんだから」



ローシアはユウトの胸に額を当てながら頷いた。


「三人で家族みたいなものだって、僕はそう思ってるんだ。だからローシアが背負っているものをレイナに背負わせたくないのなら僕に背負わせてよ。頼りないかもしれないけど……」


「ごめん……本当にごめん……アンタの言う通りこの試合は避けた方が良かった……」


 次の試合、ユウトは舞台に立つ。試合の勝敗はダイバ国の好きなように決められるし、本当の狙いはユウトの持つ聖杯だ。

 もし奪われるようなことがあれば命を奪われることになり、姉妹よりも危険な目に合わなければならない。

 



「仕方ないよ、エミグラン様やワモ様の事もあるしさ……でも僕が本当に心配していたのは二人が危険な目に合わないかって事なんだ」


「アタシ達の……こと?」


「うん。二人が命に関わる怪我したら大変だと思ってさ……だから試合に出ることを反対していたんだ。でも二人の試合が終わってレイナも命に別状はなかったしさ、良かったよ!」


 相変わらず自分のことはそっちのけで人の事ばかり気にするユウトの底なしのお人よしっぷりに、ローシアは思わず吹き出した。


「ろ、ローシア?」


何もかもどうでも良くなるくらい可笑しくて小さく笑い声が漏れた。


「ホント……アンタはアンタらしくていいワ」


「は、ハハハハハハ……多分褒めてない、よね?」



ユウトの胸からそっと離れると、ローシアの涙はすでに引いていた。


「さあ?どうかしら?」


 と誤魔化したあとまた小さく笑って駆け出して行った。


 


**************


「少し席を外す。試合は予定通り行うように」


 審判長はそう言い残して審判席から控え室に向かった。部屋に戻ると鍵をかけて、テーブルに歩み寄る



「――!」


 審判長は何度も入念にテーブルの上を見直したが、なかった。

マリアから渡されていた指示書がどこにもなかった。


 テーブルの下や別のところに収めていないか棚を開けたり床を丁寧に見直したがどこにもなかった。


「第一試合の勝敗次第で二試合目の結果を操作せよ。必ず第三試合が行われるように一勝一敗または一勝一分の結果とする事……ねぇ……」


 突然妖艶な声が後ろから発せられ、「ひぃ!」と情けない声を出して腰を抜かしたように尻餅をついた。



「やってくれるじゃないの……そんなに私のユウトちゃんに試合をさせたいのかしらね?」


 慌てふためいて壁に四つん這いで駆け寄ってから背中を壁に当てて向き直ると、水色の妖艶なドレスの女性が立っていた。


「な、何も……」


 途端に女性の姿が消えた。そして見渡す間もなくすぐに目の前に現れた。


「ぐっ!」


 喉元に冷たく鋭利なものを突きつけられ、声を出せば喉を貫くと女性の冷たい目がそう語っていた。


「名乗るつもりはないけど、あなたが私をどう呼ぶべきかは教えてあげるわ。私の仕事ぶりから血みどろと言うあだ名がついているわ」


 血みどろ。その単語を聞いて審判長は青ざめた。

噂にしか聞いたことがない暗殺者であり、ドァンク共和国の者であることくらいしか情報がなく、殺し方が無惨に血みどろに殺すことからその名がつけられた人物だった。


「私のユウトちゃんの連れに随分とひどいことを言ったのね……こんな指示書の通りに動いた卑怯者のくせに」


「……ぐっ……なにが望み……だ」


血みどろの目がさらに鋭くなり鋭利な切先が肌を突く


「誰が喋っていいと言ったかしら……あなたの命は私の手の中にあるの……次喋ったら……」


 ぷつりと首の肌が切れる音がした。審判長は両手で口元を押さえて、切先が刺さらないように壁に背中を埋め込むほど押さえつけて何度も繰り返して首を小さく縦に振った。


「いいわ。で、この指示書のことだけど。これはマリア・シューニッツの直筆なのかしら?」


 質問に答えるわけにはいかなかった。


「……黙秘も良いけど言ったほうがあなたの為になるかもよ?」


 審判長の額から玉のような汗が浮かび上がり垂れる。国を裏切るか、命を取るか。

 決断を迫られていた。

だが血みどろは考える隙を与えない。


「これ、誰のものかわかるかしら?」


 血みどろはドレスの溢れそうな胸元に指を突っ込んで何かを引っ張り出した。

指先に引っかかっていたのは、赤く丸い宝石が付いている首飾りだった。


 審判長には見覚えがあった。


「ルーニャちゃんの首飾り……誰かわかるわよね?」


 血みどろが口にした名前を聞いて目を見開いた。


――なぜ……なぜ私の孫娘の名前を!!――


 クラヴィは驚いて見開いた目を見てくすくす笑った。


「あなたの国のことはもう随分前に調べがついているのよ。シューニッツ家に出入りする人間全て、ね」


 審判長の見開いた目が歪んでいく。


「随分と可愛らしいお孫さんだったわ……思わず切り裂きたくなるくらいに可愛かったわ……おじいちゃまの失態で殺されていくかもしれないなんて可哀想ねぇ……」


 孫をどうするつもりだと叫びたいが、喉に突き立てられた切先のせいで声を出すことすらできなかった。



「子供を殺すなんて趣味じゃないけど、おじいちゃまが逝くならついていく人もいなくちゃ可哀想だものね? かわいいかわいいお孫さんなら黄泉のお供にいいわよね?」


 孫が殺される。想像するだけで枯れていた涙が滲んできた。


「最後に聞くわよ。この指示書は、マリア・シューニッツの物かしら?」


 審判長は、少しぎこちなく一度だけ頷いた。


「いいわ。それが聞けただけで充分よ。あなたに聞く事はこれでおしまい。でもね、一つお願いがあるの。それも守ってもらうわよ」


 血みどろはクナイを審判長の喉元から外すと、審判長は喉元に手を当ててさすりながら大きく何度も呼吸をした。


「最後の三試合目、あなた達の忖度は許さないわ。もし与するようなことがあれば……」


 呼吸の荒い審判長の目の前に、赤い宝石の首飾りを目の前にぶら下げた。


「誰かが死ぬ……でしょうね。血みどろに」


 そう言って、ルーニャと呟きながら首飾りに手を伸ばそうとした審判長の視界から完全に消え去った。

掴もうとした首飾りと共に。


 **************


剣舞館では、第三試合まで休憩時間となっていて、観客が席から離れて思い思いに動いていた。


 クラヴィは目星をつけていた席の近くで誰にも見つからないように姿を現した。


――ユウトちゃん……私にはこんなことしかできないけど……――


 目を閉じて次に闘うユウトのことを慮った。


「さて、と」


 人混みを慣れたように避けながら人を探した。


「……あそこね」


 目当ての人物を見つけて人を避けながら歩み寄る。

席の背もたれに手を当てて屈んだクラヴィは


「ルーニャちゃん?」


 と声をかけると五歳くらいの少女がすぐに振り向いた。


「おねえちゃん……だれ?」


 クラヴィは手に持っていた首飾りをルーニャに差し出した。


「これ、あなたの落とし物よね?」


「ああ! ルーニャのくびかざり!」


 ルーニャの声に隣に座っていた両親が立ち上がってクラヴィの手にある首飾りを見た。


「わざわざ届けていただいてどうもすみません。いつのまにか無くしたみたいで……」


 ルーニャはクラヴィから首飾りを受け取って母親に渡し、首にかけてもらった。


「ダメでしょルーニャ。つけていくって言ったのは自分なのだから、ずっとつけていないと」


「……ごめんなさい」


 母親は腰をおって頭を下げた。


「どうもすみませんでした。本当にありがとうございます」


「いえ、いいのよ。たまたま忘れていくところが見えたから直接渡したほうが良いと思って……見たところ高価な宝石ですものね」


「ええ、本当にうちの祖父、私の父なんですけど、本当に過保護で……まだ小さいのに私にもくれたことがないようなこんな宝石を買い与えて……」


「まぁ、フフフ、素敵なおじいちゃまですのね?」

 

「おねえちゃん、ありがとね!」


 ルーニャの満面の笑顔に「いいのよ」と答えた後、頭を下げて手を振るルーニャに小さく手を振って背中を向けて歩き出した。


「やさしいおねえちゃんだったね!」


「そうね、もう一度お礼を言っておきなさい」


「うん!おねえちゃん!ありがとー!またねー!」


 遠ざかるクラヴィに聞こえるように声を張ったルーニャに微笑み返して背を向けた後


「またね、って言っちゃうと可哀想よね……フフフ」


 と呟いた。


 

 

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