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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 45:敬愛

第五章 45

剣舞館に戻った三人と一匹は、観客の歓声が集まる舞台に歩み寄る。


 ローシアは緊張で顔も動きも強張ったレイナを見てため息をつく。


「レイナ、落ち着つくのよ。周りの声なんか気にしたらダメなんだワ」


 しかしレイナは周りを見ることに精一杯でローシアの声は聞こえていなかった。


「はぁ……まったく……」


 ローシアは手を広げて振りかぶり、レイナの尻を思いっきり叩いた。


「ッ――……いったぁぁぁぁい!」


 歓声を切り裂くようにレイナの悲鳴が響き渡る。


「な、な、何するのですか!お姉様!」


 叩かれた尻を撫でながら、胸ぐら掴まんばかりの剣幕でローシアに詰め寄るレイナにローシアは悪びれる様子もなく


「アンタ、気合い入りすぎて緊張してるんだワ。それじゃ相手の思うつぼよ。もう少し落ち着きなさい」


 というとレイナの顔がみるみるうちに真っ赤に染め上がった。


「もう!お姉様!こんな多くの人の前でなにも変なところを叩くことないじゃないですか!」


 叩かれた尻を両手で押さえ、へっぴり腰の姿勢でローシアに文句を言う姿にローシアは弾けたように笑った。



『君』

 

 姉妹のやりとりの最中に、シロはユウトを呼んだ。


『あの妹へ勇気が沸くような言葉をかけてあげるといい。君の心からの言葉は彼女にとって何よりの薬だよ』


「勇気の沸くような言葉……?」


『いいから。頑張れでもなんでもいいから』


 ユウトは逃げるローシアを追いかけているレイナを見て何を言えば良いか言葉を考えた。

 ――頑張れ!は重たいかもしれないし……絶対勝てる!もプレッシャーになるよなぁ……でもレイナが負けるかもしれないなんて思ってほしくないし……――


 顎に指を当てて思案するユウトにシロは唸り出し、

ユウトの足首をカプリと噛んだ。


「いってえええええ!」


 噛まれた足を反射的に上げるとシロはすぐに噛むのをやめた。


『まったく……どうしてこうウジウジと悩むのか。思いの丈をぶつけなさいと言っているのだよ! 考えろなんて言ってないのだよ! 私の牙をこんなことに使わせないでくれたまえよ!』


「わ、わかったよ! ごめんごめん……」


 初めてシロに噛まれたショックも相まって少し涙目になりながらも、ユウトはどうしてもローシアが捕まえられないレイナを呼んだ。


「は、はい!」


 ユウトのことをそっちのけでローシアを追いかけていたレイナは急に恥ずかしくなったのか、両手で赤く熱くなっていないか確かめるため頬を押さえながらユウトの前に立った。


 ユウトは真一文字に閉じた口を緩めて、両手をレイナの前に差し出す。


「――!」


 レイナは自然と頬に当てていた手をユウトの手の上に差し出すと、ユウトはゆっくりと優しく両手で包んだ。


「レイナ、君ならできる。僕は信じてるから。レイナが勝つことを……信じてるから!」



「ユウト……様……」


「ああっと! 僕が戦いたくないわけじゃないんだよ? でも、レイナはすごく優しくて強くて……負ける事なんて想像できないんだ……なんか、なんて言ったらいいかわかんないけど……」



 二人のやり取りを見つめるシロのそばにローシアがそっと近寄ると、明らかに雰囲気の変わったユウトとレイナを見やり尋ねた。


「アンタ……ユウトに入れ知恵したのかしら?」


 シロは鼻を高く上げ自信ありげに答えた。


『そうだよ?……甘いものの次に色恋事が大好きでね……少しヤキモキしていたところなんだよ』


 シロは大きくため息をついてから続けた。


『まったく……歩み寄らない空気の読めない男だからね、彼は』



「……やるじゃない」


『フフン……こう見えても鼻は効くほうさ』


「……見た目通りでなんか腑に落ちたんだワ」


『一度動き出した想いはもう止まらない。お互いの心がとろけて混ざり合うまで……嗚呼!! 甘酸っぱい恋の彼方へ……素晴らしい……』


 背中がかゆくて床に擦り付けるように悶えながら宣うシロを


「なんだかよくわからないけど、凄そうね」


 と冷ややかに受け流すローシア。急に腹ばいになったシロは、ユウトが何か話そうとする気配を察知して、伏せたまま頭と耳を高く上げた。



『シッ! 二人を黙って見届けようじゃないか』



 ユウトとレイナはお互い見つめい、レイナはユウトの言葉を待っていた。

 鼓動が高鳴る。手の温もりがこんなに心地よいなんて思わなかったレイナは、天にも昇るような気持ちだった。


 ユウトは心の中にあるレイナへの言葉を紡ぐ。モヤモヤとしているが伝えたい言葉がある。うまく伝えられないかもしれないが、勇気を出して伝えたい言葉が確かにあった。


「……なんて言ったらいいかわかんないけどさ……僕は――!」


 


「時間です!選手は舞台に上がって下さい!」



 二人の行方を止めたのは近くまで来ていた審判だった。

ユウトとレイナは途端に両手を離してお互いそっぽを向いた。

シロは審判に



『……なるほど――もし私に力があればあの審判の頭蓋が破裂しているかもしれないね。それこそ粉になるまで』


 と、文句を言って大好物を知らない人間にお預けされたが如く、犬歯を剥き出しにして審判に唸っていた。



「ちょ! シャレにならない冗談はやめて欲しいんだワ……」


『あくまで可能性の話だよ……チッ……いいところだったのに……』



「時間です! レイナ・リンドホルム選手は舞台へ!」



二人の進展を嬉々として見守っていた一人と一匹は、穴が開くほど審判を睨みつけていた。

ユウトは最後に。


「時間だから……また後でね……それと、頑張ってね!」


 手から念を込め、するりと離すとレイナはユウトの温もりを握りしめるように拳にして、胸元の双子花の宝石にあてがった。


「はい……ありがとうございます、ユウト様」


 

 言葉と想いを受け取り、この気持ちを逃してなるものかと、心の中にある大切な思い出を入れる場所へすぐに納めた。わずかに微笑むレイナにとって、絶体絶命の危機を何度も乗り越えてきたユウトの言葉が何よりも嬉しかった。

どんな困難でも必ず乗り越えていけるような不思議な温かい勇気の温もりをもらえたようで、レイナはその温もりで簡単に溶けてしまったかのように緊張が解けて笑顔になれた。




『ふむ……この二人は本当に興味深いね』


「でしょ。アタシも同じ意見よ」


 


 ローシアはレイナに木剣を投げ、レイナは器用に柄の部分を掴んで受け取った。


「剣舞館の借り物だから壊すんじゃないワよ」


「はい。ありがとうございますお姉様」


 にこやかにお礼を言って軽やかに飛んで舞台の真ん中に立った。

 レイナの前には、ジュリア・シューニッツが腕組みして待っていた。


「あら?あなた、武器を使うのね?」


「ええ。使います」


「そう。なら私も使わなきゃね……フフフ」


 ジュリアは不敵な笑みを浮かべて審判に顎で合図すると、舞台の外に向けて手招きをした。


観客席の下にある入り口から、四人の兵士が声と力を合わせて木製の巨大な棍棒を運んできた。

 長さはジュリアの身長を優に超え、先端は大人四人分の太さで、まるで見たこともない巨人が扱うような大きさだった。



「あらあら……大の大人が集まって運ぶだなんて情けないわね」


 ジュリアは運んでくる兵士まで歩いて行き「もういいわ」と棍棒の柄を片手でもつと、軽々と持ち上げ、肩に担ぐと、歓声が沸いた。


力にも自信のあるローシアは唖然とした。


「な、なんてバカ力なのかしら……見たから想像できないワ……」


『マナによる筋力補助……通常の筋力をマナによって何倍にも増加させているね』


「見た目とは裏腹すぎるワ……」



『もしあの力を後天的に身につけたものなら、終わった後の反動も恐ろしいものだ……君たちのように先天的に魔女の力があるのなら耐性はあるだろうけども……過去この国にそんな力を持つ人間はいなかったはずだ』


「なら後天的な力ということかしら……この試合の一勝に全てを出し切るつもりなのね、あの女は……でも……」



シロの冷静な分析にローシアはレイナとの相性の悪さをすぐに察知した。


「やばいワ……レイナの風の魔法にあの棍棒は……」


レイナは似つかわしくない巨大な棍棒を担ぐジュリアを口を真一文字にしたままじっとみていた。


「さあ!審判!さっさと始めなさい!」


 ジュリアの大声の督促に歓声は大きくなり、審判はつられたように「始め!」と開始を宣言した。


レイナは木剣を突き出しながら詠唱し、反対の手で風の球を三つ生み出す。ジュリアはその様子を余裕があるのか眺めて待っていた。


「魔法が使えるのね? さすが魔女の末裔……でも……」


 ジュリアの方に担がれていた棍棒が動き出す。最も簡単に操り振りかぶった。


「そんなもの!この棍棒の前には無意味よ!」


横に薙ぎ払う。巨大な棍棒がレイナを弾き飛ばそうとしてきたが、上に飛んで避け風の球を一つ放つ。

ジュリアは振り抜いた勢いそのままに体を回転させてさらに加速度を上げて飛んで避けたレイナと風の球ごと棍棒を打ち上げる。


 パァン!と風の球が爆ぜて掻き消され、先端がレイナを襲う。


もう一つの風の球を棍棒に向けて風の力を解放させると、棍棒の先端がぶつかる刹那に風の力を解放させると、レイナは風で吹き飛ばされてさらに上に飛び上がってジュリアから離れ棍棒の間合いから離れて舞台に着地した。


ジュリアは一連の立ち回りに何度か頷いて不敵な笑みを浮かべて「やるじゃない」と褒めた。


 レイナはローシアが懸念した通り相性の悪さを実感した。風の球はマナで風の力を圧縮し、目標に向かって解放することでその力を発揮する。ジュリアの棍棒は想定外の大きさで、通常の風の球では人は吹き飛ばせてもあの棍棒を吹き飛ばすことは難しい。


 ――もっと風の力を一つにまとめれば……――


 しかし、そんな隙は与えないと言わんばかりにジュリアの棍棒はその大きさから想像する動きの何倍もの速さで襲ってきた。


 ジュリアは棍棒を縦に振るい、虫を叩き潰すように無慈悲に頭上へ振り下ろしてきた。


すぐに左に飛び退けて、今度はレイナが一気に間合いを詰める。ジュリアの不敵な笑みはまだ消えていない。


 ――懐に入るにはまだ情報が少ない。何か罠があるかもしれない――


 レイナは最後の風の球を足下に放ち、浮き上がるとさらに加速してジュリアに一気に間合いを詰める。

 一気に間合いに入ると、木剣を両手で握り直しめジュリアの脳天に向けて振り下ろした。


 バチィ!と湿った音と感触があった。が


「フフフ……いい太刀筋ね」


 木剣の下にはジュリアの手のひらがあった。木剣の一撃を素手で止めていた。


「力比べでもしましょうか?」


 ジュリアは木剣を握りこむと、力任せに引き抜く。マナで筋力を増加させたジュリアに力で勝てるはずはない。それでも力一杯握り込んだが、強烈な力に引っ張られて木剣はするりと手を離れた。


 ジュリアは奪った木剣を横に薙ぎ払い、レイナの左脇腹に一撃、振り抜いた木剣を返して右肋骨下に一撃を放つ。超至近距離かつ風の球もないレイナが避けられるはずもなく、全て体の芯に響く。


「――ぐっ……」


「いいわ、その顔……好きよ?」


 最後に木剣の攻撃で動きが止まったレイナの鳩尾を足裏で蹴り飛ばすと、後方に転がって倒れた。


 ジュリアにこれまでにない歓声が集まると、余裕を見せて歓声に手を振りかえした。


 舞台外のローシアは予想が的中して歯噛みする。


「レイナの風の魔法じゃあの棍棒相手はキツいワ」


『物理的に効かない相性の悪さだね。火は水のように相性の悪さはあるね。あの棍棒は風の魔法を物理で砕いた』


「もし目の力が使えるのなら……あんな棍棒なんてどうもいうことはないのに……」


 

ジュリアは手に残った木剣の両端をを両手で持ち、力を込めると乾いた音を立てながら曲がって弾けるように割れた。


「これ、うちの木剣でしょう? よそ者のあなたが持っていいものじゃないわ」


 二つに割れた木剣を舞台外に放り投げると、相手の武器を奪い、勝利に一つ近づいたジュリアに大歓声が巻き起こる。



『贔屓目に見ても劣勢だね』


「だからなんなんだよ!!」


 シロの冷静な分析に抗ったのは、レイナから目を離さず応援していたユウトだった。


「分が悪いとか、相手が上手だとか関係ないよ!戦ってるのは一人で戦ってるのはレイナなんだ! 今僕たちには応援しかできないなら応援するんだよ! レイナの気持ちを無視して負けること考えてどうするんだよ!」


『……まったく君は……確かにその通りだね』


「レイナ! 頑張れぇ!!」


 ユウトは歓声を貫いてレイナに届くように声が枯れることすら厭わないほど全身の力を振り絞るように声を張り上げる。


 実際にレイナには聞こえていた。歓声が雑音ではあったが、一番聞きたい声が確かに届いていた。痛みが和らぐほど勇気づけられていた。

 本当は小さく聞こえるだけのユウトの声は、レイナに届くたった一つの頼れる声援だった。


「あのユウトって子……あなたを必死に応援してるわね。私とあなたの相性の悪さをわかっていないわ……試合前に少し話したけど、やっぱりお馬鹿さんね、フフフ」


 ――私は……この声が聞こえる限り、何度でも立ち上がる! 私を信じてくださるユウト様のために何度だって!――


 不敵に笑い続けるジュリアを見据え、詠唱を始めたレイナに風が集まる。

 レイナの顔に血管が浮かび上がると風は一気にレイナに集中する。審判も立っているのがやっとで舞台の上で風が吹き荒れてレイナの手の上に集まる。



 風が集まり切って風の球がレイナの手の上で出来上がると、風の密度がましたのか目に見えてわかるほどにレイナの手の上で風が暴れて渦巻いていた。


 これほど風を集めたのは久しぶりだった。ユウトを小馬鹿にされて我慢できなかった怒りが、昔、ドワーフの森に池をつくったほどの風の力を集めさせた。


ずっと一緒に過ごしてきたローシアも驚きを隠せなかった。


「なんて力なのかしら……目の力は使っていないのに……」


 シロはやれやれと言ってから下を向いて首を振る。


『君はまだわかってないね……』


「はぁ? なにがよ?」


 シロは必死に応援するユウトを見てから視線をローシアに移し


『これが愛の力……なのだよ』


ユウトのためなら命すら惜しくない。絶対に守るという覚悟はレイナが自然と引かれていたリミットを簡単に越えさせた。


 手の上の風は怒るように唸っていた。


 

――我が主と慕うユウト様を馬鹿にするこの女を許さない! 絶対に勝ってみせる!――



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