第五章 41:真実
第五章 41
ユウト達はダイバ国の南にある国立剣舞館公園に訪れていた。
ワモの容態を確認した日から一日経ち、三人はそれぞれ今日の日のために修行を積んできた。
しかし所詮付け焼き刃にしかならない程度しか出来たことは少ない。
ローシアとレイナはワモから習ったことを反復練習するくらいのことしかできなかったし、ワモが不在で一つ一つの行動が正しいのか間違っているのかもわからないまま繰り返すことくらいしかできなかった。
ユウトに至ってはカイルと基本的な戦い方の姿勢を学んだだけで、成長の実感は全くない。
不安は何も晴れずに残ったまま、今日夕方からいよいよ剣舞館で開催されるシューニッツ三姉妹との試合が行われる。
観客も動員して行われるということで、まだ開始時間までかなりあるのだが、剣舞館近辺には祭の中心部から離れた場所であるにもかかわらず人が集まっていた。
「すごい人が集まっているね」
ユウトの見た目通りの一言に呆れたようにローシアがため息をついて「そうね」と一言返した。
レイナはユウトのすぐ後ろにいて、お祭の賑わいが少し苦手だったがようやく馴染んできたらしく、ユウトの側にいる喜びを感じられるほどに余裕があった。
「この辺にカイル様がいらっしゃるとおっしゃっていたのですよね?」
「うん。確か入り口の前にある銅像の近くって言ってたんだけど…………」
「ユウトさーん! こっちっス!!」
銅像の前にユウト達の世話をしてくれたカイルが右腕を頭上でブンブンと振ってここだとアピールしていた。
人が多くいる中で明らかに目立つ行動は、当然耳目を集めた。
「……なかなかはずかしいヤツなんだワ」
ローシアはまたため息をついて呆れる。
剣舞館入り口には、頭頂部より少し後ろで高く束ねた壮年に、足元から蛇が絡みついた銅像があった。銅像近くまでやって来た三人は銅像を見上げた。
壮年は顎と鼻下の髭が綺麗に整えられていて自信ありげに口角をあげていて、その像の人物を守るようにヘビが右上の頭上からユウト達を見下ろしていた。
「すごい銅像だね……誰の銅像なんだろう?」
「っス ダイバ国を建国されたイザナリ様の銅像っス! ドァンクで言うエミグラン様と同じような人っスね! 今は神様として祀られているっス!」
ユウトは名前の響きを聞いて懐かしく感じた。
「ダイバ国の人の名前って、なんかこう違いがないかな? イザナリ様とワモさんとかさ、クズモ様はシューニッツとか……なんか、こう……ねぇ?」
ユウトが聞いて来た内容があまりにも抽象的すぎて三人とも首を傾げた。
「アンタ、何が言いたいのかわからないんだワ」
「ユウト様……クズモ様がシューニッツは、そのままお名前をお呼びしている以外の感想はございませんよ?」
「ご、ごめん! 言いたいのは……えっと、た、例えばシューニッツってヴァイガル国でも聞きそうな名前だけどさ、クズモとかイザナリとか変わった名前じゃない?って聞きたかったんだよ」
「そうかしら?」
とは言うものの、ローシアはユウトの言い分に一理あるかもと思った。ダイバ国に来てから聞く名前で変わった名前だと思ったのは今ユウトが列挙した人物の名前だった。
名前にも流行り廃りはあるが、ダイバ国特有な名前の付け方があるのだろうと言えばそれまでだが、カイルが「それならわかるっス!」と口を開く。
「ダイバ国はイザナリ様が開かれた文化を根強く持ち続ける国っス! 言葉の響きや、込められた意味で名前をつける文化があるっス! ユウトさんの感じる違いはソレかもしれないっス!」
ローシアはあまり興味なさそうに「へぇ、そうなんだ」と返すがカイルの説明は続きがあった。
「自分が生まれるまえからダイバ国以外で付けられる名前を名乗る人物が増えて来てるっス! これも国際情勢というやつなんスかねぇ……クズモ様も元々は他の国のシューニッツと名乗る人物の子孫だと聞いた事があるっス!」
この世界のことをなんでも知りたいユウトは、頷きながらカイルの話を真剣に聞く。
「ダイバ国でユウトさんが感じる名前の違和感は、純粋なダイバ国の人か、他の国の影響を受けた人達か、という違いっスね!」
「なるほど……ありがとう教えてくれて」
「へへへ……ワモ様のお願いだから当然っス!」
カイルはユウト達の身の回りの世話をワモから直々に頼まれていた。ワモの名前を出してカイルは思い出したように手を打つ。
「そう言えば、ワモ様から伝言があるっス!」
「ワモ様!? アンタ会えたの!」
面会できなかったローシアはカイルの胸ぐらを掴む勢いで近寄る。
「へへっ……運が良かったっス! 診療所にたまたま様子を聞きに行ったらワモ様が目覚められていて、俺に話があるからって事で特別に会えたっス!」
「ワモ様はどうなの!? 大丈夫なの!?」
「それはもう大丈夫っス! でも喋る事くらいしかできないっス……体を起こすなんてとても出来るような様子じゃなかったっス……」
「そう……でも良かった……本当に良かったワ……」
ローシアは試合前の緊張がほぐれるほどに嬉しかった。レイナも同様に顔の緊張が解れて自然に笑顔になった。
「ワモ様から聞いた話はにわかに信じられないっス……でも、あんた達には必ず伝えてくれって言われたので伝えるっス!」
カイルはあたりに人がいる事がまずかったのか、三人を手招きして、剣舞館がある方向とは反対に向かった。
カイルはあたりに人がいない事をキョロキョロと見回して確認し、三人の顔を見つめた。神妙な面持ちだった。
「実は……聞いた話だとワモ様がやられたのはヴァイガル国の使いではないっス……」
三人とも合わせて「えっ?」っと声が出た。
「ワモ様は黒ずくめの男に傷を負いながらも相手に深傷を負わせる事ができたらしいっス。でもその時の傷も結構やばかったらしいっスけど歩けないほどじゃなかったらしいス!」
ワモは負けてなかった。ローシアとレイナはワモはやはり強い師匠だと少し嬉しくなったが、ワモがやられた理由が気になった。ローシアが周りの人たちに聞こえないように少し声を小さくしてカイルに問いかける
「ワモ様は誰にやられたのかしら?何か言ってなかった?」
「あるっス!……けど、にわかには信じられない話で、自分もまだ信じられないっスけど……」
「もったいぶらずに言うんだワ。なによ信じられないって」
ワモが重傷を負ったことがまず信じられないのにこれ以上のことがあるかと鼻息荒く聞き返すローシアに、カイルは目を伏せて両手の指先を合わせ口を尖らせしぶしぶ話し出す
「ワモ様が言うには、黒ずくめの男を怪我で撤退させたあとすぐに背後に気配がして、振り返るまもなく斬られたらしいっス……しかも二度も」
「二度も……ですって?」
ローシアとレイナは二度斬られたと聞いて驚いた。ユウトは二人がなぜそんなに驚くのかわからなかった。
「っス……あのワモ様から一度ではなく二度も……つまり……」
「ワモ様と同様の腕の持ち主……黒ずくめの元騎士団長リオスじゃないとしたら……」
まだ問題の本質が掴めていないユウトにレイナが悲しそうに俯いて「ダイバ国の剣豪と認められた人……つまり国防参謀か同等の力の持ち主が犯人ですわ……」とユウトに説明した。
「つまり……ダイバ国の人がワモ様を斬ったって……ことか……」
「ダイバ国の中にそこまでヴァイガル国の手が入っているってことだワ。かなり状況は悪いワ」
今日の試合はヴァイガル国の都合よく動くことになる。ユウトが恐れていたことだった。だがまさかワモを排除するために同じ国の同志を斬った人物がいることにユウトは沸々と怒りが込み上げていた。
仲間を裏切る行為をユウトは許せない。
ヴァイガル国、ドァンク、どちらについたっていい。でも自分たちの都合のいいように同じ国の人を斬るなんてことが罷り通る。それがこの国を導く正義だというのなら、絶対に間違っていると頭に血が昇って火照るほどに憤りが胸の奥を駆け巡る。
「っス……ワモ師範が……その……言ってたっス……」
ローシアが「……なんて?」と聞き返す。だが、ワモの言葉はさらに三人に重たく響く。
「……なんとしても生きろ……っス」
ワモの一言に託された想いを汲み取ったユウトは、卑劣な犯人への怒りに唇を振るわせながら深呼吸して
「……大丈夫だよ。僕たちは負けない!」
試合に否定的だったユウトは腹を括った。
まさかユウトがそんな力強い事を言うとは思わなかった姉妹は驚いだが、この国に来てようやく覇気を取り戻したユウトにレイナは少しだけ目が潤んだ。
そして「ユウト様がそうおっしゃるなら私たちは負けません!」と、レイナも強がりではあったがユウトに続いた。
「やれやれだワ……まぁしょげてるよりよっぽどいいワ」
悪態をつくように言うローシアの口元は笑っていた。
「じゃあ、案内してくれるかしら?」
「っス! 剣舞館の選手入り口っスね! こちらっス!」
カイルが歩き出し、三人も続いて後を追った。
冷ややかに対応された受付を済ませて、三人の待機部屋に移動した。
受付で手首につけるリングを渡された。
このリングには二つの意味があり、選手タグと生命維持確認を行う魔石が付いている。
試合では命のやり取りは行われないとのことなので、生命に関わるような怪我を負った場合、魔石が輝いて試合は止まる仕組みになっている。
説明を受けたローシアは「うさんくさいワ」とボソリと呟いたが、これがなければ選手として認められないとキツく言われてしぶしぶ装着した。レイナもユウトも装着して待機部屋でその時を待つ。
カイルは受付から先は言えないので別れて、今は三人とユウトのカバンの中にいるシロ1匹だけだ。
ローシアは木製でマットが敷かれたベットで横になって足を組んで目を閉じていた。
レイナはユウトの隣に座っていた。
しばらくの沈黙。最初に口を開いたのはローシアだった。
「ねぇレイナ」
「はいお姉様。」
「出る順番は、アタシ、レイナ、ユウトの順番のままでいくんだワ」
ユウトが「試合の順番の話?」と聞くと寝たまま頷く。
「アンタの出番の前に全部決着をつける……アタシとレイナで勝てばアンタの試合は棄権してもいいんだワ」
「確かにそれで二勝だから勝ち越し……でも、相手のこともよくわからないのに……」
不安要素を述べるユウトにローシアは目を開けて顔をユウトに向けて睨む。
「アンタ、アタシ達が負けるとでも思ってるのかしら?」
「い、いや!違うよ!負けるなんて思ってないけど……」
「大丈夫。レイナも勝てるって信じるしかないけど、アタシは絶対に勝つ」
やけに自信あるように見えるローシアは、眼帯を触った。
「アンタは絶対に戦わせない……ここはヴァイガル国と変わらないんだから……何があってもおかしくないんだワ」
「僕ならやれるよ」と右の袖を捲し上げ深緑の力を顕現させた。
美しい深緑の光を見た姉妹は、ユウトの心を表しているかのように緊張感をほぐすために優しく輝いているように見えた。
「アンタの気遣いはありがたいけど……アンタを危険な目に合わせたくないのよ」
「え……?」
ローシアは起き上がってユウトに向き直った。
「魔女なき世界をアンタとアタシ達で実現するためよ。こんなアタシ達について来てくれたアンタにせめてもの恩返しなんだワ」
「え? え?」
ユウトは目を丸くして二人の顔に視線を往復させた。
「で、でも僕は……二人の因縁のある……カリューダの聖杯を受け継いでるんだよ? いずれは僕も……その……」
胸がギュッと締まったように苦しくなった。
――カリューダの聖杯を守るためには、受け継ぐ者を殺してアルトゥロに見つからないようにすること――
ユウトは自分が死んで体を燃やすなりして存在を消してしまう事が1番最短の解決方法だと思っていた。
姉妹はエミグランにそう問われて、ユウトを殺す覚悟があると言っていたはずだった。しかし、今聞いた言葉は全く違っていた。
胸の奥にずっと住み続けていた言葉を心の奥底に沈めていたはずだったのに、大きな泡が水面を目指して勢いよく水面に浮き上がるように、止められず口から出た。
「僕が死にさえすれば、全て解決するんでしょ」
ローシアとレイナは驚き、レイナは悲しそうな顔になって俯き、ローシアは起き上がり、立ち上がって顔を紅潮させてユウトの前に立つ。
そして、ユウトの頬を思いっきり平手打ちした。
乾いた音が部屋に響く。
「アンタ……自分の命をなんだと思ってるのよ……アンタに死んで欲しいなんてアタシ達が願うとでも思ってるのかしら……」
「……」
「例えエミグラン様がアンタを殺せと言っても、アタシ達はアンタを殺したりなんかしない。アンタはアタシ達の希望なのよ」
「希望……」
ローシアは平手打ちした手を撫でながら頷いた。
「アタシ達の悲願は本当に達成できるのかどうかもわからなかった……でもアンタがアタシ達の前に現れて全て変わった……それがどれだけ嬉しかったことかわかるかしら?」
レイナの両手が、ユウトの右手を優しく包んだ。
「そうです。真っ暗で道も見えない未来しかなかった私達に光をもたらしてくれたユウト様……現れてくれたおかげで私たちの歩く悲願への道を照らしてくださいました……」
「もしアンタが死ななきゃならないのなら、まずアタシ達が命を賭けるワ。だからこの試合もアタシ達でケリをつける。アンタを危険な目に合わせられないんだワ」
「ローシア……」
ユウトは自分が情けなかった。エミグランとローシア達が話した内容はわからないが、その時に聞いた『覚悟はある』の意味が違っていたのだとわかったからだ。
今、ローシアの目は少し潤み、レイナは涙が溢れていた。
自分のために泣いてくれる人を信じられないはずがなかった。
レイナは自分の胸の前でユウトの手を持ってきて祈るように目を閉じ
「ユウト様は私達がお守りします。ですからどうかご安心ください」
と優しく子供に言い聞かせるように優しくなだめると、ローシアもレイナの言葉に頷いた。
ユウトは今までローシア達を疑っていた自分が情けなくなり、自分の愚かさを知り、そして姉妹の慈愛を言葉で受け取り、心の中の闇が綺麗に振り払われた。
そしてあの日あの時言いたかった一言が溢れ出した。
「……死にたくない……まだ生きたいよ」
「ええ。大丈夫ですよ。私達がお守りしますよ」
「当たり前なんだワ。アンタはアタシ達の家族と同じよ」
と言ったローシアは、思わず余計なことを言ってしまったと思い、口を手で覆ったが言ってしまった手前
「ま、まあアンタがそう思ってくれるならありがたいんだワ」
とそっけなく理由をつけたした。
家族が自分に死んでくれなんて願うはずがない。
ユウトが押し殺し封印していた心の扉に、姉妹は触れた。ユウトにとってそれだけで十分だった。
ユウトは泣き顔構わずローシアが平手打ちした手を握り三人で手を合わせた。
「ごめんね、もう迷わない。僕も……僕だって……絶対に二人を守るよ」
言葉を切り取って聞くと、意図とは違う解釈をする事がある。ローシア達の覚悟は、ユウトのために命を賭けることさえ厭わない覚悟であり、それは家族と同じ愛だった。
ユウトもまた、自分の居場所を作ってくれた二人のためならなんでもすると心の向く先が定まった。
泣きながら笑うユウトを、ローシアが「いい加減気持ち悪い」と称するまでまだ少し時間はあるが、同じく試合の時間も迫って来ていた。




