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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 29:切先

「見つけたぞ……貴様ら」


 仮面の奥からユウトを睨みつけるリオスの両手には、禍々しきマナで生み出した二振りの剣が握られていた。

 下段に構えてゆらゆらと揺らしながら前傾姿勢で、獲物を狙う獣のようにいつでも飛びかかれるように身構えていた。


 ユウトは彼が騎士団だった事は、エオガーデとの戦いの後に知ったのだが、今の彼にそんな気品も威厳もなく、目の前の獲物を仕留めるためにいつでも襲い掛かろうと隙を伺う獣のように見えた。


 全身くまなく黒い鎧に包まれたリオスの姿は異様で、ローシアは「だれよコイツは」とユウトに振り返らず尋ねた。


「ちょっとした知り合いだよ」


 ユウトもリオスを睨み返すようにして右手を前に出し、黒い剣の動きを見逃さないように警戒する。しかし、リオスは肩を揺らし始めると、弾けるように笑い出した。そして闇に溶ける黒の如く、視界からリオスが消えて、ユウトの前に突然現れた。


 

 ――!!


 瞬間移動のように見えたが、ユウトはかろうじてリオスの動きを朧げに捉えていた。

 単純な速さで、ユウト以外は消えたように見え、そして剣を振り上げて立っていた。


「死ね死ね死ねシねぇえええェェェェ!!」


 両手に握られた剣から、憎悪を剥き出しにした二振りの連続斬りがユウトを襲う。

 攻撃は見えていたし読めていた。だが、反撃も逃げる事もできない速さで襲いかかるリオスの攻撃を避ける事で精一杯で、深緑の右腕がユウトを生かすべく、輝きを増す。


「くそっ!」


 心臓を狙った突きを、深緑の右腕は地面を叩いて空中に飛び上がって逃げた。


「バカが!」


 リオスの黒マントが、八振りの黒い剣に変わってユウトに襲いかかる。

 右腕が伸びて手を広げ盾のように広がるが、八振りの剣は深緑の手を八つ貫く。


「ぐあっっっ!!」


 右手の深緑の輝きが、ユウトの叫び声に呼応するように瞬くと、リオスの恍惚に浸る声が漏れ出る。


「ああああああああ気持ちいいいい……」


 焦らしに焦らされ、ようやく満たされた快感にリオスは呼吸が荒くなった。

 まだ足りない、させろ。もっと気持ち良くさせろと色欲に似た快感に浸りつづけたいリオスは、仮面の奥で涎を垂らした。

脳が焼け、快感に溺れながら、リオスはユウトの右手に刺さった八振りの剣をわざと小刻みに動かすと、宙で地面に降りる事もできないユウトの悲痛な叫び声が空に広がった。

 八振りの剣を八方に広げれば、深緑の右手は形を失うだろうが、リオスは簡単に仕留める選択をしなかった。

 まるで蜘蛛の巣に絡まった蛾のように、もがき逃げ出そうとする獲物をじっくりと弱らせてから糸を巻きつける蜘蛛の如く、弱る姿を突き上げた八振りの剣に悶える獲物が弱る姿を見届けるつもりだが、レイナが黙って見ているはずがなかった。


 こめかみに血管を浮き上がらせながら、すでに詠唱を終えたレイナの手には風の球が三つをリオスに向けて勢いよく投げた。

 

「ユウト様!」


――三つの風の球なら、両手の剣は防御にまわるしかないはず!――


 レイナは地面を蹴り横の壁を蹴って、八振りの剣でモズの速贄のように深緑の手ごと空に突き上げられているユウトを助けるべく飛び上がる。

 リオスはご褒美である時間を邪魔されて、気だるそうに剣を握り直して風の球をつるぎで斬って消した。


「小癪な事を……」

 

その間にレイナは勢いよくユウトに近づき、勢いのまま剣先の群れにぶら下がる体を抱えて


「ユウト様、痛みますよ」


 とだけ言い、足元に風の壁を作り出してもう一度、空に飛び上がった。


 剣から手が抜けた手応えは、ユウトを抱えるレイナにも僅かに感触が伝わって、痛みに叫ぶユウトの声にぐっと目をつむり、心の中でごめんなさいと謝った。

 


「どおぅりゃああああああ!!」


 空に届く威勢の良い声は赤い残像と共にリオスの目の前に勢いよく飛び込んだローシアだった。

 リオスの腹部をめがけミドルキックを放つ。


「……フン」


 リオスの全身を覆う鎧は、ローシアの蹴りを全く受け付けない。

 ファーストコンタクトで正攻法では打撃さえ通らないことを理解したローシアは、蹴った足で後方に飛んで下がる。


 その間にクラヴィが姿を消してリオスの死角を見つけて後部に回り込み、息の根を止めるつもりでクナイを突き立てる。


 だが、甲高い金属音がしただけでリオスにはダメージは何も入らなかった。


 首元をマントで覆うように隠していたリオスの全身は、見る限り関節の可動部さえも黒い金属に覆われていた。


――全身全て覆われているのね……剣士としてあんなに動きにくい装備なんて悪趣味ね――


 ローシアの後ろで姿を現したクラヴィは、クナイで突いた方の手を振りながら


「あの鎧……なんなのよ……クナイが弾かれるわ……」


 とローシアへ聞こえるように言うと、同じ事を考えていたらしく眉を顰めたままため息と一緒に


「知ってるワ……見ての通りガッチガチに全身守ってるようね」


 と感想を吐露する。二人の視線には不気味に肩を揺らして笑っているように見えるリオスが、獲物を逃したマントを撫でて労うと、剣から布に戻して元通りに背中から垂れ下がったが、獲物を逃した悔しさから仮面の奥では奥歯の音がするほど悔しさを噛み潰していた。


 リオスの眼前には逃げ損なった獲物が四匹、震えながら後退りしているように見えていた。


 ――どうやって殺してやろうか。あのハーフエルフが自分を殺さなかったことを後悔させるには、この四匹をどのように殺せば五臓六腑に染み渡る後悔を植え付けることができるだろうか――


 漆黒の鎧はエミグランの黒き人を模した者を忘れないために、わざわざ特注した鎧だ。

 心身ともに、ただエミグランを穿つためだけに今を生きるリオスの思考の全ては、奇しくもエミグランの事だ。


 リオスが騎士団長だった最後の日まで大切にしていた白い剣を、自らの意思で漆黒にしてまで果たす恨みはリオスの全てを変えてしまった。


 騎士団という重責から解き放たれたリオスに怖いものなどなく、あの大災の魔女の頃から生き抜くエミグランにも恐怖など感じられなかった。


 むしろ、エミグランの存在がリオスの生きる理由であり、死ぬ時はエミグランの喉元に噛み付く気概でここまで辿り着けた。


 生きることさえ憚られるほどに惨めな姿を晒し、尽きることのない苦痛から解放されるには自ら死を選ぶことではない。

 あの日あの時から完全なる敗北者となったリオスは、動く事も話す事もできず、ベッドで横になることしか出来ず、寝返りさえも全くできない惨めさと悔しさで叫びたくなるが、奪われてしまった声の代わりに音を喉で鳴らす。



 ただ胸の奥で黒い炎となって渦巻く一人のハーフエルフへの遺恨は、騎士団長の憧れも、仲間たちへの想いも、家族の温もりも、全て地に落ちたかのように砕け、残ったのは純粋な殺意。

 

 数日間止まることがなかった涙と喉を鳴らす音がようやく止まる頃には、殺意のみがリオスに残った。

 

そして理解した。自分の魂の救済はきっとエミグランの命そのものでしか得られないのだと。


だからこそ目の前にいる四匹の処理は、十全に思案してから行いたかったが、希望という名の欲望を目の前にしていきりたつリオスに自制できる余裕はなかった。


――どう殺せばあのハーフエルフが嘆き苦しむだろうか……ここにいる奴らの素っ首を斬り落とし、あの女の庭で目をくり抜いて頭蓋を砕き、鴉が脳を啄み脳漿を啜らせてやれば良いか……――

 

 不気味に立ちはだかるリオスに異様な雰囲気を感じていたローシアは、左後方にユウトと共に着地しているレイナの方を見た。

 ユウトの深緑の右手に開いた八つの風穴の痛みに苦悶の表情を見て取れて、レイナがヒールを施そうとしているところだった。


 レイナはユウトを救いたい一心だったが、それはあまりにも無防備すぎると、少し二人の方に意識をおいてリオスに向き直る。


 ――アタシがあの黒い奴なら、二人を狙うはず……――


 かなり高い確率で狙われるはずだとリオスの次の行動の初動と方法について頭をフル回転させて想定する。


「なめられたものだな……」


 リオスが剣を胸の高さまでレイナ達に向けてあげると、ローシアは腰を落として次の行動を待つ。

 カウンターしかない。そう判断した。

あの硬い鎧の中にダメージを与えるには、ローシアが持つ力でも速さでも無理だろうと理解していた。

相手の速さと力を利用して攻撃を的確に当てないと、鎧の奥にダメージを与えられない。

 狙うは心臓。もしくは正中線の急所の部分に的確に当てれば一縷の希望はあるが、針に糸を通すような事を自らの持つ力を全て発揮して相手の行動を読み切って成立する事だ。


 だが、そうせざるを得ないとローシアは一息ついてワモが稽古の終わり際に教えられた事を脳内でリフレインした。


 ――おどれは速い。その速さを利用して力にせい。そのためには拳や肘や膝を硬くするように鍛錬せねばならんし、速さを乗じて力にするには敵に触れる部位以外も鍛えねばならん。時間はドえらいかかるがの――


 今のままではよくて相打ち、最悪は全滅かもしれない。

 だが、レイナと右手を負傷したユウトが体制を整えるにははまだ時間がかかる。


「やるしかないようね……」


 リオスの剣が突然黒い霧を纏った。


――!


 ローシアはリオスの次の一手が物理ではないと瞬時に判断した。


「死ね死ね死ねェェェェ!!ヒャハハハハハハハハハハ!!」


 リオスの欲を阻害された獣のように吠えていきり立つと黒い霧が二振りの刀身に瞬時にまとわりつくと、頭上で交差させて振り下ろす。

交差した黒い霧は勢いそのままにレイナ達に襲い掛かった。


すでに警戒していたローシアは黒い霧目掛けて跳んで拳を固めて殴った。


「どぉぅりゃあああああ!」

 

勢いよく殴ったのだが、手応えはなく霧散した。


「……えっ?」


 囮だと気がついたのは、頭上にリオスが二人に飛びかかっていたのに気がついたのは後だった。


 レイナはユウトを抱えて避けようとしたが、跳ぶ瞬間に足元を取られる。


「バカめ!! 逃すか!!」


 リオスのマントは両端の先端が伸びて影に紛れてユウトとレイナの片足に巻きついていた。

 レイナがマントの存在に気がつくと、急に思い切り縛り付けられたかのように強く固く締まる。


「そんな……くそっ!」


 レイナはユウトを抱きしめてリオスに背を向けた。


「レイナ!」


 抱き抱えられたユウトは、レイナが身を挺して自分を守るつもりだとわかって離れようとするが、ユウトを命に換えても守ると決意しているレイナの抱き抱える力は、深緑の右腕を痛めつけられたユウトに解けるほど簡単なものではなかった。


「……ダメ! ユウト……様!」


 リオスのマントはすでに触手のように二人の手足の自由を奪い、レイナの両手両足に絡みついて、あっという間にユウトから引き剥がして空に投げ飛ばした。


「ああっ……ユウト……」

 

 レイナの声が途切れるほどリオスの後方に飛ばされた。


「レイナ! ぐぁっ!」


 ユウトの四肢の自由をうばう黒マントは、主人の元に獲物を届けるために、黒い剣を持ち直しているリオスの元に戻り始めた。


「ふふふふふはははははははは! まずはお前からだ!」


 深緑の右腕は鳴りを潜めたように動かず、身体ごと構えるリオスに徐々に速度を上げて引き寄せられる。


 タイミングを測るようにリオスが剣を構えると、届く距離になって振りかぶる。


「ユウト!」

「ユウトちゃん!」


 左側からローシア達の声が聞こえたが、マントが視界を遮って何も見えない。


 ――くそっ!まだ死ねない!絶対に死ねないのに!何もできていないのに!!――


 生きたいと願ったユウトの全身に強い衝撃が走った。



 次いで甲高い金属音が聞こえた。


少しだけ気を失ったユウトは意識が戻ると、地面に倒れていた。

 手足にまとわりついていたマントは解けていた。


 見上げると大きな背中が見えた。


その背中はリオスでもレイナでもなかった。

屈強な男の背中だった。


「キサ……マ……ヴァイガル国に楯突くつもりか!!」


背中の向こう側で、リオスの振り絞る声が聞こえた。

足元を見ると黒い鎧に包まれた足が、踏ん張りが効かずに後ろに下がりはじめる。


「何をしとるんじゃおどれは……わしの弟子達に!」

 


背中の主はワモだった。


 ワモはリオスの腹を蹴飛ばすと、勢いよく後方に飛ばされた。

背中から倒れ込んだリオスに歩み寄るワモはの手には、レイナが持っていた刀よりもさらに大きく長いものだった。


「魔石の力に飲み込まれたらしいのぅ、おどれは」


倒れて起き上がるリオスの眼前に切先を突きつけた。


「元騎士団長か何かはしらんが、わしの弟子達に手を出すならわしが相手じゃ」


「クッ……国の要職につくオマエがこのオレに手出しする意味がわからないのか?」


 ワモは瞬時に体の力を抜き、向けた切先をこの場にいる誰にも目にも止まらぬ速さで黒い仮面を三度斬りつけた。


 リオスは何が起こったのかを理解するのにほんの少しの時間かかったが、流れ落ちるように斬れた黒い仮面の破片が音を立てて落ちた。


 ――!!


 ワモはまだ切先をリオスの眼前に向けた。


「遺言はそれだけか」


 剥がれた仮面の奥にあった、エミグランによって表情すら作ることができないリオスの顔は、だらしなく口元が空いた無表情のままだったが、リオスは黒に染まって初めて恐怖を感じていた。



更新遅れてすみません。

少しずつですが書いてます……

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