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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 26:代理

 クラヴィは斥候を生業としている。常に一人で動くため、裁量は全てクラヴィの一存に委ねられる。

 透明化の能力を使っている間は、その場に人の存在すらも無くなる。

 一度消えてしまうとエミグランでさえも見つけ出す事は困難で、同じ力を持つ者を見た事も聞いた事もない、世界でただ一人だけの力だと自負していた。


 だが、世界に例を見ない力をアルトゥロに何故か見破られ、そして今、黒ずくめの男に気配を悟られたように、姿を消しているはずのクラヴィ達を見下ろして立ち止まった。

 クラヴィにとっては、違和感を感じさせてしまった時点で、間違いなく撤退しなければならない由々しき事態だったが、いつのまにか前を歩きながらクラヴィの手を引くユウトの背中を見ると、言い出すことすら憚られた。


 黒ずくめの男とは少し距離をとって追いかけた。ユウトも異様な気配を感じていたらしく、クラヴィが何も言わずとも、悟られないようにしていた。



 黒ずくめの男が国防参謀を引き連れて入ったのはクズモに親書を渡した部屋だった。

 扉の前に立つ二人の警備が、中に入るのを見届けて扉を閉めた。


「……あの部屋は親書を渡した部屋だよ」


「おそらく、外からは聞こえないような防音になっているのかもね」


 中に入るには警備二人を始末しなければ入れない程に、周りに厳しい視線で注意を払っていた。


「……僕たちが来た時は警備なんていなかった」


「プライベートな邸内でも警戒する……ユウトちゃんが来た時よりもよほど秘匿性の高い事をするつもりね。」


ユウトも、邸内をクラヴィの透明化の力で詮索してきて、警備は邸内を歩いて見回りを行うところを何度か見かけたが、部屋の前に警備を置いている事に違和感があった。


「近づいてみましょう」


「うん。気をつけていこう」


 クラヴィは笑顔で頷いてから、ユウトと足音を立てないように忍足で警備している二人のそばにゆっくりと近づいた。

 警備はユウト達に気がつく素振りもなく、辺りに注意を払っているが、真横に二人がいる事に全く気がつく様子はなかった。


 次の扉が開くタイミングで潜入は容易にできるだろうと扉の横に張り付くようにして待っていると、すぐにその時は訪れて、何の警戒もなく部屋から出てきた高官にすれ違うようにして室内に潜入した。




 室内の中心には、先ほどの国防参謀と呼ばれた男とは黒ずくめの男の二人が向き合って立っていた。

扉の前では声が小さくて聞こえにくく、二人の近くにある柱に身を隠すようにして聞き耳を立てた。


「……わざわざダイバ国までお越しになられた理由はなんでしょうかな? ただ事ではないと推察いたしますが」


「お前に話すことはない。」


 黒ずくめの男の声は低く、黒い仮面でくぐもって聞こえるだけでなく、喉が鳴るような音も混じっていた。


「……これはこれは随分と強硬な立ち振る舞いですな?」


「……」


「いやいや、失礼しました。こちらも他人が見聞した情報を又聞きしているので……私の言葉で気に障ったのでしたら謝りますよ」


「……」


「自己紹介が遅れました。と言ってもすでに警備兵から聞いているとは思いますが……私は国防参謀のホウリュ・イズツミ。今日はクズモ様の側近としてお話を聞かせていただきます」


「好きにしろ……それで、クズモはいつまでまたせるのか」


 吐き捨てるような言い方にホウリュは怪訝に眉を動かした。


「……我が国の長を呼び捨てる不遜な言動は捨ておけませんね」


「ならば斬るか?」

 

黒ずくめの男は言い終わるやいなや、マントに隠れていた腰の剣を抜いてホウリュの胸元に刃先を突きつけた。


「ぐっ……」


 ホウリュは動きを見て同じように刀に手をかけていたが間に合わなかった。


「気に入らんのなら斬れ。その甘さが命取りだ。お前は地獄を味わっていない。国を守れない恥辱も味わっていない……甘い。実に甘い」


「ぐっ……ああああ」


 胸元に突きつけられた刃先が食い込み、ホウリュの苦悶の表情が浮き上がる。


 黒ずくめの男のマントが風にたなびくように動くと、意志を持ったかのように動き出して、男の頭上まで上がると八本の黒い剣のような形になり、ホウリュの顔を取り囲むように八つの刃先を向けた。


「……思い上がるな。安く見積もっているのは貴様らだ。おおかたヴァイガル国が一方的にドァンクに負けたなどと聞き及んでいるのだろうが、この通り、貴様を瞬きする間に無力化するくらいの力は持ち合わせている」


ホウリュは油断したわけではなかった。何千、何万と鍛錬してきた悟られぬ所作で刀を抜くように、考えるよりも速く動いたのだが、黒ずくめの男の動きが速かった。

 

「は、離せ……ここで血を流せば……お前達の望む形には……ならんだろう」




「フン……俺の望み……生きる理由はただ一つだ。因果として、結果この国が滅びようが国防参謀が死のうが俺には関係のない事。使えぬなら殺すまでだ。」


 ホウリュの苦悶の顔が更に歪む。


 「なんという横暴な……」


「横暴? まだ生かされているだけまともだ…本来ならお前はすでに死んでいる。」


 突然扉が勢いよく開かれた。


「そこまでだ!」


 扉から数名の警備がなだれ込み、ホウリュらを取り囲む。すでに全員剣を抜いていた。

後から、国防参謀のシエルマ、ワモと続いて入って、最後にクズモがゆっくりと入ってきた。


 ホウリュ達の様子を一瞥すると


「各々方、武器をしまえ。ここはそう簡単に刃傷沙汰を起こして良い場所ではない。」


「……」


 黒ずくめの男は剣をしまう気配はなかった。


「聞こえぬか? ここにいるシエルマとワモが同時に剣を抜けばそなたも無事ではすまんぞ」


 黒ずくめの男は、一度苦悶の表情で自分を見ているホウリュを見て、手に持っている剣を下げると、マントも力が抜けたように黒ずくめの男の両脇から踵に向けて垂れ下がった。

 ホウリュは黒い威圧から解放されて膝をついて疲れ切って肩で激しく息をする。


「……黒き剣か、ヴァイガル国には白く輝く剣を操る騎士団長がおられたと聞いていた。先日の聖書記の最後の儀式でエミグランに致命傷を与えられてからその行方は誰も知らないとか」


 クズモは剣を納める所作を眺めながら問う。


「そなたの知り合いか?」


「……だったらなんだ?」


「一度お目にかかりたいと思っておったのだ。しかし騎士団が解散してしまった今、叶わぬ事なのだろうな」



「……その話はもういい。」


 黒ずくめの男はクズモに歩み寄る。クズモは警備兵を手を胸元まで上げると、刀を納めるよう所作で示した。


 クズモの前で歩みを止めると黒ずくめの男は、両腕を胸の前で組んだ。


「ドァンクからの使者はこの国にまだいると聞く。この屋敷にかくまっているのか?」


「いや、ヴァイガル国に疑われるような事実はない。疑うならこの屋敷の全てを調べてもらってもかまわん」


 凛としたクズモの返しに、黒ずくめの男は溜飲を下ろしたのか、懐から封書を取り出してクズモに差し出した。


「……ヴァイガル国王からの新書を渡す。」


「これはこれは……ありがたく拝読させていただきましょう」


クズモは親書を渡す黒ずくめの男の手が小刻みに震えていることに気がついた。



「……どこかお体が悪いのですか?」


「フン……隠す必要もないが、もう俺は昔のようにまともに動ける事はできない。魔石の力無くしては立つことも喋ることもできない」


 クラヴィはエミグランに最終儀式で起きたことを聞いていた。体の神経という神経を焼き、二度と立ち上がれず喋ることすらできなくなった騎士団長の事を。


クラヴィは、そこまでするのであれば殺してしまえばいいのにとすぐに思ったが、続けてエミグランが言ったことは、「わしを殺す動機を持つものがいる方が、色々とやりやすくなる」だった。


エミグランの「やりやすくなる」の意味はわからなかった。だが、人体魔石の基礎となる魔石技術の基礎を作り出したエミグランは予想できていたのだろう。


 この男がまた立ちはだかる事を。

 クズモも黒ずくめの男の告白に察して、名を挙げた


「……ということは、貴方は騎士団長のリオス殿……か?」


「……違うな、元騎士団長のリオス・レ・ウルだ。あの日体の神経を焼き切られて、そのうちに呼吸すらできなくなるところをアルトゥロ様の人体魔石の力で蘇ることができた。」


「人体魔石……」


「俺は、ハーフエルフを微塵に切り刻んで殺すため、魔石の力で恥を晒してこの世界に戻ってきた。息絶えそうな虫の様に見下された屈辱は忘れることができるはずがない」


 リオスの会話の言葉が震え出すと、黒いマントは突然浮き上がると、警備兵に向かって刃の形になり、全員の首元に後少しのところで寸止めした。


「今でも思い出す……くそが……くそッ、くそッ!クソがああああああ!!」


 ワモが跳んだ。

リオスの仮面をかち割るべく刀を振り下ろした。


 甲高い金属音で弾かれたのはワモだった。リオスが反射的に剣を抜いて振り上げると、体躯はワモの方が一回り大きかったが弾き飛ばされた。


 ワモは体を捻って着地するとすぐにリオスに跳びかかる。


「シエルマ! ホウリュ!」


 ワモの声に合わせてシエルマとホウリュが剣を抜いて三方向からリオスを狙った。


 三方向からの剣撃は、伸びた剣状のマントがリオスの元に集まり、三つの黒い盾になり防いだ。

 ワモの手に伝わる感覚は金属のそれで、リオスのマントがまやかしの類ではないとわかった。


 ――あのまま放っといたら、兵は死んどったな……――


 ――!


 盾は柔らかく形状を変えて、剣を包み込んだ。


「なんじゃあ!これは!」


 三人の剣が包まれたマントから引き抜けなくなると、力任せに振り上げられて刀を手放した。


「愚か」


 リオスの言葉と同時に、刀の柄で三人は喉元に強烈な一撃を喰らわせた。


急所への攻撃はどんなに鍛えていても、喰らえばスキが生まれるし、命を落とすことだってあり得る。

瞬間的に呼吸を止められた三人は、膝をついた。


「クズモよ」


 三人が簡単に膝をついたリオスの実力に動揺していたクズモは、リオスに呼びかけられ、緊張のあまり喉が狭まって上擦った声で返事をした。


「ドァンクに与するのであれば覚悟するといい。我が国王もそうお考えだ」


マントで捉えていた三人の刀を力なくその場に落とし、リオスのマントに戻ると、扉に向かって歩き出した。


 国防参謀が太刀打ちできなかった現実に言葉がでないクズモにすれ違う時、リオスは



「お前の代わりなど、いくらでもいる」


 と少し嬉しそうに呟いて、部屋からゆっくりと出ていった。

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