表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
131/175

第五章 25:仮面

ダイバ国祭は中盤を過ぎ、同時にヴァイガル国とドァンク共和国のどちらについて行くべきかの選挙も折り返しを迎えていた。


 中間報告では、ヴァイガル国と手を組みたいシューニッツ家の思惑通りの結果になっていて、ヴァイガル国が優勢。

 しかし予断は許さない状況だった。


 日が落ちて、夜空が空を覆い尽くしてもなお祭りの熱気は冷めることはなく、篝火が街中を照らして昼間とはまた趣の変わった賑わいは収まる気配などなかった。


 クラヴィとタマモの二人と合流したユウト達は、人気のない路地で顔を突き合わせてシューニッツ邸の潜入の打ち合わせを始めた。


 最初に口を開いたのはクラヴィだった。


「タマモ、あなたは臭いでバレるわ。悪いけど連れて行けない」


「……うん。わかってるんだ……あのねぇちゃん怖かった……」


「そこで頼みがあるの。今の状況をおばあちゃまに伝えてくれないかしら? このままだとドァンクはヴァイガル国とダイバ国を相手にするかもしれないって」


「……あのねぇちゃん、獣人嫌いだもんね。あんなに人が沢山いたのに誰も何も言わないのは、やっぱりそう言うことなんだよね……」


 野次馬達は獣人を嫌うマリアに何の反応も示さなかった。それどころか獣人を察知したマリアが起こす事の顛末を見守るように楽しみにしている節も感じられた。


「何もしてないのに……なんでこんなに嫌われるんだろう……」


 タマモが涙声で俯いて言った言葉がユウトの心に刺さる。


「タマモは悪く無いよ。泣かなくていいんだよ」


「そうかなぁ……何だかこの国の人たちに嫌われてるんだと思うと、他にも同じ事を思う人がいるんじゃ無いかって思ってさ、もう屋敷から出たくなくなっちゃうよ……」


 ユウトはもう泣き出しそうなタマモの肩に手を置いて膝をつき、タマモの顔を見上げた。


「大丈夫だよ。僕はそんな事は思わない。タマモは大切な友だちだよ」


「友……だち?」


「そうだよ。タマモの友だちだ。屋敷から出るのが怖いなら僕と一緒に出ればいいんだよ。怖がる事は何も無いよ。僕がいるからさ」


 ユウトは全てを知る者だ。ヴァイガル国から命を狙われる立場なのに、身の危険を顧みず温かい言葉でタマモを慰める姿をみて、クラヴィは心をくすぐられるような愛情が溢れてきた。


 クラヴィが守れなかった大切な人にそっくりなユウトは、あの時の悔しさを紛らわせて愛しさが増幅して、クラヴィの渇ききった心を湿らせる湧き水のようにいくらでも溢れてくる。


 女としても、人間としても、ユウトの心に惚れ切っていたクラヴィは、一緒にいるだけでユウトのためになら全てを捧げられると何度でも決意できた。


 だが、ユウトはまだ少し幼い。


 導く事も自分の役目だとクラヴィは自分に言い聞かせて、ユウトに声をかけた。


「ユウトちゃん、あの三姉妹がシューニッツ邸に戻らないうちに潜入しましょう」


「うん。そうだね」


 タマモは服の袖で何度も涙を拭ってから懐から魔石を取り出した。

 握り込んで光を放つとタマモの体はぐにゃりと液体のように唸って、大鷲に形を変えた。


「じゃあエミグラン様に伝えてくるんだ! 二人とも気をつけるんだ!」


 大きな双翼を広げてはためかせ砂埃を上げてオオワシのタマモが浮き上がると、二人と一匹を見渡してから大きく羽ばたき空に吸い込まれるように飛んでいった。


 タマモを見送ったあと、クラヴィはユウトの手を握り、二人ともにシューニッツ家に向かった。



 **************


 シューニッツ邸周辺では、常時警備員が邸外を巡回していた。

 腰に携えている刀の柄に軽く手を添えて険しい顔で巡回する様子になれる事はないらしく、たまたま通りかかった家族連れは、警備の視線に目を合わせる素振りを見せる事もなくそそくさと駆け足で通り過ぎる。


クラヴィの力であれば隠れる必要もないのだが、慎重に立ち回るために民家の影から様子を窺っていたクラヴィの後ろで、家族連れが駆け足で去る様子を見ていたユウトは、「警備っていうより威圧だね」と思ったことを口走るとクラヴィはクスクス笑った。


「そうね。安心したわ。外の警備は大した事はないわね」


「え? そうなの?」


「ええ。もし実力に自信のある手練れならあんなに威圧する必要もないし、それに武器をいつでも使えるように手を添えてるのは、遅れをとる可能性を自覚しているからよ」


 ユウトが気が付かない着眼点に思わず舌を巻いた。


「……本当の手練れはあんなに体に力が入ってカチカチに固まったように歩かないわ。外は警戒しなくても大丈夫ね」


 シロはユウトが肩から下げている袋から頭を出してユウトを見上げた。


『私も彼女の言う通りだと思うよ。この鼻で嗅ぐ匂いに驚異は感じられないね』


 犬の嗅覚が脅威を嗅ぎ取ることが出来るのかはわからなかったが、クラヴィは立ち上がった。


「あの三姉妹がいない今が好機よ。行きましょう」


 クラヴィが手を引いて、屋敷の正門に並んで外敵が入らないように見張っていた警備の間をすり抜けて、屋敷の中に潜入した。




 屋敷の中の警備はクラヴィが思っていたよりも手薄らしく、これなら楽に進められるわ、と安堵すると、ユウトも少し気が楽になった。


「ユウトちゃん。おばあちゃまの親書を渡したお部屋は覚えているかしら?」


「うん、わかるよ」


ユウトは先日訪れた際に案内された、クズモと出会った部屋の方向を指差した。


「あっちだ……」


 クラヴィに説明しようと振り返ると、口元を押さえられて突き飛ばされた。



 ――!!


 横にあった大きな円柱の影に転がり込むと


「シッ!」


 耳元でクラヴィが静かにするように自らの声も抑えてユウトの体も声も制すると、複数の足音が聞こえてきた。

 足音に紛れさせるようにクラヴィが小さくユウトの耳元で囁いた。


「静かにしてね……禍々しい気配が近づいているわ……」


 ユウトも禍々しい気配は勘づいていた。クラヴィに言われてから足音のする方向から、まるで暗闇の奥に潜む見たこのなんてあり得ない幽霊に怯えてしまうような、走って逃げたくなるような気配がゆっくりと近づいていた。


 背中にはクラヴィの柔らかい身体がユウトを逃さないように四肢を絡めていたが、震えていた。


「アイツの気配に似てる……」


「アイツ?」


ユウトの口元を押さえるクラヴィの手からは、ユウトの呼吸ではなく手のひらから緊張でじわりと滲む汗を唇に感じられ、迫る脅威の程を知らされる。


 今は黙ってやり過ごすしかない。


 近づく足音から会話が聞こえた。


「まさかおいでいただけるとは思っていなかったものですから……大したもてなしのご用意もできておらず……」


 ユウトには聞き覚えのない声でクズモではない事はわかった。


「……構わない。どうせすぐに帰る」


 もう一人の人物はくぐもった声で、言葉を聞き取るのが精一杯で、特定する事はできなかった。


 足音が柱の側まで近づくと止まった。


 ユウトはその姿を見てやろうと視線を上げると、真っ黒な黒光りしている鋼の仮面を被り、くぐもった声の主はこの人物だとすぐにわかった。

 つま先から襟元まで真っ黒な服で身を包むその人物は、何か探し物をするかのように、ユウト達のいるあたりを見回していた。


「……」


「どうかされましたか?」


「……いや、何でもない 国防参謀殿」


 黒ずくめの男が視線を逸らすとまた歩き出した。

もう一人の国防参謀と呼ばれた人物は、黒ずくめの男の影になっていて見えず、誰なのか特定はできなかった。


 禍々しい気配はあの黒ずくめの男に違いなかった。そして、二人のやりとりからすると、黒ずくめの男は来客なのだろう。


 足音が小さくなると、クラヴィはユウトの口元を押さえる手を離して立ち上がった。


「……あの男、ヴァイガル国から来たのかしら」


「わからない……あんな黒ずくめの人は見た事もないよ」



「……怪しいわね。危険だけど……つけて見ましょうか」


 クラヴィの提案にユウトは頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ