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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 15:密談

――エミグラン邸


リンが淹れてくれた、朝に嗜むミルク入りバニ茶を堪能しているエミグランは、来客の予定があり応接室にいた。


 ちょうどバニ茶を飲み終える頃に扉がノックされた。


「エミグラン様、お越しになられました」


 リンの声が外から聞こえると「よい。入れ」と伝えると静かに扉が開かれた。


 扉の向こうにはリン、そしてオルジアがいた。オルジアはエミグランに呼ばれて屋敷にやってきていた。

 大体の予想はついているように神妙な面持ちのオルジアを見て、話は早そうだとエミグランはソファーに座るように手招きをした。


「失礼します」


 一声かけて座ると、「早速じゃが」と切り出した。


「明日、聖書記の儀式を執り行う。ヴァイガル国以外で誕生するのは初めての事じゃ」


「そうですか……」


「お主には思うことはあると思慮しておるが、お主の行動の全てで判断して間者では無いと考えておるよ」


 オルジアが元騎士団長であった事をエミグランは当然知っていた。

間者の可能性を疑われていたオルジア自身も仕方ないと考えていた。


「それで、俺が呼ばれた理由は?」


「二点ある。有事の際に街の防衛をミストドァンクの傭兵達に依頼したい。そして避難する住民達の護衛もお願いしたい。すでに国民には彼の国と穏当ではない状況は伝えていて、希望者にドァンク街の退避を推奨している。希望者はもう集まり始めておるのじゃ」


ミストドァンクの傭兵達が戦争に巻き込まれるのは気が進まなかったが、ここ最近のドァンク街の様子を見ると、何かが起ころうとしている事は子供でもさっちしていた。

 おそらく貴族会が雇ったと見られるミストドァンクでは見ない傭兵が集まり始めていて、物々しい雰囲気がドァンク街全体を包んでいた。

 しかし、ドァンク街の人々は、恐るどころか歓迎するムードさえあった。

 一方的なヴァイガル国の攻撃で被害のなかった住民さえも怒りはピークに達していたし、その裏では被害にあった人々の悲しみが途切れず今日まで続いていた。

 エミグランは報復の手段として、ヴァイガル国の柱とも言える聖書記をドァンクのものにすると明言し、当然ヴァイガル国にも話は伝わっている。



「わしの見立てでは、聖書記を奪われた事を理由に武力衝突が伴う戦争状態になると考えておる。ドァンク街と彼の国の戦いは、貴族会の賛成多数は取り付けてある。国境付近は既に雇った傭兵が防衛ラインを引いている」


「事を急いてはいませんか?」


「……そう見られても仕方ないが、時間をかけてはおれん。アルトゥロが向こうに居る。奴が使えるプラトリカの海は時間が経てば経つほどドァンクに不利になる。故に、攻めてくる理由を与えて早々に叩く……我々が彼の国を攻める理由などいくらでもある」


 プラトリカの海は、死者の肉体を複製して生み出せるカリューダの秘術で、その死者の聖杯があれば魂を埋め込み、アルトゥロの意のままに動かせる事が出来る。

 オルジアとギオンはエミグランからプラトリカの海の事、ユウトが全てを知る者である事を既に聞かされていた。

 当初は驚いたが、ユウトが黙示録と呼ばれた石碑を破壊したと知って、ヴァイガル国で言い伝えられ懸念されていた世界の終焉は起きなかった。

起きた現実をエミグランから聞かされて、全てを知る者が世界の終焉を導くようなに者では無いと考えるようになっていた。


プラトリカの海は時間さえかければ同じ人間を何人も甦らせる事が出来る。

騎士団を解体され、ヴァイガル国が立て直しを性急に行わなければならない状況だからこそ、今やるべきなのだ。


 オルジアは「わかりました」と言うとソファーに深く座ってから問う


「あの弓を使う騎士団長……サンズもまた甦るのでしょうか」


 プラトリカの海の理屈がわかっていたら、当然出る質問でエミグランは頷いた。


「無論じゃ。おそらく甦っているのはヤツだけではなかろうし、時間が経てばドァンクが飲み込まれるほどに巨大な力になるじゃろうな」


「何故、今までそのような力を見せずに待っていたのでしょうか……今この時なのでしょうか」


「それもわかりきっておる。全てを知る者じゃ。アルトゥロはどうしても全てを知る者を手に入れたいのじゃ。故に今まで全てを知る者が現れるまで待っておったのじゃよ。国を手に入れる事など考えてはおらん。全てを知る者を手に入れるためにドァンクを潰す気なのじゃ」


 たった一人の人間を手に入れるために軍事力を使う……なんて愚かな理由なんだとオルジアは身体が熱くなるほど怒りが込み上げた。


「そんな馬鹿げた理由で戦争ですか……」


「馬鹿げてはおらん。アルトゥロにとっては命よりも大切な事なのじゃよ。彼の国の中枢に入り込んだアルトゥロにとって、兵の命の価値など気にもせんじゃろう」


「バカな……!」


怒りが声になって飛び出すように出た。しかしエミグランの顔は至極まじめだった。

ヴァイガル国がたった一人の人間が病巣のように巣喰い、力を増して国自体が間違った方向に簡単に進もうとしている事にエミグランは、さも当たり前のように言う。


「王は……アグニス王は何を考えておられるのか……」


 エミグランは、つい鼻で笑った。


「……もう、アルトゥロの術中に嵌っておるじゃろう。王と言う名の置物。実質はアルトゥロが好きなようにできる。ヴァイガル国は終わったのだよ。獅子身中の虫にやられての」


 オルジアは一瞬、目の前が真っ暗になった。認めたくなかった。いっときは誇りを持ち、心から愛した騎士団は無くなり、たった一人の男によって国が奪われた。


バカな……と呟く事しか出来なかった。


 エミグランは嘘をつかない、嘘であるはずがないのだ。

 ヴァイガル国が終わったと告げられだ相手が、世界で最も真実しか言わない者なのだ。

 信じるしかなかった。


「お主は彼の国の生まれか?」


「……はい。ヴァイガル国生まれです」


「そうか、騎士団長として守ってきた祖国を一人の男にいいようにされて、憤るのも当然じゃな……」


「……」


 言葉を発すると、怒りで声を荒げてしまいそうで口を開かないように噛み締めた。


「……わしは彼の国の大臣だった。当時わしは人と獣人が手を取り合って生きてゆくことのできる国を目指しておった。じゃが、お主達の知っておる通りわしは彼の国から追い出された……いろいろな事があってな」


 エミグランは自然と低い声色で喋ると何百年の重みが感じられるようだった。

 オルジアの心に残っているヴァイガル国の思い出がよみがえる。苦い思い出も、甘い想い出も。

 今はミストドァンクで世話になっている。ミストから派遣されたとはいえ、ここまでエミグランには世話になって助けられていたし、ヴァイガル国の騎士団に未練はなかった。


「今日から依頼を引き受けます。早速、馬車や馭者の手配を……」


「案ずるな。手配は全て終わらせている。お主が断るとも思ってないのでな」


 全てお見通しというわけか……と鼻で笑った。


「わかりました。早速……」


 オルジアが立ちあがろうとすると、手で制した。


「まだ話がある」


「俺に? なんでしょうか?」


 エミグランは白檀扇子を取り出して微笑み、首元を仰ぎ始める。


「お主、雇った傭兵の部隊を率いてくれぬか?」


――!!


「彼の国の攻撃は熾烈を極めると予想している。お主ほどの実力者なら……」


「俺に先陣を切れとおっしゃるのですか?」


「……うむ。その通りだ」


「……俺に祖国を裏切れと言うのですか?」


 ドァンクのために働くとは言ったかもしれないが、祖国であるヴァイガル国を裏切るとは言ってないと言わんばかりに語気を強めてエミグランに問い返す。だがエミグランは微笑みを崩さない。


「裏切るのではない。お主の愛した国はもうないのだ。いまさら忠義を果たす必要もあるまい?」


「……」


「それに、取り戻したくはないのか? 彼の国を。話し合いで解決できるはずもなかろう?」


オルジアは唸った。エミグランの言う通りで、王族が代々ヴァイガル国の運営を執り仕切っている。

エミグランが大臣を務めていた大昔から変わっていない。


 ヴァイガル国がエミグランの言うように、たった一人のアルトゥロという人物の思い通りに動く傀儡になっているのなら、オルジアは槍を握る理由がある。


 ヤーレウとイロリナと共に過ごした昔のヴァイガル国を取り戻す事。その機会でもある。


 獣人戦争から今まで約二百年も過ぎ、それまでいざこざどころか争いは無縁だった二国間の歴史が動こうとしているときに、呑気に筋だ借りがと言っていたら、機会はすぐに失われる。


 イロリナの事でそう学んだはずだったとオルジアは思い出した。


「……わかりました。俺でよければ前線に立ちます。ヴァイガル国を……元の国に戻す手助けをさせていただく」


 白檀扇子をパチリと音を立てて閉じると


「お主ならそう言ってくれると信じておったよ」


 満面の笑みでオルジアに手を差し伸べると、握り返して固く握手をした。


 オルジアは奥歯が歪むほどに歯噛みして、決意を固く、思い出を噛み潰して白い歯を見せて笑った。



 **************


 ――ヴァイガル城 地下


 アルトゥロの実験室と呼ぶ地下は、過去にクラヴィが潜入したことのある地下の洞窟を使って作られた。

 プラトリカの海で生み出された肉体が、外界でも維持できるまで特製の液体で満たされた大きな瓶がずらりと並んでいる。


 アルトゥロは、瓶の中で作られた人物を見上げていた。


 そこに、紫のローブを着込んだ人物が入り口から入ってきた。


「……君か。」


「アルトゥロ様、騎士団長のサンズの聖杯の再現が完了しました」


「ご苦労様だね。これで量産できるよ」


 瓶の中に入っていたのはサンズだ。軍事行動で殺された後、遺体はアルトゥロが預かっていた。


 プラトリカの海に溶けた肉体は、アルトゥロのマナへの命令で、海の中でサンズの肉体の核を生み出してパズルを組み立てるように形を作っていった。


 その構成情報を利用して他の瓶でもサンズの生産が始まっていた。


「損失率はどのくらいだい?」


「ほぼありません。過去最高品質と言えます」


「そうかそうか。まあ彼には期待していないが、いるのといないのでは違うからね。過去最高反したでも使い捨てさ」


 と、魂の抜けたサンズが目を見開いてアルトゥロを液体の中から見下ろしている。


「どうやらエミグランは、聖書記をドァンクのものにするらしい。私にはどうでも良いことだけど、彼女は私と争う事を選ぶらしい」


「……私の出番でしょうか?」


「ああ、きっとそうなるね。私の最高傑作たる君の出番だよ。君は『完全再現できた唯一の事例』だからね」


「……お褒めいただきありがとうございます」


「君を出すのは少々惜しいけど、仕方ないね。私の夢のためにその魂も体も私のために使ってくれるかい?」


「はい……喜んで……」


アルトゥロは不機嫌を鼻息で吹き出してから


「君を失う可能性があると思うと心が苦しくなるよ……けどどうしても叶えたいのだ。私が願う世界を実現するために」


「はい。この身体も命もアルトゥロ様のもの……私がアルトゥロ様のお役に立てるのであれば、この命、惜しくはありません」


「そうか。ありがとう。ではドァンクの兵を食い止めるために前線を頼むよ。」


「かしこまりました」


「君の活躍にとても期待しているよ。元騎士団長のイロリナ君」


 イロリナは深々と礼をして、地下を去った。


 

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