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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 15:欺瞞

ワモは一度咳払いをしてからキョトンとしているユウトに問う。


「もう、大丈夫なんじゃな? 体は」


「えっ?! え、ええ。問題……ない……です」


「そうか……それはよかった! うむ!」


 奥歯に物が詰まったような言い方で、ユウトに会いにきた理由が痛めつけてしまった体のことを聞きにきたのではないとわかった。

 ワモは後頭部を掻きむしってから話し始めた。


「おどれは、このわしが稽古なら殺さないと思っていたのか?」


「へ? いや、そんなことは全く……むしろ死ななかったことに驚いてます」


「……なら、おどれは死ぬかもしれないと思っていたんじゃな?」


 そう問われてユウトは悩んだ。

死ぬかもしれないなんて考えていなかった。だが、理由を問われると答えようがなかった。

ワモとの稽古の時の思考を思い出してみるが、明確にこれだと言う的を得た回答は出なかった。


「死なないなんて……思ってはないです。ワモさんが手加減するとも思ってないです……」


 怒られた子供のように縮こまるユウトにワモは一抹の怖さを感じていた。


 命知らずな行動は、相手も、本人も、周りにいる人間さえも最悪な事態に巻き込む。

 今回のユウトを殺しかけたのもそうだ。ワモには手応えがあり、人を殺してしまったと後悔が一気に押し寄せた。

 手を抜く事が出来ないのは反射的に全力をだせるように自分を鍛えたからだ。


 それが自分の弟子の大切な人物の命を奪いかけるなんて想像もしていなかった。


「おどれは……ローシアとレイナのことをどう思っているのじゃ?」


「え?! えっと……大切な人……です。僕がこの世界で生きていく道を作ってくれた大切な人……です」


 すぐに思った事が言葉として出てきてくれた。


「そうか、だとすると今日の稽古はどう説明するつもりなんじゃ?」


 ワモは腕組みしてユウトに問い詰める。


「二人に心配させるようなおどれのわがままを目の当たりにして、二人が何を思うか考えたことはあるか?」


「……いえ、そこまで考えていなかった……かも」


ワモは呆れた顔でため息を大きく吐き出す。


「ばかタレが……」


「すみません……」


「あの時おどれは、無謀すぎる。そんな命知らずに稽古はつけれん」


「――!!」


「悪いがわしがおどれに稽古をつけるのは今日で最後じゃ。代わりにわしの弟子がおどれの稽古相手じゃ。明日紹介する」


「そ、そんな!」


「また同じ事を繰り返す。わしにはわかる。おどれはどこかで死に場所を求めておる」


「――!!」


 ワモと対峙した時の気持ちを言い当てられて、ユウトは項垂れた。


 死場所を求めている。的確な指摘だった。


 どうせ殺されるんだ。とユウトは、表情には出さないものの、頭の片隅にずっと捻くれた考え方がこびりついていた。

 聖杯が魂だと言うのなら、アルトゥロに取り出されても死ぬ。取り出されなくてもアルトゥロに襲われて奪われるくらいなら殺される。それもユウトが大切だと思う人がユウトを殺す事を認めていたのだ。


 馬車の中の笑顔、くだらない談笑、美味しそうに食べる食事を共にして、稽古だと言ってワモの道場までやってきた。


 全て自分の命を軽んじる姉妹と、殺す人の命令で、だ。


 ダイバ国に行くと決まってから今まで、ずっと真綿で首を絞められるような窒息感がずっと続いていた。


 レイナが笑うのも泣くのも、大きく感情が揺さぶられるようなことに何も感じなくなっていた。


 ユウトが何も言えなくなったのを見て、ワモはため息をついた。


「……おどれは本当に死場所を求めとるのかもしれんが、その時は今ではないとわしは思う。と言ってもおどれはまた同じ事を繰り返すかもしれん。すまんがわかってくれ。わしも人を殺したいとは思ってないのでな。」


「……」


「……あとレイナが大泣きしておった。おどれの事が大切なんじゃろう。落ち着いたら声をかけてやってくれ。あんなに泣きじゃくるレイナは初めて見たんじゃ……よほどおどれの事が大切なんじゃろう。」


 返事はしなかった。


「……おどれも思うことはあるのじゃろうが、生きている今は生きることにもがけ。死ぬことは意外と簡単じゃ」


 死んだこともないのに何を知ったように言うんだと怒りが湧いてきた。何も知らないワモは決して嫌味で言ったのではないとわかっていたが、それでも我慢ならなかった。


 するとシロが、突然ワモに吠え始めた。子犬特有のキャンキャン!と前足はハの字にしてお尻をピンと立て、高い声でワモを威嚇する。


「嫌われてしもうたのぅ」


 シロに言ったのか、ユウトに言ったのかはわからなかったが、ワモはそのまま後頭部をかきむしりながら部屋を出て行った。


『私が吠えなかったら、あのワモとかいう人間は危なかったね。君の目、怖かったよ』


「……」


『私には話してくれないかな? 何があったんだい?』


「……何もないよ」


『ふふん。私に嘘は通じないよ。嘘をつく人間の特徴は知識としてあるんだ。その知識から君は明らかに嘘をついていると言えるよ。言いたくないなら別に構わないけど、言った方が楽になれると私は思うよ』


 小首を傾げるシロは、お尻を下げ、伏せてユウトを見つめていて、ユウトはじっと見つめてくる視線が痛く感じて目を逸らした。


『こわいのかい?』


「こ、怖いとかそんなことないよ!」


 思わず強がった。


『じゃあ話しておくれよ。私は知りたいんだ。君のことをね』


 自分の事を知りたいと言われて、心が少し動いた。

人となりを知りたいと言われたのは、この世界にやってきて初めてのことだった。


「……僕は、本当は何もできない普通のヤツでさ、この世界にやってきてとんでもない力があって、まるで物語の主人公のようになんでもできて、この世界の人達を全部救えるヒーローになれるかもって思ってた。」


『うん。実際にすごい力を持っているよ。世界を救うってそう考えても不思議じゃないね』


「でも、実はその力はローシア達が恨んでいたカリューダの力だったと知られて、歯車がずれたというか……何かがズレたんだよ」


『耳が痛いね……それで、何がズレたんだい?』


「僕が持つ聖杯があると、カリューダが甦らせる事ができる。だから……僕は……」


 言語化するのをためらう。言葉にしたら本当にそうなりそうで。今もなお、嘘であってほしいと思っていた。


「もし……アルトゥロに捕まるくらいなら……僕を、殺すって……ローシア達も……その方がいいって……話してたのを聞いたんだ」


『ほうほう……それはまた』


「なんか、ローシアとレイナと一緒にいるのが辛くて……いつか殺されちゃうんだろうなとか思うと……そうしないとこの世界が大変なことになるかもしれないと思うとさ……辛いんだ。生きててもいいのかって思って……死にたくないのに」


『それはそうだね。何も理由もなく死にたいなんて思わないさ』


「でも、ローシア達は、僕がこの世界に来て助けてくれたんだ。その二人のために、命懸けでやろうとしている事を少しでも何かしてあげたいって思っても、それは僕が死ななきゃ無理なのかなって思うとさ……」


 声が震えて、鼻を啜る。それ以上喋ると感情が爆発しそうで、話は止まった。


『なるほど……いやはや……そんなことを考えていたのかい……難儀だったね。辛かったろうに……』


 シロの労りの言葉で、ユウトは嗚咽した。

怒りも、悲しみも、心に押し寄せる波に人は抗えない。


『でも私と出会えてよかったよ。君は。何せカリューダの力と知識があるんだからさ。それにエミに言わないといけない事があるけど……言いたくないから君に言っておくよ。』


 ユウトは涙を隠すように手で顔を覆いながら頷いた。


『人を殺す事で解決すると思うエミは、昔っから頭の硬いバカな弟子だね。もし私が生きていたら、エミにそういうよ』


「……はい。」


 エミグランを下に見れるカリューダの知識だからこそだろう。他の誰が言っても強がりにしか聞こえない。


『もし、エミに殺されそうになるなら逃げればいい。生きる事を選択すればいい。君が生きる事で世界は崩壊しないさ、私の知識があればね』


ユウトは頷いた。


『それに、私の力が君に受け継がれてよかったよ。心からそう思う。誰かのために死を受け入れようとするなんてさ……そんな行き過ぎとも言える優しさを持つ君で本当に良かった』


 ユウトはこの世界で生きていく事を初めて認められた。苦悩を程よく溶かし、素直に言葉を受け入れられる。


『君は私の聖杯が理由で命を落とす事はないよ。私がさせない。聖杯が理由ではなく、君がこの世界にやってきてそんな悲しい思いをさせる事を私の信条が認められないって言ってるんだ』


ユウトは嗚咽しながら「ありがとう」という事が精一杯だった。


『いいんだよ。でも今はこれ以上話さない方がいい。誰か聞いているからね』


――!!


『頭の中が凝り固まったエミの手下かもしれないね。この私に姿を消したくらいで欺けると考えるなんて心外だよ』


 シロは部屋から一つ気配が消えて、もうマナが切れたのか喋らなくなった。

 


 

 


 

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