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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 14:相違

ふわふわと、空に浮いているような心地よさだった。

 まるで空気が海の波のように感じられて、空を浮いているような感覚で、記憶のどこかにある懐かしい感覚だった。


 ――夢……なのかなぁ……――


 夢なら覚めないでほしいな、と思っていたが、感覚はやがて消えてゆき、徐々に真っ暗な世界になると同時に、奥の方から白い光がうっすらと見えてきた。


「……ん……あ」


 目を開けると、レイナの顔が見えた。

 

「レイ……ナ?」


「……ユウト様……」


 目覚めたユウトを見て、両手で顔を押さえて啜り泣くレイナを見て、どこかで見たよ事があるなと少し考えた。


 ――思い出した……エオガーデの時だ……――


 無謀な戦いの末、レイナの膝枕で目を覚ました時と同じ景色だった。


 すぐに起き上がって、レイナに向き直ると、泣いていた。


 声を震わせながらレイナは問う


「なぜ……あんな無茶な事をされたのですか?」


レイナから見て、あれは稽古ではなくユウトの無謀な特攻だった。レイナはユウトが目覚めるまで、ずっと止めるべきだったと後悔していた。ユウトがこんなに無謀な事をするなんて夢にも思わなかった。

 ヴァイガル国でエオガーデと戦った夜の事が脳裏をよぎり、気が気ではなかった。

もしこのまま目覚めなければ生涯心の中に後悔以上のものが残り続けたはずた。



 ユウトは、ワモに拳を打ち込もうと必死で、避けられた後のことは全く覚えていなかった。

 周りを見渡しても誰もいない道場のど真ん中でユウトは、「ごめん……何かあったのか覚えてないんだ 」と返す。レイナは涙を拭ってから


「あの時の力がまたここでも起きたのです」


と、説明し始めた。


 **************



ワモの一撃でユウトの心臓が痙攣を起こして呼吸が止まっていた。


 シロの遠吠えは、ユウトの右腕が反応した。

突然横たわるユウトの意思とは違う動きだ。


「な、なんじゃこりゃぁ!」


 ユウトの右腕は、深緑に輝き始めると、シロの遠吠えに反応するように指先をユウトの胸に突き立てる。


 ユウトの右腕から線状の模様が浮かび上がると、指先から何か光を吸い上げるように指先から腕の方に流れ出した。


 レイナは知っていた。

 ヴァイガル国でエオガーデに瀕死の重傷を負わされた時に、ユウトが見せた力に間違いない。

 ここにいる全員が、ユウトの力を初めて見ていた。


輝きを増す深緑の光は、ユウトの体全体を包み、その輝きを増す。シロの遠吠えが光を増幅させるように何度も何度も吠える。


 まるで緑の太陽が目の前に現れたように目も開ける事ができないほどに光が強くなると、ユウトの体の中に吸い込まれるように圧縮されて、光はなりをひそめた。


「くっ……お、終わったんか?!」


 ワモがが目を開けてユウトを見ると


「な、なんじゃこりゃぁ?!」


 ワモが驚くのも無理はなかった。なぜならユウトはワモに稽古をつける前のように艶やかな肌色に戻って、まるで眠るように目を閉じていた。


「ユウト様!」


 レイナがユウトの口元に手を当てた。優しく温かい寝息がその手に感じられて、自然と目尻から涙が溢れて溢れた。


「よかった……本当に良かった」


 レイナの泣き顔が安堵の表情に変わって、ローシアとワモも安心して力が抜けた。


 一番驚いたのはワモで


「なんなんじゃ……あの光は……」


 と、ローシアに問うが、わかるはずもない。


「あれが全てを知る者の力だワ。あまりの強力な力にユウトは命を狙われてるんだワ……」


 ワモはユウトの深緑の力を目の当たりにして、それはそうだろうと納得した。

 目の前で死にゆく人間が急に元通りになる。そんな力が手に入るなら、誰もが欲しがるだろう。


「なぜ稽古であの力を使わなかったのか……おどれの入れ知恵か?」


「まさかそんなことあるわけないんだワ。アタシは戦い方の基本を教えてもらってほしいと思ってたけど、まさかあの力を使わないなんて思わなかったんだワ……あの力がないとユウトは……」


 ワモは花で深く呼吸して、


「……誰よりも弱い。そんなもの戦わんでも見ただけでわかる……だが、戦ってみてわかったが……」


 ワモは何かを言い淀んでいるようで、「師匠、何を感じたのかしら?」と問い詰めると



「……死にたがってるとしか思えなかったのぅ……目の光は戦う前から変わらんかったが、今思えば命なんていらない覚悟のようなものだったかもしれん」


 命がいらない感覚は二人にわかるはずがなかった。命より大切なものなんてそうあるはずはない。

 ローシアは、ユウトの考えている事がわからなくなってきていた。

 普段は大人しく、あまり意見を言わないのに、いざ戦いとなると命を惜しむ事なく前に出る。

 勝てるはずがないとわかっているはずなのに。

 光明も見えないはずなのに。

 前に出て戦う。

 理由はローシアにもワモにもわからなかった。


 **************



「そっか……」


 レイナの話を聞いて、ユウトは俯いて感想を簡単に述べた。あまりのそっけなさに、レイナは苛立ちが込み上げて募る。


「ユウト様、私たちとヴァイガル国で話した事を覚えていらっしゃいますか?」


「話した事?」


「私たちを信じていただけるか……ヴァイガル国で初めての夜、お姉様と三人でお話しした事です」


 ユウトは無論覚えていた。魔女の事、姉妹が魔女の末裔である事、世界でまだ蔓延る魔女狩りや、黙示録の存在が今もなお魔女の脅威を示している事。


 世界の全てをひっくるめて、姉妹は自分たちを信じてほしいと、ユウトに言った。無論覚えている。だからこそユウトは苦しいのだ。


『覚悟はあるんだワ』


 今もなお、明確に思い出せるローシアの決意。


 ユウトを殺されても構わないと言う答え。自分の命が世界の命運を握っていると言う重圧は、昨日からユウトを苦しめていた。


 胸の奥がズキズキと痛み、少し叩き、そして答える。


「もちろん、覚えてるよ」


「なら……なら何故……何故そんな無茶をなさるのですか?」


「……」


「命を捨てるようなことを、なぜご自分で許せるのですか?」


 涙声で声を震わせてユウトに問うレイナは涙を拭って、考えても考えてもわからないユウトの心に問う。


「私たちのために頑張っていてくださることは理解しています。でも……」


 ユウトは、拳を握りしめて耐えていた。湧き上がる誰にもぶつけられない怒りに。


 孤独だった。この世界でも、あまりに力がありすぎるゆえに。


「もうやめてくれよ!」



「ユウト……さま?」


 ユウトが声を張り上げて言うと、レイナは目を丸くさせた。

まさか大声で反論されるとは思わず、両目に浮かべる涙が丸く大きく膨らむ。


 その様子をみてハッとしたユウトは「ご、ごめん!大声出して!」と謝るが、覆水は盆に返らず。

レイナの涙は頬を伝い、膝枕をしていた腿に落ちた。

 啜り泣き、悔しくて、悲しくて、涙が拭えずお腹の奥から声を振り絞る。


「わたしは……わたしはユウト様にとって……お邪魔なのでしょうか」


――!!


「な、何言ってるんだよ!そんなことないよ!」


「では、何故そんなに命を大切にされないのですか……ワモ様は向かってくる人には全力で応える方です」


 

「うん……そうだね。最初に聞いたよ」


「聞いていたのになぜあの右腕を出さなかったのですか? 自由に出せるようになったのではないのですか?」


「う、うん……だせるけど、僕は……」


煮え切らないユウトの態度にレイナは


「ユウト様の右腕の力がなければ……結果なんてわかりきっているのに!」


叫ぶように言った。

 しかし、我に返ったレイナはユウトの顔を見て言葉に詰まった。

 なんて事を言ってしまったのだとすぐに謝りたかったが、ユウトの悲しそうな笑顔を見ていると、言葉が出ない。

 


「……うん。そうだね。わかりきっているかもしれないね」


 レイナはなんて事を言わせてしまったのかと訂正を試みるが、ユウトの表情がレイナの胸の奥に突き刺さる。


 悲しい笑顔。

 表情は雄弁に心を伝える。

 勘違いなどではなく、自分の一言が相手の心をえぐった時に見える目線のくもり。


 ユウトはレイナの言葉を受け入れ、反省し、心に留めるように聞き入れたが、それはレイナの本意ではなかった。


「ごめんね。心配かけて……悪かったよ。反省してる」


 ユウトはゆっくりと立ち上がると、道場の隅にいたシロが駆け寄ってきた。



 言葉は取り消せない。


文字でも声でも、人の心を伝えるのは言葉なのだ。

例え勢い余って出た言葉だとしても、言ってはいけない言葉はある。


謝りたくてユウトの背中を目線で追いかけるが、立ち上がることも出来ずに、涙で視線が歪む。


 ユウトが出て行った道場にレイナ一人が取り残された。


 涙を何度も何度も拭いながら鼻をすすって咳き込む。

自分のあまりの愚かさと未熟さに涙が止まらない。

 何故あんな事を口走ってしまったのか、今でもわからない。

悲しむに決まっている。誰よりもユウト自信が一番理解しているはずなのだから。


レイナは床に伏せた。


ついには嗚咽が漏れ始める。情けない泣き声を押し殺すが、決壊した感情は留まることを知らない。

感情の鬱積は、心の中に止められなくなると声になった。



 ほのかに聞こえていたユウトの足音が完全に消えると、叫ぶように泣いた。



**************


 ユウトはワモに用意された部屋に戻ると、ベッドに横たわった。


深緑の右腕がなければ結果はわかっていた。

確かにレイナの言う通りだった。ユウトは深緑の力を使わなかった理由は、力を使っていると『負ける気が全くしない』からだった。


 深緑の力はユウトに道を示す。どの攻撃がどのくらいの速さでどの部位を狙ってくるのかがわかる。わかるから回避できる。


 至極簡単な理由だが、ユウト以外の人間が見ると何故そう動けるのか理解ができない。まるで神がユウトに『そのように動け』と天啓を受けた人智を超えた使者のように見えていた。


故に、自力をつけたい稽古なら深緑の力を使っては意味がなかった。ワモの攻撃を全て避ける事ができる上に、逆に命を奪うほどの攻撃を繰り出せるからだ。


深緑の力に稽古は必要ない。そして、それを知っているローシアとレイナは、きっとユウトに深緑の力を使わずに強くなってほしいのだと理解していた。


ユウトのこの思考に至るまでに抜けているのは【二人から見た深緑の力を使ったユウトの戦い方の評価】なのだ。

姉妹からみて危うい戦い方に見えている事をユウトは理解していない。

姉妹とユウトの主観の意識と、客観の評価にズレがあった。



ユウトはまだ姉妹と自分の戦い方の評価にズレがあるとは思ってなく、ベッドに横たわり、レイナを意図せず泣かせてしまったことにショックを受けて枕を抱え込むようにしてうめく。


「何やってんだよ……ホント」


 辟易とする思いを声にして枕にぶつける。


「説明するの……下手だなぁ……」

『本当に下手だよねぇ』


「はぁ……だよねぇ……」

『うんうん。ちゃんと説明すれば泣かさずに済んだのにねぇ……あれは君が悪いよ』


「うん……わかってる……って」


 ユウトが勢いよく起きると、そばにシロがいた。


『君は本当に命知らずなんだねぇ』


「シロ!」


 カリューダの知識であるシロが愛らしくじっと見つめて舌舐めずりする。


『私が君の持つ聖杯に共鳴させなければ本当に死んでいたかもしれないんだよ、わかってるのかい?』


 やはりあのが稽古はそう見えていたのかと肩を落とすと


『とはいえ、共鳴させる事でまたこうして語り合える程度のマナを吸収できたから、私としては御の字だけどね』


 シロは嬉しそうに後ろ足で耳の後ろを掻く。


「僕はそんなに酷いことになるって思わなかったんだよ」


『まったく……私がいなかったら本当に死んでいたかもしれないのに、向こう見ずというかなんと言うか……とはいえだよ!』


 とつぜん話を切り替えるように声色が変わった。


『あの女の子の言う通り、無茶苦茶なことをしたんだよ。それは反省して然るべきだよ!』


「……はい」


 強い口調で怒るシロに謝ると『それはあの女の子に言うといいさ』と少し呆れてあくびをした。


「そう言えばさ……僕って心臓止まったんだよね」


『そうだね。止まっていたと思うよ、そう言う倒れ方だったからね』


「じゃあ、何故僕は生きてるの? 前にも同じ事があってさ、その時は内臓をぐちゃぐちゃに剣でかき混ぜられたのにさ、生きてるんだよ」


『ほう? その時の事を詳しく聞かせてくれるかい?』


 ユウトは、エオガーデと戦った時に、剣で腹をかき混ぜられて、確かに触れた死の感覚の話をシロに説明した。


 あの時も、何故か気が付けばエオガーデの前に立っていた。レイナの話を聞く限り、あの時と同じ事が起こっている。

カリューダの知識たるシロであれば何かを知っているかもしれない。そう考えた。


 説明が終わって、シロは



『君は本当にすごいね。私の聖杯を受け継いでそこまで再現できるなんてね。』


「どう言う意味? いい意味なのかな……」


『もちろんいい意味さ! なるほど……これは少し話が変わってくるな……』


シロは明らかに興奮しているようだった。ユウトは何もしていない、気が付けば新緑の右腕があって、戦ってあらゆる敵を沈黙させる事ができ、死んだと思ったら生き返った。

何がシロにとって変わるのか、と思案しながらシロの話の続きを待っていると

 


 コンコン


 突然、扉をノックされて体がピクリと反応した。


『私は少し黙るよ』


 と、話の続きを聞きたかったユウトはノックの相手を少し鬱陶しく思いながらノックに返事をすると、扉がゆっくりと開いた。


「……ワモさん」


 部屋に入ってきたのはワモだった。

その顔は、対峙していた時と同じように険しかった。

 

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