第五章 11 :試合
ゆっくりと目を開けたローシアは、ユウトとレイナに覗き込まれていた。
「あ……れ、アタシ……」
まだ寝ていたのかと思って体を起こすと痛みが体を駆け巡る。
「……いっ!…………たぁ……」
痛みが前身の至る所から湧いて出て顔が歪む。
「だめですよお姉様! ワモ様にこっぴとぐしごかたのですから。まだ体は痛むはずです」
ローシアはレイナの忠告に、夢じゃないかと思っていたワモとの稽古が夢ではなかったと知らされて安心した。
「夢じゃないならよかったんだワ」
あんなにしごかれたのが夢だとすると勿体無いと思っていた。久しぶりに充実した稽古は、ローシアにとって得るものが多かった。最後に見せたワモの動きは、十年間宿題になっていたローシアが想像していた通りの動きで、ローシアの五感で感じる事ができた。
十年前に同じ動きを見せられた時は、ワモが何をしたのかさえ理解できなかったが再び見る事ができて得るものがあった。過去は太刀打ちさえできず、何をされているのか理解さえできなかったが、今回はワモの動きを捉える事ができた。
今すぐにでも感じた事を自分の体に落とし込むように練習したいところだったが、ワモに手刀を食らったところがズキズキと痛み顔を歪める。
レイナはワモに恨み節ではないが、稽古を見ていた感想を吐露する。
「あんなに酷くお姉様に手刀を打つ必要があったのでしょうか……」
ローシアはワモに手刀を当てられた部分を撫でる。
「ワモ様は本気で相手をしてくれたんだワ。手刀を受けたアタシにはわかる。ワモ様も本気でやらないと避けられなかったはず。少なくとも全く成長していないと言うわけではない証拠なんだワ」
「本当にそうなのでしょうか……」
「心配性ね」
レイナは手にマナを集めて白く光らせ、ローシアにヒールを施す。
痛みがなくなれば、きっと先ほどワモがローシアに見せた動きを見よう見まねで試すのだろうと思いながら。
道場の外から一つの足音が聞こえた。足音の主はワモで、稽古の時よりも険しい顔をして帰ってきた。
「ローシア、ワレもう平気なんか?」
「はい! 今すぐにでも稽古を……!」
「ばぁか。ワレの番はもう終わりじゃ。次はレイナ」
レイナは突然ワモに名前を呼ばれてビクッと反応した。
「わ、わたしですか?」
「そうじゃ。」
「か、刀、使うんですか?」
「当たり前じゃ! ワレの武器は刀じゃろうが」
仁王立ちしたワモが見下ろすレイナは、正座したままモジモジとし出して立ちあがろうとしなかった。ユウトはなんとなく理由を察したが、ローシアは完全にわかっていた。助け舟を出すようにローシアが、レイナが乗り気でない理由を口にした。
「ワモ様、レイナの刀、この間の戦いで折れたんだワ」
「な、なんじゃとぉ!……と言うとでも思うたか?」
「えっ?」
ワモは、舐めるなと言わんばかりに鼻の穴を広げてレイナを見下ろすと。
「見せてみい」
と右手を差し出す。レイナはワモには隠し事は出来ないと思って、背中の刀を差し出した。
ワモが右手に柄、左手に鞘を持ち、刀を引き抜くと、鞘の中でガチャガチャと金属音が鳴って、折れた刀身がワモの目の前に現れた。
「ひっどい事になっとるのぉ……」
ワモは、いつか折るかもしれないと懸念はしていた。それはレイナの戦い方は中距離で魔法で牽制しながら近距離で刀を使う故のデメリットがある。
レイナは風を操る事が出来るゆえに、本能的に近距離の戦いを避ける傾向が昔からあった。
決して鍛錬をサボっていたわけではないのだろうが、ローシアのように間合いを詰める相手や中長距離で力強い攻撃を繰り出す相手と戦うことになると、身を守る術がなくなる。
ワモは、レイナが刀を使って身を守らなければいけない場面もあるだろうと予測していた。
だが、見事に折れた刀を見て、相手も相当な手練れだったのだろうと折れた刀を見て察したが、レイナが持つ刀は、そんじょそこらの一口ではない。
「これ、誰が折ったんじゃ?」
「……それは……」
レイナは俯いて言い淀んだ。
ローシアが見かねて話し出そうとするとワモは手でそれを制した。
「まぁええ。言いたくないこともあるじゃろう。刀は折れたら直せんものだが、こいつは特別な一口じゃから直せるかもしれん」
特別な一口とレイナは知っていたようで、申し訳なさそうに唇を噛み、正座で説教されている子供のように両膝に手を当てて首を垂れる。
ワモは怒っているわけではないが、レイナの落ち込みようにため息をついて
「レイナが持っててもどうしようもない」
折れた刀をまた鞘に収めた。
「これは預かっておく。直せるかどうかわからんがあてはあるからのぅ」
レイナの刀を壁に立て掛けてからワモは指を鳴らしながら壁にかけてあった木刀を二本とり、一本をレイナに投げると、簡単に受け取った。
「さて、レイナ、ワレが十年も鍛錬してきた成果を見せてみい!」
レイナは受け取った木刀を見つめて口を一文字に結ぶと頷いて立ち上がった。
ワモはニヤリと笑ってから木刀を中断に構えると、レイナは左手で木刀を腰の鞘に収めているように構えて腰を落として右手を柄にかけた。
ワモはレイナの構えを見て「ほう……」と感心を漏らす。
間合いを測りながらレイナとワモはじわりじわりと詰める。
勝負は一瞬かもしれないと、ユウトは固唾を飲んで見守っていた。
先に動いたのはレイナだった。
**************
日が完全に昇るとワモ剣術道場には練習熱心な道場生が走ってやってきた。
門を潜ってから道場に息を切らせて道場に着くと、きのうやってきていた銀髪の女性が倒れていて、ワモと銀髪の女性の連れが介抱している姿が見えた。
「……ちっとやりすぎたかのぅ?」
「仕方ないんだワ」
「ううっ……」
道場生はどうやらワモが稽古の相手になったのだろうと思った。だが、道場生はそれどころではなかった。
「ワモ師範!」
「おお?! なんじゃ……もうそんな時間か」
道場生の到着を知ったワモは、もう道場生の朝稽古の時間かと驚いたが道場生はそれどころではなかった。「これは本当ですか!」と一枚の紙をワモに差し出した。
ワモは受け取って「ああ、これか。本当じゃ」と言うとレイナを介抱するローシアに渡した。
「あと二日後じゃ」
と言い残してワモは腰を叩きながら道場から出ていくと、道場生はものすごい剣幕で「どう言うことですか!道場の命運が……」とワモを追いかけて出て行った。
ユウトはローシアがまじまじと見ている紙を覗き込む。
「シューニッツ家主催他流試合……」
「なによこれ……」
ユウトは全部読んだローシアの後に続く。
「祭り最終日に……当主であるシューニッツ家の三姉妹と試合……相手は……ドァンクの猛者……」
内容を視線を下にずらす。
「三姉妹と闘うのはドァンクからは……双子であり、ワモ剣術道場の弟子でもあるローシアとレイナ……そして……全てを知る者……ユウト……えええ?!」
驚く事がたくさんありすぎて何を言えばいいのかわからなかった。
どんな試合なのかはわからないが、試合と呼ばれる何かが三日後にある事、そして、ワモの弟子と誰にも明かしていないはずなのにこの紙には弟子であると書かれている事、そして何よりユウトが全てを知る者だと明かされている。
「ど、どう言う事?」
ローシアは読んでいた紙をユウトに渡して「最後まで読んでみるんだワ」と言って、ワモを追いかけるべく駆け出して行った。
「あ、ちょ、ちょっと!」
お座りしてユウトを見上げるシロと、道場の床に横たわって気絶しているレイナだけの空間になってしまった。
ユウトはローシアに言われたように紙に書かれた最後までゆっくりと読み上げる。
「祭り最終日に……試合をして……ドァンク側の勝利の場合は……これから検討するが……ドァンク側の敗北となった場合は……」
――国防参謀のワモを更迭……剣術道場の閉鎖……――
後二日でヴァイガル国、ドァンク共和国、ダイバ国の運命を握る試合を行う事と、ワモの役職と剣術道場の命運を握る試合に出場する事実を知って、頭の中が真っ白になった。




