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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第五章:聖書記誕生
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第五章 4:謝罪

ワモ流剣術道場から大人数の道場生が門から駆け出していた。


「あれま……どうしたのかねぇ……」


 

 近所に住むワモとご近所付き合いのある老婆は、腰を曲げて家の前の花壇の手入れに汗を流していたが、大人数が駆け出して行くのを見て、またワモのご機嫌を損ねたんだねとほくそ笑む。



 それもそのはずで、たった一人の少年に何十人もの弟子が太刀打ちできないところを目の当たりにしたワモは、足の骨を砕くつもりで外を走って来いと全員に命じたからだ。


『おどれらァ! 足腰砕けるまで走れやァァ!!』


 と顔真っ赤にして道場生全員に響き渡る大声で命じたことまで老婆は知らないが、ワモにまた無茶苦茶なことを言われたのだろうと、困り果てた顔で走りながら通り過ぎて行く道場生たちを、心の中でがんばりなさいねと応援しながら見送った。


 道場のだだっ広い板張りの稽古場では、ちょうど真ん中あたりにワモがあぐらをかいて座りこんで床を叩いてユウトを目の前に座るように促した。


 すごすごとワモの様子をうかがいながらワモが叩いた床の少し前に向かい合って座ると、口角を上げて笑った。


「ワレは強いのぉ! 大したもんじゃぁ!」


 ユウトはワレと言われて、ワモのことを言っているのか、ユウトのことを言っているのかわからなかったので、「へへへ……」と愛想笑いで誤魔化した。


ローシアとレイナもユウトの隣に座ると、ローシアが神妙な面持ちで胸の内を語り始めた。


「ワモ様……アタシ達はようやく全てを知る者を見つける事ができました」


「おお! そのようじゃな! ようやったぞ!ようやく二人の悲願が叶うのじゃな!」


「はい。ですが……」


 ローシアは、イクス教神殿で起きた出来事をワモに説明し始めた。


 黙示録と呼ばれる石碑を破壊したこと。

 ユウトが黙示録からシロを取り出したこと。

 今この世界には、カリューダの肉体、知識、聖杯があること。


 そして、その三つを使って、魔女カリューダを甦らせる事ができること……


 黙示録の破壊は物理的には達成しているが、本質の部分ではまだ解決はしていない。

 

 姉妹の悲願は魔女なき世界なのだ。魔女が忌み嫌われる世界から痕跡を全て無くすこと。


 それは姉妹の先祖、遡れば魔女マーシィの悲願でもある。


 ワモは姉妹の悲願は知っていた。彼女達に修行をつける前に理由を聞いていた。その時のことを懐かしそうに感慨深く思い出す。


「あれは、このワシがドワーフの村に迷い込んだ時のことか……いつ頃だったかのぅ?」


 ローシアはすぐに答えた。


「十年前です」


「そうか、もうそんなに時間は過ぎしもうたのか……早いのぅ……」


 ユウトはレイナの腕を指でついて、少し驚いたレイナの耳元に少しだけ顔を近づけた。


「ねぇ、十年前って、ワモ様も僕も同じくらいの歳じゃないの?」


 レイナは小さく笑った。


「ワモ様は鍛えに鍛えたその体と精神でお若く見えるだけです。もう四十は超えておられますよ」


「――!?」


 自分よりも下手したら年下に見えるようなワモが四十を超えているとは全く存外だったユウトは、驚いて声が出そうなところをなんとか飲み込んだ。

 ワモが自分の倍以上の年齢なんて思ってもなく、今ワモを見ても若作りなどと言った小手先で見せかけているわけではなく、本当にユウトと同じくらいの年齢に見えた。


 ローシアと語り合うワモの顔をじっと見ても、シワや白髪などなく、ハリのある肌で見た目にはとても四十には見えなかった。


 エミグランは例外としても、見た目だけで年齢を判断できないではないかと思ったところに



「アンタ、世界でもワモ様だけなんだワ。こんなに若々しく見える人間はね」


 と、ローシアがユウトの思うことをズバリと言い当てられてしまい、から笑いしながら頭をかいた。


「ワシはどんな人間よりも鍛えに鍛えたからのぅ。鍛えたら見た目なぞ自由になるものよ。」


 ユウトはワモがさも当たり前のように言っていることを理解することはできなかった。


「鍛えてって……そんな簡単に……」


「出来る! 出来るんじゃ! このワシが見本じゃ!!」


 とワモは胸を叩いて大声で言うと、弾けるように笑い声をあげた。


 ユウトは納得できるはずもなかったが「そう……ですか、すごいですね……」と同調しておいた。

 このことで深掘りすると、どれだけ鍛えたのかと言う話になりそうで、話を進めたいローシアの意に反するだろうと思っていた。その証拠に、じとっと見つめるローシアの『余計な事は言うな』と言わんばかりの視線が痛い。


 ローシアはワモの笑い声を咳払いで止めさせた。


「ワモ様、一つお願いがあります」


 笑いやんだワモは真剣な顔つきに戻る。


「なんじゃ?言うてみい?」


「はい。アタシ達……ユウトも含めて三人の稽古をつけて欲しいのです。これからもっと危険な場面に遭遇する事は間違いないので、今よりも強くなりたいのです。」


 ワモは先ほどの弾けるような笑顔と笑い声から一転して、ローシアの顔を真似したかのような神妙な顔つきになった。


「ワレェ……今、ドァンクにおると言っとったな?」


 低い声でも声量は太く、腹にズンと錘が現れたように重く響く。


「はい。アタシ達は、ドァンクの貴族会の代表エミグラン様のもとにいます。」


「んなら、やすやすとその話を受けれんのはわかっとるよのぉ?」


「……ダイバ国直属の剣術師範代であられるワモ様。まだ敵対していないとは言え、もしかしたら敵となりうるドァンクの使者であるアタシ達には教えられない……と言うことかしら?」


 ワモはローシアから睨み上げる鋭い視線を外さずに頷いた。


「ヴァイガル国とやり合った話は当然わしのところにも届いとる。まさかおどれらがやらかしたとは知らんかったが。今、三カ国の緊張は、目には見えんが極限まで張り詰めとるんじゃ。ダイバ国は次の出方を伺っとる状況じゃ。そんな中でドァンクのおどれらに稽古をつけられると思うとるんか? 都合が良すぎやせんか?」


 ユウトからしてもワモのいうことはもっともなことだと思った。レイナも同様の感想のようで、口を一文字に閉じて、二人のやりとりを見守っていた。

 ローシアのことを信じ切って。


「……アタシ達は今日とある理由でここに来たんだワ。」


 と、ローシアはレイナに手を差し出すと、レイナはすぐに何を求めているかを察して、エミグランの封書を渡した。

それをワモの眼前に突きつけた。


 ワモの視線には蝋封の模様が見えていた。


「これは……」


「エミグラン様からの親書なんだワ。アタシ達がダイバ国に来たのはシューニッツ家にエミグラン様からの新書を届けるだめなんだワ」



「……クズモ様に? エミグランが?」


 ワモは明らかに動揺していた。

ローシアは構わず続けた。


「ええ。ドァンクとダイバ国の関係は同盟を結んでいない通商関係のみ。貴族会とシューニッツ家は仲違いしているわけではなく、とある一国の視線だけを気にしていて歩み寄る事が出来ずにいた……言わずもがなヴァイガル国なんだワ」


ワモの動揺はまだ隠せず、目を見開いてローシアを見つめていた。


「ヴァイガル国は、魔石技術で他国と差を広げ続けて強大になった大国。魔石の汎用性を考えればダイバ国としても、敵対したくないのは当たり前のことなんだワ。でも、今その大国が綻びを見せているんだワ」


「そりゃぁこの間の神殿の件か?」


「それもあるワ。でももっと前から色々とあったんだワ。エミグラン様が二百年の沈黙を破ってヴァイガル国に訪問したり……」


 ワモは「なんじゃとぉ!」とローシアの言葉を大声で遮った。

その様子にローシアは思わずニヤリと口元を崩した。


「知らなくて当然なんだワ。秘密にしたのはヴァイガル国なんだワ」


「……」


 ワモは動揺したまま言葉を失っていた。


「おそらくこの親書には、対ヴァイガル国の事が書かれているワ。ここで見せる事はできないけど、きっとワモ様にもこの内容は伝えられるんだワ。内容を知ってからでもいいから稽古の事を考えてくれないかしら?」


ワモは少し考えて、息を吐き出してから答えた。


「……可能性の話で今ここで返事はできんわ……じゃが、その親書には本当にローシアの言う事が書いてあるのか、わかるのか?」


 ここまで真剣に話してきたローシアはおどけるように肩をすくめて「さぁ? わからないワ」と言ったあと、すぐに続けた。


「でもアタシのカンは当たるんだワ」


 とだけ言うと、ローシアは立ち上がった。やはりワモは国を背負う立場になって昔のようには稽古をつけてくれないだろうし、長くここにいるわけにもいかなかった。

シューニッツ家に親書を届ける事が最優先事項なのだ。

三人に稽古をつけられるか否かの返事をまだ悩んでいるワモに、ローシアは申し訳なく思った。


ーーワモ様は、なんとか稽古をつけれないかまだ考えてくれている……でも、考えても立場上できないワ……淡い期待だったけど仕方ないワ……ーー


ローシアは顎に手を当てて考え込むワモの膝に手を置くと、視線を向けたワモにニコリと微笑んだ。


「ワモ様、ごめんなさい。わがまま言って反省しているんだワ。今のワモ様の立場だと無茶な事だとわかってた」


「ローシア……」


ローシアは、寂しそうにはにかむ。


「……アタシ達がもしかしたらヴァイガル国とドァンクの戦争に巻き込まれて死ぬかもしれない。そうなったら今日は最後の挨拶になるかもしれないんだワ。お願いしたところで稽古をつけてくれるかなんてわからなかったけど……でも、会えて良かったんだワ」


ローシアは、レイナとユウトに目配せして立ち上がるように促した。


「ありがとう。ワモ様。」


 と、ローシアは寂しそうにワモに言って、稽古場を出ようと歩き出した。


ワモは三人が歩き出すと、背中に向けて止まるように手を伸ばして、まて!と言いたかったが言葉は口から出なかった。


止めるなら行く先は稽古をつけるか、三人を国防を脅かす者として亡き者にするかしか結末が想像できなかった。

ダイバ国は、古くから大国であるヴァイガル国、そして建国二百年でエミグランの力によってメキメキと頭角をあらわしたドァンク共和国の動向で国の決定が左右される第三国の立場だ。

いずれかの国に睨まれるならいずれかの国に従う他ない。

静観する事で、いずれかの国がなくなり統合されることになれば、今度はダイバ国が狙われる可能性が出てくる。


ドァンクにつくのであれば三人の稽古は正当化される。だが、ヴァイガル国につくのであれば、親書の存在は邪魔になる。

ならば使者は『来なかった』とする方が都合が良い。


しかし、ワモは三人を殺す決断ができるはずがないと馬鹿な思考だと断ち切る。弟子を殺すなど己の信念に反すると、少しでも殺す事を考えた自分の愚かさ加減に辟易した。


そして、国という括りが、ワモと姉妹の距離をここまで離れさせてしまったことに唇を噛んだ。


 できる事ならすぐにでも稽古をつけて見てやりたかった。どれだけ成長したのか、成長が止まっているなら何が壁になっているのか。懇切丁寧に教えてやりたかった。姉妹もワモの十年前からの弟子なのだから。

 

 二人がエミグランの使者で来たのなら真っ先に向かうべき場所は、ダイバ国の長であるシューニッツ家当主クズモのもとだ。それをおいてでもこの場に来てくれたというのに、何という小さい男なのだと今更ながらにワモは自身の狭量な心に怒りが込み上げた。


だが、憶測の段階で国の重要な役職にいる自身が率先して稽古をつけれるはずはなく、三人に心で――すまん……今は何もできん……――と詫びながら頭を下げて謝る事しかできなかった。


 

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