章間:出会いの価値
もうだめだ。歩けねぇ。足の裏が石みてぇに硬くなってんのかわかんねぇけど、歩くだけで足の裏のコリみてぇなやつが、骨を伝わって背骨に響くくらに痛え。
座ったら二度と立ち上がれなくなりそうでまだ触ってもいねえが、ふくらはぎもパンパンに腫れ上がってるに違いねぇだろうし、何よりも二日も草と泥水啜って飢えを凌いだが、それが運の尽きだったらしく、朝から経験したこともないような目眩と吐き気が交互に襲ってきやがる。
――もう、ダメかもしれねぇ……――
おそらく食った草の中に毒草が入っていたのだろう。早く目的地に着きたいと道を外れて草原を突破しようと道なき道を選んだのも最悪だ。まわりに人っこ一人いやしねぇ。
元の道に戻るにも、もう体力の限界らしい……
最後はこんなもんか……
もう疲れた……草の匂いが遠くなる。
こんな簡単に死ぬのか……
ああ、空はこんなに青かったんだな……
ぐるぐる回る空と雲に吸い込まれるように意識は消えていった。
**************
驚くほどいい匂いがして、ここは天国かと目を開いた。
「おお、目覚めたぞ! ばぁさんや」
覗き込むしわくちゃで髭まみれの爺さんがオレを見ながらそういうと、少し声が遠いところから「よかったねぇ」と聞こえてきた。
ここは……どこだ?
「あんた、あんなところに倒れてしもうたら死んでしまうぞ?」
死んでしまうぞと言ってるってことは、俺はまだ死んでないらしい。しぶとくも生き残ったのか。
「まーだしゃべれんじゃろう? 脱水症状起こしておったからの、意識朦朧じゃろうて。あんた、あの辺の草を食べたんじゃろう?」
俺は頷いた。
「じゃろうな。あそこは脱水症状を起こす毒草がまばらに生えておるからな? 体調によっては死ぬからの。今うちの婆さんが温かいスープを作っておるからの。」
「もう出来ましたよ?」
背が丸まった物腰柔らかそうな婆さんが、盆に美味しそうな湯気と匂いを乗せて持ってきた。
持ってきてくれたのは野菜を細かく切って作った野菜スープだった。「若いからお肉とか入っていた方がいいんだろうけどねぇ」なんて婆さんは申しわけなさそうに言ってたが、そんなことはねぇ。一口食べたらとんでもなく美味かった。俺が当分まともな飯を食ってないのもあるかもしれないが、差し引いても美味い。
口に含むと胸の奥に伝わる温もりが腹の中に伝わって、ほっとした俺の顔を見た爺さんと婆さんは、安心したらしく、満足そうに頷いていた。
次の日の朝
まだ体から毒が抜けてないかもしれないからと一日横になってるように爺さんに言われた。
そう言うならお言葉に甘えさせてもらおうと横になっていた。
どうやら老夫婦二人で住んでいるらしく、部屋の中は年寄りらしい装いだ。家の中は婆さんの趣味なのか香の香りがしていて、いかにも年寄りの家の中って感じがする。
窓の外を見ると、かなり広い畑が見えた。作物も種々様々な野菜を作っているようで、共通しているのは綺麗で瑞々しい緑の葉をつけている。ずいぶんと丹念に育ててるんだな、と感心した。
畑の真ん中辺りで爺さんが曲がった背で力一杯鍬を振るっていた。辺りを見回しても婆さんはいない。
こんな広い畑を一人でやってるのか……と思うと、こうして寝ている自分が馬鹿みたいに思えた。
――せっかく助けてもらったのに、俺は何やってんだ……――
一宿一飯の恩は返さないと思ったから、明日なんか手伝う事がないか聞いてみようと思った。
その日の夕方、婆さんは俺が倒れる前にいこうとしていた北のノースカトリアの街から帰ってきた。
朝早くに出て買い物に行ってきたらしい。人が多いところは苦手らしく、それでも弱った足腰だとどんなに急いでもこの時間になるらしい。
子供がいるなら頼めばいいじゃねえかとスープを啜りながら言うと「親も子供もいつまでも頼りっぱなしはダメなのよ」と婆さんは笑いながら言う。
子供がいねぇ俺にはわからねぇ話だと思ったが、どうやら身寄りがない老夫婦ではないようで、何故かほっとした。まあ、こんなに綺麗な家に住んでるんだからそれもそうかと納得した。
二日目の朝
ようやく体が動かせるようになったので、爺さんに「畑仕事手伝わせてくれ」と言ってみた。
「ばかたれ。畑を舐めるなよ」
とニヤニヤしながら言う爺さんに、「オレも手伝う方が早く終わるだろ?」と返すと
「まだ本調子じゃないじゃろう? もっと元気になってから恩返ししてくれたらええ」
と手伝わす気はないらしい。恩の押し売りになったとしてもオレの気がすまねぇからと立ち上がって外に出てみた。
太陽が燦々と照りつける中、俺はこれは無理だと思った。暑くてしんどいわけじゃなく、太陽の光を視界に入るだけで眩暈がする。肌を照りつける光が体力を奪うように感じる。気がついていなかったが、思いのほか俺の体力は無くなっていて本調子じゃなかったらしい。
情けねえ。
「ほら言わんこっちゃないじゃろう。さ、早く家の中に戻って横になっておけ」
従うしかなかった。
婆さんは「焦らなくていいんだよ?」と微笑んで慰めてくれるが、俺はアンタ達に早く恩返しがしてぇんだと思いながら歯噛みして、また横になった。
次の日の朝
爺さんが畑の仕事を急いでこなす必要があるらしく、朝食は婆さんと二人で食べた。野菜中心の食事だが婆さんの料理の腕が確かで美味い。おかげで慣れてきて、今は肉を食べたいと思わなくなってきた。
飯を食い終わって、俺の向かいに座って目を細めながら器用に編み物をしている婆さんに話しかけた。
「爺さんは畑か?」
「ええ。昼までに全部終わらせるって張り切ってたねぇ」
「そうか……俺もなんか手伝いたいが……」
「それは爺さんに聞くしかないねぇ。あたしはご飯作るくらいしかできないからねぇ」
「婆さんにも飯を作ってもらって、感謝してる。なんかして欲しいことはねぇか?」
「……そうだねぇ……じゃあ……」
「おっ!なんかあるのか!」
「……あなたの名前を教えて欲しいかね」
「……なんだよ名前かよ……そういえばお互いにまだ名前も知らなかったな……こんなに世話になってんのに……」
「いいんだよ。あんたはもう少しで死にそうになってたんだ。仕方ないよ」
「そうか……俺はルティスだ。見ての通り……右手はねぇ……」
「そうかいそうかい……大変だったねぇ……」
「怖くねぇのか? ドァンクで犯罪人なんだぞ……」
「目の前で死にそうな人を救うことに躊躇うことはないねぇ。右手がないのも何か理由があったんじゃないかっておじいさんは言ってたよ。」
「理由か……」
「あら、ごめんなさいね。聞きたいわけじゃなかったんだよ。言いたくない過去はあるからね。でも……」
「でも?」
「ルーちゃんはきっといい子なんだろうね。」
「る!……ルーちゃん?」
「そう、ルーちゃん。」
名前も知らなかった二人は、その日から俺のことを「ルー」と呼ぶようになった。
右手のことを素直に話したのは、俺を介抱している時に、右手のことはわかっていたはずだと思ったからだ。見られているし隠す必要もないから正直に言った。
だから俺はこの二人に心を許してしまったのだろうと思う。
次の日の朝
起きて立ち上がって体を少し動かしてみた。完全とは言えないが、六割か七割くらいは体力が、戻ってきた感覚があった。
「畑、やってみるか?」
朝食を三人で食べている時に、まるで俺に体力が戻ってきた事を見抜いたように爺さんが提案してきた。
「望むところだ。俺に任せろ!」
と胸を叩いたが甘かった、想像以上に甘かった。
まず左手で鍬を持って振り下ろす動作が体に響く。肩から首、背骨、やがては膝にまで響いた。
「無理はせんでええぞ!」
と爺さんは元気よく鍬を振るっていた。負けじと俺も半ばやけになってやってみたが、陽が上り切る前には汗だくで、息も絶え絶えに地面に横たわっていた。
爺さんは陽が傾いてもまだ元気よくリズミカルにまだ鍬で耕していた。
――何かコツがあるんだろうな……――
後で聞いてみようと思いながら、地べたに座って爺さんの仕事をずっと見ていた。
三日目の昼頃に、馬車でやってきた定期配達人からドァンクがヴァイガル国に攻められたと言う話を聞いた。
理由はわからないがおそらく聖書記絡みだろうと言う事らしく、今はドァンクへ向かう予定の行商人連中は自主的に立ち入りを諦めて、俺が数日前までいた宿駅で山のように人だかりができているらしい。
――ユウトのやつ……大丈夫なのか……――
もう一度ユウトに会いたい。今度は過去のしがらみ関係なく、こんな俺を信じてくれたアイツに正面から向き合いたい。
でなきゃ俺の過去の精算は終わらない。アイツを騙しそうになった自分の負い目は、この右手を落とした後の事だ。あの女に止められ未遂だとしても真っ当に生きて再会したい。
行商人がベラベラと知ったように話す傍らで、爺さんと婆さんは表にはっきりと出すわけではないが、怯えているのが俺でもわかった。
どこから聞いたのか、おそらく見てもいないことをベラベラ喋る行商人が腹立たしくなって追い出してやろうかと思ったが、我慢した。
その日は爺さんと婆さんとは、あまり話さずに終わった。あの行商人のせいだと思うと、もう顔も見たくなかった。
年寄りで二人暮らししていることを少しは考えて話せ、あの気の利かないクソヤローが。
……しかたねぇ、明日は少しから元気でもいいから、二人に元気が戻るようにオレが明るく振る舞って、今日のことを忘れさせよう。
だが次の日の二人は、いつもの二人だった。
ルーちゃん、今日も畑にいくか?
ルーちゃん、ご飯は口に合うかい?
ルーちゃん、元気になってよかったねぇ
昨日の事なんて忘れたようにいつもの爺さんと婆さんだ……なんだよ……オレが気を使う必要もねーじゃねぇか。
「今日も畑に行くに決まってんだろ!」
二人はいつものように笑ってくれた。
それからしばらくは、二人と共に過ごした。
畑仕事もコツを掴んできて、片手で鍬を振るって爺さんに負けないくらいに耕せるようになった。
婆さんの料理は絶品でいつも美味しい飯を食わせてくれた。
毎日が当たり前のようにやってくる。
朝は希望と共に目覚め、昼は汗を流して懸命に働き、夜は今日一日に感謝して明日に祈りを捧げる。
おそらく幸せな家庭っていうのは、こんな当たり前のことや平凡なことを楽しく過ごせる奴らのことを言うのだろうなと実感した。
俺には……暖かくて、優しくて、右手のない俺をここまで俺のために色んなことをしてくれる爺さんと婆さんに感謝しかないが、俺にはやらなくてはならない事がある。
俺が右手を失った後に、唯一の罪だと思っているユウトのこと…… あれだけは絶対にケジメをつけないといけないんだ。
どんなに俺がここで懸命に働いても、あの一件は何も片付いてねぇんだ。
右手を失ってから、ドァンクで働くことすらままならなくなって、飢えてどうにもならない俺を救ってくれたアイツも、この爺さん婆さんも、どちらも同じくらい大切なんだ。
そのために俺は今ここで甘えているわけにはいかねぇ。ノースカトリアに行って、一旗あげて、アイツに会って詫びるまで、俺の贖罪は続くんだ。
でないと一生後悔する。どんなに幸せな家庭を築いても、俺の性格上、後悔することは目に見えている。
ドァンクで仲間に裏切られた俺は、お人好しのクソやろーだと思っていた。
だが本当は、裏切ったやつらがそもそも仲間じゃなかったんだ。
ユウトに、この爺さん婆さんもそうだ。
俺が知らないだけで、世界にはまだ優しさで満ち溢れる場所があるんだ。
俺が居てもいい場所があるんだ。
つくづく俺は幸運なやつだと思う。そう思わないとこんな辛かった世界に勝てるわけがねぇんだ。
明日、俺はこの家を出て行く話をしようと思った。
決意した次の日の朝、定期便のクソやろーがやってきた。今度はドァンクではなくてダイバの話だ。
なんでも数十年ぶりに祭りが開かれるらしい。
爺さんと婆さんは、若い頃に行った事があると言っていた。なんでも祭りと政[まつりごと]をかけて開かれるものらしいが、昔に行ったその祭りを思い出して幸せそうな顔をしている二人を見て、配達人をクソやろーから、いけすかねぇやろーに格上げしてやった。
その日の夜、飯を食い終わった後に、話があると切り出した。
「……俺、明日、この家を出るよ」
「……そうかい、もう体は大丈夫なのか?」
「ああ。問題ねぇ……すまねえが今俺は恩返しなんてできねぇ……けど」
「バカもん。そんな事気にすることはないわい。畑も手伝ってくれたし、婆さんの話し相手にもなってくれた。充分じゃ」
「そうだよ? あたしもルーちゃんがいて楽しかったしねぇ」
「いや、こんな俺を優しくしてくれた恩はこんなもんじゃ返せねぇよ……だから、すこし待ってて欲しい。必ず返すから」
爺さんは、今日配達人から受け取ったバニ茶を啜りながら
「ええよ。ワシ達はルーちゃんと過ごせただけで充分じゃ」
「そうだよ? 気にすることは……」
「俺の右手は、ドァンクで切られた。その時に俺はもう終わったと思った。こんな右手の獣人なんてどこに行っても厄介払いされるもんだと思っていた。実際にドァンクではそう言う扱いだったしな……」
「ルーちゃん……」
婆さんが目頭を押さえた。
ゴメン、泣かせるつもりはないんだ。
「でもあんたらは違う……俺の荒んだ心に優しくしてくれた恩人なんだ。あんたらには普通のことかもしれないが、俺にとっては言葉に表せないほど心に染み渡る優しさをくれたんだ……」
なんだか俺らしくないむず痒くなる言葉を並べてしまったが二人は真剣に聞いてくれてた。
「……このまま、爺さんと婆さんと暮らすのも全然悪くねぇ、むしろありがてぇくらいだ。でも俺にはもう一人、同じ様に感謝を伝えなきゃならねぇヤツがいるんだ。そいつと向き合える様になるために、俺はこの家を出て行く。」
俺はテーブルに額がつくぐらい二人に頭を下げた。
「すまねぇ! こんな俺にここまでしてくれて、何もせずに出て行くなんて虫が良すぎる話かもしれねぇが……勘弁してくれ!」
顔は見えなかったが、爺さんが鼻を啜って
「ルーちゃん……頭を上げてくれ……お前の気持ち……よくわかったよ」
「……あたし達もね、謝らなきゃいけないんだよルーちゃんに嘘をついていた事があるんだよ」
俺はまさかこの二人が嘘を言うなんて思ってなくて「嘘?」と頭を上げて聞き返したんだ。すると爺さんも目頭を押さえていた。
「わし達には子供はおらんのだ……授からなくての……わしらの家族は二人しかおらんのじゃ」
「え……?」
「年寄りの二人暮らしだからね……襲われたら何もできずに殺されてしまうかもしれないから……ごめんね……ルーちゃんに嘘を言っていたこと、疑っていたこと……ずっと後悔していたんだよ……」
なんだそんなことかと思ったが、二人は咽び泣く様に謝っていた。謝ることなんかじゃねぇよ。
「いや、いいよ。俺は気にしてねぇからよ」
爺さんは一度鼻をかんでから、涙を拭いて語り出した。
「ルーちゃんがうちに来てくれて、本当に楽しかった……まるで子供がいたらこんな生活になったのかと毎日が楽しかったよ」
「あたしも……授からなかったけど、ルーちゃんと過ごした日々は死ぬ前にいい思い出になったよ……」
「おいおいよしてくれよ! 死んでもらっちゃ困る。生きてくれよ!」
冗談で言った婆さんは、真面目に聞いてた俺がバカ真面目に答えたのが面白かったのか、涙を流しながら笑顔になった。爺さんは
「ルーちゃんが出て行くと言うなら止めはせんよ。明日、お別れしよう」
婆さんは寂しそうに
「辛い事があったら、うちにかえってくるんだよ?」
俺みたいなやつにここまで行ってくれる人間なんていなかった。もっと早く出会っていれば右手はこんなことにならなかったかもしれない。
だが、過去に戻る方法なんてないからわからないし、もしかしたらそもそも出会っていないかもしれない。
今出会うべくして出会った二人なんだろう。
右手を切られていなかったら、あの日宿場にいたかもわからないしユウトにも出会えなかった。
だから、右手のない俺じゃないと出会えなかったんだ。
俺は神なんて信じねぇ。
だがこの出会いは感謝しかない。
もし神が本当にいるのなら、この出会いを俺のために作ってくれたのなら、感謝するぜ。
その日の夜はいつもよりもたくさん話をした。
今までのことや、これからのことを。
二人は優しく頷き、時に笑いながら聞いてくれた。
次の日の朝
「じゃあ……行くよ」
家の外に出て、街道につながる道を進めばノースカトリア行きの道につながっている。
二人の返事はなく、頷いていたが、爺さんが
「少ないがこれを持っていけ」
と俺の左手を握って何かを手のひらに捩じ込んだ
開いてみると、銀貨を含めた一万ゴルドくらいの金があった。
「ば……バカかよ こんな金なんて貰えねえよ爺さん!」
「畑を手伝ってくれた礼じゃ。先立つものがないと大変じゃからの……」
「いや、いいって!」
「いいから! 持っていけ!」
爺さんがこれまで見た事がないくらいに強い剣幕で言うもんだから「……すまねぇ」と言って受け取った。実はありがたかったし貰えるものなら貰いたかったが、二人の生活のことを考えると、素直にありがとうと言って受け取れなかった。
婆さんは
「ルーちゃん、右腕出して」
と言うので手の無い右腕を出すと。
「間に合ってよかったわ……これ」
俺の右手の形になるように、白い毛糸で編んだ手袋を手首におさまるように着けてくれた。
指や手の所には綿が詰めてあった。
「やっぱり人はどう見るかわからないからねぇ……これつけておけば、気にならないと思ってね。昼間は暑くてつけられないかもしれないけど、朝は寒いし、ノースカトリアは手袋するくらい寒いからねぇ」
ずっと編んでたのはこれかと手袋の甲のところを見ると
『ルーちゃん』と言う文字が赤い毛糸で編み込まれていた。
「名前もあった方がいいと思ってねぇ……」
婆さんは左手にも手袋を着けてくれた。
「……ありがてぇ……すまねぇ」
込み上げるものを我慢していると
「ばかたれ。我が子のように思ってきたのだから当然じゃ。」
「すまねぇ……すまねぇ……」
それ以上言葉は出なかった。何を言っていいか分からずに込み上げるものが耐えられなくなった。
袖で目元を拭ってから、決意が薄れないためにも「もう、行くよ」と言って二人に別れを告げた。
「元気での。またいつでも来るんじゃぞ」
二人の顔をみると、嗚咽してしまい心配をかけてしまいそうで、振り返らずに左手を振った。
二人と過ごした日々が思い出されて、歩くのが辛かった。振り返ってしまうと決意が揺らぎそうで振り返れなかった。
――誰かのために生きるって、こう言うことなのかもしれねぇ――
これまで自分のことしか考えていなかった俺は、右手を切られて田舎にも戻れねぇ哀れな獣人だと卑下していた。
生きる道を断たれたような絶望しかなかった。
宿場にいた頃までは踏んだり蹴ったりだった。だがユウトに会えるようにまともに生きると決めて、爺さんと婆さんに出会えて、少しだけ人生が好転し始めたように思えた。
ありがとう。爺さん、婆さん。
だいぶ歩いてから振り返ってみると、まだ二人はこちらに向かって手を振っていた。
小さくて顔も見えないし、かろうじて手を振っているくらいしか分からないが
最後まで、見えなくなるまで見送ってくれる優しい二人に、もう俺は堪えられなくなって泣いた。
本筋から離れてしまうと思ってマージしなかった、ルティスの後の話です。
個人的に好きなキャラなので強く生きてほしいです。




