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僕と異世界姉妹が魔女の黙示録へ送る復讐譚  作者: ワタナベジュンイチ
第四章:双子花に捧ぐ命
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第四章 34 :白き光は始まりの鐘の音

 その日、神殿は、白い光に包まれた。

戒厳令で家の中に籠っていた国民達は、神殿から立ち上った白い光は、イクス教の奇跡として捉え、聖書記誕生の日にこの奇跡が起きた事を誰もが好意的に捉えた。


 きっと聖書記様へのご加護がヴァイガル国を平和へと導くものになると、白い光の柱に手を合わせて祈りを捧げていた。


 ――ドァンク街入り口近郊


ヴァイガル国から脱出したリンは、ミシェルと共にドァンク街付近まで馬を駆らせて帰る最中、明らかに異常な人数のヴァイガル兵が散見された。


――エミグラン様の不在に兵が出ているなんて……街は……――


屋敷も気になるが、エミグラン不在の今、不測の事態が発生した場合、街の状況を確認するのはエミグランの従者が行う。


 屋敷にはアシュリー、そして何も任務がなければクラヴィと、あらかじめセトに依頼していたヴァイガル国の傭兵がいるが、ドァンク街はオルジアと傭兵達しかいない。


 エミグランならどのような指示を出すかと考えた結果、ドァンク街に向かう事にした。アシュリーはリンにしがみついていて、街に向かう事を伝えると縦に首を二度振った。


 道中はヴァイガル兵に見つからないように道を外して移動していた。


「りん! あれ!」


 背中にしがみつくミシェルが指差す方向に、ヴァイガル兵と獣人の亡骸が、血に塗れ、体に剣や槍が刺さったままでたおれていた。

 リンは、神殿に行っている間に、ドァンクの自警団と傭兵、そしてヴァイガル兵との戦闘がここで行われたのかと思うと、エミグランが不在の間を狙ったあまりにも卑劣なやり方に唇を噛んだ。もっとよく周りを見渡すと、あたりの至る所に亡骸が散乱していた。


「ミシェル。目を閉じて。私がいいと言うまで開けたらダメ。」


「……うん!」


ミシェルは幼いながらも、リンの言わんとする事を心で理解して、見てはならないという言いつけを頑なに守るように、リンの背中に顔を埋めた。


 ――急がないと……――


 リンは手綱をしっかりと握って腹を踵で蹴ると、馬はさらに速度を上げてドァンクへ向かった。


 **************


リン達がドァンク街入り口に到着すると、ミシェルを背負って人だかりができている場所に駆け寄った。


 足元には、敷くものもなく横たわる傭兵達が、息苦しそうに悶え苦しむ姿がたくさんあって、見ているだけで胸が苦しくなった。

 すでに自警団が野営の準備を整えていたが、大量に悶え苦しむ獣人傭兵や自警団の住民の惨状を目にして、悔しさを顔に滲ませた。


――ひどい……毒でやられたのね……――


 外傷はそこまでない傭兵達が、全員が同じように苦しむ姿を見て、毒を使われたのだと直ぐにわかった。

 


 苦しそうな傭兵達の奥、ドァンク街入り口には、見たこともないほど大きな鍋で湯を沸かしていて、湯気に霞む姿ではあったが、マナばぁさんが薬草を撒くように鍋の中に入れていた。


 汗まみれになる中で、一人の男が息を切らせてマナばぁさんの側に走ってきた。


「マナばぁさん! 言われた薬草かき集めてきたぜ! 」


 男が後ろを向いて指差すと、何人かの男達が両腕に抱えるようにして薬草の束を走って持ってきていた。


「でかしたぞ! もう一つの鍋も持ってくるのじゃ! 早く火を起こせ!」


 マナばぁさんが陣頭指揮を取り、必死の看護を続けていた。


リンは状況を確認するために、マナばあさんに駆け寄った。


「マナばぁ様!」


 忙しく鍋の中を、木製の大きな杓子で混ぜていたマナばぁさんは、呼ばれた声の方を見てリンがいる事に気がついて、途端に顔が明るくなった。


先ほど走ってきた男に杓子を渡して、「ゆっくり混ぜておくんじゃ」と言うと、リンのもとに足が悪いながらも一生懸命にできる限りの足の動きでリンに両手を伸ばした。


倒れないようにマナばぁさんに駆け寄ってから、両手を持って抱きとめた。


 マナばぁさんは涙声で「よかった……よかったのぅ……生きておったんじゃな」と細い体を震わせてリンとミシェルの無事を喜んだ。


「マナばぁさま、ドァンク街はどうなりましたか?と質問いたします」


「ああ……無事じゃよ。火事で燃えてしまった家もあるが、街には兵は入っておらん。しかし、騎士団長の毒矢でこんなにも……」


 マナばぁさんは、あたりに倒れて苦しそうな獣人達を悲しそうに見下ろして、言葉は続かなかった。だが、ここにくるまでの道すがら、たくさんのヴァイガル兵が遺体となっていた。

 

 戦争を体験したことのないドァンクに住む住民、特に子供達は押し寄せてくる軍勢に恐怖したに違いないと思うと、リンの心に熱く込み上げるやり場のない怒りが湧いてきた。

 リンにとっては初めての心の動きだったが、背中から


「りん……怒らないで……」


 と、ミシェルがリンの怒りを感じ取ったのか、宥めるように耳元で小さく言うと


「……そうですね。怒りは身を焦がす……エミグラン様から常々気をつけるように言われていたことでした。ありがとう、ミシェル。」


そう言ってミシェルに頭を寄せると、嬉しそうに笑った。


 だが、リンは毒矢で遠距離攻撃を仕掛けられて、街が無事だったことが不思議でならなかった。

 ドァンク共和国の方針として兵は持たないと定めている。

 有事の際には、貴族会が共同で資金を出し合って、兵や武器を調達する。今回のドァンク街への襲撃は想定外の出来事であり、ドァンクとして準備は全くできていなかったと言って良い。


 それが被害はあったものの、街を守ることはできた。これはリンにとっては驚く結果だった。


「マナばぁ様、なぜドァンクは無事、なのでしょうか?と質問いたします。」


「ああ……それなら……」


 マナばぁさんは、傭兵を介護している一人の少年を指差した。

 薬草を煎じて作った薬をスプーンで飲ませた後、マナばぁさんが指さしている事に気がついて視線を向けた。


「マナばぁ様、あの方は?」


「……お主は知らぬかもしれんが、オロという子じゃ」


「オロ……」


「ダイバ国の方から来たそうなのじゃが、あの子がヴァイガル兵を全員が追い払ったよ。」


「あの子が?」


 にわかに信じられなかったが、マナばぁさんが嘘をつく人ではない事を知っていたので、事実として受け入れた。

 普通なら信じられない話ではあるが、ユウトに会いに来た人物というだけで、奇跡的な話でも信ぴょう性はあった。


 その少年はリン達に近づいてきた。

黒い髪と茶色い髪がまだらに絡み合う少年は見たことがなく、そして、丸呑みされてしまいそうな恐怖がよぎった。


「あんたは……エミグランのところの従者か……見た覚えがある……」


 オロはそういうと


「私はあなたを見た記憶がありません、と回答します。」


 オロは鼻で笑ってから


「それはそうだろう。その時はこの姿ではないからな。」


「この姿……?」


 不思議そうにオロをじっと見つめる姿にオロは少しおかしくなって声に出して笑い「まあいいじゃないかそんな事は」と誤魔化した。

 すっかりオロと親しくなったマナばぁさんは、オロの笑った顔につられて笑んで


「オロちゃんや。ユウトちゃんが世話になってるエミの従者じゃ。言付けておくとよいぞ」


「それもそうだな。すまないが、ユウトにオロが会いたがっていたと伝えてくれるか?」


 リンはマナばぁさんの紹介なら問題はないだろうと結論づけて、「承知いたしました」と答えた。


 オロは満足そうに笑顔を見せると、リンの中に丸呑みされそうな恐怖感は無くなっていた。


――オロ……多分、いい人なのかもしれない……――


それからはマナばぁさんの手伝いをリンも手伝い、同じようにミシェルも手伝っていたが、可愛らしいミシェルはドァンクのおばちゃん達のマスコットになって、殺伐とした戦後のあとに心が折れふわりと温める役割を担った。


日が暮れ始める頃には、毒に侵されたほとんどの戦士体調に改善が見られて、野営の緊急治療所はは片付けられた。


 


 **************


 


 ――イクス教 神殿裏庭


 神殿全体を包み込んだ白い光がたちのぼると、結界を飲み込んだ後、徐々に光はおさまった。


 エミグランとて、強い発光に目を開いていられるはずもなく、おさまってから目を開けた。


 すでにアルトゥロの姿はなく、消えた後で、周りを見渡すと結界が完全になくなっていた。


「カリューダ様の知恵や経験が、黙示録の中におさまっていたとは……奴はワシよりも先に……」

 

 エミグランは唇を噛んで、アルトゥロが遅れをとっているなどと思った自分を悔いた。



 エミグランとアルトゥロははカリューダの弟子だった。


 アルトゥロとエミグランは、カリューダと共に研鑽を重ねてマナと魔法の研究に没頭していた。


 全ては世界の平和のために。


 比類なきマナの使い手であるカリューダが、その力を全ての生物に恩恵があるように様々なものを開発した。そのうちの一つが魔石技術だ。


 マナの奇跡が起こせない人間や獣人に、等しく同じ力を使えるようになるよう生み出した技術で、生活の一部の一助になるように創り出されたものだ。

 炎の魔石は火起こしに、氷の魔石は食品の保管等に。生み出したものは数少なく、カリューダ没後にエミグランが、魔石技術を応用して数々の魔石を生み出した。

 様々な技術を開発し、その中でも三人が口を揃えて特筆した最高の成果は、長年の研究と研鑽の賜物として生み出された『プラトリカの海』だった。

 元々カリューダが発案したもので、理論から形成に至るまでカリューダ一人で行った。


 完成した日のことはエミグランは今でも鮮明に思い出せるほど記憶に残っている。


しかし……完成してから、カリューダはプラトリカの海を封じた。


 理由は今でもわからない。アルトゥロは何か知っていたようだが、具体的なことは誰にもわからない。


 そして起こった大災の悲劇。

 カリューダはヴァイガル国でマナの奇跡を起こして国に悲劇を巻き起こした。

 エミグランは今でもあの悲劇はカリューダが望んで行ったことではないと信じている。

 


 あの時のことを知るアルトゥロであれば何かわかるかもしれないが、真相は闇のままだ。


 エミグランはカリューダの弟子として、ヴァイガル国の再建と発展に注力する道を選んだ。

 もしカリューダが生きていたら、そうするだろうと思って。


 あの日の悲劇は、カリューダが望んだことでは決してないと信じて。



「エ……エミグラン様……」


 不意に声をかけられて振り向くとギオンが片膝をついて立ちあがろうとしていた。


「横になっておれ、お主の身の安全はワシが守る。結界も解けてレイナが来ればヒール出来るだろう。」


「……いえ、大丈夫です。某はこのくらいの傷は受けたことがありますゆえ……」


 と言って立ち上がると、背中の火傷が痛んで顔が歪んだ。しかし、エミグランに言わなければならないことがあると強い意志で痛みを我慢する。


「ご無事で何よりです……」


 忠臣の如く、エミグランの無事を心から安堵するように伝えると、「そなたもじゃ」と優しく返す。

 ギオンはここまできて何も役に立ててない事に憤りを感じていたが、傭兵としてはエミグランの無事を何よりの成果として考え、自分の中で気持ちの溜飲をおろした。


 ギオンは神殿を見上げて、エミグランに問う。


「あの白い光は何の光なのでしょうか……マナなのか何なのかもわからぬ……言い表せない心地よい光でした……」


 エミグランはまだ厳密には答えを持ち合わせていなかった。それはアルトゥロの言うことを鵜呑みにしても良いのか、まだわかっていなかったからだ。


少しだけ考えて、「わしにもまだわからんな」と返すのが精一杯だった。


 結界が解けて外の声が遠くから小さく聞こえてきていた。衛兵達が何かけたたましく言い合う声にも聞こえて、このままここにいたら面倒な事になりそうな予感もあった。


「早くここを去らねばの。その前に三人が出てこない事には帰ることもできぬが……」


すると、神殿に開けた大きな穴から、声が聞こえてきた。

 エミグランは目を閉じて鼻で笑うと。


「噂をすれば……じゃな」


 神殿の方も何か言い合いながら、ユウトを先頭にして三人の姿が現れた。

 レイナが壁に大穴が開いているのを見て口がぽかんと開いた後


「神殿壊れてる……あ! エミグラン様!」


 エミグラン達を発見し、駆け寄るとユウトもローシアも同じように駆け寄った。


「ただいま戻りました!」


 元気よくレイナが言うと、ギオンの背中が焼け爛れている事に気がついて驚く。


「すまぬが、ギオンにヒールしてもらえるかの?」


 と全ては話す間もなく、すでにレイナは手にマナを集めて、ギオンに座るように促す。


「それで、黙示録は……」


 エミグランが一番気になっていた事。

黙示録の石碑は壊したはずだと思っていた。神殿を包む光は、アルトゥロが言っていた事が正ければ、カリューダの生涯の経験が何かしら残っていたはずだ。

 それを間近で見た三人が何を見て何を得たのかを知りたかった。


ユウトは、何か小難しそうな顔をしながら、周りを見渡した後、やってきた神殿にあいた大穴をじっと見ると


「あれが出てきました……」


 と指差した。


「あれ?」


 エミグランもつられてじっと目を凝らすと、白い球のようなものが揺れながら近づいてきていた。


「ん?」


 それには目と価値があってその間には黒い鼻もあった。


「え?」


 近づいてくると、ハッハッハッハッと口で激しく呼吸する音も聞こえてきた。


「犬?」



 白い球はユウトの足元でぴたりと止まると、ぐるりと上向きに半円状の尻尾を小刻みに振りながらエミグランを見上げて。



「私はイヌではないよ。エミ。久しぶりだね。覚えてるかい?私の事を」


 ――!!


 可愛らしい犬から女性の言葉を聞いて、エミグランは目を見開いて息が止まった。


 ――その話し方……まさか!


「か、カリューダ……様?」


 白い犬のような生き物は、首を縦に振った。


「うんうん、元気そうで何よりだよ。嬉しいね!久しぶりに話ができて!」


 エミグランは地面に両膝をついて、見上げる白い犬をじっと見つめた。

アルトゥロの話が真実であると裏付けるように出てきた白い犬の言葉は、もう二度と会えないはずの人物カリューダであると確信した瞬間に、これまで封じ込めていた思い出が耐えきれずに溢れ出してくる。

 

 大好きだった師匠が願った世界を実現させるために、一人で孤独に世界と向き合ってきたエミグラン。

 比類なき力をもっていながら、その力を世界のために、平和のために使う事を決めて弛まない努力と研鑽を続けてきたカリューダの姿、言動、佇まい、行動何もかもを思い出し、両手で顔を覆って嗚咽した。


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