お茶が入った
「…ちょっとバランス悪いね。どうしようか、壁際に全部並べた方が良い?」
「え、えっと!!こ、これでだいじょ、大丈夫、です…ッ?!」
20畳のフローリングの片隅に見慣れた自分のベッド…、そしてその向こう側には、小夏日市の奇麗な夜景。大きなカウンターキッチンの棚には、自分の愛用の家電、器、お茶、食材なんかが点々と置かれている。広すぎるウォークインクローゼットの中には、私の衣類なんかがちょっぴり申し訳程度につるされていて、アルバムなどの荷物が棚に置いてある。
「足りない家具なんかは、お休みの時に買い足しに行こうか。ちょっと暮らしにくいかもだけど、モエちゃんもいるし、好きなように配置換えしてもらっていいからね」
「~!!!♡~♪」
「あ、ありがと・・・」
プロテイン入りのペットボトル&チューブの仕込んであるミニリュックを背負ったモエちゃんが、チクチクした枝をわさわささせながら、私に飛びついている。はねるたびにちゃぷちゃぷといい音が聞こえるのは…もうプロテインが無くなりそうだから?…ちょっと痛いような、くすぐったいような、でも…すごく優しい、エコー?が伝わって来て……。
……。
うん、なんとか……、私、自分を取り戻せた、みたい。
……大丈夫。
私は、もう……大丈夫。
心配そうな顔で、私を見つめる…アッシュ君の、茶色い目。
ちょっとだけ、笑顔を向けてくれたから…私も、笑顔、を……。ああ、ぎこちないよね、なんかほっぺたが少し…緊張、してる……。
こんなにいろいろしてもらっているのに、感謝の気持ちを伝えきることができなくて…申し訳ない気持ちが……。せっかく上に向けた視線が、どんどん……足元の、方に……。
「僕、お茶入れようかな?…スーちゃんに教えてもらった入れ方、やってみるね。そこで座って見ててくれる?」
「う、うん……」
私のおうちより三倍広い、カウンターキッチンのテーブル。
そこにセッティングされている、いつも座っていた椅子に腰を下ろすと、モエちゃんが…テーブルの上飛び乗って、あいている椅子の上にリュックを下ろした。背中?からチューブを抜いて、置いてあるプロテイン入りのピッチャーに、根をそっと入れている……。
「~♪」
心地のいい、音にならない鼻歌のようなものが……聞こえてくる。
心が洗われるような、気持ちのいい…音?
胸の中にずんとたまっていた、重たい何かが…昇華していく……。
これは…エコー?
ううん、もっと…なんていうんだろう、深い森の中で深呼吸をした時のような、すがすがしい空気…気持ちのいい朝のような、真冬の澄んだ夜空を仰いだ時のような…。プロテインの消費スピードが…物凄い。もしかしたら、すごく頑張ってくれているのでは……。
……元気、出さなきゃ、ね。
……元気、出てきた、気がする。
手際よくお茶の準備をしているアッシュ君の手元を…見ながら。
さっきまでの事を、少し…振り返って、みる。
いきなり、……お父さんが来て。
いつものように……、振り回されて。
久しぶりにお父さんに会って、ショックが大きすぎて…自分を見失いそうになった。
言いなりにしかなれない私は、結局何も言い返すことが…できなかった。
いつものように、お父さんに従って、お父さんが望んでいる言葉を渡そうとして。
いつものように、自分を……捨てようと、して。
……アッシュ君が、守ってくれて。
私を、ここに、連れ出してくれた。
出迎えてくれたモエちゃんは…何も言わずに寄り添ってくれて。
私の荷物を、てきぱきとお部屋に配置してくれたんだよね。
……私は、とても、恵まれている。
お父さんを前にすると、何も言えなくなるのに。
怒鳴り声を聞いただけで、すくみ上ってしまうのに。
いつも、お父さんが来る時……私を守ってくれる人がいる。
寮母さん、先生。
バイト先の社長さんと奥さん。
先代の、店長。
アッシュ君。
モエちゃん。
……スゴイよね、プロテインを補給しながら作業してくれるなんて。
なんでも、一緒にお出かけがしたくて、いろいろ試行錯誤してたんだって……。
健気で、一生懸命で、頑張り屋さんで…、私も、見習わなくちゃ、ね。
今度のお休みは、一緒にモエちゃんもお出かけできるといいな…。
そうだなあ、ヒップバッグじゃなくて、ナップサックを背負って行けば、一緒に観瑠駈山に登れそう?どれくらいプロテインを持って行けばいいのかな、あとでアッシュ君に聞いてみよう。
ぶくぶく、ぼこぼこ……カツン!
沸いたお湯を手早くお茶のティーバッグが入ったカップに注ぎ…、一振り、二振りする、アッシュ君。……立ち上る花の香りが、鼻孔をくすぐる。
素晴らしいアロマ効果で、気持ちがどんどん落ち着いていく……。
「はい、スーちゃんの大好きなジャスミンティ。熱いから、気を付けて飲んでね」
「ありがとう」
私は、にっこり微笑んで、お気に入りのカップを受け取った。




