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エコー  作者: たかさば


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34/85

マナーの達人がへこんだ

 手早く食材を調理していたら、いつの間にかお客様を放り出しちゃってたみたい。……私、集中すると周り見えなくなっちゃうタイプなんだよね。


 盛り付け用の小鉢を洗い布巾で拭いて、そっとカウンターテーブルに置いた時、私をじっと見つめている、緑色の目に気が付いた。

 ……しまったなあ、一緒にいるのに、無言の時間が長すぎた。気遣い、足りなかったかも。申し訳ない気持ちを込めつつ、ニコッと笑って見つめたら…緑色の目が少し細められて弧を描いて、口角が穏やかに上がり…、すごく優しい、幸せそうな微笑みを返された。


 ……こんな風に、私を見つめる誰かが、いるなんて。ほっぺたが少し熱いのは、目の前でぐつぐつ煮えている、卵雑炊のせいだけじゃ、ない。


 ……いつだって、私は一人で。

 この小さなキッチンで、自分一人のために、料理を作っていたのに。


「…ここには、スーちゃんのエコーが溢れていて、とても心地がいいね。」


 なんだか胸がいっぱいになってしまって手を止めた私を見て、アッシュ君がぼそっとつぶやいた。テンパっていない、落ち着いた声が、なんだかものすごくイケボに聞こえるのは、気のせい?


「えっと、エコー?はちょっとわかんないけど……、美味しいにおい、いっぱいでしょう?もうじき出来上がるよ!」


 真っ直ぐな視線が、耳触りの良すぎるささやきが、なんていうか、こう、めちゃめちゃ、……くすぐったい。


 正直、見つめ合ってるのが恥ずかしい……。さりげなく、コトコトと煮える卵雑炊に目をやるふりをしながら、視線を逸らす私がここに。……こういうところがね、喪女の喪女たる残念な証と言いますか。こういう甘い雰囲気?の時の正しい返し方が、わからないんですけど。


「僕のエコーも、いっぱい溢れてる、まだ、交じり合っていないところも多いけど、うん、いい感じだ…おいしいにおいというのは、おそらく鼻粘膜に付着する微粒子のことと思われる、I=KlogCすなわちこの空間には嗅覚受容体にとらわれるべき分子がエコーとくんずほぐれつ密集しており、なるほど、道理で腹部の騒ぎが実に派手なことに、ふうむ。これ黙らせたいな、でもいつものしゅわしゅわがないや、そうだねえねえ、もうこっちのお茶は湯気がなくなったの、飲んでもいい?いいよね飲んでしまえんぐんぐ…なんだこれは、しゅわしゅわしない謎の喉ごし、たんぱく質のぎうにうともちゃうやんな、ちょっとまって、まさかこれ、……味なくね?!それとも僕にだけ味がわからないってこと?!また不具合なんじゃないの、人肉社長めえええええ!!!」


 アアア、しまった、美味しいにおいは余計な一言だったみたい!!あっという間に、ヘタレ暴走宇宙人に早変わり!!!


「あのね、お茶は香りを楽しむものであって、味はついていないの、不具合じゃないから、安心してね?!」

「ああ、そうでしたか、それは重畳。では安心して、ぐびー!!うーん微妙、もう一杯!!」


 ニコニコしながら空になったマグカップを差し出す宇宙人!!!


 そうだね、恋愛初心者なのは、私だけじゃなかったんだった。正しい返し方とかできたところで、とんでもない言動が返ってくること間違いなしだった。


 ……そうだね、一般的な恋愛じゃなくて、私とアッシュ君で、私たちにしかできないような恋をしていけば……ッて!!!!!!!!!!アアアアアアアア、私何張り切って恋愛する気満々になってるの?!私はポットに残ってるお湯を、赤い顔をしながら注いで差し上げてですね!!!




 1Kの私のおうちは、廊下と繋がる4畳のキッチンと、アコーディオンカーテンで仕切る事ができる8畳の部屋がつながっている。私は部屋を広く使いたいので、カーテンは使ってないんだけどね。床は廊下と一体化しているフローリングで、窓際には少し大きめの丸いラグが敷いてある。その前には大きなクローゼットが二つあるんだけど、収納が多い割にあまり物を持ってなくて、実はけっこうスペースが開いていたり。


 部屋の中も、あまり物がないんだよね。クローゼットの反対側の壁際にあるシングルベッド、空をモチーフにしたカーテン、カウンターキッチンのところにあるハイチェアが二つ、ラグぐらいしか目に付くものが、ない。

 細かいことを言えば、ベッド下には愛用のトレーニンググッズが収納してあったり、ベッドの上にストレッチポールがあったり、折り畳みのテーブルがカウンターの下にあったり、キッチンに冷蔵庫や棚、ゴミ箱、玄関の靴箱や傘なんかがあるんだけどね。

 観葉植物くらい欲しいなあと、思わないでもないんだけど、なんとなく機会のないまま、モノのない生活に慣れてしまったと言いますか。今ってほら、パソコンとスマホがあったら、時間なんかいくらでも潰せるじゃない?……ぬいぐるみとかって、捨てる時に、罪悪感がハンパない、じゃない?


 角部屋だから窓が多くて、日当たりもよくて過ごしやすい部屋なんだ。 ちょっとお家賃が高いけど、昔お世話になった人に部屋は妥協したらダメだって強く言われて、契約したんだよね。実際、このマンションにしてよかったと思う事はたくさんあった。あの時妥協していたら、こんなに穏やかな生活はできていなかったのかもしれない……。


「ご飯できたけど、アッシュ君は椅子に座って食べたい?それともこっちの部屋で床の上に座って食べたい?」

「うーん、どっちでも、違いがそもそもよくわからない、どっちがおすすめ?」


 椅子に座って食べるなら、カウンターキッチンに横並びになる。

 床の上に座って食べるなら、折り畳みテーブルを広げて向き合って食べることになる。


 すぐ横で食べ方を教えながら食事する方がいいのかなあ、でも真正面から見ておかないと、おかしなことしても気づかないかも。

 お箸とか硬くておいしいやとか言いながらポリポリやっちゃう可能性!!でも床に座ることできるのかな、もしかして座り方がわからない可能性もある。罰としての正座は知ってるみたいだけど、うーん……。


「アッシュ君は、座り方、わかる?えっと、椅子じゃなくて、こう、床におしりつけて座るの。」


 ハイチェアに座るアッシュ君に床座りの見本を見せるべく、ラグの上に腰を下ろしてみる。思わず横座りしてみたけど、うーん、男子の座る形としては、イマイチこう、おすすめできないっていうか……この場合、胡坐をかいた方がいいのかな?下手に床に座る時のイメージが固まっちゃうと、今後アッシュ君の座り方が気持ち悪いとか言われちゃう可能性!!あわてて胡坐をかこうとすると。


「あ!!わかるよ!!こういうのでしょう、こうして、こうすると……、ほら、体育ズワリというものだね、背筋をまっすぐ伸ばして、手を膝の上にのせ、教師の顔をしこたま見つめると指名されてクラスメイトの前で鉄棒の逆上がりを披露することができる!!僕はね、実に華麗に土を蹴り上げ、グルんと重力に逆らい目を回すことができるのだ!!」


 この部屋には、鉄棒はないわけで!!!っていうか、逆上がり、出来るの?!


「えっとね、その座り方は、ご飯を食べるのには向いていないんだよ。いい?私と同じようにしてみて?」

「なぬ、食べる時専用の座り方があると申すのか!!はんはん、やらせて頂くので、はよ教えろ下さい!」


 実に天真爛漫な、目をキラキラと輝かせる宇宙人に胡坐のかき方を伝授し―――!!!



 はじめはバランスがうまく取れなくて斜めになっちゃってたりしたけど、ようやく穏やかに座ることができたので、おとなしく座っているアッシュ君の前に折り畳みテーブルを広げて、晩御飯を並べてゆく。真ん中に卵雑炊の土鍋、取り皿が二つにレンゲ。小鉢にはたたきキュウリの梅鰹和え。小さめのお皿には、ピーマンとひき肉の炒め物とささみとアボカドのチーズ焼き。一応お箸とフォークを用意してと。


「うわあ、これが食べものかあ、ずいぶん煮えている、揮発する蒸気が実に鼻腔をくすぐり、へえ、これはいわゆるトリメチルアミン、システイン、メチオニンいや違うか硫化水素やスルフィド類でしたね、フラノン類ヒロドキシエチルメチルフラノン、ええと硫化アリルに、なるほどねえ、実に巧妙に交じり合う、これがいわゆるミラクル効果という奴か。食べ物の愉快な融合に誘われて腹部も共に愉快な時を刻もうと旋律を奏でるというわけだな、なんという芸術性にあふれた仕様、正に……いいね!!」


 どうしよう、なんとなく言ってることがわかるような気がしないでもないけど、やっぱり何言ってるのかわからないよ……。


「じゃあね、今から、ご飯を食べるよ!まず、ご飯を食べる前に、こうして……手を合わせて、いただきますをするの。」


 アッシュ君の前に座って、手を合わせてみせる。…ふふ、神妙な顔をして、手を合わせてる。


「ふふ、知ってるよ、これ、命をいただくことに感謝をする、独特の儀礼だ!!八百万の神々が住まう日本国だからこそ残るこの尊い習慣、そうか、スーちゃんも当たり前のようになさるのだね、うーん、素晴らしい、僕も一刻も早く日本人たる日本人としての日本人であるが故の日本、日本!!!」

「うん、食べる前にね、食べさせてくれる命に、食材を作ってくれた農家の皆さんに、料理を作ってくれた人に感謝するんだよ。」


 なんか、ご飯作った自分が言うのもちょっと引っかかるけど、一応今後外食する時のことも考えて、お店側への感謝の気持ちを持ってもらえるように配慮をしてみたり。


「ありがとう、食べさせてくれて、ありがとう、食べれるものを作ってくれて、ありがとう、スーちゃんご飯を作ってくれて!ねえねえ、食べてもいい?!」

「あのね、感謝の気持ちは、心の中で思えばいいんだよ、次からは、黙って手を合わせよっか…、うん、じゃあ、一緒に、「いただきます」って言うよ、はい、せーの。」


「「いただきます!!」」


 目をキラキラさせてるアッシュ君は、実に元気いっぱいにいただきますをして、テーブルの上を見渡している。合わせられた手の平は、箸をつかむ気配がない。


「えっとね、ごはんの食べ方、説明するね。ここにこの、箸が……」

「僕ね、マナー教室で食事の仕方学んだの、だからわかるよ!ええと、これは箸だ、好きな手で握り、先端で食べ物を取って口に入れると習った!できるはずじゃ、僕はね、マナー教室で先生をもうならせた最優秀賞を獲得のナンバーワンなんだよ!よーし、スーちゃん見てて、見れ、僕の日本人としての美しさ!!…間違ってたら教えて!!」


 ……食べ物、食べた事ないのに、マナー教室で食事の仕方を学んだ?なんか、違和感が。


 目の前の宇宙人は、信じられないくらいスムーズに箸を手に取り、そんじょそこらの日本人よりも美しい箸の持ち方で……、卵雑炊を、突き刺した!!!!!!!!刺した箸を何度もぶっすぶっすと雑炊に突き立て、抜いて……!!!


「ありゃ、おかしいな、なんで取れない?いつもだったら、こう、箸の先に食べ物が吸い付いてきて、それを体内に取り入れるという流れが発生していたはずなのに。」

「ちょっと待って、その、マナー教室では、ちゃんと実際に食べて学んでないの?食べ物は、ちゃんとつまんだりすくったりしないと、口に入れることはできないんだよ?……というか、食べ物は、ちゃんと口に入れた後、噛まなきゃいけないって、わかってるよね?食べ物粉砕経験あるんでしょう?!」


 アアア!!案の定の肝心なところが抜けてるっぷりぃいイイイイイ!!!!


「うん?あれは内臓チェックのための動作確認で…かじって噛み下したけど?食事は、立体映像日本人データに乗り移り、くまなく経験したのだ。箸の持ち方、ストローの使い方、ホークにナイフ、おさじ。食べ物に様々なツールを絶妙につけると、映像の食べ物が取れるので、それを口に入れたらよくできました、それで完成、……ちがうの?学生は皆ものを食べる器官を持ってないからさ、揃いも揃ってデータで食事体験したんだけど、これはいったい……。」


 マナー教室で絶賛されたらしいアッシュ君は、愕然とした表情で卵雑炊を見つめている。なんか気の毒だなあ……、っていうか!!!


 マナー教室の罪が、重すぎる!!!!実際に食べ物を食べずに、中途半端な立体映像でヴァーチャル実習、しかも肝心な部分が完全に蔑ろにされてて、こんなの、こんなの……おままごとを楽しんで、よくできましたねって言われてるようなもんじゃないのおおおおお!!!

 今度マナー教室主催者に会ったら、めちゃめちゃお高い料亭に連れてって会席を二時間かけて食べさせてやらなきゃ気が済まない!!その間正座を崩す事、絶対に許さないんだからね?!マナーに厳しいおかみさんにチクチク怒られながら、最高級の日本食を味わう事も出来ずに…苦悶の時間をとことん味わわせてやるうウウウウウウウウウ!!!!


「お箸の持ち方、上手だね!あのね、お箸では卵雑炊は食べられないんだ。食べ物はね、ちゃんと食べるための道具がいろいろあるの、マナー教室の知らない道具ってたくさんあるんだよ。教えてあげるから、一緒に使ってみようね。」


 幸い、卵雑炊はまだ熱々で、とてもすんなり口に入れられる温度まで下がっていない。ささみアボカドもとろけたチーズが上顎をやけどさせるに十分の温度を持っている。「いただきます」をしたけれど、まずは、カトラリーの説明から、頑張ってみましょうか。


「うう…僕、使える?食べられる?思ってたんとちゃう、こんなんじゃ、せっかくスーちゃんが僕の細胞増やそうとしてくれてるのに……。」

「大丈夫、ちゃんと教えてあげるし、出来るまで一緒にいるから、ね?!諦めないで!!アッシュ君ならちゃんと使える、食べられるから!安心して?!」


 私は不安げな表情で卵雑炊に目を向けるアッシュ君に…にっこりと微笑みかけて、全力で励ます、私、わたしいいいい!……く、くじけちゃダメ!ここが私の、踏ん張りどころぉおおおおお!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 34/34 >>>「…ここには、スーちゃんのエコーが溢れていて、とても心地がいいね。」  これすごい。愛に溢れています [気になる点] 吸い付く……とんでもねえ発想です。いかん、負けて…
2021/06/28 20:19 退会済み
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