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オダリスク・ハート  作者: 未央トサ
【一章】新しい【日常】
24/25

執行部長の講義

【シンイチ】


「なぜ、公安調査課(SID)だけでなく、教育調査課(AID)も能力者探しを行っているのか。理由は二つ。」


 夜ノ森が僕たちに向けて二本指を立てる。そしてまず、中指を折った。


「まず一つ。能力者を一箇所に纏めておくのは危険だからよ。公安調査課(SID)に能力者を一纏めにしておいては、もし反乱を起こされたら厄介なの。だから教育分野に特化するという名目で教育調査課(AID)が設けられたってわけ。要は保険ね。」


 なるほど、一昨日のコウジと公安調査課(SID)の戦闘だけでも常軌を逸していた。そんな化物が束になって反旗を翻したらたまったものではないだろう。能力が現代兵器に通じるかどうかは分からないが、確かに脅威だ。

 コウジも同感なのだろう。重く頷いた。


 だが、ここで疑問が生じた。話を遮って聞いても大丈夫だろうか。人差し指を立てている彼女に問うべきか悩んでいると、夜ノ森の方から目で促された。


「リスクヘッジとして教育調査課(AID)が設立されたのは分かりました。ただ、それだと少なくとも政府は、その、『死者の身体』について既知という事になりますよね?」


 夜ノ森が小さく頷く。


「ええ、少なくとも現内閣の閣僚と情報管理省は能力者の存在を知っているわ。そもそも丹波雄吾は、能力者を集めるために情報管理省を設立し、ハブ校制度を作ったんだもの。」


 なんだって?さらっと恐ろしい事実が出てきた。情報管理省が、ハブ校が、能力者を集めるため…?この国の闇を垣間見たような感覚に鳥肌が立つ。これだけでもゴシップ誌の一面を飾るには十分な内容に感じた。

 だが、夜ノ森にとってこれはさほど重要な事ではないらしい。進めてもいいかしら?と尋ねてくる。僕は言葉にならず、顎だけで了承した。夜ノ森が人差し指を折る。


「そして、二つ目。能力者、つまり『死者の身体』を持つ者は10代から30代が多いため。現在確認されている能力者のうち約半分が初等部中等部高等部、学生よ。」


「なるほどな。学生から能力者を探すのが教育調査課(AID)、つまり各校の執行部。その他から能力者を探すのが公安調査課(SID)ってことか。」


「ええ、加えるなら『AID』には執行部以外にもグループがあるわ。あと、『SID』は能力者探しよりも、能力者絡みの事件捜査にウェイトがあるわね。どちらの課も『死者の身体』関係者のみで構成されているわ。」


「だから俺だけじゃなくて、兄貴も執行部に入るのか…。なあ、あんた。もう一つ聞いていいか?」


「なにかしら。」


「『死者の身体』について教えて欲しい。なんでそんな(いか)つい名前なのか、なんで能力者が現れたのか。」


 コウジは執行部への勧誘の際に渡された書類に全く目を通していないようだ。確かに一日で読破できる量ではない。が、ここまでの説明のほとんどが書類のどこかに記載されていることだった。『死者の身体』についても同様だ。

 夜ノ森が答える。その微笑が少しヒクついたような気がした。


「『死者の身体』の由来は、そのままよ。能力が発現する者は殆ど必ず見るのよ。死者を…。私も見たわ。“人型の黒い影が私の身体の一部を奪い、代わりに影が埋め込まれる”。黒い人影と、身体の一部を交換する夢。気付いた時には能力者になっている。」


「俺は、そんなもん見なかったぞ?」


 コウジが首を傾げた。夜ノ森がついに、半ば呆れた様子を見せた。手をひらひらと躍らせる。


「あなたは例外よ。なんといってもーー」


 その時、執行部長室の電話が鳴った。夜ノ森は放っておこうとしたようだが、受話器がけたたましく鳴り続ける。彼女は一度長い息を吐くと、僕たちに失礼、とだけ告げ受話器を上げた。瞬間、夜ノ森の表情が強張(こわば)る。


 彼女はデスクに座り、引き出しからコピー用紙を取り出すと、応対をしながらスラスラとサインペンを走らせる。


 やがて僕たちに向けられたその紙にはこう書いてあった。


『とりあえず、今日はこれで。二人には明日から動いてもらうつもり。数日は研修がてら先輩に教わってちょうだい。コウジ君はユイ、シンイチロウ君にはツユキを朝方迎えにやるわ、彼女たちの指示に従うこと。』


 つまりは、出て行けということだ。


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