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オダリスク・ハート  作者: 未央トサ
【一章】新しい【日常】
23/25

ハブ校の執行部

【シンイチ】


 今、僕たちは一日ぶりにハブ横執行部長室前に来ていた。夜ノ森から呼び出しがあったためだ。


 SID(公安調査課)の情報共有が完全でなかった場合、外に出るとまた襲われる可能性がある。そう夜ノ森は言った。だから昨日は、ほとんどを夜ノ森に充てがわれた学生寮の一室で過ごした。そして一日が終わる頃、夜ノ森から自室に備え付けの固定電話に着信が入り、今日のこの時間に執行部長室に来るよう言われた。

 執行部長室の前に着くと、コウジがいた。どうやら隣の部屋に住むことになった802号室のコウジも同様のようだ。


「どうした?入らないのか?」


「いや、開けようとしたんだけどよ。鍵が閉まってんだよな。朝っぱらから呼びつけておいて、留守とはな。」


 まったく、なんて女だよ。コウジが肩をすくめる。

 どうやら、待つしかないようだ。時間を指定したのも彼女だ。長く待つ事にはならないだろう。


「なあ、コウジーー。」


「ああ、新聞読んだよ。店長捕まったんだってな。あの野郎、やっぱりロクでもねぇ奴だったな。」


「家、燃えてしまったんだよな…。」


「燃えちまったもんは仕方ねぇよ。そんな事よりも、今後どうするかの方がよっぽど大事だ。そうだろ?」


「…そうだな。」


 それからはお互い無言になった。

 ただただ、夜ノ森の登場を待つ。


「あら、ごめんなさいね。お待たせしたわ。」


 間も無く、僕たちの横に夜ノ森が現れた。彼女越しに扉の開いたエレベータが見える。手にはボストンバッグが二つ。中は伺えない。

 僕たちの側まで来ると、彼女は一度荷物を置きブレザーの右ポケットから鍵を取り出し執行部長室の鍵穴に差し込んだ。

 ガチャ、という音とともに、扉が開く。


「さ、入ってもらえるかしら。」


 彼女が扉を外側に開き、僕たちを促した。促されるまま、僕たちは中に入る。

 一昨日と同様に、客用ソファに腰を下ろす。

 布の擦れる音をさせながら、夜ノ森が僕たちの前に立った。


「はい、これ。執行部の支給品と学生服よ。コウジ君はともかく、シンイチロウ君は着替えがなくて困るでしょう?ワイシャツが三着、ブレザーとスラックスは二着ずつ入っているわ。」


 なるほど、これは僕たちの物だったのか。通りで二つあるわけだ。

 そうとわかっていたなら、持つべきだったなと少し後悔する。何か機密的な物かと思っていた。


 渡されたバッグをそれぞれで開ける。夜ノ森の言う通り白いボタンダウンのワイシャツが三着、右胸に横浜学区の証である獅子を崩したデザインの黄色のワッペンがついた黒のブレザーと灰色のスラックスが二着ずつ入っていた。

 その他にも、学生用携帯端末とジャージ一式、金獅子のタイピン、濃紺のネクタイ、緑色の腕章が入っている。腕章には白い字で執行部と書いてある。金獅子のタイピンは、目の前の夜ノ森がつける同じピンより止め金の本数が少ない。

 これらが、執行部員としての証なのだろう。

 ハブ校が出来て以来、県内でそれぞれ制服が統一された。“然るべき人材を、然るべき所に”という丹波雄吾の方針を体現するためだ。現在、学生は何度も転校する事が可能となっている。その度に制服を買い揃えては不経済だからだろう。その代わりとして、各校はネクタイの色とタイピンのデザインで区別できるようにされている。


 一通り確認したところで、夜ノ森が口を開く。


「腕章は正直なところ使わないわ。式典の時くらいかしらね。タイピンは絶対に無くさないでね。結構な大事になるわ。」


 タイピンを失くすとどうなるのか。怖くて聞く気にならない。絶対に失くさないでおこうと胸に誓う。

 丁重に荷物をもどした。


「さて。一通り確認してもらったところで、これから君たちに任せる業務を教えるわ。君たち、執行部がどういう仕事だか分かるかしら?」


 さあ。正直さっぱり分からない。隣に座るコウジも同様だ。首を傾げている。


「なら、そうね。中途半端に理解されてもお互い困るから、教育評価審査拠点校についてから教えるわね。知っている所もあるだろうけれど、まずは聞いてちょうだい。」


 夜ノ森が、一つ息をついてから語る。

 要は、こういうことだ。


 教育評価審査拠点校とは、丹波雄吾の教育制度改革の賜物である。

 教育評価審査拠点校は、一人一人の特性に見合った学校へ生徒を送り出すための機関であり、車輪の中心(ハブ)のような位置であることから通称【ハブ校】と呼ばれている。


 ハブ校は全国の都道府県もしくは政令指定都市に最低一つ設置されているが、人口の多い地域ではさらに基幹支部が設けられている。【ハブ横】も、全国5つの基幹支部の一つだ。正しくは教育評価審査拠点校横浜基幹支部という。ハブ校は全国の学校の上位として位置するが、基幹支部は更に一つ上としての位置となる。その上は情報管理省だ。


 ハブ校の主な役割は、初等部や中等部を卒業する者へ進学する価値があるかまたどの学校にふさわしいかを判断する入試業務、学校側または学生本人からの希望による転入業務である。

 しかしそれは表向きな業務であり、二つに加えてもう一つ、調査業務がある。『死者の身体』を所持する者を探し出すことである。


 そして執行部に関して、執行部の立ち位置はハブ横の生徒会にあたるらしい。しかし生徒会と違うのは、執行部以外にハブ校に在籍し続ける生徒がいないことだ。


 執行部としての役割は、その三つの業務を遅滞なく遂行することらしい。


 ここまで話して、夜ノ森は僕たちに質問はないかと尋ねる。コウジは理解しているのかいないのか、黙ったままだ。


「あの、夜ノ森さん。質問いいですか?」


「なにかしら?」


「執行部の立ち位置はなんとなく分かりましたが、そもそも執行部は誰に任命されて何に属しているのでしょうか。」


「ああ、それは簡単よ。執行部員は執行部長が定める。執行部長は情報管理省が定める。そして、執行部は身分は学生になるのだけど、同時に情報管理省教育調査課(AID:Academic Investigation Division)にも籍があるわ。ハブ校の執行部員は原則AID(教育調査課)に属することになっている。だから、有事の際は情報管理省に従う事になるわね。君たちはハブ横の生徒でありながら、公務員でもあるわけね。もちろん、給与も発生するわ。」


 なるほど、初耳だった。どうやら公にはされていないらしい。

 まさか、僕たちが公務員になるとは。公務員の給与は税金だ。もっと厳格な審査のもと、ある程度の時間と経験を経てなるものだと思っていた。

 それを学生でありながら、執行部長の一言で公務員になるとは。それだけ現政府にとってハブ校ないしは執行部の重要性が高いのだろうか。


「もう質問はないかしら?」


 僕からはもうない。というか、事態にまだ追いついていないのだ。細かな所は追い追い聞いていこう。首を振っておく。


 コウジはどうだろうか。先ほどと同じ姿勢で黙っていたが、意を決したようにゆっくりと口を開く。



「なんで、ハブ横で、しかも執行部が能力者の調査なんてやってるんだ?SID(公安調査課)だけでいいだろうが。」


 確かに、とは思った。

 夜ノ森が待っていましたとばかりに口角を上げた。

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