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オダリスク・ハート  作者: 未央トサ
【序章】兄弟の【始まり】
19/25

長い日の終わり、後編

【シンイチ】


 夜の暗闇を避けるように、大通りを走り抜けた。

 流石に火を放つような彼らでも、人混みの中襲ってきたりはしないだろう。

 実際に、特に問題無く我が家の最寄り駅にまで辿り着いた。


 学生寮から僕たちのアパートまでは、歩いても一時間かからないくらいだ。

 先ほど家に向かう際と同じように、電車に乗り込み、『教育評価審査拠点校横浜基幹支部駅』を目指す。

 車内は比較的空いていて、僕たちは汗を袖で拭いながら角のボックス席に腰を下ろした。

 一応辺りに怪しい人物がいないか確認するが、それらしき人物は見当たらない。


 家を離れてからは、お互い無言のままだ。

 二駅を通過し、息も落ち着いてきたところで思案する。ひっかかっている事があるのだ。


 火を放ったのが、僕らを目的としたものだとした場合、それで彼らに何のメリットがあるのだろうか。

 放火するよりも、僕たちがのこのこ帰ってくるのを待ち伏せていた方がよっぽど効率的だ。

 わざわざ目立った騒ぎにする必要があったのだろうか。


 わからない。

 夜ノ森たちが僕たちを追い詰めるために火を放ったのか?いや、そんなまわりくどい事を自分たちの手を汚してまでしないだろう。

 ただ、この火事が偶然のものとは思えなかった。このタイミングで、全く関係のない者が放火するなど、流石にそんな偶然はあるわけがない。


 なら、いったいーー。

『次は、教育評価審査拠点校、横浜基幹支部前〜教育評価審査拠点校、横浜基幹支部前〜』

 車内アナウンスに、男性の声が流れる。よくも噛まずにこんな長い名前を言えるものだ。


 電車が少しずつ速度を落としてゆく。ほどなくして扉が開かれた。

 この駅で降りたのは僕たち含めて10人もいない。朝は大混雑となるこの駅も、今はほとんど静かだ。

 それもそのはずである。ハブ横は学生寮を除いては、おおよそ人の住む施設はない。学業関係の施設とそれにあやかりたい商業施設で溢れかえっているのだ。


 改札を出て、どちらともなく走りだす。

 駅の電光掲示板には、22:45と表示されていた。もう商業施設のほとんどは閉店していて、灯りが少ない。人もほとんど歩いていないため、襲われる危険がある。

 ハブ横の学生寮は駅から歩いて15分かかるかかからないか程度だ。ここを無事に走り抜ける事ができれば……。



 瞬間、あたりが暗転する。わずかな街灯すら見えなくなった。後ろを振り返るも灯りが失われている。

 嫌な予感がした。コウジも喉を鳴らしあたりを警戒している。


 突如僕たちの間を炎が通過した。僕もコウジも慌てて避ける。体制を整える間にまた、二発三発とバスケットボールくらいの火の玉が迫ってくる。地面を転がりながらもなんとか回避に成功した。

 ドクドクと、本能が生命の危機だと警鐘を鳴らしている。


 ーーコウジは?!

 ……よかった。コウジはレストランの立て看板に身を隠し無事なようだ。

 間も無く前方から、闇を裂くように二人の男が姿を現した。

 二人とも服装は同様で、黒無地のスーツに灰色のネクタイを締めている。頭髪を撫で付けたようにポマード剤で固めた二十代後半らしき男性が、いかにも面白くないといった顔で僕らを睨みつける。


「ようやく捕まえたぞ、ったく、ふざけた事しやがって」


 胸ポケットからタバコを出し、口に咥える。

 横に立つ男が一歩前に出て隣に立ち、指が出された。

 驚くことに、指から小さな火が点き、タバコの先を紅く光らせる。

 二十代後半らしき男はタバコを口から離し一度煙を吐くと、隣に立つ二十代半ばらしきシチサン分けの男性に手をかざす。タバコを持つ男より背の高いシチサンは軽く頭を下げると、黙って一歩後ろに下がった。タバコの男は、再度僕たちに鋭利な視線を寄越した。


「んで? てめえらどこまで知っちまったんだ? まさか能力者じゃあ、ねえだろうな?」


 やはり。彼らは情報管理省の人間だ。ハブ横まであと少しというところで追いつかれてしまった。


 がしゃん!と音がする。コウジが看板を倒した音だった。コウジがわなわなと咆哮する。たてた金髪も怒りに震えているように見えた。


「てめええええかあああああッ!」


 コウジがスーツの二人組に突進する。いや、正確には、指先から火を出した男、シチサン分けにした二十代半ばの男に突っ込んだ。

 コウジの激昂に一瞬ぎょっとしたシチサン分けだったが、すぐに表情を戻すと拳を握り、前に突き出した。同時に先ほどと同じような火球がニつ放出される。


 瞬きする間にコウジと火球がぶつかる。だがコウジは無傷だった。コウジと火球の間にはいつのまにか先ほどの立て看板がコウジを守るように立っていた。例の異能力を発動させたようだ。コウジのそれを見るのは二度目だが、未だに現実味がない。

 タバコの男がひくりと、眉を動かすのが目の端に映った。シチサン分けも今度は顔が驚きの色一色に染まる。コウジは止まらない。


「てめえがッ! 俺たちの家をッ! くそったれッ!」


 コウジとシチサン分けはついにお互いの拳が届く距離に対峙する。先にコウジが勢いに任せて拳を振るった。顔面を狙った拳だ。

 シチサン分けは辛うじて拳を躱すと、右手から炎を放射する。だがそこにはもうコウジはいかった。

 上だ。立て看板を再度自らの前に転移させ、踏み台にし跳躍する。

 コウジの体は横になりながらシチサン分けの1mは上方に着き、コウジの下に突如マンホールの蓋が現れた。

「報いだッ! くたばれッ!」

 コウジはそれを縦に掴み、思い切り振りかぶり、真下に投げた。シチサン分けはゾッとし、尻餅をつく。

 思わず僕も目を瞑った。


 しかし、僕の想像するような、人と重量のある鉄のぶつかった音は聞こえない。

 代わりに、一際大きくコンクリートと重量のある鉄のぶつかる音が耳に飛び込んでくる。

 目を開けると、コウジがタバコの男に組み伏されていた。


「コウジッ!」思わず叫ぶも、体が動かない。まるで足が地面と縫い合わせたかのように、その場から動くことができない。これは異能の力か? 違う。僕は恐怖に囚われている。眼前で起きる光景に、畏怖しているのだ。


 タバコを咥えたまま音が僕とコウジを交互に見た。刺すような、殺すような視線にぞくりとする。


「まさかてめえ、能力者だったとはな。そこのお前もそうなのか? ……ったく、それにしてもこんなガキに殺されかけてるんじゃねえよ情けねえ」


「も、申し訳ありません。油断しました」


 シチサン分けが尻についた埃を払い、頭を下げた。タバコの男の目がシチサンに向けられる。


「油断ってのは、取るに足らない雑魚がする、無力の証だ。てめえは自分の無能さを俺に自慢してえのか?」


「い、いえ、それは…申し訳ございません」


 シチサン分けが頭を下げたと同時に、コウジが自分を組み敷いているタバコの男に咆哮する。


「ごちゃごちゃ言ってねぇで離しやがれ! 俺はこのシチサンをぶっ殺さなきゃならねぇ! てめえ! 人ンチに火つけたのはてめえだろ! ぜってぇ許さねぇからな!」


「……何言ってんだお前は。あれは証拠隠滅のためかは知らねえがお前らでつけた火だろう?」


「てめえらじゃなけりゃ! 誰が放火したってんだ!」


 初めて、タバコの男に殺意以外の感情が目から溢れた。訝しむように眉間に皺をつくる。

 シチサン分けも驚いた様子だ。わ、私はそんなことしていない! と首を大きく振っている。

 タバコの男は口から大きく煙を吐くと、瞬きをした。殺意のこもった目に戻る。


「とにかく、ここじゃなんだ。正式な処分はゆっくり話を聞かせてもらってからにする」


 タバコの男が手刀を振りかぶる。真下にはコウジの首がある。

 コウジーー!助けに行こうにも、足が動かない。怖い。頼む、動いてくれ……!動けッ!

 その時。


「待ちなさい」


 僕の後ろから、声が聞こえた。


「彼らは私たち執行部の仲間よ。手荒な真似はやめてもらえるかしら」


 夜ノ森アカリが、そこには立っていた。後ろには先ほどの黒髪の女性も控えている。


「ハブ横の執行部長か……。いい加減な事を抜かすな。俺達が調べた時点でこいつらはどこにも所属していない事は分かっている」


「ええ、調べても出てこないはずよ。だって彼らが執行部に所属したのはついさっきだもの」


 夜ノ森は二枚の紙を懐から出し、前に突き出した。例の誓約書と、入部届だ。

 しかし、僕たちにサインした記憶はない。事実書類の名前欄は空欄になっている。


「なんだそれは。空欄じゃねえか。そんなもん出して俺達の獲物を横取りできるとでも思っているのか?」


「ええ、これは空欄よ。だって彼ら、印鑑を忘れてきてしまったのだもの。だから一度取りに帰ってもらっていたのよ」


 ローファーを子気味よく鳴らし僕の側まで歩を進める。夜ノ森が僕を見て、コウジを見て微笑んだ。相変わらずギラギラした目だったが、この状況を救ってくれているのは彼女だ。先ほどまでの圧迫感や嫌悪感は失われていた。


「そんなデタラメが通じるとでも?」


「デタラメじゃないわ。事実今日の午後に彼らと病院で会い、執行部長室で執行部の勧誘をしたわ。二人ともかなり乗り気になってくれたのだけれど、印鑑がなくて一度帰ったのよ。だからこうして、こんな時間にハブ横まで来ようとしてくれた。さて、横取りしているのはどちらかしらね?」


 タバコの男がより一層眉間に皺を寄せた。考えを巡らせているようにも見えた。

 夜ノ森が更に続ける。


「私たちがコウジ君たちと接触した事は、コウジ君と同じ病室の入院患者なら覚えているはずよ。確認してもらっても結構だわ」


 夜ノ森が再度僕を見つめる。何かの合図に思えたが意図がわからない。だが、次の言葉で確信する。


「ところで、シンイチロウ君。印鑑は持ってきてくれたかしら」


 全てを理解した。だから僕も彼女に合わせて続ける。


「残念ですが。驚くことに帰ったら家が燃えてまして。そのことを伝えに戻るところでした」


「あら、それは大変ね」夜ノ森が顎に手を添える。

「家自体は学生寮があるけれども、家具なんかは買い直さないとダメね。思い出もあったろうに……お気の毒に」


「……それがですね、先ほど電車で確認したらコウジの鞄に印鑑が入ってまして。通帳なんかも一緒に。慌てて用意したので覚えてませんでしたが、これだけは不幸中の幸いでした」


「それは良かったわねーー」


「もういい…ッ!」


 タバコの男が声を荒げた。目からは殺意が消えている。彼はコウジを解放すると、立ち上がり頭を掻いた。


「これ以上臭い芝居に付き合う事はないだろう。こいつらの身柄は執行部が受け持つ。それでいいんだろ?」


「話が早いわね。流石情報管理省のエースといったところかしら」


「だが、夜ノ森。“このやり方”がいつまでも通用すると思うなよ。……おい、山本、行くぞ」


 言うと同時に、彼らが姿を消す。代わりに街灯が再び現れた。

 コウジが立ち上がりこちらにやってくる。先ほどとは打って変わって、冷静な顔つきに戻っていた。


「助かったぜ、あんた。一応礼は言っておく。…ありがとうな」


「いいわ、私たちの仲間のためだもの」


 夜ノ森が、ちらっと僕に顔を向けた。僕もコウジに習ってお礼を言う。

 とにかく無事で良かったわ、と夜ノ森。言い終わると踵を返し、ハブ横へと向かう。僕たちもそれに続いた。


「これでも私、いいことをしてるんだから」

 夜ノ森が振り返らずに言った。夜風に攫われてしまいそうなほど小さな声だった。



 こうして僕たちは、教育評価審査拠点校横浜基幹支部執行部、通称ハブ横執行部に所属することとなった。


 不安は、ある。

 だが、コウジが無事な事。それが一番だ。これからは、ここからどうするかを考えよう。コウジと共に昔の生活を取り戻す。そのために。



ーー春とはいっても夜分。肌寒い風が通り抜ける。小さく震えてから、学生寮へと入った。


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