長い日の終わり、中編
【シンイチ】
家の近くまで来て、暖色の光が僕たちを包んだ。
安堵から、そう錯覚したのではない。
僕たちの家が、燃えていた。
火が僕たちの家をアパートごと蹂躙している。
野次馬が数十人、おそらく消防隊員がアパートの周りに敷いたのであろうテープの周りを囲んでいる。
現実味のない光景だった。
足元からのドサッという音にハッとする。
荷物が手から落ちていた。コウジが病院に担ぎ込まれた際、着替えやらなんやらを家から詰めてきたバッグだ。だが、すぐに拾う気にはならない。
隣に立つ、同じく暖色の光に包まれたコウジを覗き見る。コウジ自慢の金髪がもの悲しく揺れている。
彼は今、何を想っているんだろうか。
僕たちの思い出が燃えている。
両親が死んでから日々を過ごした、毎日クタクタにながらも兄弟二人で必死に生きたあの家。
辛いことばかりだったが、二人の時間が刻まれたあの家。
それが今、無慈悲にも灰となっていく。
見たくはない、見たくはないが視線が自然と燃え盛る僕たちの家に吸い込まれていく。
喪失感に狂いそうになる。なんとか歯を食いしばり、一向に収まる気配のない炎を見つめる。
「……ははっ」
何分経ったのだろうか、コウジが乾いた笑みを漏らした。
頬には涙の筋が、光っている。
僕の頬も、同じように濡れていた。
「これが、報いかよ……。よく、分かったよ……」
コウジが、消火活動も虚しく燃え続けるアパートを見ながら呟く。
「ちくしょう……ッ」
何も言えなかった。どの言葉も、コウジを、僕を、慰めることなどできない気がした。
だが、少し冷静になれた。
炎を瞳に映しながら考える。
何故、僕たちの家は燃えている……?
それは分かっていた。野次馬から『放火』という単語が飛び交っていたからだ。
なら、誰がなんのために……?
この地域に放火事件が起きていた様子はなかった。先週回ってきた回覧板にも、『放火』の文字は存在しなかったはずだ。
……!そうか……!
コウジの言葉を思い出す。夜ノ森が家に荷物を取りに行くなら早いほうがいいと言っていたらしい。
つまり、夜ノ森は予期していたのだ。
情報管理省の人間が僕たちの家を探り当て、最悪火を放つ事を。
たとえ被害者であったとしても、彼らが容赦などしないことを。
なら、一刻も早くこの場を離れなければ。
彼らは僕たちが事故に巻き込まれた事も、『死者の身体』の関係者になった事も確信している。家に火を放つほどには。
きっと、いや確実に僕たちの顔もわれている。ここにいては危険だ。
足元のバッグを手に取り、コウジの手を引く。
呆然と立ちすくむコウジに構わずそのまま走り出す。
数歩進めたところでコウジも僕に並び走り出す。僕たちの家を見つめながら。
対して、僕は前だけを見て走る。
「ああ、分かったよ。分かってる」
後ろ髪を引かれないと言えば嘘になるが、もう見る事はない。
「俺たちが、俺が間違ってたんだ」
あの場所を、本当の意味で取り戻すまでは。
「捨ててやる……今までの何もかも……ッ!」
火は轟々と、僕たちを見送った。




