同日午後、勧誘
【シンイチ】
前を歩く彼女らについて歩き、病院の長い廊下を抜け、病院を出た。
そのまますぐ右手にある横断歩道を渡る。
そして、三分ほど東に進み、コンビニを横切り、トラックが四台は同時に通れそうな門をくぐる。門を入ってすぐ、警備員の詰所らしきプレハブからの挨拶に先頭をきる夜ノ森が代表して一言二言返している。手がこちらを示していたため、僕たち二人について話しているのだろう。
夜ノ森に二枚の黄色い札が手渡された。透明のビニールに黒の紐が繋がれている。夜ノ森は受け取ると僕たちに手招きする。
詰所に寄ると、夜ノ森からそれを渡される。どこにでもあるような首から下げるタイプだ。
紙には、校章と共に『国立教育評価審査拠点校横浜基幹支部』と印字されている。
やはりか。言わずと知れた、通称ハブ横である。
教育改革を公約に掲げる『丹波雄吾』、彼の率いる『富国強民党』が政権を握った六年前、過去類を見ない程の早さで改革がなされた。
『然るべき者を然るべき所へ』をスローガンとし、停滞した国際競争力を改善するために先ず行ったのが、教育評価審査拠点校、通称ハブ校の設置である。
彼はこれまでの小中高大大学院という教育過程を初等部中等部高等部の三つに再分類した。
六年毎、つまり小学校を初等部とし、中学高校を中等部、大学以降を高等部とした。
そして、等級を上がるごとに審査をし、等級を上がれるかどうか、どの学校に入るべきかの審査を設けた。そのための施設が教育評価審査拠点校だ。
僕たちも例外にはならずに初等部から中等部に上がる際審査を受けている。ここではないが。
僕もコウジも無事中等部に進む事を許可され、それも同じ学校に入学できた事は僥倖だった。今だから笑い話だが、コウジはあの時から勉強がからっきしだったため、同じ学校どころか最終学歴が初等部で終わるところだった。
なお、現在も改革は進み、現在では等級を上がる毎だけではなく、本人の強い希望や、学校内での能力が著しく上の者、さらには下の者もハブ校のお世話になる。
ハブ校はの在籍期間は最長四ヶ月、等級審査の際は一週間だ。
だから、僕やコウジのような一般人にはほとんど関係のない場所と言っても過言ではない。
そんな場所で、一体何の用だろう。今朝の話だとは思うが、まさか審査を受けろという話ではないだろうな?
現代的なデザインの巨大な白い校舎をどことも分からず、ただついていく。
僕の学校より大きめな窓からは、ふんだんに日の光が入ってくる。午後四時を過ぎているため、廊下や壁がオレンジに彩られている。
やがて一番高い校舎への渡り廊下を過ぎ、エレベータに乗せられた。黒髪の女性が『12』のボタンを押す。それ以上の数字がないためこの校舎の最上階は十二階ということになる。
扉が閉まり、上部に表示された数字がだんだんと大きくなっていく。動いてる感覚があまりない辺り、さすが新校舎といったところか。
しかし、ほぼ見知らぬ女性三人との無言の密室は、なんとも気まずいものがある。
ふと、淡い栗色の髪の女性が持つコンビニの袋が目に入った。何が入っているのだろう。
ダメなのはわかっているもののつい覗き見たくなる。
ピピ、という電子音と共に扉が開いた。最上階だ。
夜ノ森アカリが先頭に立ち、降りる。そのまま真っ白な廊下を歩いていく。続いて黒髪の女性と栗色の女性もエレベータを降り夜ノ森に続く。
僕たちも降りようと足を出した時、栗色の髪の女性が振り向き微笑んだ。
そしていたずらっぽく言った。
「中身は内緒ですよー」
意識していなかったが、そんなに分かり易かったのか。少し凹む。
栗色の髪の女性が前へと向き直る。コロンのにおいがした。
またバレて言われてしまっては恥ずかしい。今度は意識的にコロンの匂いを嗅がないようにした。
横を歩くコウジは相変わらずの仏頂面だ。病院を出る際に身体は大丈夫か尋ねたところ、問題ない、とだけ答えた。
傷が浅いとはいえ、全く痛くないなんて事はないだろうに。昔からコウジは怪我や病気に関してはかなり我慢強い。
突き当たりまできて、夜ノ森が立ち止まる。
扉の上には執行部長室と書いてある。
夜ノ森が扉を開け、僕たちを促す。促されるまま僕らは入り、近くのソファへまた促されるまま腰掛けた。
前方にはツヤのある大きめな木製デスクと、その向こうにドラマの社長室に置いてあるような、みるからに高価な椅子。そしてその向こうに窓がある。
夜ノ森が、窓に背を向け高価な椅子に腰掛けた。後の二人は左右に立ち、同じようにこちらへ体を向けた。
ゆっくりと息を吸うと、今まで呼び出しの内容について一切語らなかった彼女がギラギラとした瞳で、口元だけは微笑みながら言い放つ。
「ようこそ、教育評価審査拠点校横浜基幹支部へ。歓迎するわ」




