36話
俺が学院に入学してから9カ月が経った。
ミナお嬢様達と色々あったが、それ以外の所は順調だ、ミナお嬢様達も、その"色々"について、領主様への報告は見送ったみたいだ、妊娠していなければ、"チョメチョメ"したなんて普通はバレないのだ、波風を立てる必要はないと考えたのだろう。
この世界の男は大体5カ月から7カ月の周期で"発情期"を迎えて、2週間ぐらいでその状態が終わる。学院の方はその間は自宅学習に切り替わる。俺の場合は前回が4カ月前だったって事になっているから、まだ少しだけ余裕がある。あまり来ないのも怪しまれるから、ギリギリのタイミングを狙って解除するつもりだ。
板金とワイヤー作りの方は一気に進んだ。こないだの試作以降、ミナお嬢様が本格的に協力に乗り出してくれたのが大きい。また、工房のメンバーについても意欲が高い。元々、鉄製品を扱っていたこともあり、素材の知識については向こうの方が上だ。機械やその仕組みについては俺の方が詳しいので、お互いに意見を交換し合って作業を進めている。仕事をしている感じで俺にはこういうのが合っている気がする。
板金とワイヤーを作る技術については、今は秘密にしているが、いずれは公開するつもりだ。理由は隠し切れないから。鉄の新しい加工方法なんて、どう考えても軍事転用される可能性が高い。秘密にしすぎると逆に他の領地や国そのものから非難を浴びる可能性がある。ただ、技術を公開する事については殆ど気にしてない。
そもそも、あまり自分だけ儲ける気がないからだ。ミナお嬢様の庇護下にあるとはいえ、この世界で男が大金を持っているというのは危険だろう。ある程度までは見過ごされるだろうが、それ以上になると変な輩が湧き出てくる可能性や犯罪に巻き込まれる可能性もある。産業の発展に貢献する過程で、そのおこぼれを少し頂ければいい程度に考えている。
「エイッ!」「ハッ!」「チョァス!!」
思考を止めて、現実に戻ってくると、木剣を振るう女子達の声が耳に入ってくる。
今は学院で剣術の授業を受けているところだ。この時間だけは少し憂鬱になる。この世界の男女は大きな運動能力の差がある。体型自体は地球の男女と変わらないのだが、男よりも女の方が圧倒的に運動能力が高い。多分、魔力的な奴なんだろう。女性は魔力をうまく扱えるから、女性的な体型を維持したまま高い運動性能を発揮できる。逆に男性は魔力をうまく扱えないから、それを補完するものとして筋肉を発達させた。そんな感じと推測している。
そして、その能力の差のお陰で、俺は剣術の時間だけは落ちこぼれだ。どう足掻いても勝負に勝てない。勝てないどころか、授業についていくのだけで精一杯なのだ。その事は周りも理解しているから剣術の授業中は、走り込みをしたり、端で素振りをしたり、見学してたりする事が多い。教師もそれで文句を言わない。要は特別扱いされているということだ、仕方ないと割り切れればいいのだが、精神的にはその事が余計に情けなさを加速させる。
いつも通り走り込みをした後、素振りをする。6月の日差しはこの国でも厳しく、それなりに汗をかく。服装は短パンに半袖だ、学院の服装規定は厳しく、今月になってようやく着用を許された。5月の終わりごろは長袖だったので、汗をかくと蒸れて大変だった。
素振りが終わった後は、女子達の模擬戦を見学する。丁度リリアーナ様が戦っているところだった。相手は2歳年上。多分勝てないだろうと見ていたら。予想通りに一撃取られて負けた。まぁ、この世代での2歳差は想像以上に大きい。見どころもあったし、善戦した方だろう。
「ユータ君、見てたの恥ずかしい。」
勝負後、リリアーナ様がこちらに来て残念そうに言った。
「なかなか、良い戦いだったと思います。」
実際、勝負になるだけましだ。俺が模擬戦に出たら3秒で終わる可能性が高い。
「僕に言われても気休めにならないかもしれませんが。」
自嘲気味に付け加えた。最弱の人に言われても慰めにもならないだろう。
「そんなことないよ。」
リリアーナ様が首を振りながら全力で否定してくる。
「前にユータ君の助言でうまくいったことあったし、今回も何か気づいた事があったら教えて欲しいな。」
リリアーナ様が目を潤ませて言う。
助言したことはある。普段からミナお嬢様とソフィアさんの訓練を見ているからその経験を元に気が付いたことを自分なりにアドバイスした。剣の強さと指導のうまさは必ずしも比例はしないけど、俺の場合は聞きかじりですらないから、あまり偉そうな事は言えない。
「分かりました、少しだけ気になった点を言わせて頂きます。」
「うんうん。」
リリアーナ様が顔を輝かせて言う。コロコロと表情が変わるので見ていて飽きない。
その後、リリアーナ様と会話をしていたら、憂鬱な剣術の授業はようやく終わった。
ーーーーーーーーーー
学院終了後、校門の前でソフィアさんを待っていた。いつもはソフィアさんが先に来ていることが多いが、今日は遅れているみたいだ。何もせず待っている時間は意外に退屈に感じる。
ふと、目線を横にずらすと、奇妙な光景が目に入った。女性生徒3人と男性生徒1人のグループがいて校舎の裏手に向かっている。服装から見て"初等生"だろう。年齢は全員 俺より少し上なぐらいか。それ自体はなんてことない風景だ、ただ、よく見ると男子生徒は俯いて、明らかにビクビクしている。
そのグループはそのまま校舎の陰に消えていった。別にその男子生徒が知り合いなわけではない。ただ、嫌な予感がして、俺は後を追う事にした。
校舎裏につくと案の定見たくない様子が展開されていた。いじめの現場だ。男子生徒は何やら土下座っぽい恰好をさせられて、女生徒に何かを返して欲しいと懇願している。
女子生徒の一人は男子生徒を罵っているようだ。声には明らかにからかうような雰囲気がある。手にはペンダントのようなものを持っていた。もう一人は、土下座した男子生徒の上に腰かけて"うごくなよ"と低い声で脅している。残りの一人は周りを警戒している。
見ているだけで気分が悪くなる絵だ、この世界の男なんて力が無いのだ、それを寄って集って女子3人でいじめている。この4人の間に何があったかは分からないが、どう見ても尋常な雰囲気ではない。
普段の俺なら、もう少し計算高く行動しただろう。しかし、男子生徒の姿が自分と重なり、気が付いたら傍に駆け寄っていた。
「すみません。この男知り合いなんですが、これはどういう事でしょう?」
嘘だ知り合いなんかではない。声には少し咎めるようなニュアンスが入ってしまった。思ったより余裕がない。
「なんですか、あなた…」
いきなり現れた、闖入者に女生徒達が反応するが、俺を見て言葉を失う。
?
どうしたのだろう?
変な沈黙が辺りを包む。しばらくして、我に返ったのか、仲間の一人がリーダっぽい少女に耳打ちをする。
女生徒達の反応が明らかにおかしい気がする。
「なんでもありませんわ。」
リーダっぽい少女が悪態をつきながら、去ろうとする。
どうも、向こうはこちらと争うつもりはないらしい。腑に落ちない所はあるが、こちらとしては好都合だ。
「待ってください、それ返していただけますよね?」
リーダーっぽい、女生徒の前に手を出した。
女生徒は一瞬躊躇らうような素振りを見せたが、ペンダントを素直に渡してくれた後、立ち去って行った。良く分からなかったが取り合えずこの場は切り抜けたようだった。
ふぅ、"ドッ"と疲れた。男子生徒を立ち上がらせた後、取り返したペンダントを渡す。
「て、てんし、ぶひぃ。」
いじめられていた男が勢いよく俺に抱き着いてきた。
「天使?ぶひぃ?」
というか、抱き着くのは止めて欲しい。この男子生徒かなり太っているし、きつい香水の香りがする。ただでさえ暑いのに更に暑いし、息苦しい。ただ、いじめられて精神的に参っているところを無理やり引き剝がすのも悪い気がして、落ち着くまで待つことにした。
「あっ、ごめんなさいぶひぃ」
暫く経って落ち着いたのかようやく開放してくれた。
「僕はカストー、カストー・コンコード」
ふむ、家名持ちということは、貴族様か、いじめられていたからてっきり平民だと思っていた。ということはいじめていた方は更に上位の貴族という事かな。とはいえ、下手すれば領地間同士の争いになる可能性だってある。軽率過ぎないか。
それにコンコードか、確かミナお嬢様の婚約しようとしていた家がそんな名前だった気がする。
「"ユータ"と申します。トピカ子爵家の客分として学院に通わせて頂いております。」
もはや、定型文となった自己紹介をする。
「トピカ子爵家?」
カストー様も何か引っかかるところが、あるのか、頭に疑問符を浮かべている。
この男子生徒ひょっとしたら、ミナお嬢様の元婚約者かな。年齢的にも合うし、同じ家名で貴族で男子ということを考えればあり得る気がする。ミナお嬢様に婚約を破棄されて、学院に来ることになったとか?理由は結婚相手を探すためだろう。
「女子なんて、臭くて、我儘で、威張り散らして、碌なもんじゃないぶひぃ。」
と思ったら、カストー様は、いきなり凄い勢いで女子生徒達をディスり始めた。まぁ、いじめられていたのだ、少しぐらい発散するのは許されるだろう。
「あいつら、僕がせっかく"婿"になってやるって言ったのに、お前みたいな豚はお断りだとか、鏡見てから言えだの酷いんだぶひぃ。」
うん。
「それに給食を2人分食べたぐらいで足りなくなるだの、文句をいって、僕に意地悪するぶひぃ」
なるほど。
「侯爵だかなんだかしらないけど、お母様に言っても自分で何とかしろとか言われるんだぶひぃ。実家の権力を傘に汚い奴らだぶひぃ。」
わかった。まぁ、いじめについてはいじめる方が100%悪いだろう。それは置いといて、この男にも問題がある気がしてきた。たぶん、我儘に育てられたのだろう。その後も愚痴をたっぷり聞かされ、ソフィアさんと合流して、帰宅出来たのは夕方だった。
~~~~リリアーナの邸宅~~~~~
「はぁはぁはぁ、ユータくん、ユータくん、すきぃ、すきぃ・・・はぁ・・・」
リリアーナは自室のベッドで自身を慰めていた。"おかず"は剣術の時間のユータの姿だった。6月になって、服装が薄くなったのだが、まさかショートパンツを履くとは思わなかった。
裾口からスラリと伸びた白い足とプニプニの腕、それにかわいいお尻、チラリと見える胸元、おまけに汗の匂いと、鈴を鳴らすような声、思い出しただけで体が疼く。
普通、男子生徒は見られるのを嫌がって暑くなっても肌の露出する服は着る事はまずない。東の国の出身だから私達とは少し感覚が違うのだろうか?それにしても無防備過ぎる気がする。回りからどれ程、エロイ目で見られているか気づかないのだろうか?恐らく、今日は私と同じことをしている女生徒が大量にいることだろう。そう思うと複雑な気分になる。
もう少し仲良くしたいと思っているが、なかなか距離が縮まない。ユータ君自身がどこかで線を引いていて、それ以上近寄らせて貰えない。
それに、ミナスタシアとかいう女も強すぎる。知り合いの女生徒を嗾けたのだけど、3対1の決闘でぼろ負けしたそうだ、どんな育て方をされたらそんな風になるのか。
ユータ君と仲良くなる、ミナを懲らしめる。どちらもうまくいかない。ただ、良い情報もある。ユータ君はまだ発情期ではないみたいだ。通常なら発情期の男子生徒は定期的に長い間休むが、ユータ君は学院に来て以来、休んだ事はない。
それにしても、外に全く出れない期間があるなんて、男の人は大変だと思う。
一時期、何だか疲れた様子だったことがあったが発情期とは無関係だろう。噂では家では女中のような下働きをやらされているらしい。きっとミナがこき使っているに違いない。
ただ、年齢から言って発情期まで時間的な余裕はない。もう、母上に直接お願いするしかない。しかし、平民と結婚したいと言っても反対されるだけだ、何か上手い手を考えなくてはならない。




