24話
お嬢様が領都に拠点を移してから、3ヶ月、その日は突然来た。といっても別にそんな大袈事ではなくて、俺の”男の子の日"だ。勝負に感けてすっかり忘れてた為、下着を汚してしまった。この国には現代でいうパンツみたいなものは無いが、下着はある。どちらかと言うとふんどしに近いものだ、長い布にT字型に紐を通したもので、男性も女性もこれを腰に巻いて下着として使う。
体はやたら疲れているが、寝ているわけにもいかないので起きる。朝早い時間なのが幸いした。俺はこっそり部屋を抜け出して。下着を洗う。日本でも同じような事をやったことがあるなと思い出し。何だか、微妙な気分になった。中身30代のおっさんがこんな情けない失敗をとも思うが、生理現象なのでどうにもならないと自分を納得させる。誰かに見られるようなトラブルもなく洗い終わり。無事自分の部屋に戻った。一応これで、発情期に入ったとみていいのだろうか?まぁ、俺の場合はずっと続くので"発情期"と言っていいのかは微妙だけど。
この話はこれで終わりと思ったのだが、別な変化が訪れた、ワンナの事だ、どう見ても俺の匂いを嗅いでくる。会う度に匂いを嗅いでくる。しかも、"フンフン"といった擬音が付きそうな勢いで嗅いでくる。ワンナは元々、色んな物の臭いを嗅ぐ癖があったのだが、この屋敷に来て大分矯正されて、最近はあまりその癖も出てこないようになっていた。俺は隠蔽のスキル持ってたはずだから、発情期になっても女性にバレないはずなのだが?試しに、エレナさんや屋敷の警備に新しく雇われた女性2人の前に出ても特に変化はなかった。うん、バレてないはずだ。
ということは、ワンナが特別なのか?嗅覚が鋭いから何か変化を感じ取ったのかもしれない。仕方ないのでワンナには俺の匂いを嗅がないように注意する。その場は止めるのだが、次に会うと、また匂いを嗅いでくる。これは毎回注意して止めて貰うしかないな。その内 匂いにも慣れてきたら落ち着くだろう。それを期待しよう。
"賭け"の方の話だが、あまり順調ではない、ミナお嬢様の上級モンスターの討伐だが、ここ3ヶ月で2度の情報があったのだがどちらも失敗。1度目はそもそも勇軍自体を募集していなかった。2度目は移動中にモンスターが撤退してしまったらしい。戦わないでくれているのは俺からすれば安心だが、ミナお嬢様が落ち込んでいる様子を考えるとそうは言えない。石鹸の方だが、こちらは徐々に売れ始めている。といってもやはりそれほどのインパクトはないのか本当にそれなりだ。元々、この世界の服は汚れが目立たないように色が濃い。それも一つの要因だろう。汚れが目立たない代わりに綺麗になっても差が分かりづらいのだ。
何とかしないといけないと思う反面、燻っている思いもある。この賭けが始まったときから考えていたが、仮令この勝負に勝ったとしても、先がないという事だ、ミナお嬢様が俺を好きなのは態度で分かる。俺の方もミナお嬢様を好きなのだろう。ミナお嬢様に婚約の話があると知って嫉妬した。婚約を取り消させたいという思いはある。だけど、身分差がある以上、俺とミナお嬢様が結ばれることはない。現代日本ですらまだそういうものが残っていた。まして、この国はバリバリの封建社会だ。ミナお嬢様は貴族で、俺はこの国の平民ですらない。どう考えても無理だろう。
仮に賭けに負けたとしても命を取られたりするわけではない。生活は保障される。ならいっそ別かれてしまった方が、あきらめがつくのではなかろうか?お互いに一種の"はしかのようなもの"として忘れていけるのではないだろうか。そんな思いもある。そのせいで、どこか勝負に本気でなれずにいる。そんな感じで、悶々とした日々が2週間ぐらい続いた後、ミナお嬢様が討伐に参加をして、大怪我をしたという連絡が届いた。左足と左腕に大きな裂傷、左腕は更に骨折、それに今は下がったが、帰還直後は高熱にうなされていたらしい。
ミナお嬢様は"グレンデル"というモンスターの討伐に参加してたとの事。グレンデルは亜人種のモンスターで、猿の顔の額に角を生やして、背中に蝙蝠の羽を付けた生物だそうだ。体躯は2mぐらい皮膚は固く、普段は森の中を住処にしている。大体5人ぐらいで1匹に相対する計算らしい。今回は村を襲ったグレンデルが、そのまま村を占拠してたので、それを討伐するという作戦だった。グレンデルの数は50匹、相対する軍は勇軍を併せて250人程、数的にはギリギリなのだが、当初の予定では、村を丸ごと火矢で焼き払う作戦だった。
グレンデルは森の中では、極めて強いモンスターなのだが、村などの平地では木を使った奇抜な動きが出来ないため、そこまで強力なモンスターではない。火で炙りだして、遠くから弓矢で射貫けば簡単に討伐出来る。作戦自体は問題ないはずだった。だが、実際に現場に来て状況が変わる。全滅したと思われた村に生き残りがいることが分かったのだ、そこで、急遽作戦を変更して、強襲作戦を打つことにしたらしい。森の中ではなく、数も一応足りている。作戦変更自体は問題ない。
ミナお嬢様はチャンスと思ったハズだ、弓で射貫いた場合は、武功は分かりづらい。しかし、モンスターを直接討てば武功は明らかだ。焦りもあったのだろう。前に出すぎて、それで大怪我したらしい。ただ、成果もあった。今回、全部で15体のグレンデルを討ち取ったのだが、その内5体はミナお嬢様が率いる勇軍が倒した。ミナお嬢様は直接3体倒したらしい。なんらかの勲功は間違いなく与えられるとの事。但し、これで賭けに勝てるかというと微妙なラインだそうだ。
功績を挙げてくれたのは、素直に嬉しいが、死んでしまっては意味がないのであまり無茶はしないで欲しい。ミナお嬢様は領都で暫く安静にするとの事だ。ある程度 回復したら、石鹸を売る事に尽力すると言っていたらしい。完治するまでの時間を考えれば、再度、上級モンスターの討伐に出れるかは微妙なところだろう。ここら辺りを、わざわざゼウル村に戻って来て、ソフィアさんが報告してくれた。ミナお嬢様の容態は気になる。正直 直ぐにでも領都にお見舞いに行きたいぐらいだ、だけど俺にはやる事がある。
悩んでいる俺を見かねたのだろうか?ソフィアさんが"少し話しませんか"と声をかけて来た。お茶を入れて、お互いに向かい合って椅子に座る。場所は執務室だ。この人とは事務的な話は結構するが、プライベートな話は殆どしない。何を話すんだろう?と思っていたら、お茶を一口飲んで"フウッ"と息を吐いた後、ソフィアさんが"ポツポツ"と語りだした。
「少し、懺悔のような話になるのですが…」
「懺悔ですか?」
俺は聞き返す。
「そうです、今回の賭けにユータさんが巻き込まれたのは、私のせいなのです。」
「どういうことでしょう?」
「私が本家にユータさんの事を報告したのです、"ミナお嬢様がユータさんに肩入れしすぎの所がある"と、その事をイザベラ様は重く見たのでしょう。賭けを理由にミナお嬢様から、ユータさんを取り上げようとした。そんな所だと思います。」
「ソフィアさんは自分の仕事をしただけでしょう?」
この人はミナお嬢様の目付役でもあったはずだ、それに俺から見てもミナお嬢様は俺に構いすぎの所はある、そう報告していてもおかしくはない。
「ミナお嬢様にもそう言われましたが、違うのです。」
ソフィアさんは首を振りながら言った。
「違う?」
「そうです。少し長くなりますが聞いてください。」
ソフィアさんは再びお茶を一口飲んで息を吐くと、話し出した。
「私は元々、奴隷兵だったのです。今でこそ、こうしてそれなりの生活をさせていただいていますが、本来はこの場にいるような人間ではないのです。」
「はぁ…」
良く分からず変な返事が出る。奴隷兵の意味も、ここで出てくる意味も分からない。
「奴隷兵と言うのは、悲惨でしてね。碌な装備も与えらず、戦場の前線に押し込まれて、目の前の敵と戦えと言われる。別に相手が憎いわけでも何でもない。しかし、後ろに下がると味方に殺される。仕方ないので前に出て、殺したくない相手を殺すしかない。」
「・・・・・」
「相手にも奴隷兵が居たら、もっと酷いことになります。戦いたくない同士が殺し合いをして、戦いたい同士は後ろで見物をしている。そこには正義なんかなくて、地獄があるだけです。」
何か世界の縮図のような話だな、この話が今回の賭けにどう言う風に繋がるのか分からないが、俺は黙って話を聞くことにした。
「そんな場所でも、何度か参加するうちに知り合いが出来ましてね。男の話ばっかりしている変な奴だったんですが、何故か馬が合いまして、戦場で顔を合すたびに色々馬鹿な事を話したものです。」
ソフィアさんは話を続ける。
「そいつには、珍しく男の幼馴染が居て、将来は二人で市民権を得て結婚するのが夢なんだと言って、戦場で稼いだ金を故郷に送ってました。結局、あっさり死んでしまいましたが」
ソフィアさんは落ち着いた口調で話しているが、その表情は暗い、当時の事を思い出しているのかもしれない。
「せめて遺骨だけでも渡そうと、そいつの故郷に行ったのですが、その幼馴染は既に市民権を得て他の女性と結婚してました。まぁ、ありがちな話ですね。"あいつ"は利用されていただけだったんでしょう。」
ソフィアさんは俺の方に顔を上げながら言った。
「私はユータさんに肩入れするミナお嬢様を見て、かっての友人を思い出したのだと思います。それでする必要もない報告をしてしまった。」
なるほど、自分が報告を曲げたせいで、今回の騒動に繋がった。少なくとも自分の報告がなければ、俺を預かるという話にはならなかったと、そう考えているかもしれない。考え過ぎのような気もするが、あり得ないともいえない。
恐らく、ソフィアさんはモンスターに向かっていくミナお嬢様の姿を見て、亡くなった友人の姿を重ねたのだろう。だから、俺にこんな事を話したのかもしれない。ミナお嬢様を裏切らないで欲しい。ソフィアさんの願いを感じた。
「軽蔑しましたか」
ソフィアさんは俺の顔を見ながら言った。
きっと、この人は凄く優しい人なんだろう。
「いえ、寧ろお礼を言いたいぐらいです。」
俺は、そう答えた。
「お礼を?」
ソフィアさんは良く分からないという顔をする。
「お陰で色々、吹っ切れました。それに僕はソフィアさんの事、嫌いではないですよ。自分をあまり責めないでください。」
俺は笑顔でそういった。
ミナお嬢様はそれこそ、死ぬ気でこの賭けに勝とうとしている。俺はどうだろうか?大して苦労もせずに"勝てたらいいな"と思っているだけじゃないのか?この勝負に真剣に望まないことが、既にミナお嬢様を裏切っていることにならないだろうか?
思いには思いで、行動には行動で報いるしかない。俺は顎をひいて、拳を握りしめた。




