第122話:はわわ
ウニリィはガタリ、と音を立てて立ち上がる。
「あ、あああ、愛だなんてそんな。ですよね? ヴェラーレさん」
マグニヴェラーレは深呼吸を一つ。そしてサレキッシモに強く視線を送る。
サレキッシモはやれやれと肩を竦めて部屋から出ていった。
マグニヴェラーレはウニリィの前に跪き、彼女を真摯な表情で見つめて語り出す。
「ウニリィさん、貴女に会いたかった」
「ふぇっ」
「貴女の顔が見たく、あなたの声が聞きたかった」
「ぴぇっ」
「その思いが私に力を与え、不可能であった魔術に成功することができたのです」
「はわわ……」
ウニリィはまともな回答ができていない。だが、マグニヴェラーレは気にした様子もなく続ける。
「私は女性を愛したことのない男でした。ですが、貴女へのこの思い、あるいは思いが与えてくれる力、それはきっと愛なのでしょう」
「ぴぇっ!」
ウニリィの顔が真っ赤に茹で上がる。そしてなんとか声を絞り出した。
「わ、……私も……ヴェヴェラーレさんのこと、すすしゅきですぅ」
壮大に噛んでいた。
マグニヴェラーレは甘やかに笑みを浮かべる。
「今は立場もあって難しいですが、いつか万難排してこの家に婿入りできるようにします。それまで待っていただけますか?」
ウニリィは激しく何度も頷いた。
テーブルの上ではスライムが喜びを示しているのか、うねうねうにょんと珍妙な踊りのようなものを披露していた。
「あれ、サレキッシモさん、何してるんすか?」
家の外からマサクィの声が聞こえる。
しぃーっ、と声を潜めさせるような指示の音が聞こえた。
「もう!」
ウニリィが憤慨する。サレキッシモが聞き耳を立てていたのであろう。
「もういいわ、入ってきて!」
少しするとサレキッシモに、マサクィ、クレーザーも入ってきた。
「お父さんまで聞いてたの?」
「そりゃぁ……なあ?」
盗み聞きしていたようであった。
普通にスライムの世話の仕事から戻ってきたマサクィは、呑気に声をかける。
「お、ホントだ。マグニヴェラーレさんいますね。どうもっす」
「こんにちは。私が来たことを知っていたのですか?」
「いや、ニャッポさんからひょろいけど強そうな人間が来たと連絡あったっすよ」
「ひょろい……」
マグニヴェラーレはショックを受けた様子だが、マサクィは笑う。
「ニャッポさんにとっては人間みんな細いっすからね」
ニャッポさんはゴリラである。その筋肉から考えれば人間などみんなひょろいのである。それよりも、ちゃんとマグニヴェラーレを強いと認識できているのがニャッポさんの有能なところであろう。マグニヴェラーレが熟達の魔術師であると看破しているのだから。
まあ、それはともあれである。マグニヴェラーレは咳払いし、クレーザーを見据えた。
「娘さんと婚姻を前提としたお付き合いをさせていただきたい」
クレーザーは尋ねる。
「いいのかね?」
「無論です」
「なら構わんよ」
あっさりしたものであった。
「ですが……」
マグニヴェラーレは実際に婿入りするまでには時間がかかる旨を伝えようとした。だが、クレーザーは手を前に出し、その続きを言わせなかった。
「色々あるのはわかっている。だが、君は約束を守るだろう?」
「必ず」
「うん、だからそれで構わない」
「ありがとうございます」
マグニヴェラーレは深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「お父さん。ありがとう」
クレーザーも頭を下げ、ウニリィも礼を言った。
「おお……」
話を聞いていなかったマサクィにはなんだかわからないが、めでたそうな雰囲気である。彼はとりあえず拍手を送った。
改めて皆で席につき、今後のことについて話し合う。
マグニヴェラーレがきてちょうど良かったことには、直近でジョーのパレードやら祝賀会が予定されているため、それについての相談などできたことである。
「もちろん、私がエスコートします」
それとニャッポさんが来たこと、想定より有能であるために、ウニリィ単独であれば少し長めに王都に滞在できるという話になったことだ。
「デートでもしてこいよ」
クレーザーは言うが、スライムが反論する。
ふるふるふるふる。
「あー」
「スライムはなんと?」
「テイマーズギルドでランク上げ申請してこいって」
なぜスライムが人間社会を理解しているのか、そしてなぜそんな話をスライムがしだしたのか、マグニヴェラーレには謎であるが、それ自体は良いことであろうと判断する。もちろん能力には正当な評価をというのもあるし、ウニリィの価値が上がれば、マグニヴェラーレが彼女の保護者となっている正当性が増すというのもある。
「それではデートもし、ギルドも行きましょう。保護者ですからね。その場についていくのも、なんらおかしなことではありませんので」
ウニリィは先行して用事をこなし、後からクレーザーもやってくる。
とりあえずはそういうことになった。







