第114話:ひどくね……?
ゴリラである。
「ウホホ」
ナンディオは思わず腰の剣に手を伸ばした。
ゴリラ? ゴリラなんで!?
普通、村の中にゴリラがいれば慌てるものである。しかも巨体で、両手にスライムを装備したゴリラだ。……ん?
ナンディオは気がついた。まずゴリラの隣にいるマサクィに慌てた様子はない。そういえば、以前彼はヘルフレイムゴリラをテイムしていたと言っていただろうか。
そしてゴリラからも殺気や身を守るために戦おうというような気配は感じない。
「マサクィさん、それは……」
「あっ、俺の従魔のニャッポちゃんです」
「ニャッポ……」
ナンディオは警戒を解いた。
「よもやこんなところでゴリラの魔獣に出くわすとは思いませんで、びっくりしましたよ」
「っすよね。ジョーさんが従魔連れてきて仕事手伝わせろよって言ってたんで」
ナンディオはがくりと肩を落とした。
「ジョー殿のせいか……」
「ウホウホ」
ニャッポちゃんは牧草地に座り込むと、手にしたスライムを遠くに放り投げた。
足元の別のスライムがふるふると揺れる。どうやら投げられるのが楽しいらしい。
「クレーザー殿たちは出かけているとか」
「お墓参り行ってるっすよ。そろそろ戻ってくるかと」
「なるほど」
ジョーが亡き母の墓参りをしているというのは良いことであろう。
ナンディオは馬を繋ぎにいき、待つことにした。そして1時間もしないうちに四人は帰ってきたのであった。
歩いてくる途中で大柄な男に気づいたジョーが手をあげる。
「おー、ナンディオじゃん。わざわざくるなんてどうしたんだ?」
「それはもちろん迎えにきたんですよ」
「それだけのためにわざわざお前が?」
ジョーは驚く。そんなのはただの伝令の仕事である。わざわざナンディオを派遣したのだから何かトラブルでもあったのかと思ったのだ。
「いや、うっかりジョー殿が逃げていないかと皆が心配するのでな」
「ひどくね……?」
ジョーはショックを受けたように言うが、ウニリィはため息をつく。
「5年も実家に帰るのから逃げてたんじゃない。そりゃ心配もかけるわよね」
ウニリィはナンディオに頭を下げた。
「ナンディオさん、お久しぶりです。お手数をおかけします」
「いえいえ。これも勤めですから」
確かに仕事であるのはその通りかもしれないが、普通の仕事は上司が逃げる心配などいらないものである。手数をかけさせているのも事実であろう。
クレーザーやサレキッシモもナンディオと挨拶を交わす。
「呼び出しかー、今どこにいんの?」
「私が軍から先行したのはコーシュ地方でだ。明後日、ファセンタで合流するようにと言われている」
ファセンタはチヨディアから西に位置し、かつてこの地方では政治の中心として栄えたところである。そこから王都へはちゃんとジョーが軍を率いるよう指示されているのだ。
「んじゃ明日の昼過ぎに出りゃいいか」
「ああ、それでいい」
「そっか……」
ウニリィはそう呟くと、その場にしゃがみこんだ。
……ひょっとして兄との別れが悲しくて泣いてしまったのだろうか。
ジョーとナンディオが思わず顔を合わせる。
お互いに指で相手とウニリィを指差し、お前が声をかけろと押し付け合うが、結局ジョーが話しかけることになった。
「あー……ウニリィ? その、軍に戻んなきゃいけないんだけどよ、そんなに長い別れになるわけでもないさ。ドリー……俺の彼女が会いたがってるから、きっと王都でも会う機会あるし、さっき話したけど、ドリーをここにつれてくるからよ……何やってんだ?」
ジョーがなんとか言葉を紡いでいたが、ウニリィの様子はどうやら違っていた。
彼女は牧草地の地面をみつめ、なにやら話しているのである。
「みんなどうなの? ……もうすぐぱわーがたまる? うんうん……」
妹はスライムのみならず、地面とまで会話するようになったかとジョーは戦慄したが、それも違うようである。
牧草の合間の土から、見覚えのあるような粘体が染みだしていた。
うにょん。
スライムである。ニャッポちゃんが来たときに、荒れた牧草地にアース・エレメント・スライムが地面に潜っていったが、それと話しているらしかった。
「うーん、そう。いつくらい? 明日の朝にはやっちゃいたいの。いける? よし」
ウニリィは顔を上げる。ジョーと視線が合った。緑色の瞳は涙に濡れてなどいなかった。
「どうしたの?」
「いや、なんでも」
ジョーは気まずげにウニリィに手を差し出す。ウニリィはそれをとって立ち上がり言った。
「それより、明日の午後に戻るんでしょ?」
「ああ」
「朝は超忙しいから」
「は?」
「ナンディオさんも」
「え? ええ」
そして翌、早朝である
まだ日が出たばかりの時間に、草刈り鎌を手渡されて牧草地に連れていかれたジョーとナンディオの前には、昨日とは全く違う風景が広がっていた。
もさぁ。
背丈より伸びた草を前に、二人は叫ぶ。
「なんじゃこりゃー!」
こけー!
遠くでニワトリが応じるように鳴いた。







