第38話【大橋の上で】
フェアリーはリズに謝るタイミングが見つからず、モタモタしているうちに中間地点である大河に着いてしまった。
その大河を渡るために築かれた大橋あり、その壮大な橋は灰色の石材で造られていた。
大河の流れは橋脚に激しくぶつかり、波音が響き渡る。
橋の両側には低い石の欄干が設けられ、歩行者が安全に渡れるようになっている。
欄干には細かな彫刻が施され、それは【炎の神殿】と同じ炎が描かれている。
この大橋を渡ればいよいよ【第二大陸】に入ることになる。
その大橋の向かい先を見ると、また森が広がっているのが見えた。
今さっきようやっと森を抜けてこの大橋に着いたのに、また森の中の道を歩かねばならないのか。
フェアリーは思わず溜め息を吐いた。
前方を歩くリズの背中を見て、どうしたものかと考えながら追従する。
リズから何か言ってくる気配はない。
いっそ怒鳴り散らしてくれた方が謝りやすいのに。
いやそもそも私だって納得していない。
何が悪かったのか、分からないんだ。
「あの……リズさん」
「ねぇ……フェアリー」
意を決したフェアリーの声に、リズの声が重なった。
お互い不意打ちに驚き目を丸くして見つめ合う。
「なんですか?」
「なに?」
また重なってしまった声に、二人は赤面して共に咳払いをして間を取り繕う。
「……先に言って」
今度は重ならずリズがそう言った。
できればリズから言ってほしかったが、ここを逃せばまたズルズルと行ってしまいそうだとフェアリーは腹を括る。
「……私は、イルセラさんにタイミングを見てリズさんに謝れって言われました」
「!」
フェアリーの正直な一言目に、リズは面食らった。
小鳥のさえずりと大河の流れる音が二人の間に響く。
「でも何が悪かったのか分かりません」
【精霊の力】を持ったリズの監視はフェアリー以外に務まる仕事ではない。そのためリズの同行は必然であり、リズに今後のことを話すのも当然。
そしてエタンセルの領主イルセラはそのリズの君主だ。リズの君主ということは『使い魔』のフェアリーの君主ということにもなる。彼女にも今後のことをしっかり説明する義務があった。だからあの場に二人を呼んでまとめて説明した。
なのにリズに怒られた。
一言も会話がなくなるほどに。
これが今のフェアリーの状況だった。
フェアリーからすればただただ理不尽で、意味が分からなかった。
だから謝れとイルセラに言われても、腑に落ちなくて、納得できなかった。
「教えてください。何が悪かったんですか? 私はあなたとイルセラさんに重要なことを伝えたつもりです。なのに、なんで怒るんですか?」
★
そうじゃない。
アタシはただ、先に相談してほしかっただけ。
たったそれだけだった。
フェアリーの行動はとても時間のムダを省くという点では合理的だし間違っていないと思う。
それでも自分という存在をイルセラとまとめて処理されたのは不愉快……というより悲しかった。
一応、自分の『使い魔』だから、ちょっとした相棒だと思っていた側面はある。
いや、相棒だと思っていたからイルセラと同等の扱いに腹が立ってしまったのだろう。
だからこんなに悲しかったのだろう。
まだフェアリーと出会って数日しか経っていないのに、勝手に相棒と思い込んで舞い上がっていたのは自分だ。
だからさっき頭が冷えたので謝ろうと思ったら、声が重なった。
ビックリするほど気まずい空気になったが、ずっとフェアリーの言葉を待っていたリズからすると嬉しかった。
本当は一緒に歩きながらたくさんお喋りしたかったのに、もう中間地点の大橋にまで来てしまった。
無為に過ごした時間は帰ってこない。
それを招いたのは他でもない舞い上がっていた自分。
我ながらまだまだ子供だなと溜め息を吐く。
『教えてください。何が悪かったんですか? 私はあなたとイルセラさんに重要なことを伝えたつもりです。なのに、なんで怒るんですか?』
先のフェアリーの言葉を思い出し、リズはいつの間にか下げていた視線を戻してフェアリーを見た。
「アタシはただ、先に相談――」
「リズ! 危ない!」
血相を変えたフェアリーが飛び込んで来た!
リズを横へ突き飛ばしたフェアリーは突然の閃光に飲み込まれ、次の瞬間には大爆発した!
地面が揺れるほどの轟音が響き渡り、リズの耳が痛みを訴える。
まるで頭の中に直接ハンマーが打ち込まれたかのような衝撃で、鼓膜が悲鳴を上げる。
周囲の音が一瞬で消え、ただ耳鳴りだけが残った。
視界がぼやけ、平衡感覚が失われ、全身が震える。痛みが脳裏に焼き付き、鼓膜が破れそうな感覚が続く。息をするのも忘れるほどの激痛が、全身を貫く。
音の衝撃波に体を揺さぶられながら、リズはほぼ反射的にナイトルージュに変身していた。
すると身体能力の向上により、先程のダメージが嘘のように軽くなった。
立ち上がったリズに反して爆発したフェアリーは白眼を剥いて全身から黒煙を上げて倒れた。
「フェアリーッ!」
慌てて駆け寄るリズだが、さっきと同じ方角から殺気を感じた。
振り返ると、赤々と燃える火球が大橋を照らしながら迫ってくるのが見えた。
避ければ、倒れたフェアリーに当たってしまうと瞬時に判断してリズは躊躇せずに前へと踏み出した。
「こぉんのおおおおおっ!」
火球が目前に迫った瞬間、リズは全身の力を込めて大剣を振り下ろした。
剣の刃が火球に触れると、その瞬間、鮮やかな閃光が辺りを照らし出した。
火球は二つに割れ、その破片は左右に飛び散り、倒れたフェアリーの周囲で爆発したが、一片の灰すら触れなかった。
「嘘でしょ……今のって、ドラゴンのブレスじゃ……」
リズの予想に答えるかのように、大橋の向かいにある森からドラゴンが姿を現した。
そいつは大きな翼を羽ばたかせながら空を優雅に飛んでいる。
「そんな! 三体目のドラゴン!?」




