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あの人と亜耶

初めて入った、理事長室。

必要な物以外、何もない。

黒皮張りのソファーにドカッと座るお兄さん。

「二人供座れば。話、長くなるし・・・」

ニコヤカに告げられるが、勝手に入った挙げ句に座るなんて・・・。

泉も同じだったらしく、戸惑ってる。

「悪いけど、早くしてくれないか?俺もそんなに暇じゃないんだよ」

苛立ち気に言う彼に従うしかない。

オレは、お兄さんの前に座り、泉が隣に座ってきた。

「亜耶とあいつの承諾無しにこんな話しはしたくは無かったが、変な噂を流されるのは、もっと困る。そして、ここで話した事は、一切他言無用でお願いしたい。ここに通う生徒の一部には、暗黙の了解が出ていて、誰もそれを口にする者は居ない。一般生徒の君達が一番危うい。だから、約束して欲しい。一切口にしないと。じゃないと話せない内容なんだ」

真剣に言われれば、頷くしかない。

泉は、少し渋っては居たが、頷く。

「ありがとう」

お兄さんが、ホッとした顔をする。


「まずは、亜耶とあいつ・・・婚約者の出会ったのが、今から九年前、亜耶が小学校一年の夏か・・・。期末テストの勉強会として数人で家に来た時が初めて会った時だった。それまで、あいつにとっては、退屈な日々だったと思う。周囲の期待が大きくて、潰されそうになってた時に亜耶に会った。それから、毎日のように家に・・・亜耶に会いに来てた。翌年の新年会・・・。社交界では常識なんだが、新年の顔見せがあるんだ。そこに初めてあいつが顔を出したんだよ。俺は、そいつを連れて鞠山家の当主・・・鞠山財閥の会長の元に連れて行ったんだ。そして、意気投合してその場で、亜耶の婚約者になった。これは、俺と会長とあいつの三人だけの内密な話しだった。最愛の孫娘の婚約者にあいつを選んだのも会長だ。年の差もあるのにも関わらず。公の場での発表はまだ早いと会長がひたすら隠していたんだ。あいつが、高校を卒業した時に俺の両親に話し、承諾を得て婚約者として亜耶の傍に居たんだが、本人の知らないところ・・・イヤ、違うか、婚約者が居ることを話せなかったせいで、ややこしい事が起きた。あいつの実家が傾き始めた。それを阻止するためにあいつを犠牲にお見合いをさせたんだ。それが、会長にばれて婚約破棄になった。元々、公にされてなかったこともあり、家には、痛手はなかったがな。その頃だよ、亜耶が、悠磨くんと付き合い出したのは。亜耶は、悠磨くんに惚れてたし、悠磨くんから想いを寄せられて、嬉しかったんだと思う」

そうやって言われれば、嬉しい限りだ。

「付き合い初めてから、気付いたんだと思うよ。あいつの存在を・・・。悠磨くんに一つ質問するが、亜耶は君に頼った事はあるか?」

お兄さんの質問にオレは首を横に振った。

「一度足りともありません」

そう答えると泉は、驚いた顔をする。

お兄さんは、驚きもせずに、さしも当たり前だって顔をした。

「そうだろうなぁ。亜耶が甘えられる相手は、家族とあいつだけなんだよ。この間の陸上競技会の事覚えてるか?」

その質問には頷いた。

隣に居る泉も・・・(来てたんだ。気付かなかった)

「亜耶の出番前の応援に亜耶は、硬直したんだよ。それ気付けたか?」

オレは、その言葉に何も言えなかった。そんなの全然わからなかった。何時もと変わらない表情だと思ってた。

「あいつは、直ぐに気付きどう解そうかと考え抜いて、大声で"大好きだ~!!"って叫んだんだよ。あれは、昔からのやり取りで、緊張に苛まれてる亜耶をどうにかして解してやり、自己ベストを出させてやりたいって、あいつの想いから来てるんだ。その成果が、あの時に出てた」

確かにあの時の亜耶凄かった。

そして、あの人がどれだけ亜耶を想っているか知らされた。

泉が悔しそうに下を向く。

「だからって、悠磨くんをダシに使うなんて、私は許せない」

泉の張り詰めた声にオレは、どうにも出来無い。

「それももうすぐ終わるさ。悠磨くんも気付いているんだろ?亜耶が、あいつに惚れていることを・・・」

お兄さんの言葉にオレは頷く。

「オレでは、あの人に敵いません。あの人、研修に行く前にオレの所に来たんです。"俺が居ない間、亜耶のナイト役を任せた"って・・・。なんで自分にそんな事を言うのかわからなくて、訪ねたんです。そしたら"亜耶を好きな気持ちは同じだろ?だったら、君は亜耶を傷つけるはず無い"って言われたんです。もう、その時には完敗だって思いましたよ。後は、亜耶が何時打ち明けてくれるか、待ってるんですが・・・。まぁ、あの人が帰ってくるまで言わないと思うので、オレから言うことになると思いますが」

あの優しい亜耶だから言えないのわかってる。

だから、オレから伝えようと思う。

「悪いなぁ、悠磨くん。家の事に巻き込んでしまって・・・」

申し訳なさそうに言うお兄さん。

「オレにとっても、いい経験になりましたよ」

「そんなのおかしい・・・。何で、悠磨くんが犠牲になら無いといけないの?」

ポツリと隣に座ってた泉の方から聞こえた。

「泉?オレは、犠牲だとは思ってないよ。この四ヶ月間、亜耶と居て楽しかった。まぁ、オレの手で幸せに出来ないのは、残念だけど、でもオレ以上に亜耶の事を想っている人が居て、亜耶もその人を想っているのだから、オレが身を引いた方が、早いだろ。それにおれ自身も納得してるんだ。あの人は、男のオレから見てもカッコいい。なれるなら、あの人みたいになりたいって、憧れるんだよ」

「その言葉、あいつが聞いたら喜ぶよ、悠磨くん」

お兄さんの優しい声。

「だけど・・・」

まだ、納得できないんだろう、泉が言葉を出す前に。

「ありがとな。オレの為に一生懸命になってくれて。泉も、あの人に会えばわかるよ。きっと・・・」

オレは、泉の頭をポンと叩いた。



「折角のイベント台無しにして悪かったな。亜耶の診察も終わってるころだと思うし。あぁ、遥にはこの事絶対に言わないように。じゃないと彼女がとんでもない事になるから」

お兄さんが泉に視線をやる。

「大丈夫ですよ。あの人と会うとしても、亜耶を引き取りに来たときだろうし、伝える時間なんて無いと思いますよ」

「それも、そうか・・・。じゃあな、今日は、迷惑をかけた」

お兄さんは、それだけ言って部屋を出ていった。



泉もオレも部屋を出る。

「ごめんなさい、悠磨くん」

泉が突然頭を下げてきた。

「それ、言う相手違うだろ?オレにじゃなくて、亜耶に直に謝れよ」

泉を見て言う。

「・・・・・・でも」

「会いづらいのなら、オレも付き合うから」

オレの言葉に泉が頷いたのだった。




社交界の新年挨拶は、自分が空想しての事です。

本当に行われてるのかは、私にはわからないです。

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