第11話 ○月○日 碧に取られた!
碧が退院して、1週間が過ぎました。
碧は夜中に何度も起きて泣くので、
奥さんはそのたびに、ベッドから出るのが大変だからと、
客間に布団を敷いて、碧と二人で寝ています。
一緒の布団だと、楽なんだそうです。
だから、凪とパパとで寝ていますが、
なんだか、とっても寂しい(>_<)
碧に奥さんを、取られちゃいました(/ _ ; )
なんて、聖君はブログに書いていますけど、真実は違います。聖君を凪に取られちゃったんです。
確かに、夜中に何度も起き上がり、ベビーベッドから碧を抱っこしておっぱいをあげるのは、かなり面倒。だったら、布団で横に寝て、泣いたらさっとおっぱいをあげるほうが、断然楽チンだって母にも教えてもらったので、一階の和室に碧と二人で寝ることにしたんだけど、でも、ベッドで3人で寝るのが、かなり大変だったっていうこともあるんだよね。
凪がとにかくパパにべったりで、聖君も凪にべったりで、私、二人の邪魔してる?って感じだったし。
昼間だって、聖君はバイトに行くまで、凪とべったり。公園にも二人きりで行っちゃうし、昨日は一緒に買い物してファミレスでご飯まで食べてきたし。
いいけど。まだ私は、外になんて出る余裕ないし。1日パジャマで、布団に寝っころがり、碧が泣いた時だけおっぱいをあげたり、おむつを替えたりしているだけで、何もしないでゴロゴロしているけどさ~。
「いたたた」
「桃子、腰?」
「うん」
布団から起き上がろうとしたら、腰が痛くなってしまい、母が心配してそう聞いてきた。
「産院にいるとき、中腰でおむつ替えしてからずっと腰が痛いよ」
「早めに和室で寝たらよかったわね。ベビーベッドでおむつ替えも大変だったんじゃない?」
「そうかも」
聖君もしてくれていたけど、凪に抱きつかれて動けなくなっているときは、私が替えていたしなあ。
「それから、下っ腹が痛い」
「後陣痛ね?」
「後陣痛って何?」
「子宮がもとに戻ろうとして痛むのよ。経産婦のほうが痛いのよね」
「お母さんもそうだった?」
「ひまわりを産んだあと、そういえば痛かったかも。もう忘れちゃったけどね」
「いつまで痛むのかな」
「子宮が戻っちゃえば、大丈夫なんじゃないの?それより、今回はおっぱいが張ることはないの?」
「それは平気。いっぱい飲んでくれるし」
「そうね。この勢いだと、すぐに碧君、でかくなっちゃうんじゃない?」
「それもそれで、腰を痛めそう」
「そうねえ。抱っこはなるべく聖君にしてもらったら?」
「ダメ。聖君、凪にベッタリなんだもん」
「あ、そういえば、凪ちゃんとお散歩に行ったきり、また帰ってこないわねえ」
そう。今日も朝ご飯が終わったと思ったら、凪が公園に行くと言い出してきかなかったんだよね。
私は碧を抱っこして、リビングまで行って、ゆらゆら揺れていた。さっきまで、しっぽと茶太郎が碧の横で寝っころがり、お守りをしていてくれていたが、いつの間にか外に散歩に行ってしまったらしい。
「ただいま~」
あ、帰ってきた。
「ば~~ば!ジューチュ」
「凪ちゃん、ジュースばっかりはダメよ。お茶にしようね?その前に、お手て洗って、うがいしてきて」
母にそう言われ、凪は聖君と洗面所に行って、戻ってくると母の入れた冷たいお茶をゴクゴクと飲んだ。
凪は喉が渇いていたのか、ジュースでなくてもお茶を美味しそうに飲んだが、いつもなら、「ジューチュがいい」とねばるところだ。まあ、たいていが母に言い負かされ、お茶を飲むことになるんだけど。聖君だとすぐに、ジュースをあげちゃうんだけどね。
凪は聖君のお母さんはク~~ミママ(くるみママ)と呼ぶが、うちの母は、ば~ばなんだよねえ。父のことも、じ~じと呼んでいるけど、誰がそう呼ぶように教えたんだろうか?聖君かなあ。
「聖君も、喉渇いたでしょ?お茶飲む?」
「あ、いただきます」
母は聖君にも冷たいお茶をコップに注ぎ、渡してあげた。
「うまい」
聖君も美味しそうにお茶を飲むと、凪を連れ、リビングにやってきた。
「桃子ちゃん、起きてて平気なの?」
「うん。もうそろそろ、いろいろと動かないとね」
「腰痛いのは?」
「まだ痛いよ。お腹も痛いし」
「お腹?なんで?」
「後陣痛って言って、子宮が戻ろうとして痛むんだって」
私はさっき母に聞いたことを、聖君に教えた。
「大変なんだなあ」
聖君はポツリとそう言うと、碧の顔を覗き込んだ。
「パパが抱っこしようか?ね?碧」
「パ~~パ」
それを聞いて、凪がパパの足にしがみつき、
「抱っこ!」
と甘えだした。
「凪~~。パパ、たまには碧も抱っこしたい」
「ダメ!」
ああ、完全に聖君は、凪の尻に敷かれているよなあ。
「あ~~お」
私は、今にも寝そうなのに寝ない碧を抱っこして、ゆらゆらした。ああ、やっぱり碧は聖君に似ているよなあ。うつらうつらしている顔までが、とっても可愛い。
そしてついつい、碧のほっぺにキスしたりしちゃうんだよねえ。
「桃子ちゅわん」
それを見ていて、凪を抱っこしたまま、私に甘えた声を聖君が出した。
「え?」
「最近、俺にはキス、してくれないよね」
「でも、凪がチュウしてあげてるじゃない。よく、ほっぺにチュウって」
そう言うと、早速凪は、聖君のほっぺにキスをした。
「ありがと、凪。うん、凪のキスでもパパは十分嬉しい」
そう言って、聖君はデレデレになった。
ほら。やっぱり聖君は、私でなくても、凪で十分なんだよね。
いいけど!私だって、碧がいるんだし。
でも、本当に聖君とここ最近、キスすらしていないし、ギュってハグしてもらったのは、いつ以来なんだろうか。ああ、一緒の家にいるというのに、なんだか遠い存在になっちゃったなあ。
碧が寝たので、私は碧を布団に寝かせ、その横につい、ゴロンと横になった。夜中何度も起こされているからか、昼間は眠くてしょうがない。
「碧~~。ママも寝ていい~~?」
小声でそう言って、私は布団をかけて寝る体勢になった。
「あ、あれ?桃子ちゃん、また寝ちゃうの?」
聖君が、凪を抱っこしたまま和室に来てそう聞いてきた。
「え?なんで?」
「昼ご飯は?」
「あとで食べる」
「そ、そう」
あ、聖君の声が沈んだ。
「パパ!マンマ!」
でも、凪はご機嫌だ。
「うん。今、作ってあげるから待ってて?凪」
「ナ~タンも!」
「凪もお手伝いしてくれるの?」
凪は聖君の腕から降りると、聖君の手を引っ張ってキッチンに行ってしまった。
「あら、凪ちゃん、またパパとご飯作るの~~?」
母の声が聞こえた。一緒に作ると言っても、レタスちぎったり、トマト洗ったりするだけだ。それも、ちぎったレタスも、洗ったトマトも食べやしない。
なんだかなあ。どんどん、甘えん坊のわがまま娘になっているような気もするんだけどなあ。
そして凪は、聖君がお店に行く時、いつも泣いて引きとめようとするので、聖君は凪も連れてれいんどろっぷすに行くようになった。まあ、母も私も凪がいないとゆっくりできるからありがたいんだけどね。お店でまた、お客さんに迷惑かけていなかったらいいんだけどなあ。
「凪、聖君にあんなにべったりで、大学始まってから大丈夫かなあ」
「そうよね。来月は大学始まるわよね」
「うん。あ、でも、その頃は榎本家に帰ろうかな。そうしたら、どうにかなるかしら」
「そんなに早くに帰っちゃうの?」
「だって、お母さんもお父さんも大変でしょう?碧の沐浴だって、お母さんが最近してくれてるし」
「聖君も、本当はしたいのかもね」
「うん。でも、凪があのとおり、べったりだから。聖君が沐浴しようとしたら、怒っちゃったしねえ」
「ああ、泣いて怒っていたわよねえ」
そうなんだ。聖君が碧を抱っこして、ベビーバスに入れようとしたら、聖君の腕を掴んで凪が泣き喚くもんだから、危なくって、すぐに母と交代して、母が沐浴してくれたんだよね。
「凪ちゃん、全然泣かないし、すごくいい子だったのにねえ」
「育てやすくって、楽だったのになあ」
私と母は同時にため息をついた。
「あ、ごめんごめん。桃子、寝ようとしていたのよね。話し込んじゃった」
「いいよ。午前中ちゃんと寝れたし」
「でも、夜中あんまり寝れてないんでしょう?」
「あ、碧の泣き声、うるさい?」
「ううん。それは大丈夫なんだけど。ほら、凪ちゃんの時には、聖君が交代で見てくれてたじゃない?でも、碧君は、桃子、一人で見ているから、大丈夫か気になって」
「平気、平気。昼間、寝かせてもらってるから、全然平気だよ?」
「そう?だったらいいけど」
実は、けっこう夜中寝れないのは辛い。だから、ついつい、昼間グースカ寝てしまう。夜中も、眠い中、朦朧としながらおっぱいをあげたり、おむつを替えているから、実は聖君が隣にいなくても、寂しいとは感じない。
ただ、時々無性に、聖君に甘えたくなる時もあるんだけどさ。
「ね?碧」
そんな時には、碧を聖君だと思って、碧の顔をじっと見つめる。
「あ、あくびした。可愛い」
やっぱり、碧は聖君に似てるよね。は~~。いつ、聖君とべったりできるのかなあ。やっぱり、私寂しいんだなあ。
それからまた、1週間が過ぎた。私は朝起きて、着替えをして顔を洗い、みんなと一緒にご飯を食べるようになった。すると、あんなに聖君にべったりだった凪が、食後、私の方によってきて、和室に連れて行かれた。
布団も、いつでも寝れるように、ずっと敷いていたが、ちゃんと押し入れにしまうようにした。ただ、赤ちゃん用の布団に碧は、ずっと寝ていて、たまにその周りに猫たちが丸くなって、お昼寝をしている時があるんだけれど。
「ママ!」
凪は、和室にあるおもちゃを出して、私に遊ぼうと言ってきた。おもちゃのなべやら、フライパンやら、おままごと遊びのおもちゃ一式が、椎野家には揃っていた。母が買っていてくれたものだ。
おままごと遊びが、凪は大好きだが、聖君はあまりおままごとをしてあげないようだった。
だから、外に遊びに行ったりすることが多い。雨の日は、絵本を読んであげたり、一緒にDVDを観てあげたりしていた。
私としては、凪と一緒におままごとをして遊んでいる聖君が見たかったのだが、聖君は、おままごとをするくらいならと、本物の野菜を洗わせたり、お米を洗わせたりしてしまうからなあ。
凪は、お人形さんやぬいぐるみを並べて、その前にお皿も並べ、おもちゃのキッチン道具で、おもちゃの野菜やらお魚をお料理しているふりをして、
「ドージョ」
と、お人形さんたちにおもてなしをするのが大好きで、とっても楽しそうに遊ぶんだよね。
それに、お皿いっぱいに盛り付けたものを、私の前にも置いて、
「はい、ママ。ドージョ」
と言って、なぜか、はにかんで笑う。
「いただきます」
と食べているふりをして、
「美味しかった。ごちそうさま」
と私が言うと、凪は満足そうにして、お皿を片付けに行き、ちゃんと洗い物を、おもちゃの流し台の中でするんだよね。
「ジャー」
水の音も自分で言って、ゴシゴシ洗っているふり。それはそれは、楽しそうだ。こんなに楽しそうで、ご満悦しながら凪は遊ぶのに、なんで聖君はおままごと遊びをしてあげないんだろうか。恥ずかしいのかなあ。
「あれ?凪は、ママと今日は遊ぶの?」
「パパも。ドージョ」
「あ、おままごと?遠慮させていただきます。パパ、ちょっとば~ばのお手伝いしてくるから、凪はママとおままごとして遊んでて?」
やっぱり、逃げた。なんでかなあ。苦手なのかなあ。
「お母さん、2階の掃除、俺がしますよ」
そう言いながら、聖君は母のもとへとすっ飛んでいった。あ、掃除機を持って、母が2階にあがろうとしていたのかもしれない。そういうのを見ると、すかさず俺がしますって、いつも聖君は申し出ているんだよね。さすが、気のきくお婿さんだよね。
「ク~タン。はい、ミルク」
凪がクマのぬいぐるみを抱っこして、おもちゃの哺乳瓶をクマの口にくっつけている。それから、クマのぬいぐるみを肩に乗せ、ぽんぽんと背中を叩いた。
「ゲプ、出たね~~」
え?それって、私がいつも碧に言ってる言葉。
「ク~~タン。ネンネ、ネンネ」
そう言うと、凪はクマのぬいぐるみを抱っこして、ゆらゆら揺れた。
そしてすぐに、
「ママ。クータン、ネンネした」
と言って、碧の隣に寝かせると、碧のおくるみをクマのぬいぐるみにかけ、ゴロンと自分も横に寝て、
「よち、よち」
とお腹のあたりをポンポンとした。
うっわ~~~。私がいつもしていることだ。いつ見てたの?聖君にいっつもひっついて、甘えてばっかりいたと思っていたけど、しっかりと私が碧をあやしているところとか、見ていたんだ。
「アオ、ネンネ」
クマのぬいぐるみの隣に寝ている碧のことも、凪は上半身を起こし、お腹を優しくポンポンと叩いた。
「アオ、カワイイネ~」
それも、いつも私が言ってるよ。聞いてたんだ。
それから、凪はしばらく碧のお腹をポンポンとして、そのうちにクマのぬいぐるみをポイッとどけた。そして、自分が碧の横に寝っころがり、碧のおくるみを自分のお腹にかけ、碧の方を見ながら、うつらうつらとし始めた。
ああ、眠くなっちゃったのか。
私は黙って二人を見ていた。そのうちに、凪は眠ってしまった。
どこからともなく、また茶太郎がやってきて、凪の隣に丸くなった。凪はすやすやと、気持ちよさそうに寝ていた。
私はそっと、凪に私の毛布をかけてあげた。
「桃子ちゃん、凪は?」
聖君が、2階の掃除を終わらせ、和室に顔を出した。
「し~。今、寝ちゃったの」
「え?」
聖君は凪と碧の顔を覗きむと
「本当だ。碧の隣で寝てる。可愛い」
とそう言って、聖君はジーンズのポケットから携帯を出して、二人の寝顔を写真に撮った。
「凪ね、私が碧をあやすのをちゃんと見ていたんだね。さっき、真似していたよ」
「うん。凪、俺の膝に乗っかりながら、いっつもリビングから和室覗いてたよ。ママと碧のこと、ずっと気になっていたみたい」
「そうなの?」
「桃子ちゃん、布団に寝てること多かったし、パジャマでいることも多かったから、凪、多分、病気か何かだと思ってたんじゃないかな」
「え?私が?」
「うん。それで、桃子ちゃんに甘えるのは遠慮してた。だから、今日は布団もあがってて、ママが洋服着てるから、病気治ったって思って、遊んでもらおうとしたんじゃない?」
「そうか。そうだったんだ」
「おままごと、嬉しそうにしていたもんね」
「あ、聖君って、なんでおままごとはしないの?」
「え?う、う~~ん。なんか、照れくさいじゃん」
「なんで?」
「なんでって言われても。あの、食べてるふりとか、どうも苦手で…。それに、やっぱりおままごとは、ママと遊びたいんじゃないかなあ。凪は」
「そうなのかな?」
「夜中に起きて、ママって泣いちゃったこともあったし。凪も俺も、実は桃子ちゃんがいなくって、寂しい思いをしていたんだよ?」
「へ?うそだ~」
「本当だって。凪は、碧にママを取られたから、しょげてたし。でも、ママも病気かもって思って、甘えるの我慢していたみたいだし」
そうだったんだ!だから、聖君にばっかり甘えていたんだね、凪。
「そろそろ、2階で一緒に寝ない?俺、かなり寂しいんですけど」
「うん。今日から、2階で寝るよ。でも、夜中、何度も碧に起こされちゃうよ?」
「いいよ。おむつ替えもちゃんとするからさ。桃子ちゃん、腰、痛めてるんだもんね?」
「うん」
「大丈夫。凪ももうママにひっついてもいいってわかったから、俺にばっかり甘えてこないようになると思うし」
「うん」
「桃子ちゃん」
聖君は、私を抱きしめてきた。それから、髪にキスをすると、
「桃子ちゅわわん。ぎゅ~~~」
と、抱きしめる腕にもっと力を入れた。
私も聖君を抱きしめた。ああ、聖君の匂いもぬくもりも、すんごい久しぶりかもしれない。
それから、聖君は腕の力を緩め、私にキスをして、
「キスまでだよね?まだだよね?」
と小声で聞いてきた。
「まだまだダメ」
そう言うと、聖君は小さく、
「く~~ん」
と泣いた。ああ、こんな可愛い聖君も久しぶりだ。思わず私はまた、ギュって抱きしめてしまった。
「碧ばっかり桃子ちゃんに抱っこされて、ずるいって思ってたけど、ようやく俺もギュってしてもらえた」
そんなことを言う聖君も、可愛いよ。前と変わらない、可愛い聖君だ。
聖君と抱き合っていると、すうっと静かに和室のふすまが閉まった。多分、母だろう。気をきかして、閉めてくれたんだなあ。
碧と凪と、茶太郎がすやすや寝ている横で、しばらく私たちはギュって抱き合っていた。




